ボタンのないエレベータ

2006年05月12日 | 日記・エッセイ・コラム

 扉が閉まると、エレベーターは上昇を始めました。

 乗っているのは私のほかに、帽子をかぶった中年の男性が1人、こちらに背を向けて立っています。

 しばらくしてスピードが上がってきたのか、強い加速度を感じはじめました。

 私は少し怖くなって、その男性に話しかけました。

 その男性は、私が昔好きだった人と結婚しているといい、ふりかえりました。

 男性の顔はまっしろで、のっぺらぼうでした。

 そのときエレベーターは乱気流に巻き込まれたようにはげしく振動をはじめました。

 見回すと、エレベータの壁は真っ白で、ボタンも回数表示もありません。

 からだに感じる加速度もどんどんきつくなって、私は倒れてしまいました。

 男は、はんぺんをゆがませたような表情で、私を見下ろしています。

 そしてアリスのチェシャ猫のように、表情だけを残して消えてしまいました。

 急にエレベータが止まり室内が霧で満たされ、私はからだが軽くなって、浮き上がりました。

                

 きっと気分の悪い目覚めだろうとおもって起き上がると、昨日までのかぜがずいぶん楽になっていました。