高血圧の基準が変わったんですか?

2024年05月26日 | 日記・エッセイ・コラム
 診断基準は変わっていません。
『高血圧治療ガイドライン2019』による「高血圧」の診断基準は、診察室での血圧で、上の血圧(収縮期血圧)が140mmHg以上、下の血圧(拡張期血圧)が90mmHg以上であり、この基準は変更されておりません。「正常血圧」は120/80 mmHg以下、「正常高値血圧」は120~129/80 mmHgです。高血圧の程度によってⅠ~Ⅲ度に分類され、140~159/90~99mmHgを「Ⅰ度高血圧」、160~179/100~109mmHgを「Ⅱ度高血圧」、180/110mmHg以上を「Ⅲ度高血圧」としています。
 変更されたのは、全国健康保険協会(協会けんぽ)が、重症化予防事業として行っていた、未治療者への受診勧奨基準が、「収縮期:140mmHg以上/拡張期:90mmHg以上」Ⅰ度高血圧の基準から、2024年(令和6年)4月から「収縮期:160以上/拡張期:100以上」II度高血圧になったことです。
 変更の理由は明らかにされていません。高血圧は患者数が約4,300万人と推定される巨大マーケットです。受診勧奨基準を引き上げることで、医療機関の受診者数を抑制でき、医療財源(健保組合)の負担が軽くなります。以前は早期の介入で血圧を下げ重症化を防ぐことで、医療費を減らせると目論んでいたのが上手くいかなかった。一方基準を上げると、降圧剤の市場が縮小してしまう可能性があります。なぜかこの変更は新聞やテレビではほとんど報道されていません。製薬メーカーはマスコミに莫大な広告費を払っているお得意さまです。
 なお2019年の英国政府のガイドライン(NICE)では、高血圧に対する医療介入は収縮期160/拡張期100mmHg以上となっています。

 急激に血圧が上がった場合には頭痛、吐き気などの症状がありますが、健診で指摘されるような高血圧はほとんど症状がありません。痛くも痒くもないのに治療しなくてはならないのは、高血圧は脳卒中や心筋梗塞といった重大な合併症を引き起こすリスクがある、とされているからです。
 最近の研究から、Hypertension Research誌オンライン版2024年4月8日に掲載された、横浜市立大学データサイエンス研究科からの報告をご紹介します。
 関東・東海地方に本社のある企業など10数社による職域多施設共同研究“Japan Epidemiology Collaboration on Occupational Health Study”(J-ECOHスタディ)に参加した、高血圧の治療中ではない就労者8万1,876人を9年間追跡調査した結果、「少し高い血圧」の段階から脳・心血管疾患の発症リスクが高まることが確認されています。
 参加者は、ベースライン時に降圧薬を服用していない20~64歳の就労者8万1,876人。血圧分類は、2010年度または2011年度の血圧値を『高血圧治療ガイドライン2019』に基づき、正常血圧、正常高値血圧、高値血圧、I度高血圧、II度高血圧、III度高血圧の6群に分類しました。脳・心血管疾患発症の定義は、コホート内で脳・心血管疾患、疾病休業、死亡の3種類の登録制とした。追跡期間は2012~21年の最大9年間。統計解析はCox比例ハザードモデルを用いハザード比(HR)を算出しています。
 結果は以下のとおり。
・追跡期間中に334例の心血管イベント、75例の心血管死亡、322例の全死因死亡がみられた。
・正常血圧を基準とした心血管イベントの多変量調整HRは、正常高値血圧が1.98(95%CI:1.49~2.65)、高値血圧が2.10(95%CI:1.58~2.77)、I度高血圧が3.48(95%CI:2.33~5.19)、II度高血圧が4.12(95%CI:2.22~7.64)、III度高血圧が7.81(95%CI:3.99~15.30)だった。
・最も集団寄与危険度割合が高かったのは高値血圧で17.8%、次いでI度高血圧で14.1%、正常高値血圧で8.2%と続いた。
 以上の結果から、少し高い血圧(正常高値血圧)の段階から脳・心血管疾患発症リスクに対する取り組みが必要であることが明らかとなりました。

