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「中小企業の改革」を進めないと国が滅びるワケ

2020-07-23 15:54:21 | 日記
「中小企業の改革」を進めないと国が滅びるワケ

2019年9月20日 5時10分

東洋経済オンライン

オックスフォード大学で日本学を専攻、ゴールドマン・サックスで日本経済の「伝説のアナリスト」として名をはせたデービッド・アトキンソン氏。


退職後も日本経済の研究を続け、日本を救う数々の提言を行ってきた彼が、ついにたどり着いた日本の生存戦略をまとめた『日本人の勝算』が刊行されて8カ月。

生産性を高める具体的な方法を示した新著『国運の分岐点 中小企業改革で再び輝くか、中国の属国になるか』(講談社+α新書)が刊行された。



「中国の属国になる」とはどういうことか。それと「中小企業改革」はどのような関係があるのか。解説してもらった。

9月21日、『国運の分岐点 中小企業改革で再び輝くか、中国の属国になるか』という本を世に出しました。

おかげさまで、この本は発売前にもかからず非常に大きな反響がありました。

まだこの本を読んでいない方たちには、サブタイトルの「中国の属国」という文言に対して「経済の話をしているのに論理が飛躍していないか」「幼稚な陰謀論だ」という印象を受けるかもしれません。

そこで、本の内容を紹介させていただく前に、「中国の属国」という言葉に引っかかっている方たちに対して、なぜこのようなタイトルになったのかという真意を説明させていただきます。

「日本が中国の属国になる」シナリオのリアリティー

日本の人口動態を細かく分析していけば、生産性を高めるしかもはや道がなく、

国も民間も真っ先に取り組まなくてはいけない最優先課題であるということは、これまで東洋経済オンラインの連載や著書、講演などでも繰り返し申し上げてきた通りです。

この生産性向上を、過去に頓挫したさまざまな改革と同じく、

「ほかにも方法があるはずだ」

「生産性を急に上げることが現実的に難しい」

「最低賃金を1000円に上げたら、企業の倒産は続出するぞ」などと先延ばしにすれば、日本社会に致命的なダメージをもたらし、後世に大きな負の遺産をもたらすのは間違いありません。

そこで、今すぐに手をつけなくては手遅れになるという警告も含めて「国運の分岐点」としました。

では、具体的に生産性を上げるにはどうすればいいか。わかりやすく言えば、「中小企業改革」です。

今の日本の産業構造では、生産性向上はほぼ無理です。

タブーとされてきた中小企業部門にメスを入れないと、どんなに技術とイノベーションで人口減少に対応ができると言っても、生産性は改善しません。


その詳細については、この記事の後半で説明しますが、この中小企業改革は中小企業経営者からすれば、簡単に受け入れられるものではありません。

現状にそれなりに満足をしている中小企業経営者からすれば、わが身を破滅に追い込むようなものであって、猛烈な反対が予想されます。

しかし、先ほども申し上げたように、これを先延ばしにすればするほど、未来の日本の傷口が広く、深いものになってしまいます。

これまでのように360万社ある中小企業を手厚く保護して、彼ら全員に元気になってもらおうという従来の優遇・猶予政策では、残念ながら日本全体は沈んでいくのです。


そこで、ぜひとも日本の皆さんに、なぜ「中小企業改革」に取り組まないといけないのかを真剣に考えていただくため、

もしこれに取り組まないとどのような最悪の未来が待っているのかということを考察した結果が、「中国の属国」なのです。

もちろん、これは中国が日本に攻め入ってきて、支配されたり、主権を奪われたりという話ではありません。

改革をしないままで人口減少して、国力がすっかりと落ちてしまった日本に、さまざまな形で中国経済が関与をしてくるという「経済的属国」です。

その理屈は、次の通りです。

社会保障負担がますます重くなる中、中小企業改革をしなければ、生産性は改善せず、国の財政がさらに悪化する。


そのタイミングで、日本経済の特有なリスクである「首都直下型地震」か「南海トラフ地震」が起きたら、政府は復興のために海外に依存する必要があることを意味します。

そのシナリオでは、中国に頼るシナリオが浮上します。

中国は今や購買力調整で世界第1位のGDPを誇り、アフリカなどに「援助」の名目で経済的な支配力を強めているという事実もあります。

このシナリオは論理の飛躍などと笑い飛ばせるものではなく、もはやいつ起きてもおかしくないかなり逼迫したものだということは、この連載の最後にしっかりとご説明させていただきます。

