扉が閉まると、エレベーターは上昇を始めました。
乗っているのは私のほかに、帽子をかぶった中年の男性が1人、こちらに背を向けて立っています。
しばらくしてスピードが上がってきたのか、強い加速度を感じはじめました。
私は少し怖くなって、その男性に話しかけました。
その男性は、私が昔好きだった人と結婚しているといい、ふりかえりました。
男性の顔はまっしろで、のっぺらぼうでした。
そのときエレベーターは乱気流に巻き込まれたようにはげしく振動をはじめました。
見回すと、エレベータの壁は真っ白で、ボタンも回数表示もありません。
からだに感じる加速度もどんどんきつくなって、私は倒れてしまいました。
男は、はんぺんをゆがませたような表情で、私を見下ろしています。
そしてアリスのチェシャ猫のように、表情だけを残して消えてしまいました。
急にエレベータが止まり室内が霧で満たされ、私はからだが軽くなって、浮き上がりました。
きっと気分の悪い目覚めだろうとおもって起き上がると、昨日までのかぜがずいぶん楽になっていました。