春に百花あり 秋に月あり 夏に涼風あり 冬に雪あり
今月のことばを見つけたきっかけは、うちわでした。妙心寺派管長嶺興嶽老師の筆によります。布袋さんがひろげている袋には涼風があります。布袋さんは涼風を独り占めいているのか。あるいは、みんなにもおすそわけしてくれるのか。
布袋は、十世紀に中国で活躍した実在の人物です。円満な風貌でいつも袋を持って喜捨を求めたことから名付けられた愛称で、日本では七福神として親しまれています。
それにしても、面白い絵だなぁー、と眺めていたのですか、管長猊下が書かれたのだから、何か深い意味があるのだろうか。
そう思って、調べて行き着いたのが、中国の禅の語録『無門関』でした。第十九則「平常是道」に次のような頌(じゅ=うた)がありました。
「春に百花あり 秋に月あり 夏に涼風あり 冬に雪あり」
七言絶句の前半の二句ですが、後半の二句は「若し閑事の心頭にかかること無くんば、便ち是れ人間の好時節」。下の句まで説明すると不快指数があがってしまうから、今回は前二句だけでご勘弁を。さて、柴山全慶老師(1894~1974)の『無門関講話』(創元社刊)に、「春に百花あり」の秀逸な解説があったので、それを引用します。
「春に百花の咲く美しさは、百花の散る哀愁を伴っている。秋にさえわたる月のしずけさは、その雨や雲に妨げられる嘆きをもたらす。夏の涼風は炎熱の不快と共にあり、冬の雪には酷寒の恨みが添うている。平常心は、善悪、美醜、喜怒、哀楽の渦中にあるのが現実である」
すごいしでしょ。「禅の語録はこういうふうに読むのだ」という見本みたいなもの。この『無門関講話』という本は柴山老師が1970年にアメリカで提唱したものを英語に翻訳して、再度日本語に訳し直したという複雑な生い立ちをもっています。そんな成り立ちがまぶしくて、本日の蒸し暑さを涼風で吹き飛ばしてくれるかというと、そんなことはない。蒸し暑いのです。