生産性向上は痛みを伴います。大変な時代をもたらします。

しかし、この最悪のシナリオを経済政策に結びつけているのは、決して机上の空論ではないことをご理解いただいたうえで、なぜ生産性向上の議論を命懸けで進めないといけないのかを痛感していただきたいからです。

中小企業改革=中小企業の統廃合

さて、タイトルの真意をご理解していただいたところで、今回は「中小企業改革」についてお話をしていきましょう。

そのように聞くと、ほとんどの人が、日本のものづくりなどを支えている中小企業の強みをどうやって生かすのかという改善策、日本の中小企業がこれまで以上に元気になるためにはどうするか、というような方向性の話を想像することでしょう。

しかし私が申し上げているのはそういう類の改革ではありません。

人口減少という未曾有の危機に直面した日本が、この窮地を抜け出すためには、およそ360万社ある中小企業をどうすればいいのか。

これまでよしとされてきた中小企業を中心とした産業構造がはたして今の日本に適しているのか。

つまり、中小企業そのものを根底から変えるという「中小企業改革」なのです。

簡単に言えば、中小企業改革とは、今の360万社弱ある中小企業を、200万社弱に統廃合することです。

このような方向性の改革は、なぜか日本ではほとんど語られてきませんでした。

「聖域」なのではないかと心配してしまうほど、中小企業そのものに苦言を呈する論調はないのです。

事実、ネットで検索をしてみても、中小企業の働き改革や、中小企業の経営改革の記事は山ほどありますが、中小企業そのものを改革すべきというような記事はほとんど見当たらないのです。

ただ、厳しいことを言わせていただくと、今の中小企業をすべて生かして、経営を改善する程度や、働き方を変える程度という、表面的な改革の議論をしているうちは、これから日本にやってくる危機を乗り切ることはできません。「中小企業改革」をすることなく、日本の明るい未来はやってこないのです。

