WATERCOLORS ~非哲学的断章~

ジャズ・ロック・時評・追憶

カラマなカッター

2022年06月26日 | 今日の一枚(G-H)
◎今日の一枚 583◎
Harry Allen
I Can See Forever
 しばらくぶりの更新である。
 仕事が忙しすぎて暇がなかったのだ。あまりに忙しくて心の余裕がなく、授業中に胸が苦しくなったほどである。ブラックとはこのようなことをいうのであろうか。忙しさはもう少し続きそうだが、それでも抱えている任務のうち2つがとりあえず一区切りついた。この間、Bリーグでは宇都宮ブレックスか優勝して比江島選手がMVPを取り、『鎌倉殿の13人』では曽我兄弟の反逆が失敗し、源範頼が幽閉され、今日は頼朝が死んだ。石川で大きな地震が起こったと思っていたら、今日は熊本で大きな地震があったようだ。私事では、ステロイド(ブレトニン)の服用が終わった。

 今日の日曜日はしばらくぶりの完全オフである。これまで忙しかったせいだろうか、朝から妙にハイだった。5時に起き、iPadのリマインダーに懸案だった今日やるべきことをメモし、次々に片づけていった。6時から家の周りの草刈りをし、玄関の花を植え替え、床屋に行き、ホームセンターで園芸・農業用品をいくつか購入し、家庭菜園の畑の草取りをし、いくつかの作物の苗を植え、トマトとナスのプランターの土を増量して芽かきをし、アスパラガス畑に腐葉土を入れた。ちょっとだけ高校バスケの東北大会をBASKET LIVEで見た以外は、30度を超える炎天下の中ほとんど野外で活動した。
 おかげて、日に焼けてしまった。夕方には海水浴に行った時のようなあのぐったりした疲れを感じた。けれども、多少の達成感があって気分はいい。心地よい疲れだ。ビールも美味い。

 草刈りといえば、数週間前に「カラマなカッター」というグッズを購入した。草刈り機を使ったことのある人はお分かりのことと思うが、丈の長い草を切ると、草刈り機に絡まって刃の回転が止まってしまうのてある。「カラマなカッター」は刃の上にもう一枚上向きの刃を付けることで絡まる草を切る装置である。これが大正解だった。すごい。草が絡んで刃の回転が止まることがほとんどなくなった。快適である。まさに、「カラマなカッター」である。たった数百円で、草刈りのイライラがほとんどなくなった。時間があったら、また草刈りをしようと思うほどだ。

 今日の一枚は、アリー・アレンの2002年録音作品『アイ・キャン・シー・フォーエヴァー』である。このブログでも一度取り上げたことのある作品だ(→こちら)。暑い夏には、ボサノバかビーチ・ボーイズが聴きたくなる。無意識の文化的強制だろうか。ボサノバのLPやCDはたくさん持っているが、暑い夏にとりあえず利きたいと頭に思い浮かぶのは数枚のみだ。アリー・アレンのこの作品は間違いなくその一つである。リアルタイムで購入し、かなり聴き込んだ。今でも熱い真夏日には必ず思い浮かぶ。流麗なプレイと、哀しみを湛えたそのテイストが、火照った身体と心を癒してくれる。クールダウンした後も、じっと耳を傾けてしまうのはやはり、音楽の力なのだろう。
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かつおの《たたき》

