北大路機関

京都防衛フォーラム:榛名研究室/鞍馬事務室(OCNブログ:2005.07.29~/gooブログ:2014.11.24~)

航空自衛隊 前線・機上航空統制員の不足

2007-01-27 02:16:38 | 防衛・安全保障

■近接航空支援の死角

 私見に基づき、補助戦闘機としてのT-Xの必要性や、多用途性能を有するF-16Cの導入などを述べてきたが、航空自衛隊や陸上自衛隊には現在、近接航空支援を指揮する前線航空統制員の不足と質的不充分、更に機上航空統制員の不在という問題が圧し掛かっている。本論では、これら統制員の養成に関するNATO水準の専門学校設置の必要性を挙げるものである。

Img_6384  支援戦闘機、要撃機、対戦車ヘリコプターを問わず、空からの攻撃とは航空優勢の間隙を突いて実施することが出来、当然ながら特科火砲のような陣地構築が不要であり、迅速に進出、的確な攻撃を行うことが出来る。その威力は大きく、近接航空支援に多く用いられる500ポンド通常爆弾Mk.82の威力は炸薬量で86kg、155㍉榴弾砲の炸薬は43kg程度であり、実質二倍、これがF-4EJ改であれば近距離任務で24発搭載出来、編隊から投射される火力の大きさは何よりも数字が物語っている。

Img_7855  2005年まで富士総合火力演習において近接航空支援を展示したF-4EJ改。

 三沢基地第三航空団第八飛行隊から1997年より運用が開始されたF-4EJ改支援戦闘機は、要撃機より改修されたものだが、元々米空軍に戦闘爆撃機として運用されていただけあり、近距離任務で24発、遠距離任務でも12発のMk.82を搭載可能であり、搭載された火器管制装置、特に爆弾投下の管理コンピュータの搭載により高い精度を以て火力行使が可能である。

Img_1160  2006年の富士総合火力演習より近接航空支援の展示を行ったF-2A支援戦闘機(ただし、予行のみ、本番では天候不順により展示を見合わせた)。

 最新鋭の支援戦闘機であり、特にASM四発を搭載し、対艦戦闘任務にあたるものだが、洋上阻止任務以外にも対地近接航空支援能力も優れており、新装備である2000ポンド通常爆弾など強力な火力投射能力を有する。

Img_6385  しかし、強力な火力投射能力を有するも、それは近接航空支援という任務の特性上、陸上部隊が必要とする目標に対して的確にその火力を行使できなければ、無意味である。しかし、航空支援が必要な切迫した状況にあっては、彼我戦力の距離が接近している場合があり、地上部隊が必要としている地域に対して的確に火力が行使されることは戦史の上では少なく、逆に味方部隊が誤爆の被害を受ける事例も決して少なくない。

Img_1159_1  結果的に、近接航空支援では、陸上部隊が必要とされる目標よりも、航空部隊が発見した目標の内、攻撃に適したものを適宜判断し、攻撃を加えるというのが常態である。これは、特に偽装された、乃至地皺を利用して部隊の露出を抑えた地上目標の発見は困難であり後述する対空火力の脅威からの自衛という必要上やむをえない部分があり、結果的に投射される火力に比して、その効果は極めて限定的であるという結果に繋がる(ただし、航空攻撃により攻撃目標の行動を阻害するということで効果はあり、当然ながら効果が皆無というわけではない)。

Img_0375  近年では、従来の対空用機銃(概して12.7㍉、14.5㍉)携帯式地対空ミサイルの普及により、固定翼航空機が3500㍍以下の高度に進入することは非常に危険となっており、事実、湾岸戦争ではイギリス空軍のトーネード攻撃機が低空攻撃により13機の犠牲を出している。一方で2500㍍程度を境界として地上車輌の識別は困難とするデータがあり、特に夜間は顕著になる。従って、湾岸戦争以降の武力紛争では誤爆による被害の割合がヴェトナム戦争期の四倍程度まで増加している。

Img_9626  こうした空からの誤爆を防ぐ観点から、航空部隊より統制要員を陸上部隊に派遣し、第一線からその指揮を行う方式は、古くは第二次世界大戦より行われているが、近接航空支援に関する戦術・方法・手順(略してTTPと称される)の方式が、速度、性能、射程を含む航空技術の進歩にもかかわらず改善されなかった為、驚くべきことに1998年のユーゴスラビア空爆においても基本的に第二次世界大戦中に作成されたTTPを現場において必要に応じて解釈し、運用していたという。

