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おぐち自給農園、2反百姓の日記

-都市の貧困と農村の貧しさをつなぐ、「生き方」としての有機農業を目指して-

久々の更新。2012年になりました。

2012年01月23日 17時55分39秒 | 雑感
 ブログを更新しようと思いつつも、なかなかできず、もう1月も下旬にさしかかる頃になってしまいました。ゼミの新年会や友人の結婚式など、1月に入り、明学時代の友人や後輩に会う機会が結構ありました。楽しい思い出を語りつつ、懐かしい。もう入学してから10年経ったみたいです。早いもんです。

 昨年は、3.11以降、色々と考える年でもありました。この農的暮らしの重要性を改めて感じつつ、農村にどっぷりつからなくても、①都市と農村を往復すること、②その往復生活の中で小さな農業を確実に実践し、食料ではなく、食べものを自給すること、③より豊かに食べものを自給できるような技術(わざ)を身に付けること、④自給+αのαを少しでも定期的にお裾分けすること、この4つを引き続き今年の目標としたいと思います。

 自然と共生できる社会を未来につなげていかなければならないという時代の転換点に生きていることを深く認識して、今の時代に生きる意味を改めて考えたいと思います。

 というのも、昨年、何かに引き寄せられるように、哲学者、内山節さんの「文明の災禍」(新潮新書)atプラス09(太田出版)を同時に読みました。atプラスは毎回、購入していますが、その中でも大澤真幸さんが「未来世代との連帯」という論考を寄せ、内山さんは「文明の災禍」の中で、「人間は過去の時間と未来の時間をつないでいく役割を果たしてきた」と述べ、2人ともシンプルではありますが、今の時代に僕らが生きる方向性を示していると思います。

 昨年は、専門家や研究者という言葉も毎日のように、ひっきりなしに聞いた年でもありました。そして、そのようなカテゴリーにいる人たちが、あまりにも現実離れしていること、そして何もできないこともメディアを通じて露呈されました。ただ、少数の草の根で地道な活動をしてこられた研究者や社会運動を担ってきた人たちに光が当てられたことは良かったことです。

 改めて、研究者はこの時代、転換期にある中で、よりよい未来を創るという視点から研究と教育を再度、見直さなければならないと自分に言い聞かせています。
 
 卒業してからも、「私たちはどんな世界に生きたのか」という大きな問いに対し、ああでもない、こうでもないと考えることができる道具箱を提供することが大学の役割だと師匠、勝俣先生がよく仰っています。大切な言葉だと実感しています。学際的な国際学部で学べたことに感謝です。

 とにかく今年もよろしくお願いします。

 今日は、久々に実家に帰省しました。庭や駐車場の雪かきを母親から頼まれ、急遽帰ってきました。

    

 そんなに雪が降る地域ではありませんが、これまでの雪がかたくなって積もっています。明日、1日、雪かきです。

 オマケで、年越しは帰省せず、東京で過ごしましたが、反原発運動で、経産省前でテントをはって、座り込んでいる方々と時間と空間を共有しました。炊き出しがいないようだったので、カフェを開き、NGOの方々とうちの野菜を使用したカレーなどを提供。

    

     

    
 
 
 社民党の福島瑞穂さんも来られ、カレーを食べていただきました。野菜も美味しいとほめていただき、ありがたい。僕は、野菜を提供しただけですが、100人以上の方々が集まり、歌合戦や夜まで生テレビのような企画もあり、楽しめました。

    

 少しでも協力ができ、よかったです。
 

講義のレジュメ作成終了。

2011年06月27日 19時44分01秒 | 雑感
 以前も書きましたが、明日、母校である明治学院大学国際学部でお話させていただきます。1年生向けの「平和研究」という授業で、100名くらいです。国際学部で農学部ではないので、昨年同様、どのような話をすればいいのか迷います。昨年は、有機農業やそれに付随する環境を守る農業のあり方や取り組み事例の紹介などをしましたが、今回はほとんどが1年生のようなので、僕自身がなぜ有機農業に関わるようになったのかを生い立ちも含めて具体的な話をして、その後、自らの実践も含め、どのように農業・農村と関わっていけるのかという話に徐々にシフトしていこうかと思っています。

 『<支え合い>から始まる「農」の再生』なんて生意気なタイトルを付けてしまいましたが、レジュメも6ページにまとめ、それと新聞記事1枚を用意しました。半農半Xや有機農業、直売活動など何かヒントになればいいですし、気になるキーワードが1つでも見つけてもらえたらうれしいですね。

 母校に行けるという楽しみもあり、なにやら僕ら国際学部生がいた八号館や喫茶がだいぶ変わっているという情報もあり、勝俣先生からは、「腰抜かして、失神しないようにね」と言われましたが、どんだけ変わっているのでしょうか。これも楽しみです。授業後は、何やら学生たちがカレーを作ってくれるという話です。これもまた楽しみです。