2022年06月06日 | 今日の一枚(M-N)
◎今日の一枚 582◎
Niels Lan Doky
River Of Time

 気仙沼港にもかつおが上がった。今年は魚影が薄いとのことで、豊漁とはいかないかもしれないとのことだ。スーパーのかつおはまだ高い。とはいえ、かつお好きの私は、ここ数日、毎日かつおを食べている。今日は、お隣岩手県大船渡港産のかつおが比較的安く手に入ったので、かつおの《たたき》を作ってみた。私の実家では《たたき》といっていたが、いわゆるタタキではない。全国的には《なめろう》というのかもむしれない。この辺のところは昨年も記事に記したところだ(→こちら)。生もタタキももちろん美味いが、私はこの食べ方が一番好きだ。今日のかつおの《たたき》は、美味かった。自画自賛である。一応、備忘録のつもりで、作り方を記しておきたい。
①玉ねぎをみじん切りに刻んておく。今日は中ぐらいのを丸ごと1つ使ってみた。これが良かった気がする。
②ミョウガをみじん切りに刻んでおく。今日はミョウガを2つ使った。風味がよい。3つ使用しても良いと思った。今日はスーパーで購入したが、この次は庭の花壇のものを使おうと思う。
③かつお(4分の1身)を細かく切る。今日は、はじめに縦に包丁を入れて長く切り、それから横に切ってサイコロ状にした。
④かつおの上にショウガ・味噌・玉ねぎ・ミョウガをのせる。いつもはすりおろしたショウガを使うが、今日はスーパーのサービス薬味を5つのせた。サービス品でも結構美味かった。味噌は小さいスプーンでやや大盛2つ分入れた。
⑤④をひたすら包丁でたたいて細かく刻む。細かさはお好みなのだろうが、私は結構細かく刻む。玉ねぎを刻んだ時に出る汁が、いい感じの味付けになるのだと思う。ときどき、混ぜ合わせる。特に、みそやショウガが全体にいきわたるように。
⑥大皿に盛りつけて出来上がりである。食べるときは小皿に取るが、しょうゆや味ぽんなど好みのものをかけて食べる。近年の私は、かつおには味ぽんマイルドと決めている。《たたきむ》のみならずタタキも生もである。これが美味い。

 今日の一枚は、ニルス・ランドーキーの2020年作品、『River Of Time』である。ニルスを、というよりトリオ・モンマルトルをよく聴いたのは、15~20年程前だったかもしれない。最近はご無沙汰だった。そういえば、最近のニルスはどうなってるのかと思い、apple Music で探して聴いてみた。
 いい意味でも悪い意味でもキザなピアノを弾くやつだが、私は基本的に好きなのだ。きれい系のやや構成的な感のあるピアノだが、決して予定調和的ではない。良質のアドリブ演奏が展開されるからだ。テーマを美しく奏で、流麗なアドリブ演奏に突入する。構成的と思ってしまうのは、アドリブが流麗すぎるからだろう。
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SDGs唐桑半島トレッキングワークス

2022年06月06日 | 今日の一枚(M-N)
◎今日の一枚 581◎
New York Trio
Always
 昨日の日曜日、「SDGs唐桑半島トレッキング・ワークス」というイベントに家族で参加した。宮城オルレ唐桑コースとみちのく潮風トレイルの一部を歩きながらちょっとだけごみ拾いをし、フィニッシュ後はお弁当と海鮮浜焼きをごちそうになるという趣向だった。途中、たい焼きならぬサンマ焼きをいただいたり、フィニッシュ地点の中井小学校からスタート地点の半造レストハウス前までバスで送迎してもらったりして、参加費1000円は安いと思った。
 歩きながら、ニッコウキスゲという高山植物に出会った。高山植物だが、海風が冷たいのでここにも咲いているのだという。なかなか品のある可愛い花だと思った。歩行距離は5キロ弱だったので、トレッキングとしては不完全燃焼だが、病み上がりの身体のリハビリにはちょうどいい。また、たまには大勢で同じコースを歩くのも悪くない。スタート直後は団子状態でちょっと密な感じだったが、しだいにばらけていい感じで歩くことができた。
 こんなイベントがあったら、また参加してみたい。

 今日の一枚は、ビル・チャーラップ率いるNew York Trioの2008年作品"always" である。こういう古き良きアメリカの青春を想起させるジャケットは大好きである。ジャケ買いしていまう。New York Trioをよく聴いたのは、10年程前だった気がする。熱狂的に好きだったわけではなかったが、何となくいい感じだなと思ってCDを買ってしまう感じで、気づいたら結構な枚数を所有していた。最近、何かの作業をしながら聴くことが多い。いい気分で仕事ができる。
 ビル・チャーラップは、もちろんいいピアニストだと思う。New York Trioの時は、ジェイ・レオンハートの端正なベースに包まれて特に好きだ。奇をてらわず、過度の自己主張をしなくても、きちんと存在感を示すことのできるベーシストだと思う。
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つつじ満開の徳仙丈山2022