Img_9387_1  この反省から、アメリカ軍ではNATOとの合同で新しいTTPの作成にかかり、新しいTTPは2004年末頃に完成したとされる。現在、米軍を含むNATO軍では、この近接航空支援を誘導する前線航空統制員の訓練を、NATO標準化合意3797号として共通マニュアル化し、第一段階として12の課程修了後に付与される「限定戦闘対応可能認定」、更に各国ごとの訓練を修了し「実戦可能」認定を受け、六ヵ月毎に最低六回の任務/訓練を条件に前線航空統制員の資格をえる。この為、前線航空統制員養成を目的とした専門学校が置かれている。

Img_1136  NATO諸国の場合は以上である、対する日本、航空自衛隊や陸上自衛隊には、前線航空統制という任務は当然あるのだろうが、NATOのような厳格な訓練に基づく前線航空統制員は存在せず、更に専門課程や専門学校も皆無である。従って、有事の際に、米空軍から陸上自衛隊が有効な近接航空支援を受けることは、通訳の有無に関わらずほぼ不可能なのが現場である。イギリスやドイツなどのNATO諸国では四名の前線航空統制員からなる戦術航空統制班を現在三個、将来的には四個を各師団に、三個を各旅団に配置し、近接航空支援を統制する構想である。航空機を指揮する必要上、パイロットが望ましく、将校であることが求められる。

Img_0532  NATOの場合は、地上戦に関する知識が無ければ的確な攻撃指示を行えず、また、航空機の特性に理解が無ければ現実的に可能な統制を行えないということで、陸軍・空軍の両方に勤務したものが充てられる。対して自衛隊の場合は、原則として訓練事前の綿密な打ち合わせがあり、更に言うならば射爆場の制約もあり、事実上決まった演習場以外での近接航空支援を展開する能力は無い可能性があり、この場合、従来の特科火力と比してその効果は極めて限られたものとなる危惧がある。つまり、有事の際の応用が利くか、ということである。これらは机上の演習だけでは補いえるものではない(実地演習を繰り返すNATO軍でも誤爆被害が出ていることがこれを端的に示している)。

Img_0269_1  こうした意味で、前線航空統制員の養成という命題は、航空機を用いた近接航空支援という運用を前提とするならば、文字通り急務である。現段階では、例えば、レンジャー課程(これには航空自衛隊の航空救助要員も参加する)の中に、新しく前線航空統制員資格の特技課程を設置し、更にイギリス軍が挙げているAH-64Dの全パイロットに対する前線航空統制員資格の付与(ただし、英軍ではAH-64Dは空軍が運用)という政策のように、陸上自衛隊の着弾観測による修正射を要求する観測ヘリコプターの乗員の養成プログラムと併せ、前線航空統制員の養成プログラムを組むことが考えられる。

Img_6768_1  現在、最も理想とされている近接航空支援の指揮体系は、地上の前線航空統制員と、航空機に搭乗した機上航空統制員との連携であるといわれ、後者には複座式航空機が充てられる。英軍のAH-64Dパイロットへの訓練も同様の目的が背景にあると考えられるが、実際にアフガニスタン空爆では米海軍のF-14Aの後部席に双眼鏡を手にした機上航空統制官が搭乗し、指揮を執った事例がある。航空自衛隊の場合はF-2BやF-15DJなどがこれに該当する。また、T-4などを着弾観測機に改修し、これに充てることも考えられる。

Img_0109_1  いずれにせよ、現行の陸上自衛隊師団・旅団規模からは英軍並みに前線航空統制員を養成すれば200名程度の要員が必要となる。この訓練費用やその為のパイロットの余裕など、考えるべき命題は多いものの、現行は異常である。有事法制や憲法をも含めた“戦える自衛隊”を志すと同時に、陸上、航空自衛隊協同での人員養成による近接航空支援の滞りなき展開能力の整備が、現段階では急務であると考える。以心伝心、として訓練や制度上の不備を平時の慢心で補うことでは、有事の際の大きな遺恨を残すことにもなりかねない。如何に強力な支援戦闘機を揃えようとも、的確な近接航空支援の実施が目的であり、航空機をそろえることはその手段であることを忘れてはならない。

HARUNA

(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 先進技術実証機“心神”のT-X転... | トップ | 陸上自衛隊最先任上級曹長制... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

防衛・安全保障」カテゴリの最新記事