診断基準は変わっていません。
『高血圧治療ガイドライン2019』による「高血圧」の診断基準は、診察室での血圧で、上の血圧(収縮期血圧)が140mmHg以上、下の血圧(拡張期血圧)が90mmHg以上であり、この基準は変更されておりません。「正常血圧」は120/80 mmHg以下、「正常高値血圧」は120~129/80 mmHgです。高血圧の程度によってⅠ~Ⅲ度に分類され、140~159/90~99mmHgを「Ⅰ度高血圧」、160~179/100~109mmHgを「Ⅱ度高血圧」、180/110mmHg以上を「Ⅲ度高血圧」としています。
変更されたのは、全国健康保険協会(協会けんぽ)が、重症化予防事業として行っていた、未治療者への受診勧奨基準が、「収縮期:140mmHg以上/拡張期:90mmHg以上」Ⅰ度高血圧の基準から、2024年(令和6年)4月から「収縮期:160以上/拡張期:100以上」II度高血圧になったことです。
変更の理由は明らかにされていません。高血圧は患者数が約4,300万人と推定される巨大マーケットです。受診勧奨基準を引き上げることで、医療機関の受診者数を抑制でき、医療財源(健保組合)の負担が軽くなります。以前は早期の介入で血圧を下げ重症化を防ぐことで、医療費を減らせると目論んでいたのが上手くいかなかった。一方基準を上げると、降圧剤の市場が縮小してしまう可能性があります。なぜかこの変更は新聞やテレビではほとんど報道されていません。製薬メーカーはマスコミに莫大な広告費を払っているお得意さまです。
なお2019年の英国政府のガイドライン(NICE)では、高血圧に対する医療介入は収縮期160/拡張期100mmHg以上となっています。
急激に血圧が上がった場合には頭痛、吐き気などの症状がありますが、健診で指摘されるような高血圧はほとんど症状がありません。痛くも痒くもないのに治療しなくてはならないのは、高血圧は脳卒中や心筋梗塞といった重大な合併症を引き起こすリスクがある、とされているからです。
最近の研究から、Hypertension Research誌オンライン版2024年4月8日に掲載された、横浜市立大学データサイエンス研究科からの報告をご紹介します。
関東・東海地方に本社のある企業など10数社による職域多施設共同研究“Japan Epidemiology Collaboration on Occupational Health Study”(J-ECOHスタディ)に参加した、高血圧の治療中ではない就労者8万1,876人を9年間追跡調査した結果、「少し高い血圧」の段階から脳・心血管疾患の発症リスクが高まることが確認されています。
参加者は、ベースライン時に降圧薬を服用していない20~64歳の就労者8万1,876人。血圧分類は、2010年度または2011年度の血圧値を『高血圧治療ガイドライン2019』に基づき、正常血圧、正常高値血圧、高値血圧、I度高血圧、II度高血圧、III度高血圧の6群に分類しました。脳・心血管疾患発症の定義は、コホート内で脳・心血管疾患、疾病休業、死亡の3種類の登録制とした。追跡期間は2012~21年の最大9年間。統計解析はCox比例ハザードモデルを用いハザード比(HR)を算出しています。
結果は以下のとおり。
・追跡期間中に334例の心血管イベント、75例の心血管死亡、322例の全死因死亡がみられた。
・正常血圧を基準とした心血管イベントの多変量調整HRは、正常高値血圧が1.98(95%CI:1.49~2.65)、高値血圧が2.10(95%CI:1.58~2.77)、I度高血圧が3.48(95%CI:2.33~5.19)、II度高血圧が4.12(95%CI:2.22~7.64)、III度高血圧が7.81(95%CI:3.99~15.30)だった。
・最も集団寄与危険度割合が高かったのは高値血圧で17.8%、次いでI度高血圧で14.1%、正常高値血圧で8.2%と続いた。
以上の結果から、少し高い血圧(正常高値血圧)の段階から脳・心血管疾患発症リスクに対する取り組みが必要であることが明らかとなりました。