2022年05月14日 | 今日の一枚(A-B)
◎今日の一枚 580◎
Bill Charlap Trio
'S Wonderful
 昨日の雨が上がったので、家族で午後から徳仙丈山に登った。徳仙丈山は、私が住む気仙沼市のつつじの名所である。山麓・中腹は満開で、本当に美しい光景を目にすることができた。GWに一度登ったおかげで、今回は胸が苦しくなったりすることなく、スムーズに登ることができた。家族の様子を見る心の余裕もあり、帰りは脇道にも入るなどプチ冒険しながら下山した。

 第一展望台から見たつつじが原と、つつじ街道の様子である。

 山頂付近はつぼみが目立つものの、すでに咲いているものも多かった。来週あたりには、山頂も満開になるかもしれない。天気が良ければ、昨年同様、急登を含む気仙沼口~本吉口の縦断トレッキングに挑戦したいと思った。

  山頂からの眺めはやはり素晴らしい。旧式のi phoneで撮影した写真では小さくしか見えないが、気仙沼湾横断橋や気仙沼大島大橋が大きくはっきりと見えた。山頂の、徳仙丈の神様にお参りして下山した。

 今日の一枚は、ビル・チャーラップ・トリオの2002年作品、'S Wonderfulである。『スウィング・ジャーナル』誌がこのアルバムの宣伝攻勢を行っていたのが昨日のことのようだが、もう20年も前のことだということに改めて驚く。いつもながらの、ビル・チャーラップの寛いだ感じのピアノが好ましい。このピアニストの高音のタッチが好きだ。美しいオルゴールのようだ。
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徳仙丈なう2022①

2022年05月04日 | 今日の一枚(A-B)
◎今日の一枚 579◎
Bill Evans
You Must Believe In Spring

 思い立って、つつじの名所、徳仙丈に登った。今、山頂である。
 昨年入院してからすっかり体力が落ちてしまった。退院して以降、冬だということもあり、トレッキングはサボっていた。もうそろそろトレーニングを開始しようと思い立ち、軽めのコースということで登って来たのである。
 予想通り、まだつつじは咲いておらず、山麓、中腹のツツジはこんな感じだ。後2週間程度で咲く感じだろうか。


 第一展望台からの「つつじが原」の眺めは、こんな感じである。最盛期にはつつじの絨毯となる。
 
 
 山頂からの眺め(上:本吉側と下:気仙沼側)である。太平洋と気仙沼湾が見える。

 やはり、ブランクは大きく、途中、胸が痛くなったりしたが、休み休み登り、何とか山頂まで辿り着いた。ハードなコースにチャレンジするためには、もう少しトレーニングが必要のようだ。今、山頂付近に横になって休みながらこの記事を書いている。
 さて、下山するか。(14:30)

 帰宅した。追記したい。下山は、膝と太ももに負担がかかり、ちょっとしんどかった。明日、傷みだすかもしれない。市街地から気仙沼側登山口までのアクセス道が整備され、昨年に比べてずっと行きやすくなった。最盛期ないにもかかわらず、駐車場には車が10台程度止まっていた。

 今日の一枚は、ビル・エヴァンスの『ユー・マスト・ビリーブ・イン・スプリング』である。録音は1977年、リリースはエヴァンスの死の翌年1981年である。エヴァンスの作品の内、五指、あるいは三指に入るほど好きな作品である。山歩きをしている間、なぜだか無性にJazzが聴きたかった。Bluetoothスピーカーを持参しなかったのを悔やんだほどだ。
 帰宅してこのアルバムを聴いている。なぜエヴァンスの、このような《暗い》作品を選んだのか、自分でもよくわからない。帰りの車の中で、このアルバムを聴きたいと、頭に浮かんだのである。たった一人の山歩きの中で、いい年をして内省的になったからかもしれない。
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古いアコースティックギター

