ヒーメロス通信


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夏を惜しむ/小林稔詩集「白蛇」より

2016年08月03日 | 小林稔第3詩集『白蛇』

小林稔第三詩集『白蛇』(旧天使舎)以心社1998年11月刊行

夏を惜しむ
小林稔

    かんかん照りの道を 学校から帰ると、一つの死が 私を

        待ち構えていた。
    
           十二歳の私は 悲しみを覚えることなく、一年数ヶ月の生

   命の結末に 口ごもる家族と離れ、ひんやりとした廊下で 

   仰向けに寝転んで、流れる雲の行方を 追っていた。
 
    別れるときの死顔が 作りもののように思えた。商店の裏

   道を抜けて 伯父と小さな棺を担いで お寺まで急いだ。
   
    えんえんと続くお経を縫うように、鈍い木魚の音が 規則

   的に響いていた。うだるような暑さの中で私は気を遠くして

   いた。

 
    突然に 一本の電話が鳴る。姉の二番目の男の子の死を知

   らされた。あれから十五年目の夏、弟のもとに去った 十八

   歳の死を想った。立つことかなわず、言葉一つ発せずに終わ

   った未熟児。うなり声は家中とどろき、睡眠を奪ったが、死

   の前日は さらに激しかった。朝起き 体に触れると動かな

   かった、と聞く。
    
    東京にいた私は 父のもとに帰った。姉と義兄が 私を待

   ち受けていた。

   
    棺の蓋を取りのぞくと 蒼白の顔面があった。目はきつく

   閉ざされ 引きつっていた。唇の割れ目から前歯が 覗いて

   いた。そこから朱が一筋、顎の辺りまで引かれ 干からびて

   いた。花びらを亡骸(なきがら)に散らせ 釘を刺した。
 
    コンクリート壁の部屋で 猫背の男が炉の鉄の扉を開け、

   骨を 無造作に取り出した。
 
    火葬された骨は 舞うようであったが、差し出す箸(はし)

   にすがったのは 軽さのためか。
 
    私は骨壷を 肩からかけた白い布にくるみ、炎天下の道を

   のろのろとお寺へと歩いていった。

 
    毎年、夏になると どこからか笛と太鼓の音が聞こえてく

   る。祭りの前日には 朝早く御神体を抱えた男たちが かけ

   声とともに 走り回る。
 
    今年もその日が来た。人がどっとおし寄せ、男たちは酔っ

   たように 神輿(みこし)を担いでいた。

  

                 copyright1998 Ishinnsha



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