 血圧は「心臓からの血液拍出量」×「末梢血管の抵抗」、つまりポンプの出力とホースの流れやすさで決まります。そして血管系は風船のような閉鎖系ですから、かかる圧力は理論上どこも一定です。風船は膨らましていくと内圧が高まり、どの部分にも同じ圧力が掛かっているので、薄いところ、脆いところから破れる。これが脳出血や動脈瘤破裂の本態です。
 末梢血管の抵抗は、血管の径としなやかさと、詰まり具合で決まります。年齢ともに動脈硬化は進むので、血管はしなやかさを失い、詰まってきます。個人差があるものの、加齢によって血圧が上がることは防げません。動脈の壁には筋肉の層があるので、径はコントルールできます。血管が広がると抵抗は下がり、血圧が下がります。我々はホルモンや神経伝達物質を使って全身や局所の血管の径を変えることで、血圧をコントロールしていますが、これは自律神経系の働きなので、自分の意志で血管の太さを操ることはできません。
 心臓からの血液拍出量は1回の拍出量×心拍数でコントロールされます。1回の拍出量には限界があるので、運動時など、たくさんの血液が必要なときは心拍数が上がるわけです。また加齢や心不全で1回の拍出量が減ると、頻脈になります。
 血圧は複雑な要因でコントロールされ、我々の状況に応じて時々刻々変化していますが、我々はそれを自覚することはありません。
 紀元前1世紀頃、中国の医学書「黄帝内径」に“脈が鉄を打つように激しく触れる時が病の始まりである。食塩を多量に摂ると脈は強くなる”との記載があり、脈圧は意識していました。漢方では今日でも脈診を重視しています。
 人類が血圧を知るのは17世紀以降です。イギリスのウイリアム・ハーベイは、1628年に血液循環説を発表。血液は大静脈から心臓に入り、心臓から大動脈を経て静脈へ一方通行で流れ、循環すると説明しました。それまでは、循環ではなく、肝臓で作られた血液が心臓から送られ、臓器や末梢で消費されていると考えられていました。
 1733年同じくイギリスのステファン・ハーレスがウマの頚動脈にガラス管を挿入して 、その高さにより血圧値を認識しました。ちなみに丸善の理科年表によると、地球上の動物で最も血圧が高いのはキリンで、260 mmHg、これは首が長く心臓から頭までの距離が3 mもあるからで、ついでゾウの240 mmHgです。イヌは112 mmHgなのにネコは171 mmHgで、血圧は背の高さや身体の大きさだけで決まるものではないことがわかります。
 人間の血圧が初めて測定されたのは1828年、フランスのハーゲン・ポアズイユが、人間の動脈に水銀U字管を挿入し、水銀(Hg)の柱にどのくらいの圧力がかかるのかを調べました。今でも血圧の単位として「mmHg」が使用されています。その後1876年ウィーンのフォンヴァッシュが水銀U字管を改良して、水を満たした袋を櫈骨動脈にあてその拍動の消失点で収縮期血圧を定量的に測定することに成功します。
 直接血管に管を刺すことなく、現在のように間接的に血圧を測る方法が考案されたのは、1896年、イタリアのシピオーネ・リバロッチが上腕にカフを巻いて圧をかけ、カフを緩めていき、血流を蝕知する点の圧力を水銀柱で測定する方法を考案しました。その後、ロシアのニコライ・コロトロフは1905年、カフを用いて上腕の動脈を圧迫し、聴診器で血液が流れる音聞いて血圧を測定する方法を考案します。これにより、収縮期血圧(上の血圧)と、拡張期血圧(下の血圧)の両方を測定できるようになりました。現在の血圧計もこのコロトロフ法の原理に基づいています。

