ヒーメロス通信


詩のプライベートレーベル「以心社」・詩人小林稔の部屋にようこそ。

「地上のドラゴン」小林稔 詩誌「へにあすま」掲載より

2015年12月15日 | 詩誌『へにあすま』に載せた作品

地上のドラゴン
       小林 稔                       

明け方、夢の中で少年は
一羽の鳥になった。赤い眼で私を見上げ
ぼくをにんげんにして、と脆弱な声でしきりに鳴いた。

数式がきみを追跡し迷路に追いこんで
英語の文字が怪獣になりきみを呑みこむが
破裂を告げる赤ランプが点滅するきみのところに
あやしげな蜘蛛の糸をつむいで送信される
のっぺらぼうの電子メール
遠方からケータイにとどく言葉たちに
白い線を引いたこちら側で
きみはたしかな手ごたえを送信する。

グロいアニメーション
鎌をふりまわし足首から流れていく。
モノクロの血、あざけりわらう少女の声
きみの胸にMの傷を引いていく。
オトナたちの仕掛ける罠にひきずりこまれ
きみのしなやかな体躯にはらむ魂は
世界と慣れ親しむほどに傷口をひろげるだろう。
後方にひかえるどろどろの沼地で
夕映えの空を瞬時に暗雲が立ちふさがり
きんいろの光が、まるで躍り出た龍のように
天も割れんばかりに発現する。
きみの瞳孔に神経の枝枝が走り
おさえられていた欲情は防波堤を乗り越えた。

きみと私がふたたび地上で結ばれるには
世界の〈悪〉に捕えられ
なぶられ、縛られ、それでも
十四歳の魂は私の愛にこたえられるか。
うなだれ、起立するきみの首は
私の手のひらにもみほぐされ
謎かけを求める底なしのやさしさに
ためらい、よろめき、すりぬけ
私の注いだやさしさがきみの掌からこぼれ
私の掌にそそがれ、きみは魂を甦生させなければならない。
少年の衣を脱ぎすてるきみも愛する者になり
生涯、私と友愛をいつくしむことができるか。

闘うべきはドラゴン。
私たちの内に棲む怪物dragon
世界の胎盤に貼り廻らされたその血管は
いまぼろぼろに崩れかけて
ロゴスに魂を刻印する私たちの旅は
とどまることをしらない。


「一瞬と永遠」 小林稔詩作品 詩誌「へにあすま」掲載より。

2015年12月12日 | 詩誌『へにあすま』に載せた作品

一瞬と永遠

               小林稔

 

 

   α パリス、ノスタルジアの階梯

 

二千年の歳月を土に埋もれる試練に耐えたのち、人々の視線にさらされ、いま

わたしの視線が捉えた無名彫刻家が大理石に魂を吹き込んだ神像、その青年の

裸体に破片をつなぐ傷跡あり。しなやかな腰に少年の面影を残し、サンダルの

革紐がからまるふくらはぎ、すでに闘いを終え外されたそこから踵まで視線を

這わせ素足の先で留める。指がこころもとなく伸びて動き出さんとする様態に、

かつて少年たちの足をかたわらに見つめた一瞬の〈時〉は何度も反復されつづ

ける。かぎりなく人間に近づけて創ったという古代の彫像、それらに劣らぬ少

年たちの美しい形姿に似つかわしい魂を注ぐため、ノスタルジアの階梯をかつ

てわたしは昇りつめたが、わたしは彼らに何を与え何を授かったのであろうか。

神像の視線に正面から捉えられ、一瞬の姿を永遠の形相に変貌させた神の似像

をまえに、わたしは精神の羽搏きを感じて、しばらく立ち去ることを忘れた。

 

 

   β アルテミス、魂の分娩

 

エーゲ海の波のようになびく頭髪と清楚な面立ちがこれほどまでにわたしのこ

ころをつかんだことがあったろうか。異性との精神の分有はいかにして成立す

るかをわたしはいまだ知らない。わたしが背にした道を辿りなおさなければな

らないのは、この女神像に魂が呼ばれたからだ。身を包んだ波打つドレープの

下にどんなこころが潜んでいるのかを探りはじめてしまったからだ。天空の精

神という父性の〈精子〉と大地の子宮という母性の〈卵子〉からわたしは生を

受けたが、言葉(ロゴス)を求めつづけるわたしの旅は地上を〈さすらう〉と

いう宿命から遁れることはできない。詩がポイエーシスの賜物であるならば両

性がわたしに所有されている。魂の分娩は肉体のそれよりはるかに偉大である

と男たちを諭した知者の女性ディオティマを思う。美しく高貴で素性のよい肉

体を探し求め教育し精神の出産をしようと交わり、生まれたものを相携え育て

る。精神の分娩でもたらされる不死なる子どもは作品であるが、エロースの対

象となる少年を生むのは女性だ、という背理の糸を手繰り抜け出ようとわたし

は考えた、女性の魂の分娩とは、神々の恋とはいかなる営みであるかを。わた

しはうしろに身を構え、大理石の神像が定める視線の行く先を肩越しに追った。

 

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※「ディオティマ」はプラトン『饗宴』に登場する虚構上の人物である。


「軛」小林稔・詩誌「へにあすま49号」平成27年9月10日発行

2015年09月23日 | 詩誌『へにあすま』に載せた作品

軛(くびき)

小林 稔

 

 