2022年05月04日 | 今日の一枚(A-B)
◎今日の一枚 578◎
Live Adventures of 
Mike Bloomfield & Al Kooper
 古いアコースティック・ギターがある。アコースティック・ギターというよりフォーク・ギターという感じかもしれない。最近のアコギと比べると、ちょっと大型のようだ。おそらくヤマハのFGシリーズだと思うが、ラベルがないので型番はわからない。高価なものではない。恐らくは当時2万円程度のものではなかったかと思う。高校生の頃、「天国への階段」を演奏するために買ったのだ。その後、弾くのはエレキギターばかりだったので、大人になり、酔っぱらったときにたまに手にするぐらいだった。最近、ダイナミック・ギター(→こちら)やエレガット(→こちら)などアコースティックギターを弾くことが多くなり、このフォーク・ギターにも手を入れてみようと思った。ただ、スチール弦のギターにはそんなに興味はない。新しいものを購入しようという気はおきない。
 とりあえず、ピンとサドルを交換してみた。ピンを真鍮製のものに交換し、サドルーを牛骨のものにした。牛骨サドルは紙やすりで削ってフィットさせたが、実際に弦を張ってみると、ちょっと弦高が高い気がする。まあいい。この次に弦を交換するときに調整しよう。音は凄く響くようになった。ただ。、ちょっと響きすぎである。サスティンが長すぎて、不自然に感じる。音もキラキラしている。私が最近ナイロン弦のギターに興味を感じるのは、柔らかな音色とともに、今にも消え入りそうな響きにあるのだ。
 とはいえ、せっかく手を入れたのだ。たまには手に取って弾いてみようと思う。
 今日の一枚は、アル・クーパー&マイク・ブルームフィールドの1969年作品、『フィルモアの軌跡』である。いいギターだ。ああ、最高だ。興奮している。過剰なディストーションをかけず、原音に近いトーンで奏でられるブルースフレージングに魅了される。
 恥ずかしながら、このマイク・ブルームフィールドというギタリストをこれまで聴いたことがなかった。最近アル・クーパーを聴き(→こちら)、彼の他の作品をapple music で聴いているうちに出会ったのだ。渋谷洋一『ロック~ベスト・アルバム・セレクション』によると、このアルバムは、『クリームの素晴しき世界』とともに、60年代のインプロビゼーション主体のブルースロックの記念碑的作品、なのだそうだ。知らなかった。私はクリームももちろん好きだが、このアルバムを聴いてこっちの方に共感を感じている。渋谷陽一の評価は過大なものではないと思う。
 もっと若い頃に聴いていたらどうだっただろうか。マイク・ブルームフィールドというギタリストに熱中しただろうか。そうなったような気もするが、今の年代だからこのシブいギタリストを正当に評価できるという気もする。
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さようならK先生

2022年05月01日 | 今日の一枚(U-V)
◎今日の一枚 577◎
上田知華+KARYOBIN
上田知華+KARYOBIN[3]
 上田知華さんの訃報に接した数日前、かつて同僚だったK先生が亡くなった。退職して10年程である。早すぎる死だ。先月、末期のすい臓がんが発見されたが、延命治療を望まず、自宅で療養していたとのことだった。
 彼とは2校で同僚となり、教科は違うが学ぶことの多い先生だった。退職して数年間はいくつかの学校の非常勤講師を務めた。底辺校の国語の授業での作文指導を楽しそうに語っていた。その後は、中国人など海外から来た生徒の学習支援のために、無料の学習塾を運営したりしていたようだ。
 私が30代前半の頃、赴任したばかりの進学校で彼のクラスの副担任を務めた。卒業式後の最後のHRに驚愕した。生徒が自ら企画運営し、それぞれの生徒が挙手して次々に発言していった。生徒たちは、自分の思いを吐露し、人前では言いにくい自分の醜い部分について話す生徒も多かった。HRは長時間に及んだが、担任のK先生はほとんどしゃべらず、笑顔で話を聴いていた。ずっとだ。すごいクラスだと思った。自分にこのようなクラスが作れるだろうかと自問自答した。
 彼の死を知ったのはやはり元同僚の先輩教師からの電話だったが、火葬・葬儀は近親者のみで済まされており、その日に「お別れ」のみ行われるという。供物・香典も固辞するとのことだった。「お別れ」に行くと、彼の置手紙をもらった。「お別れ」に来てくれた人への手紙だった。死と向かい合い、それを受け入れながら書かれた、いい文章だった。彼らしいと思った。