 20世紀に入り、人類が血圧を簡便に測定できるようになったことで、血圧と疾患を結びつけて考えるようになりました。
 ハーヴェイ・クッシングは、リバロッチの血圧計をアメリカに持ち帰り、下垂体腫瘍の患者の術前、術後の血圧を測定し、腫瘍を手術切除することで、血圧が下がることを確認しました。1912年、血圧を上げるホルモンを産生する下垂体の腫瘍についての論文を発表し、現在でもこの病気はクッシング病と呼ばれています。
 アメリカの保険会社は1911年頃、保険加入者の血圧を医師に測定してもらい、心筋梗塞や脳卒中との因果関係を調査を開始していますが、当時は高血圧を肯定する考えが主流でした。血圧が下がると臓器の障害が進むと考えられていて、また血圧を下げる方法もありませんでした。
 1898年には、スウェーデンのロベルト・ティゲルシュテットは、ウサギの腎臓の水抽出液に血圧を上げる作用のあることを見いだし,その物質をレニン(腎臓はラテン語でren)と命名しました。1934年にイギリスのヘンリー・ゴールドブラッドは、高血圧患者を剖検すると、腎臓輸入細動脈が極めて狭細化していることに着目、実験的に犬の腎動脈を細く狭くすると血圧が上昇することを確認して発表しました。レニン・アンギオテンシン系のホルモンが血圧に影響することを発見、確認したことは、後の降圧剤の創薬につながります。
 20世紀半ばになると、先進国では脳血管障害による死亡者数が、結核などの感染症を上回るようになります。1949年にはアメリカ・マサチューセッツ州のフラミンガムという町で、大規模な疫学研究が開始され、血圧や血中の脂質、血糖と病気と関連、遺伝的な素因、生活習慣との関係なども疫学的に明らかになりました。我が国では1961年にフラミンガム研究をモデルに、福岡県の久山町で疫学研究がスタートし、現在も継続しています。「久山町研究」は生活習慣病やがんについての有益なデータを提供しています。
 高血圧が脳血管障害など多くの疾患と関連していることがわかると、血圧を下げる薬が開発されるようになりました。1957年の利尿薬(サイアザイド系)を皮切りに、1964年にβ遮断薬、1971年にカルシウム拮抗(きっこう)薬、1975年にα遮断薬、1977年にアンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE)、1991年にアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)が登場します。血圧を薬である程度コントロールできるようになった結果、日本では脳血管障害による死亡者数が1970年代をピークに減少しました。
 我が国で血圧の考え方が取り入れられたのは、明治の終わりから大正にかけてといわれています。
 高血圧は英語のHypertensionの訳ではありますが、「高血圧」という言葉が初めて使われたのは、1924年(大正13年)です。現在の田辺三菱製薬である田辺元三郎商店が、日本で初めての血圧降下剤『アニマザ』をドイツから輸入し、その新聞広告に「高血圧、血圧高ければ命短し」というキャッチコピーを記載しました。この広告を作ったのは、後にエーザイを創業する内藤豊次です。我が国の医学論文に「高血圧」という用語が使われるのは、それ以降です。
 1959年、東京大学の江橋節郎は細胞内カルシウム濃度が筋収縮を制御していることを発見し、これが今日のカルシウム拮抗薬の開発にもつながります。カルシウム拮抗薬は、カルシウムの血管筋の細胞内への流入をブロックすることで、血管の収縮を抑制し血圧を下げる薬です。最初の国産の降圧剤は、1974年に田辺製薬(現・田辺三菱製薬)から発売されたカルシウム拮抗薬ヘルベッサー(ジルチアゼム塩酸塩)で、世界中で発売されて田辺製薬の業績を大きく牽引しました。