灼けつく陽光が射すアスファルトの上

車輪は休むことなく廻りつづける

私の身体を右に左に揺らしつづける

死体を死者にすべく神のふところに還そうとする川のほとりへ

時のつくるいくつもの陰影は

筆が曳いていった薄墨の痕跡のように

屋根の低い横並びの家家をひたひたと水が寄せている

土間の扉から顔を覗かせる少年

流れていく私に視線を貼りつけ

男たち女たちが庭に立ちつくしている

かつて時どきに見た光景が現われ重なり合い流れ

あの川岸に私が立つのはいつの刻(とき)であろう

廻りつづける車輪の上で

眠りに襲われつつ老いていく私たちの怠惰な日常

記憶がほぐれ道端に満ちあふれ

幾重に折り畳まれた時の層が透かし見えて

飛沫を上げて人人を運んでいる車輪の争奪

四方八方に往きて還る群衆ひとりひとりの異貌が迫り

大きな渦に巻き込まれ流されていく

すべての諸行、思考、他者からの残り香

すべては迂回しながらついに辿りつくその川のほとりへ

極彩色の布が軒に吊られた商店の奥の暗闇

ゆるやかに蛇行する通りは牛車とせめぎ合う群衆で増殖し

砂煙上がる中空に翼を広げそびえ立つ寺院の甍

規則的に反復する読経の波が喧噪を縫っていく

路地に踏み込めば赤や黄の花びらを敷いた石畳の不意打ち

うだるような暑さにうつつの界を夢魔が浸し始めている

赤子から老体までの時を辿る私たちのひるみない身体

白骨が箒の一振りで川に投げ入れられる石段まで

車輪は廻りつづける

 

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旅程・小林稔 詩誌「へにあすま」48号掲載

2015年05月02日 | 詩誌『へにあすま』に載せた作品

旅程

                小林 稔

 

 

 

額から一つの道がひろがる

その先はいちめん霧が降りて鎖(とざ)し

歩行を記憶した道の標(しるべ)は色褪せ

いまとなれば砂礫が転がるばかりだ

 

数珠のように次々に送信される

〈時〉の痕跡を追い求め

空があり海があり人があり木があり……

わたしはそれら一つひとつを言葉に換えていく

やがてシンフォニーを形づくる音の旋回

だが、見知らぬものに鼓動の高鳴りを覚えたかつての

旅から旅へ航るわたしを招き寄せ足を掬(すく)ったラビリンス

若い日の追憶を老いていく生の傾斜に重ねてしまうのだ

 

道よ、わたしはこれから何をしようとするのか

砂上に紅い花を愚かにも咲かせようというのか

稲妻の閃光が脳裏に滑り込み

溢れ出る言葉を性急に走り書きするが

一陣の風に鳥の群れが舞い上がり弧を描き散るように

紙片にひかりが射して言葉が瞬時に消え

記憶の断片が無惨にも失われていく

言葉(ロゴス)を呼び寄せるわたしの生とその代価を日々秤にかけ

不穏なグローバル世界の行方を杞憂しながら

神を創った人間の〈こころ〉の深淵を覗いている

 

歳月よ、わたしを連れ出し

死の淵へと向かわせようとするのか

丹念に横糸を〈時〉の流れにくぐらせ

わたしという一つの生を織るために

あの霧の降りた道をひとり歩き始めよう


詩誌「へにあすま」47号、小林稔最新作品「茨を解きほぐしすでに行き過ぎし者よ」

2014年09月17日 | 詩誌『へにあすま』に載せた作品

茨を解きほぐしすでに行き過ぎし者よ

小林 稔

 

 

茨を解きほぐしすでに行き過ぎし者よ

あなたの背に血の滴りがかすかに見えます

わたしはいまだ闇に惑い外部へ開かれる

光の糸口さえ見出せずにいます

ここは確かにかつてあなたが足を留め

織物を紡いだところだが

あなたの遺した百丈もの布を広げて

そこに描かれた雉や牡丹を遊ばせています

世間の人は空箱をもてはやし投げ返していますが

彼らはそのことに無知なのではなく

空疎であるがゆえに飾りたて

お祭り騒ぎに乗じているように見えます

わたしがそのようなところから抜け出し

言葉の大海に乗り出せたことは幸運というべきでしょう

いったい誰に読まれるために書くというのですか

それにしても探し求めるべきほんとうのこととは何

闇を疾走する一条の光

それが存在しないとしたら

わたしはいますぐ書くことを辞めます

いくつもの声がわたしを呼んでいますが

わたしは孤島に佇み脳髄に絡む声の渦中から

わたしに発信される言葉を受信しようとしているのです

生涯の全経験を貫いて火のように立ち上がるものを待つ

邂逅を果たすべき他者をこの胸に抱き寄せるため

その瞬間にわたしは賭けているのかもしれません

その他者はすでにどこかですれ違った者であるにしても

それともこれから生まれてくる者であるにしても

互いに無疵であるはずはなく言葉によって

自己を奥底まで掘り進めた者同士にのみ許されるのです

ほんとうのこととは見える世界を夢想し

ふたたびこの世界を言葉に創り直すことで見えてくるものです

茨を解きほぐしすでに行き過ぎし者よ

わたしは虚空を見つめているあなたを追い見つめ

捨て切れなかった夢の破片をしかと読み解きます

あなたが倒れ伏したところから一歩踏み出し

ほんとうのことを世に知らしめるため

百年の闇を礎にわたしは柱を打ち立てます

 

copyright2014以心社

無断転載禁じます。