◆全面戦争は常識では考えられない
北朝鮮の韓国及びアメリカへの繰り返される挑発は、その目的が不明確であるのですが、危機的状況が続いています。
朝鮮半島有事ですが、北朝鮮側の目的が韓国政府の崩壊と半島武力統一に置かれる限り、成功の余地はありません。燃料が不十分であるため、半島を南下しきれる余地がない、此処に尽きます。一方で北朝鮮の主権維持は、少なくとも米韓両国に武力併合を行う余地は無く、特に併合した場合の経済的負担の大きさがあるため、どちらかと言えば体制崩壊よりも体制転換、ミャンマーが成し遂げたような平和的民主化を望んでいることが見て取れます。この点で、北朝鮮が軍事的冒険を行う必要はないはずなのですが、意図がつかめないところ。
可能性は低いですが、最大規模で北朝鮮が南進した場合を想定しますと、まず北朝鮮は軍事境界線付近に世界最大の密度にて砲兵部隊とロケット砲兵を展開させ、170mm砲など長距離砲の一部は韓国の首都ソウル近郊へ、ロケット弾の一部はソウル中心部を射程に収めているため、開戦直後の数時間は多数の砲兵火力を以て韓国に大きな人的消耗を強いることはできるでしょう。ただ、韓国側はこれを想定したシェルター退避訓練を定期的に実施しているため、国境付近の砲迫射程圏内を除けば混乱は一時的でしょう。
韓国軍は粗雑な国産装備と維持費不足の輸入装備により、その能力は決して大きくはありませんが、数は一定数確保しており、燃料備蓄等で北朝鮮よりはまだ能力が高く、1000万都市のソウルへ北朝鮮軍が侵攻することは非常に難しいでしょう。特に韓国側にも砲兵火力は一定数あり、北朝鮮軍砲兵は標定され、大打撃を受けるため火力投射が持続できません。空軍力でも韓国と北朝鮮では、北朝鮮軍機が飛行するだけで報じられるほどに稼働率が低く、海軍に至っては沿岸海軍としてみた場合でも装備が古すぎ話になりません。
ですから、軍事的冒険の強行は難しく、離島への砲撃や特殊部隊少数の浸透、小型潜水艇による港湾の機雷封鎖が武力紛争として現実的に考えられる規模、これ以下の挑発としては核実験の再開と弾道ミサイル実験を行う程度でしょう。ただ、我が国としては、隣国であり多くの邦人が居留し、経済活動を営んでいるのですから、最悪の場合をある程度考える必要があります。もちろん、自衛隊が元山に強襲揚陸する、というような選択肢は元々あり得ませんが、邦人保護と国内警備強化などは考えられるでしょう。
国内警備強化、朝鮮半島の緊張に際して日本が取らなければならない対策はここにあります。北朝鮮空軍の航空機は戦闘行動半径で最も南側の基地を使用した場合でも日本には展開が非常に難しく、最も強力なMiG-29を全て展開させても、小松基地の第六航空団は十分能力を発揮できるでしょう。ただ、武装工作員の浸透は大きな脅威です。かつて日本は第二次大戦中に米軍のB-29戦略爆撃機を航空戦で撃退できなかったため、歩兵と騎兵を展開させ直接基地を狙う大陸打通作戦を実施しました。これが踏襲される可能性があるということ。
北朝鮮の特殊部隊、もちろん本土からの掩護や航空機支援を受けられないため、実質は軽歩兵の遊撃隊に過ぎないのですが、自衛隊航空基地や米軍施設、海軍基地や燃料補給処に弾薬庫などの施設、原子力発電所を含む発電施設や公共交通機関に対する、攻撃が加えられることが想定されます。特にこうした施設攻撃は国内社会を混乱させることで厭戦世情を醸成出来るとともに、防御側は施設が非常に多く、攻撃側が自由に目標を選べるため、全てを守り切ることが非常に難しい。