 今日の一枚は、上田知華+KARYOBINの1980年作品、『上田知華+KARYOBIN[3]』である。apple music でしばらくぶりに聴いている。前作よりソフィスティケートされた作品であり、完成度も高い。ヒットした④パープルモンスーンはもちろんいい曲だ。女性が自分を解放して自己表現し、元気になりはじめた、80年代初頭の雰囲気をよく表しているように見える。けれども、私は②ベンチウォーマーを聴きたいと思う。この時代の、内気な女性の内面の葛藤をよく表しており、共感を禁じ得ない。

 同時期に、同じすい臓がんで亡くなったからだろうか。何の関係もないはずの上田知華とK先生とがダブってイメージされてしまう。
 さようなら、K先生。
 
 
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上田知華さんの訃報に接した

2022年05月01日 | 今日の一枚(U-V)
◎今日の一枚 576◎
上田知華+karyobin
上田知華+karyobin[2]
 上田知華さんの訃報に接した。昨年9月にすい臓がんで亡くなっていたとのことだ。64歳だったらしい。
 上田知華をフォローしてきたわけではない。彼女の作品を聴き続けてきたわけでもない。70年代末か80年代の初頭、巷間で流れる上田知華+karyobinというグループの斬新な編成が何となく気になり、三軒茶屋の貸しレコード屋で作品を借りた。悪くない、と思った。その時、ダビングしたカセットテープを今でも持っている。持っているのは『上田知華+karyobin[2]と『上田知華+karyobin[3]のみだが、結構聴いたと思う。apple musicにあったので、しばらくぶりに聴いている。悪くない。

 今日の一枚は、上田知華+karyobinの1979年作品、『上田知華+karyobin[2]』である。ずっと以前に記したことだが(→こちら)、このアルバムの中の②サンセットという曲が好きだ。学生時代に、図書館の第二閲覧室の窓から眺めた、夕暮れのキャンパスの風景が甦ってくるようだ。
 15年程前に書いたその記事には、こんな文章があった。
 上田知華+KARYOBINは、ピアノ+弦楽四重奏というめずらしい編成でポップスを演奏したグループで'78年夏にデビューしている。上田知華+KARYOBIN[2]というアルバムについては、データがないのではっきりしたことはわからないが、状況から1979年の作品ではないかと推察される。全体的に素人っぽさが感じられ、楽曲や歌詞、サウンドには破綻も多いが、既成のポップスに対して新しい何かを持ち込もうとする清新な気概は感じられる。また、素人っぽいだけに、70年代末の内気で控えめな、あるいはおきゃんでいたずらっぽい女の子の心象風景がリアルに表現されているようにも思う。 
 ちょっと評論家めいた嫌な書き方だが、今日聴いて大体同じような感想をもった。
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IgA腎症と私⑮

2022年04月12日 | IgA腎症と私
扁桃摘出7か月目の私
 昨日は通院日だった。およそ扁桃摘出7か月目になる。
 eGFRは41.66、クレアチニン1.40、タンパクは-、尿潜血は1+、赤血球1/スウだった。担当医の話では、検査結果は前回とほとんど変わらないが赤血球がほとんどでていないので、腎炎はほとんど治っていると考えられるということで、何もなければ、腎機能が下がることはないだろうとのことだった。腎機能が今後向上するかどうかはわからないが、現在の腎臓の力はこの程度なのかもしれず、このまま横ばいかもしれないといわれた。ここ数か月eGFRの値は横ばいなので、このあたりで現状維持をめざすということになるのかもしれない。
 服薬するステロイド(ブレトニン錠5mg)は、隔日1錠となった。また、最近血圧が高いことを伝えると、イルベサルタン錠(100mg)が朝夕2回の服用となった。他に、フェブリック錠(10mg)、オメプラゾール(10mg)は、これまで通り一日1回、ボナロン経口ゼリー(35mg)もこれまで通り毎週火曜日服用である。
 次回の通院は6月中旬、それ以降はステロイドの服用はなくなるとのことだった。
コメント (3)
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梅も咲き、白鳥も飛び立った