 2008年「高齢者の医療の確保に関する法律」に基づき、40歳〜74歳までの公的医療保険加入者全員を対象とした「特定健康診査・特定保健指導」がはじまりました。腹囲の測定及びBMIの算出を行い、基準値(腹囲:男性85cm、女性90cm / BMI:25)以上の人はさらに血糖、脂質(中性脂肪及びHDLコレステロール)、血圧、喫煙習慣の有無から危険度によりクラス分され、クラスに合った保健指導(積極的支援/動機付け支援)を受けることになります。特定健診と特定保健指導により、我が国では多くの高血圧患者が「掘り起こされ」、治療されるようになりました。
 高血圧が脳血管障害や心疾患と関連があることは疫学的に明らかですが、では血圧を下げることでそれらの疾患が回避できるのか?
 2013年に、高血圧の治療薬であるディオバン(一般名:バルサルタン)の医師主導臨床研究に、ノバルティスファーマ社の社員が統計解析者として関与していた利益相反問題と、臨床研究の結果を発表した論文のデータに問題があったとして、一連の論文が撤回された事件は記憶に新しいこととおもいます。「ディオバンを服用して血圧を下げている患者さんは、脳血管障害や心疾患で入院したり死亡するリスクが低い」という報告に虚偽があったわけですが、逆に考えるとディオバンをのんで血圧を下げても、実は脳血管障害や心疾患のリスクは下げられないのではないか、ということを示唆しています。
 血圧が高いと脳血管障害や心疾患になりやすいは〇、降圧剤を飲めば血圧が下がるも〇、でも降圧剤を飲んで血圧を下げれば脳血管障害や心疾患が防げる、は?なのです。集団でそれを証明することが難しいことはディオバン事件でもわかります。血圧が高く脳血管障害や心疾患になる人は、薬で血圧を下げても発症する、そして血圧が高くても脳血管障害や心疾患になりにくい人は、血圧を下げてもそのリスクは変わらないのではないかしら?一人の患者さんが降圧剤を飲んでいたおかげで、脳血管障害や心疾患が回避できたことを証明するのは不可能です。
 人類が血圧を発見し、測定できるようになった当初は、臓器に血液を送るために必要な血圧が高いことはいいこと、と認識されていました。年齢とともに動脈硬化が進むので、臓器や末梢に血液が届きにくくなるので、血圧が上がることは必要なことです。血圧は一つの因子で決まっているわけでなく、全身の多くのセンサーからの情報を統合して自律的にコントロールされています。薬で特定のセンサーに介入して、血圧を下げることが全身にとっていいことなのかは不明です。
 ダビデ像やシスティーナ礼拝堂の天井画で有名なミケランジェロは彫刻家を名乗り、画家と言われるのを嫌いました。絵は平面なのでいくらでも修正できるが、彫刻はどこかを修正すると全体に歪みを生じてしまう。彫刻は石膏の中から神の作った像を取り出す作業だと言い、ミケランジェロは彫刻を絵画よりも上に位置付けています。私たちも神が作った像です。血圧という1面を修正すると、全身的には歪んでしまう可能性もあります。
 風船は圧を上げると破裂します。でも圧を上げなければ風船はしぼんでしまいます。風船は均質なのでどのくらいの圧がちょうどいいのかはわかりますし、吹き込み圧はコントールできますが、人間は個体差が大きく、血圧を規定する因子は複雑です。破裂を恐れて降圧剤を飲んでいるために、しぼんでしまっているかも?
 高血圧のうち内分泌疾患や腎動脈狭窄など、原因がはっきりしている高血圧は少数で、ほとんどの高血圧は原因不明の本態性高血圧です。全身のセンサーの情報を統合して身体が最適と判断している血圧が、学会の決めた基準よりも高い、というものです。本態性高血圧を治療することで、自分にとって最適な血圧を保てていない可能性がある。原因のはっきりしている高血圧や、頭痛や吐き気などの症状を伴う場合以外、降圧剤を服用することには慎重であるべきです。
 当院では、今回の基準改定以前から、「収縮期:160以上/拡張期:100以上」II度高血圧に満たない方には、減塩などの生活習慣の改善をお勧めして、一定期間努力しても(努力できないため?)改善しない場合には、糖尿病や腎障害などの合併症も考慮して治療をご提案しています。薬を飲み始めた方でも、血圧が安定したところで、減薬休薬してみることも考慮します。治療で下がった血圧に身体が慣れて、服薬しなくてもセンサーが血圧を低く設定してくれる可能性もあるからです。「降圧剤は一度飲み始めたら一生飲まなくてはならない」は嘘です。気温が上がると血管が広がるので、血圧は下がります。暑くなるこれからの季節は、降圧剤を減薬休薬するチャンスです。春夏は薬を飲まず、秋から冬だけ降圧剤を服用されている方もいます。
 目黒区では6月から、高血圧未治療者への受診勧奨の新基準での特定健診が始まるにあたり、高血圧について考えてみました。
 高血圧を心配されている方、現在治療中の方も、ご来院ください。

受けた方がいい?

