次の日の朝、辺りは明るくなっても谷の底にはなかなか日が差し込まない。
特にこの時期、太陽の角度は低く、それに加えU字の谷は深い。
全てのものが露でびっしょりと濡れる時に小屋泊まりはありがたい。
昨日の川下りで濡れた物も乾いて快適である。
ゆっくりと朝飯を食べ、小屋の掃除、そして昨日外に干してあったパックラフトをたたみバックパックにつめ、小屋を後にした。
パックラフトの利点は小さく畳める、そして軽いことで、バックパックにすっぽりと収まるし、パドルは切り離してバックパックの横に収まる。
上りは背負って歩き、下りは川をどんぶらこ、と流れていく旅ができる。
昨晩、小屋の中の地図を見ながらトーマスと目論んだプランは、この川を海までパックラフトで下り、そこから山を登り再び川下りである程度内陸部へ戻り、最後は歩いて戻ってくるというプラン。
これはホリフォード・ビッグベイパイク・ルートと言ってニュージーランドではクラッシックなルートである。
トーマスは以前歩いたことがあり、僕もいつかはやりたいコースの一つだ。
6日間のルートで行程的には問題ないのだが、問題はお互いがそんなに休みを合わせられるかというところだろう。
歩き始めるとすぐに小川にかかるつり橋がでてきた。
ヒドゥンフォール、隠れ滝から来ている川だ。
つり橋を渡り、ちょっと寄り道をして滝を見に行く。
隠れ滝の名の通り近くへ行くまで見えないが、近寄って見ると存在感のある立派な滝だ。
水量も豊富で雨の時にはすごい光景になるのだろう。
トーマスが「たまにはね」と言いつつスマホを出して、セルフィーで二人仲良く、はいチーズ(死語)。
死語が似合うオヤジ二人、再び歩く。
道は平坦で歩きやすい。お散歩のようなものだ。
道は川沿いを通り、昨日ハイカーとすれ違ったであろうという場所に来た。
ナルホド、こんな所をプカプカ流れるのをこちらから見れば羨ましいだろうな。
「そうそう、これが最後のトラップだ」
前を歩いていたトーマスが声をあげた。
近寄って見るとストート(おこじょ)を捕るためのワナがしかけてある。
何年か前にトーマスが設置したのだと言う。
最後のという意味は、川の上流方面からワナを設置してきて、ここまでやったという意味だ。
道から離れれば離れるほど、それを担いで歩く距離も長くなる。ワナだって軽くはない。
そういう地道な作業によってこの国の自然は守られている。
表立って見えないけれど立派な仕事だ。
こういう友を僕は尊敬する。
さらに先へ進むと一つの橋に差し掛かった。
「ここは何回直しても大雨が降る度に壊れちゃうんですよ」
言われて見るとナルホド、直した跡が見える。
「ゴール地点ではサンドフライが多いので、ここでご飯にしましょう。ここはヘリパッドでサンドフライも少ないんです。」
まるでガイド付きの山歩きみたいだな。
僕はこの場所は初めてなのだが、トーマスには仕事場なのである。
昼食後、歩き始めてすぐに釣り橋が見えてきて、あっけなくゴール。
昨日ボートを漕ぎ出してから24時間、たかが24時間されど24時間。
距離でいえば片道10キロちょっとか。
やる気になれば日帰りで、いやもっと急げば半日あればできる行程だろう。
だが急ぎ足では見えない物もあるし、じっくりと自然に浸る感もできなかろう。
じっくりと、のんびりと、ゆったりと、徹底的に密度の濃い時間を過ごした。
充実感に浸りながらテアナウまでドライブ。
「次はどこのトリップへ行こうかね」
「エグリントン川を一番上から下まで下るなんてのもあるよ」
「ふむふむ、それもいいかもね」
ワクワク感は止まらない。
パックラフトという物で、今までとは一味違うコースの組み立てができる。
必要なのは走り続けることじゃない、走り始め続けることだと、竹原ピストルも歌っている。
新しいことを始める時に、「そんなの大変じゃないの?」「そんなのうまくいかないんじゃないか」などと否定から入る人がいる。
大切なのはやってみること。行動を起こすと、結構なんとかなっちゃうものである。
新しいこと、面白そうなことをどんどん始められる人は素敵だ。
テアナウのトーマス宅に帰ると奥さんのミホコから伝言の張り紙があった。
「至急、ボスのリチャードに連絡してください。」
テアナウから先は携帯の電波が届かない。
ボスのリチャードが仕事のことで連絡を取ろうとしたが圏外だった為アロータウンの家のフラットメイトに連絡し、そこでヤツはテアナウに行っているという話でテアナウのトーマス宅に連絡、奥さんのミホコにメッセージを託したわけだ。
ボスに連絡を取ると、その日のうちにケトリンズに来いと。
当初の予定は次の日からの仕事だったが急にプランが変わったのだろう。
撮影の仕事でこういうことはよくあることだ。
ホリフォードの余韻に浸るひまもなく、僕はそのままケトリンズへ向かった。
翌日は早朝からの仕事で、その時に目が覚めるような朝焼けを見た。
つい前日までは西海岸に近い手付かずの原生林にいたのに、今は南海岸で太平洋から上がる朝日を見ている。
ギャップの大きさに頭がクラクラしてしまうが、こんな旅の終わり方も自分らしくて面白いものだ。
地球ってやっぱり素敵だな。
朝焼けの海を見ながら、ふとそんな事を思った。
完
