二十四節季 雨水 冬の氷水が陽気に溶け、天に昇り、雨水となって降る、の意で、雨水と言う。毎年、二月十九日頃である。啓蟄までには期間もあるが、そろそろ片付けもしておこうと、入れ物の蓋を開けた。枇杷湯をした後を堆肥にする。袋から出しながら、ふと気づいたのは、種があちこちに散乱している。
夜半にごそごそと音がしていた原因に、鼠の仕業と思える。奴らも利口な生き物で、流石だと感心する。枇杷葉の花芽や種も乾燥すれば薬効も。人間よりも賢いのではないのか?アルジャーノを連想して、我が家に棲む奴らが、人間の意志が分かるのかも、と空想。人間が賢いのは、単に威張っているだけとも。
銀河が居なくても、押し入れや台所には出没せずで、夜半に五月蠅いのは仕方ないと思いつ眠っていた。枇杷葉の効力には、血液を浄化して、管を綺麗にすることで、脳溢血や脳血栓、くも膜下出血等の、脳の破損を防ぎ、認知症にも好いようだ。然し、惜しくもはっきりした証拠はない。飲用して個々の症状。
女性には、美白、紙魚、そばかすや加齢臭。頻尿、尿漏れを防ぐ。止血、火傷、打撲、虫刺されにも。初期の風邪症状、湿布等、あらゆる効果があるが、使う方の気持ちや、治したい想いで、期間も差が出て来るからです。何度も書くのですが、誰にでも効果があるかと言われれば、答えようがありませんし否とも。
祖母から教わった訳ではありませんが、子どもの頃に、真近で見ていたり、していたことを記憶している。祖母の手が触ると、不思議と効き目があって、遠くからも噂を聞いて来る人もあった。だが、決して金銭が目当てではなく、田畑の仕事に追われる祖母に、時間を割いてしていることへの相手の感謝から。
わたくしにも、多少はそういった力があるのかも。但し、これを生業とすれば、それなりの金銭も必要となるので、遣ったことはありません。一人の方に触ったら、相当の期間は体力も気力も落ちます。誠心誠意で遣るのですから、安易な気持ちでは無理です。何よりも、お互いの信頼関係がなくては駄目でしょう。
勤務先でちょっと位なら出来ますが、それでも気力の消耗は激しく、帰宅するとぐったりになる。如何せん、誰にでもはでき兼ねるし、わたくしが触ると、却って逆になってしまう方もいます。言葉や行動が反対に作用する、つまりは正直に現れてくる。自然を騙せることはできない。或いは、不信や疑いがあっては。
春分を過ぎた辺りから、少しづつ咲き出す。同時に膨らんで、同じ位に咲き出した仲良し。