ピピのシネマな日々:吟遊旅人のつれづれ

歌って踊れる図書館司書の映画三昧の日々を綴ります。たまに読書日記も。2007年3月以前の映画日記はHPに掲載。

ブラインドサイト ~小さな登山者たち~

2008年02月17日 | 映画レビュー
 チベットに住む盲目の子どもたちがヒマラヤ山脈7000メートルのラクパリ山頂を目指す。ちょっと考えられないくらいハードな挑戦を追ったドキュメンタリー。

 チベットではいまだに因果応報という考え方が根強いらしく、障害は前世の悪行の祟りだということにされてしまう。盲目の子どもたちは道行く人々に「このアホがっ」などと露骨に汚い言葉を吐かれるのだ。障害者の人権などという概念は存在していない彼(か)の国で、目の見えない子どもは親からも見捨てられてしまう。そんな盲目の子どもたちを集めて学校を作った若い女性がいた。彼女の名はサブリエ・テンバーケン。自身も12歳で失明したサブリエはドイツ人だが、チベットに渡って盲学校を建てた。彼女の社会事業の功績に対して、2005年ノーベル平和賞候補という名誉が与えられ、さらに2006年8月にはマザーテレサ賞を受賞した(サブリナについての情報は映画公式サイトによる)。

 

 盲人登山家として初めてエベレスト登頂に成功したエリック・ヴァイエンマイヤーとサブリナが出会うことによって、今回のプロジェクトは始まった。ドキュメンタリーはサブリナのナレーションを中心にして語られていく。子どもたちが訓練を経ていざラクパリを登り始める状況を追うシーンの合間合間に、子どもたちやサブリナ、エリックたちの生い立ちを語る古い映像やインタビューが挿入される。それによって、子どもたちの抱える苦難が浮き彫りにされていく。

 また、大人たちが登山の目的や方法をめぐって真摯に議論し、ときに激高して衝突する様子もカメラは赤裸々に映し出す。それは登山家と教育者の考え方の違いであったり、西洋人と東洋人の世界観の違いであったり、カメラの前に映る彼らは互いの中に差異を見いだし、戸惑いやいらだちを隠せない。

 本作は大人が一致団結して子どもたちを7000メートルの山に連れて行く感動物語という単純なものではなく、チベット社会(なかんずく中国社会)の矛盾をあぶり出し、登頂隊一行の中にある矛盾もまた活写して緊迫感のあるドキュメンタリーになっている。また、目の見えない子どもたちが岩登りをしたり石ころだらけの道を歩いたりする姿にハラハラしたり感動したりその能力に驚嘆したり、画面から目が離せない。

 なぜ山に登るのか? そこに山があるから、と答えたのは誰だったか。実はこの映画を見てもなぜ子ども達がラクパリ目指すのかわからない。そこに自己実現だの成長物語だといった「意味」を読み取ることはできない。観客は自分達の見慣れた「意味」を見つけあぐねて困ってしまうだろう。チベットの子どもたちが流暢に英語をしゃべる「意味」もまたなにか複雑な思いを喚起する。チベットにやってきた西洋人が社会事業を起こして親から見捨てられた目の見えない子どもたちを山へ導く。そこには様々な視線が交錯する。西洋から東洋を見る「オリエンタリズム」の視線、それに反発する視線、同情する視線…。このドキュメンタリーの製作者の眼差しと観客の視線は異なるかもしれない。また、観客にとってもこの映画から受けとめるメッセージは一様ではなかろう。多義的な読みや思考を喚起する、優れたドキュメンタリーだ。ぜひご覧いただきたい。
 

 以下は余談ですが…、

 少年の一人から「チョモランマ」という音声が発せられたとき、字幕は「エベレスト」と訳していたけれど、それがとても懐かしい響きとして聞こえた。と同時に大学の同級生だった宗森行生さんのことを思い出した。日中合同登山隊の一員としてヒマラヤ梅里雪山で遭難、帰らぬ人となった彼のいかにも山男然とした無精髭と純朴そうだった笑顔を思い出す。1991年、32歳で逝去。(レンタルDVD)

---------------
BLINDSIGHT
イギリス、2006年、上映時間 104分
監督: ルーシー・ウォーカー、製作: シビル・ロブソン・オアー、製作総指揮: スティーヴン・ハフト、音楽: ニティン・ソーニー

最新の画像もっと見る