血圧は「心臓からの血液拍出量」×「末梢血管の抵抗」、つまりポンプの出力とホースの流れやすさで決まります。そして血管系は風船のような閉鎖系ですから、かかる圧力は理論上どこも一定です。風船は膨らましていくと内圧が高まり、どの部分にも同じ圧力が掛かっているので、薄いところ、脆いところから破れる。これが脳出血や動脈瘤破裂の本態です。
末梢血管の抵抗は、血管の径としなやかさと、詰まり具合で決まります。年齢ともに動脈硬化は進むので、血管はしなやかさを失い、詰まってきます。個人差があるものの、加齢によって血圧が上がることは防げません。動脈の壁には筋肉の層があるので、径はコントルールできます。血管が広がると抵抗は下がり、血圧が下がります。我々はホルモンや神経伝達物質を使って全身や局所の血管の径を変えることで、血圧をコントロールしていますが、これは自律神経系の働きなので、自分の意志で血管の太さを操ることはできません。
心臓からの血液拍出量は1回の拍出量×心拍数でコントロールされます。1回の拍出量には限界があるので、運動時など、たくさんの血液が必要なときは心拍数が上がるわけです。また加齢や心不全で1回の拍出量が減ると、頻脈になります。
血圧は複雑な要因でコントロールされ、我々の状況に応じて時々刻々変化していますが、我々はそれを自覚することはありません。
紀元前1世紀頃、中国の医学書「黄帝内径」に“脈が鉄を打つように激しく触れる時が病の始まりである。食塩を多量に摂ると脈は強くなる”との記載があり、脈圧は意識していました。漢方では今日でも脈診を重視しています。
人類が血圧を知るのは17世紀以降です。イギリスのウイリアム・ハーベイは、1628年に血液循環説を発表。血液は大静脈から心臓に入り、心臓から大動脈を経て静脈へ一方通行で流れ、循環すると説明しました。それまでは、循環ではなく、肝臓で作られた血液が心臓から送られ、臓器や末梢で消費されていると考えられていました。
1733年同じくイギリスのステファン・ハーレスがウマの頚動脈にガラス管を挿入して 、その高さにより血圧値を認識しました。ちなみに丸善の理科年表によると、地球上の動物で最も血圧が高いのはキリンで、260 mmHg、これは首が長く心臓から頭までの距離が3 mもあるからで、ついでゾウの240 mmHgです。イヌは112 mmHgなのにネコは171 mmHgで、血圧は背の高さや身体の大きさだけで決まるものではないことがわかります。
人間の血圧が初めて測定されたのは1828年、フランスのハーゲン・ポアズイユが、人間の動脈に水銀U字管を挿入し、水銀(Hg)の柱にどのくらいの圧力がかかるのかを調べました。今でも血圧の単位として「mmHg」が使用されています。その後1876年ウィーンのフォンヴァッシュが水銀U字管を改良して、水を満たした袋を櫈骨動脈にあてその拍動の消失点で収縮期血圧を定量的に測定することに成功します。
直接血管に管を刺すことなく、現在のように間接的に血圧を測る方法が考案されたのは、1896年、イタリアのシピオーネ・リバロッチが上腕にカフを巻いて圧をかけ、カフを緩めていき、血流を蝕知する点の圧力を水銀柱で測定する方法を考案しました。その後、ロシアのニコライ・コロトロフは1905年、カフを用いて上腕の動脈を圧迫し、聴診器で血液が流れる音聞いて血圧を測定する方法を考案します。これにより、収縮期血圧(上の血圧)と、拡張期血圧(下の血圧)の両方を測定できるようになりました。現在の血圧計もこのコロトロフ法の原理に基づいています。
20世紀に入り、人類が血圧を簡便に測定できるようになったことで、血圧と疾患を結びつけて考えるようになりました。
ハーヴェイ・クッシングは、リバロッチの血圧計をアメリカに持ち帰り、下垂体腫瘍の患者の術前、術後の血圧を測定し、腫瘍を手術切除することで、血圧が下がることを確認しました。1912年、血圧を上げるホルモンを産生する下垂体の腫瘍についての論文を発表し、現在でもこの病気はクッシング病と呼ばれています。