2024年05月23日 | 日記・エッセイ・コラム
 ご本人やご家族が他の病院で勧められた検査を受けるべきか?のご相談を受けることがよくあります。判断に必要なデータなどをお持ちでない場合は、あくまでも一般論でお話ししています。データご持参だったとしても、先端診療の現場を離れて20年も経っている私の意見などを優先しない方がいい、と前もって申し上げています。

 2024年5月のGut.という学会誌に、2019年3月1日~2020年2月29日の1年間に、英国において実施された「一般的な症状に対する胃内視鏡検査」においてがんの診断率は1.0%で、全胃内視鏡検査の4分の3は、がんリスクが1%未満の患者に対して行われており、非効率的な資源利用を行っている、との報告がありました。
 要は、無駄な検査を行っている、ということです。
 検査を受けた人全員から病気がみつかるのが、効率の点では理想です。発見率を高めるためには、できるだけ病気のある可能性の高い人にだけ検査を受けさせる、可能性の低い人には検査を勧めないことが必要です。でも後者は一銭にもなりません。お客さんに食べない方がいいと説得するラーメン屋さんみたいなものです。多くの医療機関にとって検査は大きな収入源、検査が増えれば儲かるのです。一定の検査数を確保しなければ、高額な医療機器は維持できません。
 また検査を受ける人を絞り込むと、検査を勧めなかった人の病気を見落とす可能性も高まります。病状が進んでから見つかって、どうしてもっと早く検査を受けさせてくれなかったのかと、医療機関が訴えられる可能性もあります。
 かくして、医者は利益のために、保身のために検査を勧めてしまう、勧めざるを得ないのです。

 昨日のご相談は、膵臓の内視鏡検査を勧められたが、受けた方がいいか?というものでした。相談内容の詳細はさておき、
 内視鏡的逆行性胆管膵管造影(ERCP: endoscopic retrograde cholangiopancreatography)は、内視鏡を口から入れて食道、胃から十二指腸まで進め、胆管や膵管に直接細いチューブを介して造影剤を注入して、胆嚢や胆管及び膵管の異常を詳しく調べる検査です。1970年に開発されて以来、胆のう膵臓疾患の診断に大きな役割を果たしてきました。
 近年はCTやMRIの進歩でERCPをやらなくても診断できる症例も多くなっており、ERCPは第一選択の検査ではなく、また術後膵炎の合併の可能性があるので、どうしても必要な場合以外はお勧めしたくない検査ではあります。
 私が教育を受けた時代は、まだCTやMRIの解像度が高くなかったので、膵疾患の診断にはERCPは必須の検査でした。当時の消化器科医は誰もが学んだ検査で、その機会も多かった。ところが近年はCTやMRIの進歩で、ERCPは特殊な検査になってしまったので、胆のう・膵臓を専門にする消化器科医しか扱わなくなってしまいました。
 検査件数が減ると、医者の学ぶ機会が減ってしまうのです。
 
 医療機関の経営のため、訴訟回避のため、そして次世代の医者のトレーニングの場としての「無駄な検査」については、そのおかげで育てられ、今もそれで生活している私としては、忸怩たる思いはあります。
 そんな事情なので、必要性の低い検査も実はたくさん行われています。そして本当に必要な検査なら、担当医は身を挺して受けるように説得するはずです。もし、受けた方がいい、ぐらいのお勧めなら、受けた方がいい=受けなくてもいい、ですよね。

生卵はダメ?

