ヒーメロス通信


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小林稔「夏の魔物」 詩誌「へにあすま」より掲載

2015年12月23日 | 詩誌『へにあすま』に載せた作品

       詩誌『へにあすま』2012年9月15日発行より

夏の魔物

小林稔



黄道に焔が上がり

アスファルトが噴き出す舗道

視界をさえぎり飛び交う羽虫を気化させる

射光の傍らで、遠雷がとどろくさなか

男の操る一台の牛車が通り過ぎた

死者を敷居に呼び寄せるこの日

私は西瓜にかぶりつく

焼印を押しつけたように

脳裏に記憶の絵が燃えて

背びれで水を切る青年は沖へ向かう

水際に寄せつづける波が

干からびた流木の破片を転がしている

ブロック塀のとだえた道の角から

少年におそいかかる夏の魔物

死者も歳を重ねているようだ



ひとつの道がふたつに分かれた

あの夏、私の選んだ道は

自らのうちに世界樹の枝をひろげ

迅速に歩みつつ、足跡を置いてきた道端に

言葉を不意に見つけ、ひろい集めて

私の宿命を知ることであった

もうひとつの道では

季節ごとの祝祭に明け暮れ

老いた者は約束事のようにもてなされる

生まれてきたときのように

擦り切れた記憶の手綱をついにゆるめ

すでに見知らぬ者と成り果てた魂は

――輪廻に迎え入れられるだろうか

意識の深みに沈んだ言葉の種子たちは

ふたたび「私」に浮上して大樹の葉を繁らせている



照りつける太陽に野の草が燃えんばかりだ

世界に亀裂をもたらすようにかつて私に訪れた

詩というもの、世界と経験が自らの尾を飲み込んだ

蛇のように、言葉がもたらす魂の薫香

ひとつの夏が黄道から立ち去ろうとしている





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