これを防ぐためには、警察力を動員し沿岸部の監視と検問を実施すると共に、銃器対策部隊などの即応体制を高め、併せて武装工作員浸透の兆候を受けた際には自衛隊法に基づく治安出動命令を以て、重要施設警備や機動巡察を行うことが必要となるでしょう。施設警備訓練や市街地戦闘は自衛隊も90年代終わりごろから重視しています。全てを守り切ることは難しいと記述しましたが、同時に軍事的に効果ある目標の破壊も同時に難しいことを意味しています。福島第一原発事故でもいい方話悪いですが被害は最悪を避けていますし、日本は意外と堅固です。
自衛隊の能力で北朝鮮の軽業師のような身動きに対処できるのか、と北朝鮮特殊部隊の公開映像を見た範囲内で、不安に思われる方もいるやもしれませんが、軽業師のような格闘戦術が軍事的効果を発揮したことは近代戦史でありません、映画では活躍していますが、北朝鮮の公開映像を見る限り、相当仮設敵と事前の打ち合わせをしなければ成り立ちません。重要なのは的確な小銃射撃、これは韓国の朝鮮戦争時代の英雄、白善燁将軍も対ゲリラ戦で述べているもの。
不用意に動かない、不用意に音を立てない、この徹底で歩兵部隊は特殊部隊をかなりの面で制圧できます。自衛隊は移動監視隊など監視装備を高めてきていますし、警備任務でも北朝鮮の武装工作員はかなり制圧出来るのだろうと考えます。武器使用に関しては、指揮官への裁量を持たせることが重要となりますが、行使されたことはないのですけれども、この実施の枠組みに関しては、自衛隊のイラク派遣などである程度培われています。そういう意味で、自衛隊はかなり頼りになりますし、警察力も期待できるでしょう。
武装工作船の接近ですが、これも初の海上警備行動命令を日本海で発令し工作船を追跡した時代と比べれば法整備はかなり大きく行われ、臨検と制圧を行う特殊警備隊の編成と訓練も行われていますし、機関銃などの追加もおこなわれています。そして海上保安庁の巡視船も、防弾能力や警備執行能力として管制式機銃の搭載などが行われていますし、最初の海上警備行動命令発令から十年以上の期間でどれだけ自衛隊と海上保安庁が準備したか、無為に過ごしたわけではありません。
武装工作船は、沿岸部に接近した場合、意見見分けがつかないことが指摘され、特に偵察要員揚陸任務に当たる工作船は漁具の不搭載や通信用アンテナなどで判別されるとの海上保安庁の報告もありますが、この点を過剰に信用する場合、偽装されると逆にわかりにくくなるのが難しいところです。ただ、朝鮮半島有事となれば朝鮮半島周辺での漁業が不活性化しますので、ここをもとに航空哨戒を強化し、武装工作船への警戒という任務は行う事、ある程度現実的なのだと考えます。
邦人救出、朝鮮半島有事で最も危険なのはこの分野です。特に邦人が最も多く居留するのはソウル、最大の大都市であると共に軍事境界線から近く、空港と空軍基地が日本にとり使用しにくくなる可能性があります。特に人数がかなり多いわけで、東京の外務省が渡航危険情報と退避勧告を出した場合、空路や、場合によっては鉄道などで自力避難することはかなりの人数が出来るでしょう。しかし、事業継続などで最後の人員が残る必要はありますし、この場合には自衛隊が邦人救出任務を行わなければならなくなる場合も想定すべきでしょう。
この難しさは、安易に外務省が退避勧告を出した場合、もしくは渡航危険情報を出しただけでも韓国経済に深刻な打撃を与えてしまう事となるのです。観光収入一つをとっても日本人観光客の韓国観光業への影響は非常に大きなものがありますし、何よりも韓国の隣国である日本政府が退避勧告を出した場合、日本以外の国で同じく退避勧告を出さない国というものは考えられないため、これを行ってしまうと、韓国の観光業は東日本大震災で日本が受けた影響よりもはるかに大きくなる。