 

今年度、事始め。

2011年04月27日 07時11分20秒 | 雑感
 震災の影響で遅れていた大学も今週から本格的に始まりました。構内にも人が増え、賑やかになり、そして制限がかかっていた図書館も閲覧できるようになり、普段どおりの大学に戻りつつあります。

 4月も早いもので後半です。長野との往復生活が忙しくなると、どうしてもバタバタしてしまいますが、ようやく調査・研究の体制に入れる感じです。先週末、日曜日は、原論研第2回目の研究会が終わり、頼まれていた映画評を書き、大学のオリエンテーションや懇親会が終わり、もう少しでGW突入です。

 GW前半は長野に帰り、後半は研究室で論文作成に勤しみます。GW中は、いつもながらあずさクーポンが使用できないので、何で帰ろうかなと考え、バスもきっと混むだろうと思うので、久々に鈍行でのらりくらり帰ろうかと考えています。

 今年は、電車の中でも寝てる時間が多いので、勝沼ぶどう郷駅に連なる桜を見ることができませんでした。残念です。毎年、この時期はここの桜を電車の中から見るのが楽しみだったんです。

 さて、今日から原論研のテープお越しをしつつ、1つ1つ仕事をこなしていきましょうかね。

栄村のこと。

2011年04月05日 19時30分54秒 | 雑感
 東北・北関東大震災のことは、連日メディアでもネット上でも情報がおびただしく入ってきます。ボランティアも多く入っていて、すでに報告会も開催されることはすでに掲載しました。これから様々な応援企画、イベントが行われると思います。

 が、東北・北関東大震災と同時期に起きた長野県北部、栄村を中心とした地震は関東圏のメディアでは全く取り上げられていません。長野出身としてはほんとうにさみしい限り。東北・北関東大震災という名を見てもわかるとおり、栄村の地震は今回の大震災には含まれていません。
 
 震度6強クラスの直下型地震が2回も続き、中越地震よりも大きかったと言います。ようやく断水も解消したようですが、まだまだ多くの方々が避難をしていて、家屋の倒壊も激しい状況です。

 しかも栄村は豪雪地帯。地震があった時も、家の1階部分がふさがってしまうほどまだまだ雪が多く、これから雪が解け、田畑などの被害状況が見えてくるのだと思います。

 NPO法人栄村ネットワークが現地の状況を流していますので、ご覧ください。ボランティアの対応や現地ニーズの把握がとても早いです。栄村はむらづくりの先進地として知られていて、外部との交流も盛んです。

 ぜひこちらの動きも注視してください。

 http://sakaemura-net.jugem.jp/

 http://twitter.com/sakaemura_net

鳥取から帰省、震災のこと。

2011年03月28日 18時14分01秒 | 雑感
 1か月以上ぶりのブログの更新。2月中旬から鳥取県智頭町の新田集落に1か月間滞在していたのだが、サボっていたわけではなく、ただインターネット環境になかったので更新できずにいました。

 1か月間、現地の人にも温かく接してもらい、山村の魅力をこれぞとばかりに味わってきました。研修を終え、長野の実家に戻り、現在は大学の研究室に通う日々に戻っています。

 大震災の時は、鳥取にいて、作業を終えて、お茶を飲もうと集落の人の家に上がりこんだ時、そこの奥さんが「大変なことになってるで~」とテレビを指差し、見てみると、ちょうど津波で田畑、家々がさらわれていく衝撃な映像が映し出され、「これはかなわんな~」と言いながら、地元の人たちとテレビを見ながら事態を見守り、僕もただただ「うわ~」としか声が出ませんでした。

 智頭町は関西圏に近いため、子どもたちが関西方面で働いている人も多く、阪神淡路大震災を身内で体験しているという方もいます。なので、これから被害がどんどん大きくなってくると言っていたとおり、地震の大きさも訂正され、日に日に被害は大きくなり、また、地震、津波に加え、原発による被害にまで広がっています。

 僕の友人たちは無事でした。ただ、集落が消える、村が消える、さらには町が消えるという言葉を聞いた時、この災害の大きさに愕然としました。この場を借りて、被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。

 想像を絶するとはこのことです。毎日のように震災後の被災した世界が映像に映し出されますが、これだけでは到底想像もできない世界が現地には広がっているのだと思います。現地にいないので無責任なことを言ってしまうかもしれませんが、それは被害が甚大で現地では絶望の世界が広がっているのか、もしくは、被災したがそこから這い上がろうと希望の世界が広がりつつあるのか、現地にいない僕には想像もできません。

 おそらく想像ができないために、どこか客観的に見てしまっている自分がいたり、なんだか何かをやろうとしてもなんだか手に着かなず、落ち着かない自分がいるのだと思います。

