◆防衛産業は過剰なリスクを好まない
前回紹介した、輸出が防衛装備品を安くするので輸出するべきだ、という論点へのリスク、今回はこれをもう少しだけ踏み込んでみましょう。
我が国の90式戦車は自動装填装置と火器管制装置自動追尾能力付与により打撃力で今なお世界第一線級の打撃力を備えていますが、性能だけでは輸出できません。イギリスはかつて、輸出用シール1戦車を開発、チーフテン主力戦車を原型として複合装甲を備えた第三世代戦車として完成、開発を要請したイランへ輸出へ着手しようとしたところ、イラン革命が勃発し、キャンセルされてしまい、イギリス陸軍がチャレンジャーとして採用しています。
イギリスの場合はちょうど第三世代戦車を必要としていた時期と重なりましたため、イギリス軍に採用され、開発費を回収できましたが、開発し量産の段階に転換した際にキャンセルが入り、損失を被ることはあります。また、74式戦車をサウジアラビアがかつて導入を切望した時期がありましたが、実行していた場合、中東情勢を元に可否が左右される大きなリスクに陥っていたことも考えられたでしょう。
既に開発された装備であれば、このリスクは少ないのかもしれませんが、輸出用に仕様変更を行い失敗した場合、その損失を防衛産業はまさか自衛隊へ要求するわけにもいかず、さりとて簡単に第三国に転売するわけにも行けません。過去にこの特集で紹介していますが、もともと防衛産業の自衛隊向け生産は利益を度外視した、企業としては切り捨てたい分野という事も忘れてはなりません。
事実、不採算部門があり、例えば自衛隊が91両を導入した水際防御の切り札、MLRSなどは最初日産自動車が生産していましたが、不採算部門であり、日産経営再建の際に切り離されることとなってしまい、辛うじて余裕があったIHIが引き受け手となった、そんなこともあるほど。
こうした状況下で、防衛産業がリスクを冒せるかと問われれば、そんなことはなく、しかもキャンセルのリスクはかなり大きいのです。例えば、潜水艦、日本の潜水艦を求める声は一応あるのですが、しかし、潜水艦輸出のトラブルと言いますと、ドイツの212型AIP潜水艦の事例を思い出さずにはいられません。
潜水艦、日本は毎年一隻を川重と三菱に交互発注し、二年間の機関に毎年一隻を就役、二か所の建造所を維持しています。どの国も毎年潜水艦を導入できるほど余裕はありませんので、日本以外の国では輸出に力を入れているのですが、ドイツでトラブルがあったのです。
ドイツがギリシャ海軍向けに建造した212型AIP潜水艦について、完成し、引渡も間近となったところで、ギリシャ海軍が212型潜水艦について海軍の要求性能を満たしていないとして引き取りを拒否し、建造費も支払えない旨通知してきたことがありました。この時期、ギリシャは財政難下にあり、単に建造費が支払えないためという可能性もありますが、非常に高価な潜水艦が一隻完成品のまま売れなかった、これは大きな問題です。
日本がこうした境遇となった場合どうすればいいのでしょうか、一隻受注があり建造したところ、相手国が経済破綻、紛争当事国となり禁輸措置、大災害の導入費用支出不能、こうなった場合、企業は事故となった高額装備、建造費700億円のものを在庫とするには問題があります。
海上自衛隊が買えばいい、こんな短絡的な意見も出そうですが、そもそも予算が無いので輸出するわけですので、これでは本末転倒、無理に購入すれば翌年度予算で潜水艦を調達出来なくなり、潜水案の建造所が維持できなくなるため、二重の意味で本末転倒になってしまう、これを忘れてはならない。
また、販売先を簡単に変えられるものではありません。同盟国アメリカと敵対している国、輸出が我が国の安全保障に影響を及ぼす国もありますので、どれだけ資金を積まれても、輸出できない国もあるのです。そして代わりに日本が買う、というのも長期的に見ればマイナスになってしまう。
急な情勢変化、戦闘機の分野を見てもいろいろあります。今話題のスウェーデン製JAS-39などは、チェコ空軍に採用が決定したものの大洪水被害の復興予算捻出で引き取れなくなってしまい、結局格安リースを提供することとなりましたし、ハンガリー空軍も購入の費用で難航しリースに、しかし、リースでは契約期間の十年後に返還されても、旧式化し老朽化しているため使いにくく、その後の難航を生みました。
スウェーデン空軍は最新型JAS-39グリペンNGの輸出を含めた自国向け20機をサーブ社に発注しましたが、これはグリペンNGの生産ライン維持のために、本来は輸出したいものの販路がないためスウェーデン空軍が誰も買わなければ引き取るという前提での発注でもあり、こうした手法は日本でとれそうにありません。
ほかにも思い出す限りではパキスタンへ輸出用のF-16がパキスタンの核実験強行で経済制裁により輸出できなくなった事例、タイへ輸出用のF-16がアジア通貨危機により経済が国際通貨基金管理下にはいってしまい、購入不能に。日本が防衛装備品の輸出を模索するのは前述の予算が無いためなのであり、防衛産業は手を引きたい分野として維持しているものなのですから、これでは解決できません。
そして、キャンセルのリスクですが、日本は国内の防衛産業で生産しているので、例えばミサイルの場合、毎年毎年着実に発注し、備蓄してゆくのですが、普通の国で輸入する場合は、途中で途絶する可能性も配慮し、一括発注するのが普通です、そういうのも生産国がこちらの全部隊配備完了まで生産を継続する保障がありませんから。
そこで、一括発注を、近年躍進が目覚ましいイスラエルのスパイク対戦車ミサイルからみますと、イタリアが各型150機ミサイル1000発以上、オランダは発射器227機、ポーランドはミサイル2675発、スペインが発射器260機とミサイル2600発、ペルーは小口ですがそれでも発射器24機とミサイル224発、こうした規模になります。
発射器一基あたりミサイル10発なら、自衛隊は恵まれているなあ、と変な関心をしつつも、仮に日本に一括千発や二千発単位で発注があり、それがそののちに前述のような致し方ない理由により、購入できない状況となりキャンセルされた場合、目も当てられません。
だから輸出するな、とは言わないのですが、輸出する場合にリスクを何処が支払うのか、財務省と防衛省がしっかりとした協定を結ぶなどの手続きを踏まなければ、防衛産業はその分野から撤退します、何故なら、民間企業なのですから。この点の討議を充分せず、リスクはあるがそれは商売だ、という意見は、それならば海外は勿論自衛隊にも納入しない、こう突きつけられた特に国はどうにもならなくなる。
そして、大量生産を行う場合に設備投資を企業は強いられます。しかし、設備投資に見合う需要が急になくなってしまえば、これも損失を被るのです。使わない工場でも課税されますので、そんな見通しのきかない分野ならば、そもそも防衛需要だけに付き合う、という事になるのではないでしょうか。それが限界というもので、輸出に過剰な夢を抱くのは余りに非現実的と言わざるを得ません。
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