アメリカの保険会社は1911年頃、保険加入者の血圧を医師に測定してもらい、心筋梗塞や脳卒中との因果関係を調査を開始していますが、当時は高血圧を肯定する考えが主流でした。血圧が下がると臓器の障害が進むと考えられていて、また血圧を下げる方法もありませんでした。
1898年には、スウェーデンのロベルト・ティゲルシュテットは、ウサギの腎臓の水抽出液に血圧を上げる作用のあることを見いだし,その物質をレニン(腎臓はラテン語でren)と命名しました。1934年にイギリスのヘンリー・ゴールドブラッドは、高血圧患者を剖検すると、腎臓輸入細動脈が極めて狭細化していることに着目、実験的に犬の腎動脈を細く狭くすると血圧が上昇することを確認して発表しました。レニン・アンギオテンシン系のホルモンが血圧に影響することを発見、確認したことは、後の降圧剤の創薬につながります。
20世紀半ばになると、先進国では脳血管障害による死亡者数が、結核などの感染症を上回るようになります。1949年にはアメリカ・マサチューセッツ州のフラミンガムという町で、大規模な疫学研究が開始され、血圧や血中の脂質、血糖と病気と関連、遺伝的な素因、生活習慣との関係なども疫学的に明らかになりました。我が国では1961年にフラミンガム研究をモデルに、福岡県の久山町で疫学研究がスタートし、現在も継続しています。「久山町研究」は生活習慣病やがんについての有益なデータを提供しています。
高血圧が脳血管障害など多くの疾患と関連していることがわかると、血圧を下げる薬が開発されるようになりました。1957年の利尿薬(サイアザイド系)を皮切りに、1964年にβ遮断薬、1971年にカルシウム拮抗(きっこう)薬、1975年にα遮断薬、1977年にアンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE)、1991年にアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)が登場します。血圧を薬である程度コントロールできるようになった結果、日本では脳血管障害による死亡者数が1970年代をピークに減少しました。
我が国で血圧の考え方が取り入れられたのは、明治の終わりから大正にかけてといわれています。
高血圧は英語のHypertensionの訳ではありますが、「高血圧」という言葉が初めて使われたのは、1924年(大正13年)です。現在の田辺三菱製薬である田辺元三郎商店が、日本で初めての血圧降下剤『アニマザ』をドイツから輸入し、その新聞広告に「高血圧、血圧高ければ命短し」というキャッチコピーを記載しました。この広告を作ったのは、後にエーザイを創業する内藤豊次です。我が国の医学論文に「高血圧」という用語が使われるのは、それ以降です。
1959年、東京大学の江橋節郎は細胞内カルシウム濃度が筋収縮を制御していることを発見し、これが今日のカルシウム拮抗薬の開発にもつながります。カルシウム拮抗薬は、カルシウムの血管筋の細胞内への流入をブロックすることで、血管の収縮を抑制し血圧を下げる薬です。最初の国産の降圧剤は、1974年に田辺製薬(現・田辺三菱製薬)から発売されたカルシウム拮抗薬ヘルベッサー(ジルチアゼム塩酸塩)で、世界中で発売されて田辺製薬の業績を大きく牽引しました。
2008年「高齢者の医療の確保に関する法律」に基づき、40歳〜74歳までの公的医療保険加入者全員を対象とした「特定健康診査・特定保健指導」がはじまりました。腹囲の測定及びBMIの算出を行い、基準値(腹囲:男性85cm、女性90cm / BMI:25)以上の人はさらに血糖、脂質(中性脂肪及びHDLコレステロール)、血圧、喫煙習慣の有無から危険度によりクラス分され、クラスに合った保健指導(積極的支援/動機付け支援)を受けることになります。特定健診と特定保健指導により、我が国では多くの高血圧患者が「掘り起こされ」、治療されるようになりました。
高血圧が脳血管障害や心疾患と関連があることは疫学的に明らかですが、では血圧を下げることでそれらの疾患が回避できるのか?