2022年04月02日 | 今日の一枚(C-D)
◎今日の一枚 575◎
Charlie Haden & Jim Hall
 
 今年は、庭の梅の花がなかなか咲かなかったが(→こちら)、私の住む街にもやっと春の足音が聞こえはじめたようだ。数個のみだが、庭の梅の花も咲きはじめた。つぼみももう少しで咲きそうな気配だ。冬にはたくさんの白鳥が見られた近くの菖蒲沢池も、今朝行ったところもう白鳥は一羽もおらず、数羽の鴨が泳いでいるのみだった。未だ風は冷たいが、日差しは柔らかになってきている。
 最後の一年が始まる。この一年で定年退職だ。自分が定年退職だなんて信じられない。気力が充実していれば再任用制度を利用するかもしれないが、最後の一年は丁寧にしっかりやろうと思う。
 今日の一枚は、『チャーリー・ヘイデン&ジム・ホール 』である。1990年のモントリオール・ジャズ・フェスティヴァル でのライブ録音盤である。
 考えてみれば、2人ともデュオの名手である。チャーリー・ヘイデンは、キース・ジャレットやハンク・ジョーンズ、パット・メセニーなどと、 ジム・ホールはビル・エヴァンスをはじめ、ロン・カーター、パット・メセニー などと名盤として名高い作品を残している。悪い作品であるわけがない。ベースとギターのデュオということで、低域から中域がサウンドスペースを占め、安定した柔らかく優しいトーンになっている。
 窓から見える青い空と春の訪れを感じさせる風景を見ながら、この作品を聴いている。心が穏やかになってくるのがわかる。
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後妻(うわなり)打ち

2022年03月30日 | 今日の一枚(G-H)
◎今日の一枚 574◎
日向敏文
夏の猫 Chat 'd Ete
 『鎌倉殿の13人』の話題である。
 先週の放送で、北条政子が、源頼朝の愛妾の亀の前が住む屋敷を襲わせた場面があった。亀の前が預けられている伏見広綱の屋敷を襲撃させたのだ。《後妻(うわなり)打ちである。《後妻打ち》は、平安中期から江戸前期にかけて実在した慣習であり、女友達を大勢呼び集めて、夫を奪った憎い女の家を襲撃して徹底的に破壊する行為だ。ときには相手の女の命を奪うこともあったようだ。興味深い風習である。「うわなり」とは、古語で前妻を意味する「こなみ」に対する後妻、あるいは第二夫人・妾を意味する言葉だ。清水克行『室町は今日もハードボイルド~日本中世のアナーキーな世界~』は、いくつかの事例をあげて《後妻打ち》について詳述しており、やはり広く実在した慣習のようだ。
 清水氏は、後妻打ち》は中世の女性に当たり前に許されている行為だったとして、この妾襲撃事件が政子の嫉妬深さや男まさりな性格を際立たせる材料として使われることに不満の意を表している。もっとも、『鎌倉殿の13人』では、政子はそんなに派手にやるつもりはなかったものの、源義経が勝手に大規模な破壊活動を行ったものとして描かれている。後妻打ち》という、中世に広く実在した慣習に配慮したのかもしれない。
 いずれにしても、大河ドラマでこういった中世の慣習が描かれるのは興味深いことである。

 今日の一枚は、日向敏文の1986年作品、『夏の猫』である。若い頃、日向敏文の作品をよく聴いた時期があった。きっかけは、大貫妙子の作品に日向敏文が参加していたことだったように記憶しているが、貸しレコード屋で借りたレコードを録音したカセットテープでずっと聴いていた。たまたま、apple music で発見し、外付けUSB-DACを通して聴いている。懐かしい音楽の響きである。昨日からちょっとイライラしていたが、おかげで心が穏やかになってきた。狂おしくも美しい④ 孤独なピアノや、印象的な⑥異国の女たちは出色である。
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イチローズ・モルト

