WATERCOLORS ~非哲学的断章~

ジャズ・ロック・時評・追憶

トリオ 99→00

2007年07月16日 | 今日の一枚(O-P)

●今日の一枚 183●

Pat Metheny

Trio 99→00

Watercolors_17 パット・メセニーの1999年作品、『トリオ 99→00』だ。ギター・トリオによるストレート・アヘッドなジャズ演奏で、密度の濃い緊張感のあるインタープレイが展開される。とてもスリリングだ。けれども、そうした即興演奏の後の最後の曲 ⑪ Travels は格別だ。アメリカン・フォーク調の叙情的で美しい旋律は、心の一番柔らかなところに届き、、胸がしめつけられるようだ。じっと聴いていると、涙がこみ上げてくる程だ。このアコーステック・ギターによるピュアで繊細な演奏は、私が初めて生のパット・メセニーを見た時の感動を思い出させる。

 あれは、1990年のライブ・アンダー・ザ・スカイだっただろうか。私が行った仙台会場での演奏は、パット・メセニー・グループ、デヴィッド・サンボーン・グループ、そしてマイルス・デイヴィス・グループという短縮版だった。私はマイルスの演奏に期待して行ったのだが、残念ながらこの時のマイルスは、ほとんどソロをとらず、若手ミュージシャン中心の演奏内容も私にとっては満足できるものではなかった。当時は脳天気なデヴィッド・サンボーンの演奏も好きになれず、はっきりいってストレスのたまるライブだった。そうした中で、私の心に残ったのは、前座の地位に甘んじていたパット・メセニー・グループの演奏だった。夕暮れ時に、おもむろにアコースティック・ギターを弾いてはじまったパットのライブは、その響きが仙台の夕暮れの風景に溶け込むかのようだった。優しく柔らかな音たちが、まだ明るい空に解き放たれ、広がっていくのがありありとわかった。以来私は、パットのアコースティック・サウンドを一層好きになった。パットのアコースティック・ギターを聴くたびにあの時の情景がよみがえるのだ。

 『トリオ 99→00』と題されたこの作品は、それ自体、その緊張感溢れるインタープレイにより、非常に優れたアルバムだと思うが、最終曲 ⑪ Travels によって、アルバム全体が意味づけられ再構成されて、全く違うアルバムに変貌するような気がする。この最後の曲があることによって、感動的なトータルアルバムになっているような気がするのだ。

 マイルス・ディヴィスは、このライブの翌年、1991年9月28日に亡くなってしまった。私にとってはまったく突然のことだった。私が一度だけ見た、生のマイルス・ディヴィスの演奏が"最低"の出来だったことは、今でも私の人生の中の残念な出来事のひとつとなっている。彼の存命中に"本当のマイルス"を見たかったと思う。あのライブに行かなければ良かったと思うこともあったが、それを打ち消すほどに、"前座"のパット・メセニーの演奏は素晴らしかった。