2013年に、高血圧の治療薬であるディオバン(一般名:バルサルタン)の医師主導臨床研究に、ノバルティスファーマ社の社員が統計解析者として関与していた利益相反問題と、臨床研究の結果を発表した論文のデータに問題があったとして、一連の論文が撤回された事件は記憶に新しいこととおもいます。「ディオバンを服用して血圧を下げている患者さんは、脳血管障害や心疾患で入院したり死亡するリスクが低い」という報告に虚偽があったわけですが、逆に考えるとディオバンをのんで血圧を下げても、実は脳血管障害や心疾患のリスクは下げられないのではないか、ということを示唆しています。
血圧が高いと脳血管障害や心疾患になりやすいは〇、降圧剤を飲めば血圧が下がるも〇、でも降圧剤を飲んで血圧を下げれば脳血管障害や心疾患が防げる、は?なのです。集団でそれを証明することが難しいことはディオバン事件でもわかります。血圧が高く脳血管障害や心疾患になる人は、薬で血圧を下げても発症する、そして血圧が高くても脳血管障害や心疾患になりにくい人は、血圧を下げてもそのリスクは変わらないのではないかしら?一人の患者さんが降圧剤を飲んでいたおかげで、脳血管障害や心疾患が回避できたことを証明するのは不可能です。
人類が血圧を発見し、測定できるようになった当初は、臓器に血液を送るために必要な血圧が高いことはいいこと、と認識されていました。年齢とともに動脈硬化が進むので、臓器や末梢に血液が届きにくくなるので、血圧が上がることは必要なことです。血圧は一つの因子で決まっているわけでなく、全身の多くのセンサーからの情報を統合して自律的にコントロールされています。薬で特定のセンサーに介入して、血圧を下げることが全身にとっていいことなのかは不明です。
ダビデ像やシスティーナ礼拝堂の天井画で有名なミケランジェロは彫刻家を名乗り、画家と言われるのを嫌いました。絵は平面なのでいくらでも修正できるが、彫刻はどこかを修正すると全体に歪みを生じてしまう。彫刻は石膏の中から神の作った像を取り出す作業だと言い、ミケランジェロは彫刻を絵画よりも上に位置付けています。私たちも神が作った像です。血圧という1面を修正すると、全身的には歪んでしまう可能性もあります。
風船は圧を上げると破裂します。でも圧を上げなければ風船はしぼんでしまいます。風船は均質なのでどのくらいの圧がちょうどいいのかはわかりますし、吹き込み圧はコントールできますが、人間は個体差が大きく、血圧を規定する因子は複雑です。破裂を恐れて降圧剤を飲んでいるために、しぼんでしまっているかも?
高血圧のうち内分泌疾患や腎動脈狭窄など、原因がはっきりしている高血圧は少数で、ほとんどの高血圧は原因不明の本態性高血圧です。全身のセンサーの情報を統合して身体が最適と判断している血圧が、学会の決めた基準よりも高い、というものです。本態性高血圧を治療することで、自分にとって最適な血圧を保てていない可能性がある。原因のはっきりしている高血圧や、頭痛や吐き気などの症状を伴う場合以外、降圧剤を服用することには慎重であるべきです。
当院では、今回の基準改定以前から、「収縮期:160以上/拡張期:100以上」II度高血圧に満たない方には、減塩などの生活習慣の改善をお勧めして、一定期間努力しても(努力できないため?)改善しない場合には、糖尿病や腎障害などの合併症も考慮して治療をご提案しています。薬を飲み始めた方でも、血圧が安定したところで、減薬休薬してみることも考慮します。治療で下がった血圧に身体が慣れて、服薬しなくてもセンサーが血圧を低く設定してくれる可能性もあるからです。「降圧剤は一度飲み始めたら一生飲まなくてはならない」は嘘です。気温が上がると血管が広がるので、血圧は下がります。暑くなるこれからの季節は、降圧剤を減薬休薬するチャンスです。春夏は薬を飲まず、秋から冬だけ降圧剤を服用されている方もいます。
目黒区では6月から、高血圧未治療者への受診勧奨の新基準での特定健診が始まるにあたり、高血圧について考えてみました。
高血圧を心配されている方、現在治療中の方も、ご来院ください。