2022年03月26日 | 今日の一枚(M-N)
◎今日の一枚 573◎
Thelonious Monk
Monk's Music
 昨年の秋、思いもかけず大学時代の友人から『イチローズ・モルト』が届いた。数年前に、その友人が東北地方を旅行した際、一関に立ち寄ってもらい、ともに飲んだのだが、その時お土産として『イチローズ・モルト』をもらった。赤い葉っぱのラベルのものだった。もちろん、美味しかった。また手に入ったら送るよとのことだったが、今回のは黒いラベルのものだった。
 イチローズモルトは、「株式会社ベンチャーウイスキー」が造る、ジャパニーズウイスキーで、埼玉県の「秩父蒸溜所」にて、2007年11月より生産されているとのことだ。世界中から高評価を受け、入手困難のものが多数存在する、絶大な人気を誇るウイスキーであり、定価で入手するのが難しいらしい。「イチローズ・モルト」の名前は、創業者の「肥土伊知郎(あくといちろう)」氏からきているようだ。

 貴重なウイスキーということで、ずっと飲まずにしまっておいたが、4月からの異動が決まり、今の職場での仕事に一段落ついたことから、数日前に一杯だけ飲んでみた。美味い。やはり美味い。最高だ。独特のバニラのようなまろやかな味わいに、思わず笑みを浮かべ、唸ってしまった。

 今日の一枚は、セロニアス・モンクの1957年録音盤『モンクス・ミュージック』である。②ウェル・ユー・ニードントや⑤エピストロフィーで打ち合わせ不足による勘違いのプレーがあるが、そんなことが気にならないほど充実した作品だ。ホーン入りの作品ということで、ピアノソロの時の奇妙に歪んだ独特の世界観は若干違うが、演奏全体にモンクの影響が漂っているのがよくわかる。
 何となく郷愁を感じる、①アバイド・ウィズ・ミーが好きだ。こういう音楽を聴くと、今夜も貴重な「イチローズ・モルト」が飲みたくなってしまう。
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梅はまだか

2022年03月21日 | 今日の一枚(A-B)
◎今日の一枚 572◎
Alan Gorrie
Sleepless Night
 庭の梅がまだ咲かない。いつもならもう咲いている頃だ。私の住む宮城県気仙沼市は、風はまだ冷たいが、それでも日差しはだいぶ暖かくなってきた。梅にはやっと小さなつぼみができたが、まだまだ硬いようだ。咲くまでには、もう2週間以上はかかりそうだ。梅だけではない。花桃も花海棠もハナミズキも、今年はまだまだかかりそうだ。
 庭が色付かないと寂しい。春が来た感じがしない。
 今日の一枚は(といっても3枚目だが)、アラン・ゴリーのデビュー作、1985年作品の『スリープレス・ナイト』である。レコード棚を整理していて発見した一枚である。その存在は知っていたし、何度か聴いたことも覚えている。しかし、どんな経緯で買ったのか、全く思い出せない。アラン・ゴリーがどんな人なのかも知らない。このアルバムがリリースされた1985年前後は、私がAORを聴きはじめた時期なので、その流れでどこかで知ったのだろう。webで検索すると、アラン・ゴリーという人は、スコットランドのミュージシャンで、ソウル、ファンク系バンド「アヴェレージ・ホワイト・バンド」の中心メンバーの一人ようだ。 ②Diary of A Fool は佳曲である。この曲を聴いて、当時の情景が何となく蘇ってきた。
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八重姫

2022年03月21日 | 今日の一枚(O-P)
◎今日の一枚 571◎
Peter Allen
Bi-Coastal
 『鎌倉殿の13人』の話題である。
 ガッキー演じる八重姫のことが気にかかっている。八重姫は伊東祐親の三女とされるが、wikipediaによれば、延慶本『平家物語』、『源平盛衰記』、『源平闘諍録』、『曽我物語』などの物語類にのみ登場し、古記録などの同時代史料や『吾妻鏡』などの編纂史料には見えないという。 源頼朝の最初の妻であり千鶴丸を生んだとされるが、史実かどうかはわからない。大河ドラマの脚本はそれら物語類に立脚したもののようだ。
 ドラマでは、頼朝の最初の妻だった八重姫に、小栗旬演じる北条義時が思いを寄せる筋書きとなっているが、中世史家の坂井孝一氏は、八重姫が北条義時と再婚して、北条泰時を産んだのではないかとの仮説を提示している。北条泰時の母は、出自不明で「御所の女房」とのみ記される人物であり、ありうることかもしれない。『鎌倉殿の13人』の時代考証を務めているのは坂井氏その人であり、ストーリーはそういった方向に進むのだろう。

