年賀状に思う(壱)
令和三年 2021年丑年 🐮🐂
( 画像は 白川の冬景色② 12/29 )
牛は
見た目は地味だが
その眼は 綺麗で
キラキラと輝いている
お互いに向き合って
見つめると
その艶々(つやつや)とした眼に
我が心も洗われる気がしてくる
牛は 寡黙(かもく)だし
とても辛抱強い働き者だ
私が少年時代に
我が家(実家)に
耕運機などなかった頃に
当時の父は
お隣で飼っていた牛を
頼んで借りて
家の周りの小さな畑で
耕作をしていたが
その時 私は
ちょっと離れて
恐る恐る牛の様子を
眺めていたことがある
牛のことで
今年の賀状に 齋藤孝さんの
「夏目漱石の人生論 牛のようにずんずん進め」(2016年刊行 草思社)を
取り上げた
些かストレートで
時代錯誤の感を受けそうだが
政治家も有識者も
頻繁に発するその言動が
結構軽くて無責任なような気がして
そんな時に 数年前に出た
この本を見ると 正に
コロナ禍の中の今だからこそ
世の政治家や有識者の人たちに
読んでもらいたいものだと
つい思ってしまう‥
ただ 流石に取り上げる内容も
牛のように クソ真面目?で
堅そうで 読んでいる方も
知らず肩に力が入ってくる感じで
だから 牛のように
ズンズン読み進めるのは
些かしんどいので
少しずつ読み進めている
(現在 まだ46/217ページ)
私が若い時
兄が 私のことを
お前は まるで牛のようだ
と 不意に話したことがある
普段は周りを気にして
おとなしくしているが
何かでスイッチが入ると
ズンズン進むからだろう
兄と話したその頃の私は
ある会社を辞めて
大学に進学し
第二の職を得た頃かもしれない
しかし 後でよく考えれば
確かに私は
牛のようなところがあると
思い当たることがある
お隣の牛に話を戻すと
その牛さんは
夜に時々脱走して
田舎の道を
走り回っていることがあり
あのツノは頑丈で
怖そうでもあり だから
近づきがたい気持ちが強かった
だが 牛小屋にいる牛たちは
優しそうな眼をして
おいしそうに藁(わら)を
モグモグと食べたり
岩塩を旨そうに舐めていたり
そんな平和そうな牛を見ると
こちらも友達に会ったように
額の柔らかい毛を
そっと撫でてやったりした
ps 2021.1.6 草稿
長くなりましたので
賀状については(その弍)で
述べることとしましょう
では また いつか 蛙 🐸
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