『高血圧治療ガイドライン2019』による「高血圧」の診断基準は、診察室での血圧で、上の血圧(収縮期血圧)が140mmHg以上、下の血圧(拡張期血圧)が90mmHg以上であり、この基準は変更されておりません。「正常血圧」は120/80 mmHg以下、「正常高値血圧」は120~129/80 mmHgです。高血圧の程度によってⅠ~Ⅲ度に分類され、140~159/90~99mmHgを「Ⅰ度高血圧」、160~179/100~109mmHgを「Ⅱ度高血圧」、180/110mmHg以上を「Ⅲ度高血圧」としています。
変更されたのは、全国健康保険協会(協会けんぽ)が、重症化予防事業として行っていた、未治療者への受診勧奨基準が、「収縮期:140mmHg以上/拡張期:90mmHg以上」Ⅰ度高血圧の基準から、2024年(令和6年)4月から「収縮期:160以上/拡張期:100以上」II度高血圧になったことです。
変更の理由は明らかにされていません。高血圧は患者数が約4,300万人と推定される巨大マーケットです。受診勧奨基準を引き上げることで、医療機関の受診者数を抑制でき、医療財源(健保組合)の負担が軽くなります。以前は早期の介入で血圧を下げ重症化を防ぐことで、医療費を減らせると目論んでいたのが上手くいかなかった。一方基準を上げると、降圧剤の市場が縮小してしまう可能性があります。なぜかこの変更は新聞やテレビではほとんど報道されていません。製薬メーカーはマスコミに莫大な広告費を払っているお得意さまです。
なお2019年の英国政府のガイドライン(NICE)では、高血圧に対する医療介入は収縮期160/拡張期100mmHg以上となっています。
急激に血圧が上がった場合には頭痛、吐き気などの症状がありますが、健診で指摘されるような高血圧はほとんど症状がありません。痛くも痒くもないのに治療しなくてはならないのは、高血圧は脳卒中や心筋梗塞といった重大な合併症を引き起こすリスクがある、とされているからです。
最近の研究から、Hypertension Research誌オンライン版2024年4月8日に掲載された、横浜市立大学データサイエンス研究科からの報告をご紹介します。
関東・東海地方に本社のある企業など10数社による職域多施設共同研究“Japan Epidemiology Collaboration on Occupational Health Study”(J-ECOHスタディ)に参加した、高血圧の治療中ではない就労者8万1,876人を9年間追跡調査した結果、「少し高い血圧」の段階から脳・心血管疾患の発症リスクが高まることが確認されています。
参加者は、ベースライン時に降圧薬を服用していない20~64歳の就労者8万1,876人。血圧分類は、2010年度または2011年度の血圧値を『高血圧治療ガイドライン2019』に基づき、正常血圧、正常高値血圧、高値血圧、I度高血圧、II度高血圧、III度高血圧の6群に分類しました。脳・心血管疾患発症の定義は、コホート内で脳・心血管疾患、疾病休業、死亡の3種類の登録制とした。追跡期間は2012~21年の最大9年間。統計解析はCox比例ハザードモデルを用いハザード比(HR)を算出しています。
結果は以下のとおり。
・追跡期間中に334例の心血管イベント、75例の心血管死亡、322例の全死因死亡がみられた。
・正常血圧を基準とした心血管イベントの多変量調整HRは、正常高値血圧が1.98(95%CI:1.49~2.65)、高値血圧が2.10(95%CI:1.58~2.77)、I度高血圧が3.48(95%CI:2.33~5.19)、II度高血圧が4.12(95%CI:2.22~7.64)、III度高血圧が7.81(95%CI:3.99~15.30)だった。
・最も集団寄与危険度割合が高かったのは高値血圧で17.8%、次いでI度高血圧で14.1%、正常高値血圧で8.2%と続いた。
以上の結果から、少し高い血圧(正常高値血圧)の段階から脳・心血管疾患発症リスクに対する取り組みが必要であることが明らかとなりました。