特にこの時期、太陽の角度は低く、それに加えU字の谷は深い。
全てのものが露でびっしょりと濡れる時に小屋泊まりはありがたい。
昨日の川下りで濡れた物も乾いて快適である。
ゆっくりと朝飯を食べ、小屋の掃除、そして昨日外に干してあったパックラフトをたたみバックパックにつめ、小屋を後にした。
パックラフトの利点は小さく畳める、そして軽いことで、バックパックにすっぽりと収まるし、パドルは切り離してバックパックの横に収まる。
上りは背負って歩き、下りは川をどんぶらこ、と流れていく旅ができる。
昨晩、小屋の中の地図を見ながらトーマスと目論んだプランは、この川を海までパックラフトで下り、そこから山を登り再び川下りである程度内陸部へ戻り、最後は歩いて戻ってくるというプラン。
これはホリフォード・ビッグベイパイク・ルートと言ってニュージーランドではクラッシックなルートである。
トーマスは以前歩いたことがあり、僕もいつかはやりたいコースの一つだ。
6日間のルートで行程的には問題ないのだが、問題はお互いがそんなに休みを合わせられるかというところだろう。
歩き始めるとすぐに小川にかかるつり橋がでてきた。
ヒドゥンフォール、隠れ滝から来ている川だ。
つり橋を渡り、ちょっと寄り道をして滝を見に行く。
隠れ滝の名の通り近くへ行くまで見えないが、近寄って見ると存在感のある立派な滝だ。
水量も豊富で雨の時にはすごい光景になるのだろう。
トーマスが「たまにはね」と言いつつスマホを出して、セルフィーで二人仲良く、はいチーズ(死語)。
死語が似合うオヤジ二人、再び歩く。
道は平坦で歩きやすい。お散歩のようなものだ。
道は川沿いを通り、昨日ハイカーとすれ違ったであろうという場所に来た。
ナルホド、こんな所をプカプカ流れるのをこちらから見れば羨ましいだろうな。
「そうそう、これが最後のトラップだ」
前を歩いていたトーマスが声をあげた。
近寄って見るとストート(おこじょ)を捕るためのワナがしかけてある。
何年か前にトーマスが設置したのだと言う。
最後のという意味は、川の上流方面からワナを設置してきて、ここまでやったという意味だ。
道から離れれば離れるほど、それを担いで歩く距離も長くなる。ワナだって軽くはない。
そういう地道な作業によってこの国の自然は守られている。
表立って見えないけれど立派な仕事だ。
こういう友を僕は尊敬する。
さらに先へ進むと一つの橋に差し掛かった。
「ここは何回直しても大雨が降る度に壊れちゃうんですよ」
言われて見るとナルホド、直した跡が見える。
「ゴール地点ではサンドフライが多いので、ここでご飯にしましょう。ここはヘリパッドでサンドフライも少ないんです。」
まるでガイド付きの山歩きみたいだな。
僕はこの場所は初めてなのだが、トーマスには仕事場なのである。
昼食後、歩き始めてすぐに釣り橋が見えてきて、あっけなくゴール。
昨日ボートを漕ぎ出してから24時間、たかが24時間されど24時間。
距離でいえば片道10キロちょっとか。
やる気になれば日帰りで、いやもっと急げば半日あればできる行程だろう。
だが急ぎ足では見えない物もあるし、じっくりと自然に浸る感もできなかろう。
じっくりと、のんびりと、ゆったりと、徹底的に密度の濃い時間を過ごした。
充実感に浸りながらテアナウまでドライブ。
「次はどこのトリップへ行こうかね」
「エグリントン川を一番上から下まで下るなんてのもあるよ」
「ふむふむ、それもいいかもね」
ワクワク感は止まらない。
パックラフトという物で、今までとは一味違うコースの組み立てができる。
必要なのは走り続けることじゃない、走り始め続けることだと、竹原ピストルも歌っている。
新しいことを始める時に、「そんなの大変じゃないの?」「そんなのうまくいかないんじゃないか」などと否定から入る人がいる。
大切なのはやってみること。行動を起こすと、結構なんとかなっちゃうものである。
新しいこと、面白そうなことをどんどん始められる人は素敵だ。
テアナウのトーマス宅に帰ると奥さんのミホコから伝言の張り紙があった。
「至急、ボスのリチャードに連絡してください。」
テアナウから先は携帯の電波が届かない。
ボスのリチャードが仕事のことで連絡を取ろうとしたが圏外だった為アロータウンの家のフラットメイトに連絡し、そこでヤツはテアナウに行っているという話でテアナウのトーマス宅に連絡、奥さんのミホコにメッセージを託したわけだ。
ボスに連絡を取ると、その日のうちにケトリンズに来いと。
当初の予定は次の日からの仕事だったが急にプランが変わったのだろう。
撮影の仕事でこういうことはよくあることだ。
ホリフォードの余韻に浸るひまもなく、僕はそのままケトリンズへ向かった。
翌日は早朝からの仕事で、その時に目が覚めるような朝焼けを見た。
つい前日までは西海岸に近い手付かずの原生林にいたのに、今は南海岸で太平洋から上がる朝日を見ている。
ギャップの大きさに頭がクラクラしてしまうが、こんな旅の終わり方も自分らしくて面白いものだ。
地球ってやっぱり素敵だな。
朝焼けの海を見ながら、ふとそんな事を思った。
完
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