その中小企業改革の神髄は、中小企業の規模を大きくして、大企業と中堅企業を増やすことです。人口が減るので、それは結果として中小企業の数が減ることを意味します。


なぜ中小企業の数を減らさなければならないか

まず、企業の規模が大きくなればなるほど生産性が上がる、という経済の大原則があります。

これは日本も例外ではなく、業種別・都道府県別の平均企業規模と、生産性は見事なほど一致しているのです。だから、生産性向上は企業の規模が拡大することを意味します。

企業規模が大きくなれば分業ができますので、社員の専門性が上がって、一人ひとりが自分のスキルを最大限に発揮できるようになります。

小さな企業よりも利益が集約されて、絶対額が大きくなりますので研究開発や人材開発などにも力を入れることができます。

そして、中堅・大企業は体力があるので、生産性に大きく影響を及ぼす輸出をすることができます。

日本の中小企業の中には大企業に負けない技術力を持っているとか、大企業の中にも生産性の悪い会社だってあるとか反論をする方もいらっしゃるかもしれませんが、

それはあくまで個々の特殊ケースであって、国の経済全体を考えれば、カギが企業規模にあるのは疑いようのない事実なのです。

中小企業だって頑張っている、技術レベルの高い労働者が犠牲となると言われますが、根拠がありません。

合併をすれば、その労働者はより安定的な職場でより豊富な経営資源を活用して、中小企業で発揮できなかった自分の技術を最大限まで発揮できます。

要するに、中小企業で働いていることによってスキルが高くなったという事実もなければ、中小企業で働かないといけないという事実もないのです。

また、規模が大きくなれば社員の働き方にも余裕ができるので、有給休暇の取得率が上がります。

当然、産休や育休の取得もハードルも下がりますので、女性活躍を促すことができます。

要するに、政府が進める「働き方改革」というのは、企業の規模を大きくすることによって初めて可能となるものであって、

それがなくしては、女性活躍や有給休暇に関する、どんなに厳しい規制をしても、どんなにPRをしてもそれほど効果はないということなのです。

しかし、残念ながら日本では、経済学者、官僚、経営者という人々でさえ、ほとんど「企業規模」の重要性を理解していません。

それをよく示しているのが、日本の製造業の生産性が高く、サービス業の生産性が低いことについての「俗説」です。

この業種による生産性の「差」について、一般的には、

「日本人はものづくりに向いているから製造業は生産性が高い」

「日本のサービス業は損得を度外視した”おもてなしの文化”があるので生産性が低い」

というような国民性をよくおっしゃいますが、これは何の科学的根拠もない思い込みです。

むしろ、自分たちが理想とする国民性や文化をベースにした解釈という意味では「妄想」と言ってもいいかもしれません。

では、そのような先入観を抜きに客観的、科学的に分析をすればどうなるのかというと、企業規模以外に答えは見つかりません。


日本の製造業の企業規模は平均すると、サービス業の平均よりも2倍以上大きいのです。それだけです。

国民性ではないのです。なぜ製造業は企業規模が大きく、サービス業は小さいのかということの理由は、次回詳しく検証します。

「聖域」に踏み込むべき3つの理由

さて、このような「企業規模」の重要性を訴えても、「聖域」である中小企業のこれまでのあり方を変えたくないという反発が予想されますので、日本が国として中小企業改革を断行しなくてはいけない、3つの本質的な理由を挙げておきましょう。


1. 社会保障の負担が増える一方なのに、それを担う生産年齢人口が42.5%も減少するから

2. 日本は他の生産性の高い先進国と比べて相対的に、小さな規模の企業が非常に多いから

3. 人口減少が進行して、生産性の低い企業の割合が自然に減っていかないから

まず、1に関してはこれまでの著書や連載でもたびたびお話をしているので、詳しい説明は不要でしょう。

負担が雪だるま式に増える社会保障の費用を捻出するためにも、GDPを縮小させてはいけません。

そして、GDPというのは人口×生産性ですので、人口が減るならば、生産性を上げるしかありません。かけ算を習っていれば、小学生でもわかる簡単な理屈です。

そして、生産性を上げるには企業規模を大きくするということが、最も確実で最も効果のある方法なのです。

次の2に関しては、アメリカがわかりやすいでしょう。

かの国の労働人口は49.8%が大企業で働いていて、20人未満の小規模事業者で働く労働人口は全体の11.1%にすぎません。

つまり、企業規模の大きな会社で働く人の割合が多いので、生産性が高いという、経済の原則通りの現象が起きているのです。

これに対して、日本はどうかというと、大企業で働く労働人口は全体の12.9%で、87.1%の労働人口が中小企業で働いています。

また、20人未満は20.5%とアメリカの2倍近い水準なのです。

これだけ小さい規模で働く人の割合が多いということは、どんなに大企業の生産性を上げても、その効果がほかの先進国に比べるとかなり小さく、限定的になるということです。

それは裏を返せば、どんなに大企業が賃金を上げて生産性を高めたところで、問題の根幹である「中小企業」の生産性を上げないことには効果がないということなのです。

最後の3は、世界一の技術大国だ、ものづくり大国だと言いながらも、なぜ日本からアップルやグーグルなど、ベンチャーから世界的大企業へ成長する会社が現れないのか、ということが大事な視点です。