血圧は「心臓からの血液拍出量」×「末梢血管の抵抗」、つまりポンプの出力とホースの流れやすさで決まります。そして血管系は風船のような閉鎖系ですから、かかる圧力は理論上どこも一定です。風船は膨らましていくと内圧が高まり、どの部分にも同じ圧力が掛かっているので、薄いところ、脆いところから破れる。これが脳出血や動脈瘤破裂の本態です。
末梢血管の抵抗は、血管の径としなやかさと、詰まり具合で決まります。年齢ともに動脈硬化は進むので、血管はしなやかさを失い、詰まってきます。個人差があるものの、加齢によって血圧が上がることは防げません。動脈の壁には筋肉の層があるので、径はコントルールできます。血管が広がると抵抗は下がり、血圧が下がります。我々はホルモンや神経伝達物質を使って全身や局所の血管の径を変えることで、血圧をコントロールしていますが、これは自律神経系の働きなので、自分の意志で血管の太さを操ることはできません。
心臓からの血液拍出量は1回の拍出量×心拍数でコントロールされます。1回の拍出量には限界があるので、運動時など、たくさんの血液が必要なときは心拍数が上がるわけです。また加齢や心不全で1回の拍出量が減ると、頻脈になります。
血圧は複雑な要因でコントロールされ、我々の状況に応じて時々刻々変化していますが、我々はそれを自覚することはありません。
紀元前1世紀頃、中国の医学書「黄帝内径」に“脈が鉄を打つように激しく触れる時が病の始まりである。食塩を多量に摂ると脈は強くなる”との記載があり、脈圧は意識していました。漢方では今日でも脈診を重視しています。
人類が血圧を知るのは17世紀以降です。イギリスのウイリアム・ハーベイは、1628年に血液循環説を発表。血液は大静脈から心臓に入り、心臓から大動脈を経て静脈へ一方通行で流れ、循環すると説明しました。それまでは、循環ではなく、肝臓で作られた血液が心臓から送られ、臓器や末梢で消費されていると考えられていました。
1733年同じくイギリスのステファン・ハーレスがウマの頚動脈にガラス管を挿入して 、その高さにより血圧値を認識しました。ちなみに丸善の理科年表によると、地球上の動物で最も血圧が高いのはキリンで、260 mmHg、これは首が長く心臓から頭までの距離が3 mもあるからで、ついでゾウの240 mmHgです。イヌは112 mmHgなのにネコは171 mmHgで、血圧は背の高さや身体の大きさだけで決まるものではないことがわかります。
人間の血圧が初めて測定されたのは1828年、フランスのハーゲン・ポアズイユが、人間の動脈に水銀U字管を挿入し、水銀(Hg)の柱にどのくらいの圧力がかかるのかを調べました。今でも血圧の単位として「mmHg」が使用されています。その後1876年ウィーンのフォンヴァッシュが水銀U字管を改良して、水を満たした袋を櫈骨動脈にあてその拍動の消失点で収縮期血圧を定量的に測定することに成功します。
直接血管に管を刺すことなく、現在のように間接的に血圧を測る方法が考案されたのは、1896年、イタリアのシピオーネ・リバロッチが上腕にカフを巻いて圧をかけ、カフを緩めていき、血流を蝕知する点の圧力を水銀柱で測定する方法を考案しました。その後、ロシアのニコライ・コロトロフは1905年、カフを用いて上腕の動脈を圧迫し、聴診器で血液が流れる音聞いて血圧を測定する方法を考案します。これにより、収縮期血圧(上の血圧)と、拡張期血圧(下の血圧)の両方を測定できるようになりました。現在の血圧計もこのコロトロフ法の原理に基づいています。
20世紀に入り、人類が血圧を簡便に測定できるようになったことで、血圧と疾患を結びつけて考えるようになりました。
ハーヴェイ・クッシングは、リバロッチの血圧計をアメリカに持ち帰り、下垂体腫瘍の患者の術前、術後の血圧を測定し、腫瘍を手術切除することで、血圧が下がることを確認しました。1912年、血圧を上げるホルモンを産生する下垂体の腫瘍についての論文を発表し、現在でもこの病気はクッシング病と呼ばれています。
