WATERCOLORS ~非哲学的断章~

ジャズ・ロック・時評・追憶

エクリプソ

2007年07月04日 | 今日の一枚(S-T)

●今日の一枚 176●

Tommy Flanagan

Eclypso

Watercolors0005_9

 トミー・フラナガンの快盤『エクリプソ』、Enjaレーベルから発表された1977年録音盤である。1950年代にマイルスやロリンズはじめ数多くのミュージシャンと競演し、名盤の影にトミフラありといわれた男だが、意外なことに、1957年録音の名盤『オーバーシーズ』以来リーダー作の機会に恵まれず、次のリーダー作は1975年の『ア・ディ・イン・トーキョー』であった。まあ、トニー・ベネットやエラ・フィッツジェラルドの伴奏者として活躍はしていたわけであるが……。

 大好きなアルバムである。人によっては超のつく名盤との評価もある。ただ、私としては、良質な 《フツーの》 ピアノ・トリオアルバムといいたい。《フツーの》 とは、作品のレベルが普通レベルということではない。奇をてらわない、自然体のピアノ・トリオ作品だということだ。このような作品を《 超 》をつけて神格的な地位に祀り上げることには反対だ。この作品を聴くと、私はジャズ喫茶の煙草のけむりとコーヒーの香りを思い出す。私がジャズ喫茶に入り浸った1980年代前半には、まだ前代の激しいジャズのなごりが残る一方、このアルバムのような良質のフツーのジャズが多くかけられていた。このアルバムに出会ったのも、今考えれば渋谷の百軒店にあった《 音楽館 》だったように思う。《フツーの》 ジャズがかかると、じっとそれに聴き入り、あるいは立ち上がってアルバム・ジャケットをチェックするような人が多かったように思う。タフでハードな重苦しい時代を終え、人々は重い荷物を下ろして、フツーのジャズをフツーに聴きたかったのかも知れない。

 さて、『エクリプソ』である。なんと楽しげな演奏。なんと軽やかなスウィング感だろう。音が飛び跳ねるような躍動感がたまらない。心はウキウキ、ワクワクだ。スピーカーの向こうに、音楽を演奏することの喜びに溢れた1977年の2月4日の演奏者たちの姿が、ありありと浮かび上がってくる。ウキウキ、ワクワクの感情は時代を超えるのだ。

 ジョージ・ムラーツ……。すごいベースだ。ドライブするとはこういうことをいうのだろう。トミフラも、エルヴィンももちろん素晴らしい。しかし、私は断言してもいいが、このアルバムを快盤たらしめているのは(もちろん名盤とよんでもいいが)、ジョージ・ムラーツのベースである。トミフラの優雅で楽しく飛び跳ねるピアノに浸りながら、私の耳はいつのまにかムラーツのベースを追っている。