ベンチャー企業というのは、人口が増えている国で多く誕生します。

世界的に見れば、新しい企業というのは、起業する時点の技術などをベースにしているので、その国の平均生産性よりも高い生産性を最初から実現していることが多いです。

つまり、人口が増えれば増えるほど、産業構造の中で、生産性の高い企業の割合がどんどん増えて、生産性の低い企業による悪影響が希薄化されるのです。

かつての日本のように人口が右肩上がりで増加している国というのは、国が上手な中小企業支援策を実施すれば、ソニーやホンダのようにベンチャーから成長を遂げた大企業が増えて、国全体の生産性も向上していくのです。

しかし、残念ながらこれからの日本ではそのような好循環は期待できません。

人口が減るので、新しい企業も減ります。生産性の低い企業による悪影響は、希薄化されるどころか顕在化していくのです。

かつての日本のように人口が右肩上がりで増加している国というのは、国が上手な中小企業支援策を実施すれば、ソニーやホンダのようにベンチャーから成長を遂げた大企業が増えて、国全体の生産性も向上していくのです。

しかし、残念ながらこれからの日本ではそのような好循環は期待できません。人口が減るので、新しい企業も減ります。生産性の低い企業による悪影響は、希薄化されるどころか顕在化していくのです。

以上の3つの理由を突きつめれば、結局のところ、問題は日本に非常に小さな規模の企業、つまり中小企業が他の先進国よりもあまりに多すぎるということに集約します。


日本経済を客観的に俯瞰すれば、中小企業が多いことで、産業構造が非効率となるなどさまざまな弊害をもたらしているのは明らかです。

「中小企業神話」を打ち破れ

ただ、中小企業改革に強固に反対するような人々は、日本が高度成長してから、世界第2位の経済大国にまで発展したことと、同時発生的に小さな規模の会社が増えたことをあたかも因果関係があるように、混同しているだけです。それが日本の中小企業神話の根源です。

実はもともと日本は中小企業が多かったわけではありません。

それがいつかをたどっていくと、日本の人口が右肩上がりで増えていた1964年というタイミングを境にして、中小企業の数が爆発的に増えているのです。


ここから日本は世界でも有数の「中小企業大国」となって、産業構造がどんどん非効率になって、現在のような先進国でダントツに生産性の低い国となる道を歩み始めるのです。

人口増加時代の下、その問題は表面化しなかっただけで、今となって、人口減少によって表面化しています。

なぜ1964年に中小企業が爆発的に増えたのか。いったい何がこのあたりにあったのか。次回ではこの日本の命運を大きく変えた「1964年体制」というものがなぜつくられたのか検証することから始めていきましょう。

東洋経済オンライン


文在寅の“韓国版ニューディール政策”が大失敗に終わり

2020-07-23 15:10:01 | 日記
文在寅の“韓国版ニューディール政策”が大失敗に終わり

7/21(火) 15:16配信

プレジデントオンライン

■韓国のリスクは文政権そのものだ

現在、韓国経済の先行き懸念が高まっている。6月24日、国際通貨基金(IMF)は、韓国の2020年の実質GDP成長率の予想値をマイナス1.2%からマイナス2.1%に下方修正した。

さらに7月12日、韓国の有力シンクタンクである韓国経済研究院は、本年の成長率がマイナス2.3%に陥ると一段と厳しい予想を示した。

その背景には、新型コロナウイルスの感染拡大で世界の貿易取引が落ち込み、韓国経済をけん引してきた輸出が減少していることがある。

個別の産業では、輸出競争力を発揮した半導体に代わる新しい成長分野が見当たらない。

そうした経済構造のまま、韓国全体が経済環境の変化に対応することが難しくなっている。

重要なポイントは、いかに経済環境の変化に対応する力をつけるかだ。そのためには、思い切った構造改革が欠かせない。

一方、最近の文在寅政権の政策を見ると、財政支出を増やすことで、何とか目先の景気を支えようとしているように見える。それでは、長い目で見た韓国経済にとって大きなプラスにはなりにくいだろう。