 現在は、その情報の取捨選択に頭を痛めています。それはとくに、原発関連のものです。鳥取から帰ってきて、パソコンメールを開くと、尋常ではない原発関連のMLが流れていて、今でも整理できていません。どれが正しいのか、有用なのかなどと考えていると、「ああ~」となってメールを閉じてしまいます。

 その中からは、今回の原発事故を機に、そのようなものには依存しない脱原発の社会へ、そして新しい社会へのシフト謳うものもあります。僕ももちろん、そうしなければいけないと思っているのですが、被災している現地では、まだまだ緊急支援が必要で、行方不明者の捜索や遺体の身元確認も十分進んでいないのに、一方では新しい社会へシフトに向けたスタートだと新たな連帯を唱え、もう一方では、被災地で今日明日の食べ物をどうするか、身内が見つからない、仕事はどうすればいいのかという目の前にある問題を抱えている人たちがいて、という構図を前に、このような危機をチャンスに新しい社会へのシフトって、少し楽観的じゃない?と思ってしまったりと、自分の気持ちに整理がついていない証拠です。

 最後に原発について触れなければなりません。地震や津波は天災ですが、原発による一連の被害は明らかに人災です。戦後、原子力の平和利用という矛盾した名目で、“作らされた”原発は、危険であることがわかっていながら、現在、50基以上が日本国中を覆っています。こんな狭い国土に多くの原発を抱えているのは日本くらいです。

 そして地震大国である日本では常にその危険性について言われていました。大きな地震が起これば、すぐに原発が稼働停止したとかニュースでは大きく取り上げられます。結局実際に地震が起きて、事故に合わないとわからないのかと。

 チェルノブイリ原発事故後、現地に入り、「ナージャの村」や「アレクセイと泉」を撮影した本橋成一さんから、「人間は洗濯機の操作だってボタン1個で間違うんだから、そういう人間が原発の管理をして、一歩間違えれば大変なことになる」というニュアンスの言葉を聞いたことがあります。

 人間というのは完全ではありません。そして機械だって完全ではありません。その完全ではない人間がこれまた完全ではない原発を管理するのは無理があります。これはどの近代技術にも言えることです。原発に限って言えば、人間の管理能力を超えています。

 それは今回の事故で明らかです。例えば、テレビで原発の説明を聞いたって、あんなのほとんどの人が理解できていません。解説者の人が安全だと言えば、安全だし、危険な状況にあると言えば、危機感を煽られるというように、自分が理解できる言葉で現状を理解して一喜一憂しています。専門的なことを研究している人にしか理解できない、そういうものにこれまで依存してきたわけです。
 
 そして、それは原発内部で働いている人たちにも言えます。いわゆる原発労働者、被爆労働者とも言われていますが、その人たちです。こんな危険をおかしてまで働いている人たちを犠牲にして、原発は動かす必要はないですし、そのような労働者は、東電の社員ではなく、下請け、孫請けの人たちです。しかも、放射能の許容量がありますので、常に若い労働者あるいは経験年数の浅い人たちが働いています。許容量があるので、知識や経験のあるベテランは働くことができません。きわめて流動的な仕事です。今回の事故でも、労働者のミスがあったり、くるぶしの辺りまで水につかり作業をして被ばくしたとか、働いている人たちも、原発の危険性については共有できていないこともわかりました。
 
 さらに、被災地のために節電するという人もいますが、これまたきちんとした情報が共有されていません。福島原発の電力は、被災地、東北のためにあるのではなく、関東地域の電力をまかなっているのだから、節電したって、被災地のためにはなりません。それは都市を維持するための節電です。

 そして現状は悪化する一方です。おそらく、政府や東電、テレビに出ている御用学者たちは真実を隠すのに必死でしょう。

 おそらく、だから、いずれどこかで誤ちが起こるだろうと、交付金をちらつかせて原発は地方へひたすら押しつけられているのです。これは都市のワガママで、原発がある現地の人がその電力を使っていないという歪な電力供給構造が生まれています。

 昔、脱原発運動に関わっていたものとして、反省を込めて説教じみたことを書いてしまいました。
 これは、六ヶ所村再処理工場のことですが、昔、仲間とやっていた活動で、フリーペーパーに記事があります。
 http://boomerang-net.org/
 
 4号ほど出したのですが、まだ在庫があったと思うのでもし欲しい方がいれば、送りますので連絡をください。
 
 震災のために何かしなければいけないという空気を日本中が包んでいますが、少し自分のペースを取り戻して、できることから始めたいと思います。まずは、農的なるものを大事にし、分かち合うことから始めます。気持ちの整理はついていませんが、僕にとって農的な営みはますます大切になってくるだろうということだけは、確信できます。マイペースに耕し、種をまきながら、また考えたいと思います。今週末、帰省します。