アメリカの保険会社は1911年頃、保険加入者の血圧を医師に測定してもらい、心筋梗塞や脳卒中との因果関係を調査を開始していますが、当時は高血圧を肯定する考えが主流でした。血圧が下がると臓器の障害が進むと考えられていて、また血圧を下げる方法もありませんでした。
1898年には、スウェーデンのロベルト・ティゲルシュテットは、ウサギの腎臓の水抽出液に血圧を上げる作用のあることを見いだし,その物質をレニン(腎臓はラテン語でren)と命名しました。1934年にイギリスのヘンリー・ゴールドブラッドは、高血圧患者を剖検すると、腎臓輸入細動脈が極めて狭細化していることに着目、実験的に犬の腎動脈を細く狭くすると血圧が上昇することを確認して発表しました。レニン・アンギオテンシン系のホルモンが血圧に影響することを発見、確認したことは、後の降圧剤の創薬につながります。
20世紀半ばになると、先進国では脳血管障害による死亡者数が、結核などの感染症を上回るようになります。1949年にはアメリカ・マサチューセッツ州のフラミンガムという町で、大規模な疫学研究が開始され、血圧や血中の脂質、血糖と病気と関連、遺伝的な素因、生活習慣との関係なども疫学的に明らかになりました。我が国では1961年にフラミンガム研究をモデルに、福岡県の久山町で疫学研究がスタートし、現在も継続しています。「久山町研究」は生活習慣病やがんについての有益なデータを提供しています。
高血圧が脳血管障害など多くの疾患と関連していることがわかると、血圧を下げる薬が開発されるようになりました。1957年の利尿薬(サイアザイド系)を皮切りに、1964年にβ遮断薬、1971年にカルシウム拮抗(きっこう)薬、1975年にα遮断薬、1977年にアンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE)、1991年にアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)が登場します。血圧を薬である程度コントロールできるようになった結果、日本では脳血管障害による死亡者数が1970年代をピークに減少しました。
我が国で血圧の考え方が取り入れられたのは、明治の終わりから大正にかけてといわれています。
高血圧は英語のHypertensionの訳ではありますが、「高血圧」という言葉が初めて使われたのは、1924年(大正13年)です。現在の田辺三菱製薬である田辺元三郎商店が、日本で初めての血圧降下剤『アニマザ』をドイツから輸入し、その新聞広告に「高血圧、血圧高ければ命短し」というキャッチコピーを記載しました。この広告を作ったのは、後にエーザイを創業する内藤豊次です。我が国の医学論文に「高血圧」という用語が使われるのは、それ以降です。
1959年、東京大学の江橋節郎は細胞内カルシウム濃度が筋収縮を制御していることを発見し、これが今日のカルシウム拮抗薬の開発にもつながります。カルシウム拮抗薬は、カルシウムの血管筋の細胞内への流入をブロックすることで、血管の収縮を抑制し血圧を下げる薬です。最初の国産の降圧剤は、1974年に田辺製薬(現・田辺三菱製薬)から発売されたカルシウム拮抗薬ヘルベッサー(ジルチアゼム塩酸塩)で、世界中で発売されて田辺製薬の業績を大きく牽引しました。
2008年「高齢者の医療の確保に関する法律」に基づき、40歳〜74歳までの公的医療保険加入者全員を対象とした「特定健康診査・特定保健指導」がはじまりました。腹囲の測定及びBMIの算出を行い、基準値(腹囲:男性85cm、女性90cm / BMI:25)以上の人はさらに血糖、脂質(中性脂肪及びHDLコレステロール)、血圧、喫煙習慣の有無から危険度によりクラス分され、クラスに合った保健指導(積極的支援/動機付け支援)を受けることになります。特定健診と特定保健指導により、我が国では多くの高血圧患者が「掘り起こされ」、治療されるようになりました。
高血圧が脳血管障害や心疾患と関連があることは疫学的に明らかですが、では血圧を下げることでそれらの疾患が回避できるのか?