2024年05月22日 | 日記・エッセイ・コラム
 卵を生で食べる国はほとんどなく、日本以外では、台湾、韓国。これは日本統治時代の影響かとおもわれ、中国では卵は生で食べません。フランスでは古くからワインの清澄剤(濁りを取る)として生の卵白が使われており、ドレッシングのマヨネーズやスイーツの素材になるメレンゲなど非加熱の卵を使った料理や菓子がありますが、日本人のように生の卵をそのまま食べることはありません。
 生卵料理といえば、カルボナーラスパゲッティがすぐ思い浮かびますが、その起源にはイタリア国内でも諸説あり、第二次大戦後のローマで、進駐米軍の兵士向けに、ベーコンエッグをパスタにしたという説、アブルッツォ地方の炭焼き職人(カルボナーリ)向けて栄養価の高い卵、チーズ、ベーコンを使って考案された説。カルボナーラというネーミングは大量に振りかけられている粗挽き黒コショウを炭に見立て、イタリア語でカルボナリ(カーボン)に由来するので、アブルッツォ説が信憑性がありそうです。他にナポリの古い料理書にも、チーズ、卵、黒コショウを使う料理が掲載されています。
 カルボナーラは、湯煎で加熱しながら卵液をパスタに和えていきますが、調理温度の管理がポイントです。58度を超えると卵のたんぱく質が凝固してしまいます。卵や鶏肉に多いサルモネラ菌やカンピロバクタ―は温度に弱く55度程度で死滅しますので、カルボナーラは絶妙な温度で加熱した卵料理なのです。うどんに生の卵黄を和えて食べる釜玉うどんとは全く違います。
 生卵というと、映画ロッキーの冒頭シーンです。朝4時に目覚めたロッキーは、冷蔵庫から生卵を4つグラスに割入れて、そのままごくごくと飲み下してランニングに出かけていく印象的なシーンですが、スタローンはこのシーンの撮影に難色を示し、監督はギャラに特別手当加算して納得させたそうです。我々の感覚では、トレーニング前のプロテイン補給として、違和感はないのですが、アメリカの観客は衝撃的なシーンと感じているようです。蛇の生き血を飲む、みたいな感じかしら。
 生の卵が忌避されるのは、サルモネラ菌やカンピロバクタ―の感染リスクがあるからです。どちらの菌も鶏の腸管に存在し、排卵の際に卵の表面に付着します。また鶏の糞便が付着して感染することもあります。ヒトに感染した場合、激しい下痢嘔吐症状があり、高齢者や幼児では命にかかわる可能性もあります。卵は感染リスクが高い食品というのが国際的な認識です。
 日本人が鶏卵を日常的に食べるようになったのは、養鶏が始まった江戸時代からです。そのころは肉食が忌避されていましたが、肉と違って常温保存できる卵は野菜に近かった。現在でも八百屋さんで卵を売っているのは珍しくありません(八百屋さん自体が珍しくなってしまいましたが)。というわけで我が国では卵の生食が普通に行われたのだとおもいます。昔は卵は貴重品、加熱すると縮むので、生を醬油で嵩増ししてご飯にかけて味わったのかもしれません。余談ですが、父が子供のころ、兄弟2人に卵1つ。伯父は卵を軽くかき混ぜ、弟の父にやさしく、先にかけろと渡したそうです。そして、父のご飯の上には白身がどろっと流れ落ちました。すでに二人とも鬼籍に入りましたが、向こうで父は黄身をもらえているかしら。
 さて、なぜ海外と違って日本の卵は生で食べられるのかというと、まず餌の段階で感染性のあるものを排除して、鶏の腸管に病原菌が入らないようにしていること、排卵の表面に糞がつかないように飼育ケージを工夫していること、そして出荷前に洗卵していることです。殻に傷がつかない限り卵の中には菌はいない、それゆえ卵は常温でも長持ちします。食中毒の原因になるサルモネラ菌やキャンピロバクターは卵殻の表面由来です。天然飼料、放し飼いの高級卵よりも、ケージ飼育の安売り卵の方が、栄養価や味はさておき、食中毒という点では安全です。もちろん高級卵ほど、しっかり洗浄して出荷しているとおもいますが。
 ご心配な方は、卵の表面を良く洗ってから、60度弱のお湯に2分ぐらい浸けてから召し上がってください。
 というわけで、我が国では、生卵はダメではありません。
 ただし、ちょっと不安な動きもあります。
「牝鶏が卵を生まずして、何が生卵でしょうか」

違和感の少子化対策5

2024年05月21日 | 日記・エッセイ・コラム
 1970年の大阪万博には、183日間の会期で、日本の人口の3分の2にあたる6422万人が訪れました。アポロ12号が持ち帰った月の石には長蛇の列ができ、夢の通信機器として無線携帯電話、テレビ電話が紹介され、国民は未来に思いを馳せました。そして2010年JAXAのはやぶさは月の300倍、1億2000万Km先の小惑星イトカワから鉱物試料を採取して、地球に持ち帰りました。今日の通信機器の進歩は携帯電話、テレビ電話を遥かに超えています。
 1971年ジョンレノンは「国も宗教もない、殺す理由も殺される理由もない、すべての人が平和に暮らしている」と歌いましたが、1980年に暗殺されました。1989年にベルリンの壁が崩れ、1991年にはソ連が消滅しましたが、いまだに人類は国境と宗教を巡って殺し合っています。大阪万博のスローガンは「人類の進歩と調和」でしたが、進歩したのは技術だけです。「イマジン」はイマジン、今の人類にも。
 
