ヒーメロス通信


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詩誌「へにあすま」47号、小林稔最新作品「茨を解きほぐしすでに行き過ぎし者よ」

2014年09月17日 | 詩誌『へにあすま』に載せた作品

茨を解きほぐしすでに行き過ぎし者よ

小林 稔

 

 

茨を解きほぐしすでに行き過ぎし者よ

あなたの背に血の滴りがかすかに見えます

わたしはいまだ闇に惑い外部へ開かれる

光の糸口さえ見出せずにいます

ここは確かにかつてあなたが足を留め

織物を紡いだところだが

あなたの遺した百丈もの布を広げて

そこに描かれた雉や牡丹を遊ばせています

世間の人は空箱をもてはやし投げ返していますが

彼らはそのことに無知なのではなく

空疎であるがゆえに飾りたて

お祭り騒ぎに乗じているように見えます

わたしがそのようなところから抜け出し

言葉の大海に乗り出せたことは幸運というべきでしょう

いったい誰に読まれるために書くというのですか

それにしても探し求めるべきほんとうのこととは何

闇を疾走する一条の光

それが存在しないとしたら

わたしはいますぐ書くことを辞めます

いくつもの声がわたしを呼んでいますが

わたしは孤島に佇み脳髄に絡む声の渦中から

わたしに発信される言葉を受信しようとしているのです

生涯の全経験を貫いて火のように立ち上がるものを待つ

邂逅を果たすべき他者をこの胸に抱き寄せるため

その瞬間にわたしは賭けているのかもしれません

その他者はすでにどこかですれ違った者であるにしても

それともこれから生まれてくる者であるにしても

互いに無疵であるはずはなく言葉によって

自己を奥底まで掘り進めた者同士にのみ許されるのです

ほんとうのこととは見える世界を夢想し

ふたたびこの世界を言葉に創り直すことで見えてくるものです

茨を解きほぐしすでに行き過ぎし者よ

わたしは虚空を見つめているあなたを追い見つめ

捨て切れなかった夢の破片をしかと読み解きます

あなたが倒れ伏したところから一歩踏み出し

ほんとうのことを世に知らしめるため

百年の闇を礎にわたしは柱を打ち立てます

 

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