文政権自体が、韓国にとって見逃せないリスクになりつつあるといえそうだ。

■ここへ来てさらに下振れ懸念高まる韓国経済

コロナショックを境に、韓国経済の潜在成長率(経済の実力)の下振れ懸念が高まっている。

韓国最大の企業であるサムスン電子の収益を支えてきた半導体事業以外に、韓国企業が目立って稼げる分野が少なくなっている。

韓国経済とサムスン電子の関係をみると、中国などの需要を取り込んだ半導体事業を中心にサムスン電子の業績が拡大し、それが韓国経済の成長を支えてきた。

需要項目〔個人の消費、投資(設備投資など)、政府の支出、純輸出(輸出‐輸入)〕ごとに韓国経済の成長率を確認すると、基調としてサムスン電子の業績が拡大する局面において韓国の個人消費や設備投資などは増加した。それによって、政府は支出を抑えることができた。

サムスン電子の株価上昇は韓国の年金運用などにも大きな影響を与えた。実質的に、サムスン電子の業績拡大が韓国経済の成長に欠かせないけん引役となってきた。

■サムスン1社の半導体事業に依存している

 現在、世界的なデジタル化の進行によって、高機能サーバー向けのメモリ需要などが高まり、サムスン電子の業績は比較的よい。

 一方で、鉄鋼や石油化学、航空などの産業は需要の低迷に直面している。言い換えれば、新型コロナウイルスの感染が深刻化した2020年の年初頃を境に、韓国経済はこれまで以上にサムスン電子1社の半導体事業への依存度を高めている。

 それは、輸出動向から確認できる。7月に入り、韓国の輸出には徐々にではあるが下げ止まりの兆しが出始めた。品目別にみると、半導体の輸出が全体の下げ止まりを支えている。他の産業は苦戦している。

 背景には、コロナショックによって世界的に需要が低迷したことがある。中国の在来分野では国有・国営企業の過剰生産能力が深刻だ。基礎資材分野を中心に韓国の過剰生産能力も顕在化している。

韓国では家計や企業の債務残高も増加し、経済全体で下振れリスクが高まっている。

■文政権は長期のグランドデザインを示せ

見方を変えると、韓国にはサムスン電子の半導体事業に代わる新しい成長産業が見当たらない。それは、韓国経済が抱える深刻な構造的問題の1つだ。

現在、韓国は対中半導体輸出を見直すよう米国から圧力をかけられている。

サムスン電子の半導体事業によって韓国が景気安定を目指すことは一段と難しくなるだろう。新型コロナウイルスによって世界経済が低迷する可能性は高い。

いつ、効果のあるワクチンが開発され、世界への供給体制が確立されるかにもよるが、輸出依存度の高い韓国経済の下方リスクは軽視できない。金融政策も限界を迎えている。

成長産業が見当たらない状況下、文大統領は構造改革に真剣に取り組む必要がある。

冷静に考えると、文政権はどのようにして経済の実力を高め、国民が安心できる環境を目指すか、長期のグランドデザインを示さなければならない。

具体的には、どの産業を育成して雇用を増やすか。

そのために人々にどのような教育・訓練を提供するかなど、具体的な施策を明示し、推進することが求められる。多様な利害を調整して国を1つにまとめることが政治の役割だ。

しかし、文氏の経済対策からはそうした理念や熱意が感じられない。

7月14日、文大統領は今後5年間で114兆ウォン(約10兆円、韓国の名目GDPの約5.8%)の政府予算をつぎ込み、デジタル化推進のための投資や雇用対策を強化すると主張した。