 50年前の1974年、日本の人口は110,573,000人、65才以上は人口の8%で、日本人の平均寿命は男性72才、女性77歳でした。この年、厚生省の諮問機関である人口問題審議会は、資源と人口増加に関する危機感を背景に、人口白書で出生抑制に努力することを主張しています。そして同審議会は日本人口会議を開催し、「子供は2人まで」という趣旨の大会宣言を採択しています。
 もし1974年の社会が、突然今と同じ人口構成になったら大パニックです。子供たちが学校から消え、ゾンビのような年寄りが街にあふれる。病院が足りない、買い物難民が大量に出る・・・、でも私たちは50年かけ人口構成の変化に順応して、2024年を生き延びています。戦時中に流行った「船頭さん」では、村の渡しの船頭さんは、今年六十のお爺さん、年を取つてもお船を漕ぐ時は元気いつぱい、と歌われていましたが、今では60才のドライバーは若い世代です。
 50年後、今の10代、20代が高齢者となり、まだ生まれていない子供たちが社会を担っている頃、きっと彼らも私たちと同じように変化しながら2074年を生き延びているとおもうのです。交通はすべて自動運転、商店は無人会計、文書もすべて電子化されているくらいは予想の範囲ですが、今の私たちが想像もしなかったようなテクノロジーが登場しているかもしれません。現在、インターネットが、こうして社会を変えているように。
人口問題の大きな誤解は、今の社会のまま人口と人口構成だけが変化するとおもうことなのです。それは1974年に今と同じ人口構成になっていたら、と考えるのと同じです。

 人口減少は悪い事だけではありません。地球温暖化対策として、CO2排出抑制が勧められていますが、ヒト1人が呼吸で排出する二酸化炭素は1日約1Kgです。スギの木1本が1年間に吸収する二酸化炭素は約14Kgなので、CO2のキャンセルにはヒト1人あたり26.4本のスギの木が必要です。今、我が国では、山林をじゃんじゃん伐採して太陽光パネルを敷き詰めていますので、その分人間を減らなくてはなりません。地球上のすべてのエネルギー消費はCO2排出とバーターです。どこかで必ずCO2を出している。太陽光パネルはその生産現場で大量に、電気自動車は発電所で大量にCO2を出している。CO2排出に錬金術はありません。もし、地球温暖化の原因がCO2排出なら、そして温暖化が悪であるなら、エネルギー消費の元凶である人間が減るのが一番いい。1974年の人口抑制政策は現在に、そして将来にも通用します。
 2024年の平均寿命は男性81.05才、女性87.09歳、男女ともこの50年で10年も伸びているのです。例えて言うなら、日本号という列車は新規の乗客が減った分乗客総数は減ったけれど、長く乗るお客さんが増えているのです。令和4年の金融広報中央委員会の「家計の金融行動に関する世論調査」によると世帯主の年齢が60歳以上の世帯の金融資産保有額の平均は1689万円です。路銀をたくさん持って長旅をしているグリーン車のお客が多い。これが不幸な世の中といえるでしょうか?
 少子化対策とは、少子化した世の中をどうやって幸せに生きるかを考えることだとおもいます。少子化に歯止めをかける対策がすべてではありません。徐々に減っていく人口にあわせた世の中をどう作っていくか、でも、そんなことは今心配しなくても、私たちは、そして私たちの子孫はおいおいやっていくはずです。日本号のお客さんがもっと減って、座席が広々使えるようになったとき、もしかしたら、子供連れの乗客がまた増えるかも知れないのです。それまでは無理に乗客を増やさなくてもいい。目先の運賃欲しさに車内を乱す可能性ある客を載せてしまうと、私たちの子孫の席が奪われる。更に「かわいそう」といって不正乗車の輩を下車させないでおけば、列車の行先が変わってしまうかもしれません。