2013年に、高血圧の治療薬であるディオバン(一般名:バルサルタン)の医師主導臨床研究に、ノバルティスファーマ社の社員が統計解析者として関与していた利益相反問題と、臨床研究の結果を発表した論文のデータに問題があったとして、一連の論文が撤回された事件は記憶に新しいこととおもいます。「ディオバンを服用して血圧を下げている患者さんは、脳血管障害や心疾患で入院したり死亡するリスクが低い」という報告に虚偽があったわけですが、逆に考えるとディオバンをのんで血圧を下げても、実は脳血管障害や心疾患のリスクは下げられないのではないか、ということを示唆しています。
血圧が高いと脳血管障害や心疾患になりやすいは〇、降圧剤を飲めば血圧が下がるも〇、でも降圧剤を飲んで血圧を下げれば脳血管障害や心疾患が防げる、は?なのです。集団でそれを証明することが難しいことはディオバン事件でもわかります。血圧が高く脳血管障害や心疾患になる人は、薬で血圧を下げても発症する、そして血圧が高くても脳血管障害や心疾患になりにくい人は、血圧を下げてもそのリスクは変わらないのではないかしら?一人の患者さんが降圧剤を飲んでいたおかげで、脳血管障害や心疾患が回避できたことを証明するのは不可能です。
人類が血圧を発見し、測定できるようになった当初は、臓器に血液を送るために必要な血圧が高いことはいいこと、と認識されていました。年齢とともに動脈硬化が進むので、臓器や末梢に血液が届きにくくなるので、血圧が上がることは必要なことです。血圧は一つの因子で決まっているわけでなく、全身の多くのセンサーからの情報を統合して自律的にコントロールされています。薬で特定のセンサーに介入して、血圧を下げることが全身にとっていいことなのかは不明です。
ダビデ像やシスティーナ礼拝堂の天井画で有名なミケランジェロは彫刻家を名乗り、画家と言われるのを嫌いました。絵は平面なのでいくらでも修正できるが、彫刻はどこかを修正すると全体に歪みを生じてしまう。彫刻は石膏の中から神の作った像を取り出す作業だと言い、ミケランジェロは彫刻を絵画よりも上に位置付けています。私たちも神が作った像です。血圧という1面を修正すると、全身的には歪んでしまう可能性もあります。
風船は圧を上げると破裂します。でも圧を上げなければ風船はしぼんでしまいます。風船は均質なのでどのくらいの圧がちょうどいいのかはわかりますし、吹き込み圧はコントールできますが、人間は個体差が大きく、血圧を規定する因子は複雑です。破裂を恐れて降圧剤を飲んでいるために、しぼんでしまっているかも?
高血圧のうち内分泌疾患や腎動脈狭窄など、原因がはっきりしている高血圧は少数で、ほとんどの高血圧は原因不明の本態性高血圧です。全身のセンサーの情報を統合して身体が最適と判断している血圧が、学会の決めた基準よりも高い、というものです。本態性高血圧を治療することで、自分にとって最適な血圧を保てていない可能性がある。原因のはっきりしている高血圧や、頭痛や吐き気などの症状を伴う場合以外、降圧剤を服用することには慎重であるべきです。
当院では、今回の基準改定以前から、「収縮期:160以上/拡張期:100以上」II度高血圧に満たない方には、減塩などの生活習慣の改善をお勧めして、一定期間努力しても(努力できないため?)改善しない場合には、糖尿病や腎障害などの合併症も考慮して治療をご提案しています。薬を飲み始めた方でも、血圧が安定したところで、減薬休薬してみることも考慮します。治療で下がった血圧に身体が慣れて、服薬しなくてもセンサーが血圧を低く設定してくれる可能性もあるからです。「降圧剤は一度飲み始めたら一生飲まなくてはならない」は嘘です。気温が上がると血管が広がるので、血圧は下がります。暑くなるこれからの季節は、降圧剤を減薬休薬するチャンスです。春夏は薬を飲まず、秋から冬だけ降圧剤を服用されている方もいます。
目黒区では6月から、高血圧未治療者への受診勧奨の新基準での特定健診が始まるにあたり、高血圧について考えてみました。
高血圧を心配されている方、現在治療中の方も、ご来院ください。