それを文氏は“韓国版ニューディール政策”と呼ぶ。

その政策の実体は、政府資金のつぎ込みによって非正規雇用の正規雇用への転用を進めることなどにある。


そう考える理由の1つは、どのように財政資金が新産業の育成に使われるか、説得力ある具体策(改革の中身)が乏しいからだ。

労働組合などを支持基盤とする文氏は、構造改革に真剣に取り組むことが難しい。

文政権の経済運営は既得権を持つ人の富を増やす可能性はある。

しかし、その発想で韓国が産業競争力を高め、変化に対応する力をつけることは困難だろう。

■“欧州の病人”の構造改革に倣えるか

文政権下、学生や失業者など経済的な弱者が将来に希望を持つことは一段と難しくなる恐れがある。

その結果、若年層を中心に韓国の所得・雇用環境は悪化し、文政権への批判が高まる展開が想定される。

 そうした展開が予想される中、文氏が政府の支出を増やして目先の景気安定を目指し、経済格差の深刻化などを糊塗しようとする可能性は高まっているとみるべきだ。

重要なことは、政府が財政政策を用いて経済の実力向上を目指すためには、構造改革が欠かせないことだ。

それを確認する良い材料が1990年代のドイツだ。東西統一後のドイツは経済の低迷にあえぎ、一時は“欧州の病人”とまで揶揄された。

そうした状況を大きく変えたのが、1998年から2005年までドイツの首相を務めたゲアハルト・シュレーダー氏による労働市場改革だった。

その要点は、人々の働く意欲を高めたことだ。

 
シュレーダー政権は、労働市場と社会保障の制度改革を一体で進めた。

政府は職業の訓練と紹介制度を強化し、職業紹介を受けた失業者が就業を拒んだ場合には失業保険の給付を減らした。

起業や研究開発の支援も強化され、人々が自律的に就業を目指す環境が整備された。

そうした改革が財政健全化と自動車などの産業競争力の向上を支えたのだ。

■一気に資金が海外に流出するリスクも

未来永劫、財政支出に依存することはできない。

長期的に考えると、財政支出を増やし続けると、どこかのタイミングで財政懸念が高まる。


状況次第では悪性のインフレが進行する恐れがある。

特に、北朝鮮と対峙する韓国にとって海外投資家が財政の悪化リスクを真剣に懸念し始めると、かなりの勢いで資金が海外に流出するリスクがある。

そう考えると、文政権が構造改革の重要性を直視できていないことは軽視できない。

わが国にとってその状況はひとごとではない。

わが国は、当面の経済を財政政策で支えつつ、長期の視点で構造改革を進め、米国からも中国からも必要とされる技術先進国の立場を確立しなければならない。

わが国の社会と経済の安定を実現するために、構造改革を進め産学連携や人々の新しい取り組みを引き出し、国全体で変化への適応力を高める重要性が高まっている。


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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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文政権が強行する「公捜処」設置 不正隠蔽の違憲組織との指摘

2020-07-23 11:01:37 | 日記
統一日報

文政権が強行する「公捜処」設置

不正隠蔽の違憲組織との指摘

2020年07月15日 00:00


 文在寅政権が進める「高位公職者犯罪捜査処(公捜処)」設置を巡り波紋が広がっている。法で定められた開処日は今月15日。しかし、断固とした反対の声がやまないのが現状だ。未来統合党をはじめとする野党も、一貫して設置を阻止する姿勢を崩さない。公捜処の是非を巡る争点と、その問題点を掘り下げてみた。(ソウル=李民晧)