日本の邦人救出任務は、航空自衛隊の輸送機、政府専用機は潜在的にこの任務を想定しているとも言われるのですがこれに空中給油輸送機に輸送機を併せて投入し、併せて海上自衛隊のヘリコプター搭載護衛艦と輸送艦が邦人輸送に用いられることとなるでしょう。もちろん、邦人救出の輸送は民間船舶と民間機ももちられるのでしょうが、最も危険な地域についてはどうしても自衛隊が展開しなければなりません。この点で、一応かつての橋本内閣時代以前に韓国政府と事前協議は行われているときくのですが、これが試されます。
港湾や空港まで自力にて邦人が集合することが望ましく、現在の自衛隊法では集合地域まで迎えに行く、これを想定して集合地区となる空港と港湾の警戒、必要に応じて保護下の邦人と自分を防護するために武器使用、火力の投射を含めて認められているのですが、ただ、集合地域まで移動することが現実的であるのかについては議論の余地があります。アルジェリアガスプラント邦人襲撃事件にて、この必要性は再討議されたのですが、残念ながら法整備を行ったとしても今回は自衛隊の準備が間に合いません。
ただ、自衛隊は誘導隊として90年代終わりごろから邦人輸送の訓練を続けています。邦人輸送とは救出という表現も行うことが出来るのですが、施設に集合してもらい、これを輸送する、と部分を強調するために邦人輸送という言葉が選ばれたようです。一方、この邦人輸送ですが、自衛隊は実際に邦人輸送の実任務を行っています、イラクで邦人襲撃事案を受け外務省が退避勧告を出した際、サマーワ駐留自衛隊部隊が邦人報道陣を中心に国外への退避への輸送を行いましたし、アルジェリア邦人襲撃事案の生存者輸送もこれに当たります。
このように、現行法で出来る事は限られていることは確かなのですけれども、すでに自衛隊は邦人輸送任務を実際に行っているのですから、現行法の範囲内で行うことが可能な邦人輸送任務は、確実に実施できるでしょう。ただ、邦人退避勧告は、前述のように行った時点で韓国経済に大きな影響を与えてしまいます。北朝鮮が武力侵攻を行う時期を真剣に見極め、その上で早すぎず遅すぎず行う、情報収集と情報交換が何よりも重要となり、日本の情報取集能力が試されるでしょう。
北朝鮮による、このほかの日本への影響は、弾道ミサイル事件による日本周辺へのミサイル攻撃の実施、そして潜水艦による米軍艦艇を標的とする機雷敷設でしょう。ミサイル攻撃に際しては、昨年十二月の実験のような時期と時間帯を明示することはありませんでしょうから、自衛隊がこれまで研究し訓練し整備してきた弾道ミサイル防衛体制がどの程度機能するのか、国民へ退避を呼びかけるJアラートの弾道ミサイル警報を併せ、その能力が試されることとなる。
機雷敷設ですが、北朝鮮の外洋に出ることが可能な潜水艦は原型が第二次大戦直後のソ連製潜水艦ですので、ほぼ確実に海上自衛隊の対潜哨戒網で捕捉することが出来ますし、稼働数も多くはありません。潜水時間と水中騒音から海上自衛隊の潜水艦と比較できないほど旧式です。ただ、小型潜水艇が艇内に予備燃料を最大限搭載し、我が国近海へ接近する可能性、偽装漁船による国際法で禁止された浮流機雷の投射、これは考えられるでしょう。
ただ、これをやりますと、北朝鮮東岸の日本海ではロシアの航路を、西岸の黄海では中国の航路を、それぞれ危険にさらしますので、これも実際にやることが考えられるのか、と問われますと、その可能性は低いやもしれません。しかしながら、常識として考えられないことを現状として北朝鮮は行っているのですから、この行動そのものが不確定要素で危険なのです。一方、この行動に利益は無いのだ、という事と、民主化と緩やかな体制変革が現指導者の政権と将来の繁栄を担保するということを説得する事こそが、今求められるのでしょう。
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)