 今日の一枚は、ハリー・アレンの1980年作品、『バイ・コースタル』である。先日、「ひまわり」のテーマの入ったレコードを探そうと、レコード棚を物色中に目にとまった。買ったことは憶えており、その存在も認識していたが、思い起こすと聴いた記憶はほとんどない。
 帯には、「ピーター・アレンは、洗練されたアメリカン・ポップ感覚の持ち主であるとともに、私の最も好きなソングライターの1人です。今回はデヴィッド・フォスターをプロデューサーに迎え、まさしくバイ・コースタルな雰囲気で一杯の素敵なアルバムを作ってくれました。」という竹内まりやの推薦文が載っており、参加ミュージシャンにも有名どころのミュージシャンが名を連ねている。
デヴィッド・フォスター(key)
ジェイ・グレイドン(g)
スティーヴ・ルカサー(g)
ジェフ・ポーカロ(ds)
マイク・ポーカロ(b)
 悪くない。なかなかいいアルバムだ。特に、②Fly away は印象深い佳曲である。2回繰り返して聴いているうちに、何だかサウンドに同化してきた。同時代に聴いていたら、お気に入りの一枚になったかもしれない。

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ひまわり

2022年03月21日 | 今日の一枚(E-F)
◎今日の一枚 570◎
Best Of Screen 
 ~Love Theme
 ロシアによるウクライナ侵攻事件が起きてから、ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニが共演した映画『ひまわり』のことが時折頭をよぎっていた。好きな映画の一つだったのだ。『ひまわり』の再上映が広がっているというニュースにも接し、もう一度見たいという思いが高まった。ところがである。探してみてもnetflixにはなく、近隣のレンタル店にもなかったのだ。仕方なく通販で廉価版のDVDでも購入しようかと考えていた矢先に、この間の地震があった。
 家には被害がなかったが、私の書斎は例のごとく棚から本やCDが落ち、メチャメチャになってしまった。数日間放置して、片付けに取りかかったのは土曜日である。ところが、落下物の中から『ひまわり』のDVDを発見したのだ。昔、TVで放映されたものを録画したもののようだ。ちょっとした幸運である。
 しばらくぶりに見た『ひまわり』は新鮮だった。ストーリーは大体知っているので、ディテールに目が行ったのだ。ひまわりは現在ウクライナの国花らしいが、花言葉は《あなただけを見つめる》だ。映画のソフィア・ローレンのようだ。あの印象的なウクライナのひまわり畑の下には、ロシア兵やドイツ兵やイタリア兵が眠っているという話が出てくる。映画の最後には、一本のひまわりがアップで撮られ、そこからカメラは引いていき、広大な領域に広がる無数のひまわりが映し出される。恐らくは、最初の一本のひまわりはソフィア・ローレンとその悲しい物語の象徴なのであり、広大なひまわり畑はそのような悲しい物語が無数に存在することを表しているのだろう。陽気で明るいイメージのひまわりに悲しい物語を投影することで、その対比によって深い悲しみが静かに広がっていくのだ。

 今日の一枚は、『愛の映画音楽全曲集』である。演奏者はThe Film Symphonic Orchestra とあるが、どのようなオーケストラなのかわからない。企画物なのであろう。レコード棚にあった古いLPである。『ひまわり』のテーマが聴きたくて取り出してみた。いつ買ったのか全く記憶にない。自分で買ったことは憶えている。『ラスト・コンサート』のテーマ曲を聴きたくて買ったのだ。ロックやジャズしか聴いてこなかった自分が、ある時点で映画音楽のレコードを買っていたことはちょっとした驚きだ。
 『ひまわり』のテーマはいい曲だ。映画のいたるところに効果的に配され、強く印象に残る曲だ。映画を見た後に聴いた所為だろうか。ここ数日、耳にこびりついて離れない。
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