防波堤
小林 稔
この西洋のいちばんはずれの土地で、わたしは突然、近東の総合を見たのだ。そして生まれて初めて、わたしは物象のために生きた人間をなおざりにした。わたしはスティリターノを忘れた。太陽はわたしの神になったのだ。太陽は、私の胎内で昇り、孤を描き、そして沈んでいった。
1
海岸線に立った
きらきら輝くカディスの海に向って断崖が
人差し指を水平に突き出している
アルへシラスからジブラルタル海峡を南下すれば
アラブ世界が広がっているだろう
船は後ろ髪を引く重い存在から断ち切るように
私の身体を前方へ運んでいく
想いは船の後ろを追い群れる海鳥のようにやかましく羽搏いている
水しぶきを上げる真っ青な海の向こう
霞んだ琥珀色の断崖が見える
まぎれもなくアフリカ大陸の北端、タンジェールであると自らに言い聞かせる
瓦礫のように積み重なった薄汚れた白い建物
カサブランカ行きのバスはなく相乗りタクシーに乗り込んだ
すぐに年下のスーツ姿の黒人青年も乗り込む
仕事でラバトに行くのだという
車窓に視線を向けると
ガラスに少年たちの顔が貼りついている
黒人にヤジを飛ばしているようだ
少年たちの姿がみるみる増えタクシーを囲む
一人ひとりの表情を注視しているうちに
歓迎とも中傷とも読み取れる彼らの
無邪気で明るい眼差しに引き寄せられ
私の心は車外に跳び出して彼らに溶け合った
しばらくして運転手が乗り込み
ガタガタガタガタと言う爆音を立て走り出した
一瞬にして少年たちの姿が砂埃に包まれた
2
イオニアの岸の古代都市をめぐり
エフェソスの遺跡から見る港湾は土壌で塞がれていた
イズミールからバスに揺られアナトリアの地に入る
機関車が長蛇の車両を率いて直線を描き平原を横切って行った
塩の湖に夕日が落ちて次第に辺りは闇に包まれる
中央のカイセリへはコンヤでバスを乗り換えなければならなかった
待合室にいた私の周りにいつの間にか人だかりができ
通訳を買って出た大学生の青年が英語で話し始める
ここに来るまでどこを旅していたのか
ここからどこへ行くのか、いつ帰路に就くのか
真夜中を過ぎ、バスが来るたびに若者たちが消えた
ようやくカイセリ行きのバスが着くと
乗降口で私を抱擁し、別れを告げた青年は闇に残された
車内に青年兵たちの乱雑に投げ出された肢体があった
訓練の帰りであろう、彼らの土の息が充満している
私に気づいた青年が体を横にして隙間を作った
沈み込むように私は体を滑り込ませる
アジアの西と東の外れでいつか土塊になる私たち
再び逢うことのない私たちの共有するこの瞬間
彼らの国を旅する私の幻想であろうと
彼らの寝息の満ちた車内で
彼らの一人に成り変われたという喜びに浸りながら
私は眠気と疲労で、彼らの上にくずおれた
*エピグラフは、ジャン・ジュネ『泥棒日記』(朝吹三吉訳)より引用。