各界から職権乱用を懸念する声

「公捜処」は、廬武鉉元大統領の時代から左派が設置を望んできた組織だ。

つまり、文在寅大統領が同志である廬元大統領の遺志を継ぐという意味合いもあり、与党内では20年来の悲願だったとされている。

一方で、公捜処は複数の問題をはらんでいる。

未来統合党は、公捜処について「権力の不正を隠すオールマイティーな政権紅衛組織となるだろう」と痛烈に批判している。 

公捜処法を巡り統合党は、憲法裁判所に対して違憲決定を求める憲法訴訟審判を請求し、公捜処長候補推薦委員会の構成を阻むべく動いている。

公捜処の設置を疑問視しているのは政界だけではない。

各界からも「公捜処の公正な運営は不可能。設置後は政権の不正を覆い隠す強大な権力組織になる」と懸念する声が高まっている。

争点は大きく三つに分けられる。

まず、「独立組織」である公捜処の設立自体が違憲だという点。

次に、政治的な独立性の保障と統制機能の欠如。最後が捜査権と起訴権の問題だ。

憲法上の設置根拠なく

こうした中、最大の争点は「憲法上、公捜処を新設できる根拠がない」という主張だ。

公捜処法第3条2項には「捜査処(公捜処)はその権限に属する職務を独立して遂行する」と明記されている。

この条項通り解釈すると、公捜処は民主主義国家における三権分立の根幹である立法府・行政府・司法府のどこにも属さない独立的な機関ということになる。

しかし、憲法においてはこれに関するいかなる文言も存在しない。

三府に属さない機関を設置する場合、憲法を改正した上で別途規定を設けなければならない。

それが原則かつ必須要件だ。

独立的機関に属する監査院、選挙管理委員会の場合も、憲法に設置規定が入っている。

つまり憲法上、設置根拠のない権力組織を作るという行為自体に違憲要素が含まれるというものだ。

一方、公捜処擁護論者らは「国家人権委員会や特別監査も独立機関であるため問題ない」と指摘する。

人権委は憲法に別途の規定なく設置されたが、公捜処のように捜査権と起訴権を持って強制力を行使できる組織ではない。

そうした権限を持たない、人権委の決定は「勧告」にすぎない。

特別検査もまた、権力の不正など特定事件に対してのみ捜査を行う限定的な臨時組織にすぎない。

公捜処は独立的な「常設」組織として「権力」を行使することができる。

そのため、政権の忠僕組織として法的制裁や規制を受けず、たとえ権力を乱用したとしてもこれを防ぐ手だてはない。

公捜処は、捜査権と起訴権(高位公職者の中で法官、検事、警務官以上の警察及びその家族のみ該当)を持つ。

これは現在の検察が持つ権限と同等だ。

最近、検察総長を猛攻撃している法務部長官の独自権限の一つが「検察総長に対する捜査指揮権」だ。これにより検察を指揮監督することができる。

秋美愛法務部長官が検察について「統制されない権力」「暴走機関車のような行動は国民に被害を及ぼす」と主張しているのも、長官が持つ捜査指揮権をねじ込んだ格好だ。

検察より怖い暴走機関車

公捜処は、現在の検察よりはるかに恐ろしい「暴走機関車」となり得る。

公捜処は、法務部はもちろん、いかなる政府機関にも属さない独立組織となるため、公捜処が捜査権と起訴権を乱用した場合、これを統制する手立てがない。

公捜処とその長官は、国会固有の権限だった長官に対する弾劾訴追権、解任建議権すら無力化させる。

野党各党は最近、秋法務部長官が政治的に偏った捜査指揮を行っているとして解任決議案を提出した。

これは、立法が行政をけん制するための制度で、国民から委任された「選出権力」である国会固有の権限だ。

しかし、公捜処長が偏った捜査を指揮したとしても、国会がこれを防ぐ手立てがない。

公捜処長は国会の解任決議案の対象外だからだ。公捜処長は検察総長と同様、3年の任期を法で保障され、実刑宣告を受けた場合以外は罷免することはできない。

これらを総合すると、公捜処長は現在の法務長官と検察総長の権限の「良いとこ取り」をしたポジションであるといえる。

公捜処のもう一つの問題は、政治的中立性を確保できないという点だ。

これを統制する明確な基準がないため、公捜処は政権の紅衛兵に成り下がり、万事を可能とする権力者を生む可能性が高い。

公捜処は、公捜処長を筆頭に25人以内の検事と40人以内の捜査官で構成される。

構成員数が極めて少ないスリムな組織だ。

そのため、青瓦台と権力者が自らと同じ視点を持つ人物で組織を固めた場合、外部からの統制は事実上不可能な組織となる。公捜処長の指名推薦を行うのも大統領だ。

公捜処が持つ強大な権限は結局、執権勢力にとっての「伝家の宝刀」となることは明白だ。文政権が公捜処の設置を”ごり押し”し、検察を無力化させようとする理由がここにある。