 開催が危ぶまれている2025年の大阪万博のスローガンは「いのち輝く未来社会のデザイン」です。
 少子化対策も脱炭素も、今の政策の効果が出るのは未来です。政治家にとってこんなに都合のいいことはない。いい加減なことをやるだけやって、自分の代でその結果に責任を取る必要がないのですから。そして大きな利権を生みます。国や自治体は世の中の不安を煽るために大量の広告を流していますが、すべて私たちの税金です。省庁を一つ作ったところで、子供が増えるわけがない。そして集めて配る式の恩着せがましいことを始めます。役所の維持費と集金配給のコストを考えたら、はじめから取らないで、減税すればいいだけの話です。太陽光パネルを推奨している都知事は、18億円かけて夜の都庁にプロジェクションマッピングを施しましたが、夜間は太陽光発電できません。
 でも、こうした愚策は、失敗した、ごめんなさい、で許してあげましょう、せいぜい税金の無駄使いで済みます。絶対にやってはいけないないのは、やめても元に戻せない失敗です。文化財修復の原則は、将来新しい知見、より良い手法が現れた時に、修復する前の段階に戻れるように修復することです。どんなに丈夫でも、元に戻せない素材は使えません。
 先のことはわからない、でも技術は進歩します。だから未来のことは、その時代を生きる人がそのとき考えればよいのです。進歩も調和もできない我々が、子孫に未来社会のデザインを押し付けてはいけないのです。歴史に学ばない浅はかな政治家が、目先の利権のために、後戻りのできない方向に踏み出すことは「あってはならない」。

違和感の少子化対策4

2024年05月20日 | 日記・エッセイ・コラム
 元日の能登地震、古くは関東大震災、近年でも阪神淡路大震災、東日本大震災という大規模な地震被害を我が国は経験しています。地震だけではありません。日本は大きな台風や水害にも幾度となく襲われている災害大国です。
 地震は予測不可能、大きな台風の襲来も直前にならなければわかりません。それに比べて人口減少は、巨大隕石でも落ちてこない限り、ある日突然起こるわけではありません。高い確率で予測可能、少しずつ進むので対策を立てる時間的猶予もあります。
 国立社会保障・人口問題研究所の報告によると、2020年に1億2625万人の日本の人口は、50年後の2070年には8700万人に減少、65歳以上の人口比率は28.6%から38.7%に上昇し、外国人比率は2.2%から10.8%になっていると予測されています。単純に考えると、現在よりも日本の内需規模は3分の2に縮小した上に、社会維持を担う若い世代が減って、年金や介護などの社会保障のお世話になる高齢者の比率が上がり、国の維持が難しくなりそうです。
 2022年現在で、日本の人口密度はOECD諸国の中5位で329.76、6位の英国が279.64です。50年後の日本の人口が予測通りに減ると、人口密度は230.38となり現在の英国に近い数値になります。日本も英国も大陸に隣接する縦長の島国という立地で、公共インフラは隣国との融通が難しく、自前で維持しなくてはならない。国土の南部と北部では気象環境が違うなど、置かれた条件も似ています。異なる点は、英国の65歳以上の人口比率は17.5%と現在の日本よりも低いこと、これは平均寿命が80.70歳と、日本の84.45より低く、外国人比率が13.79%と高いことに由来します。外国人が多いことから、特殊出生率1.56は現在の日本の1.30より高く、若い外国人の多さが高齢者の人口比率を下げていることが予測されます。
 我が国も50年後の外国人比率を、予測の10.8%から更に7%増やせば、現在の英国ぐらいの国家として存続できそうです。
 戦後の高度成長から世界一の経済大国になった我が国は、いかに今経済的な苦境にあるとはいえ、インフラや社会保障の充実、安全度、清潔度などの点で、多くの移民を送り出しているアジアアフリカ諸国の人からはまだまだ羨望の的、大丈夫、すでに「移民から選ばれる国」なのです。そして日本では外国人技能実習に代わる「育成就労」制度を盛り込んだ関連法案が、5月17日に衆議院法務委員会で賛成多数で可決されました。これにより、外国人労働者は、熟練技術の必要な「特定技能2号」の試験に合格すれば、家族帯同の無期限就労が可能になります。
 英国は4月に不法移民をルワンダに強制移送する法律を成立させました。島国は不法入国しずらい反面、入れてしまうと排除しにくいのです。