北大路機関

京都防衛フォーラム:榛名研究室/鞍馬事務室(OCNブログ:2005.07.29~/gooブログ:2014.11.24~)

榛名防衛備忘録:原潜運用日本では不可能,イギリス潜水艦事故分析と原子力船むつ事故の歴史

2021-02-28 20:01:12 | 防衛・安全保障
■原潜導入論への明白反論
 潜水艦は静粛性こそが第一と考える以上、原子炉が動き続ける原潜は完全無音潜航が可能な通常動力潜水艦の土俵では勝てないと思うのですが。

 自衛隊へ原子力潜水艦を、という声は一部一般意見として常にありましたが、原子力潜水艦の性能だけしか興味を示さない一部識者も同様の声を上げていまして、一定程度視点としては存在するのか、こう考えさせられるものなのですが、しかし、日本が原子力艦を導入した場合は大幅な防衛力低下を覚悟しなければならない装備なのだな、と考えています。

 イギリスを視れば原子力艦は事故が宿命的に多いのです、2000年から2016年までの間で9件、原子力潜水艦での原子炉からの放射性物質漏えいや原子炉異常、放射性物質漏えいを伴わないものの動力系統の事故、というもの。勿論メルトダウンのような大事故はありません。以下にイギリス海軍原子力潜水艦11隻が2000年から2016年までの動力系事故を。

 タイヤレス。2000年5月原子炉一時冷却装置故障で原子炉停止し漂流。セプター。2002年1月の原子炉に暴走の危険性が発見。セプター。2005年2月3日、非核動力系異常でジブラルタル緊急入港する。タイヤレス。2007年3月21日、北極近くで爆発事故2名死亡、負傷者アラスカへ。アスチュート。2010年12月11日、動力系統異常により緊急帰港へ。

 タービュレント。2011年5月26日、熱交換器故障の高熱で死傷者26名。ヴァンガード。2012年1月微細な破損によりPWR2試験炉の冷却水から放射線が検出。アスチュート。2012年11月12日、原子炉パイプ継ぎ目の不適部品から漏えいが判明。タイヤレス。2013年2月19日原子炉冷却装置破損でデボンポートに緊急入港。以上、9件が発表されている。

 イギリスは1957年10月10日に世界初の原発事故、ウィンズケール原発火災を引き起こし、放射性物質は欧州まで拡散しました。また、ソープ核燃料再処理工場からの放射性漏えい事故では沖合に投棄した無害化核物質の一部に非処理のウランペレット破片が含まれ大問題となりました、故に原子力事故には慎重である筈のイギリスが、原潜はこうなのですね。

 日本で仮に原子力潜水艦を自衛隊が導入した場合、同様の事故を発生させた場合、原子炉から放射能が漏れたといっても微量なので心配ありません、と好意的な世論はどの程度あるのかが大いに疑問です。現在の日本国内原子力発電所のように、事故と同型艦は十年単位で原因究明へ沖留、これは横須賀や呉へ入港出来ない可能性も含め有るのではないか。

 むつ放射能漏れ事故、原子力潜水艦を自衛隊が仮に導入した場合で長期間の運用不能という状況が考えられるのは、1974年9月1日に原子力船むつ、日本原子力船開発事業団の実験船で発生した事故でした。むつ放射能漏れ事故は原子炉遮蔽物に目視できない僅かな隙間があり、ここから高速中性子が一時的に外部へ放射されていた、という水準のものです。

 ヴァンガード事故、イギリスの戦略ミサイル原潜ヴァンガード2012年1月放射線漏えいと似た事故なのですが、しかし母港に帰港できませんでした、風評被害を恐れた漁民による大規模反対運動で沖合に漂泊せざるを得なかったのですね。漂泊したまま受け入れ先はなかなか見つからず、漸く翌年佐世保市が経営難に悩む佐世保重工での修理に名乗り上げた。

 むつ修理はしかし放射能漏れを起こした原子力船の風評被害を恐れ、佐世保のみならず九州全体の反対運動に繋がり、入港したのは1978年10月16日、事故から四年以上経た後でした。修理は長期の漂泊と共に船体老朽化への整備も含み1982年に完了、しかし再度の原子炉作動試験の実施は1990年、事故から16年を経た後でした。原子力事故は響くのです。

 福島第一原発事故程度の放射能はかえって健康に良い、という暴言を首都圏の酒場で聞こえてきたことが在るのですが、そんなに健康にいいならば東海第二原発も吹飛ばすと良いよ、という福島県の方の反論がありまして、何も言い返せなかったのを傍聴、なるほどなあ、感心しました。原子力事故はやはり見えない不安、確実な危険というものがあります。

 もんじゅナトリウム漏れ、1995年に福井県の高速増殖炉もんじゅ試験にて冷却材のナトリウム漏れ事故がありました。放射性物質漏えい事故ではありませんが、これにより実験は2010年まで停止されています、事故発表は大きく遅れた点も含め風評被害を恐れ事故を隠ぺいした、と批判されても致し方ない状況があったのですね。実際、こうした懸念がある。

 セプター2005年2月3日事故、実はイギリス原潜でも似た事故がありました、原子炉以外の動力系統での事故、恐らくディーゼル補助発電機、しかし一番近い基地がジブラルタルであり、スペイン政府に原子力事故を疑われ入港中止が外交ルートで要請、両国で一時係争状態になりかけたのですね。原子力艦の原子炉以外の事故もこうした係争を呼ぶのです。

 潜水艦の寿命は16年、昨今は22隻体制への転換を受け24年となっていますが、むつ事故を視ますと一回僅かでも事故が発生するならば、十年二十年の単位で運用停止を強いられます、そして相当な地域交付金を積み上げても、呉基地の広島県、横須賀基地の神奈川県、自衛隊原子力潜水艦母港には反対するで、アメリカでさえ原潜は前方展開させていない。

 大宮基地、攻撃型原潜の基地があるグアムのアプラ軍港に、グアムの日本名大宮を用いてアメリカ政府と海軍に協力を受けて海上自衛隊横須賀地方隊大宮分遣基地、日本の原子力潜水艦はグアムに基地を造る、これくらいの強硬策ならば可能なのでしょうが、原潜整備含め、恐らく費用で海上自衛隊護衛艦数と潜水艦数は実数も可動数も半分になるでしょう。

 潜水艦事故の国際比較というものを調べている過程で、日本と同程度に潜水艦運用経験がある国、という事で何気なくイギリスを調べた結果、衝突事故や座礁事故も多いのですが、意外な程に原子炉事故が多い事に驚かされ、日本で運用は不可能、こう痛感したものです。当たり前ですが福島第一原発事故後、原子力事故へ寛容な世論は日本には、在りません。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)
(本ブログ引用時は記事は出典明示・写真は北大路機関ロゴタイプ維持を求め、その他は無断転載と見做す)
(第二北大路機関: http://harunakurama.blog10.fc2.com/記事補完-投稿応答-時事備忘録をあわせてお読みください)
コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする