78回転のレコード盤◎ ~社会人13年目のラストチャンス~

昨日の私よりも今日の私がちょっとだけ優しい人間であればいいな

◎仕事上のコミュニケーションを今更頑張った話(第2話)

2017-11-26 10:38:22 | 東京シャープストーリー

<真面目>

 31年間の人生で、あらゆる人に「真面目だね」と言われてきた。今の職場も例外ではなかった。
 しかし、“真面目”という要素はコミュニケーションにおいては害悪にさえなりうる。おそらく僕は、ほとんどの場合において、相手の発言に対し、相手の望むレスポンスは出来ない。話す時に感情をこめられず、抑揚はほぼ無い。加えて笑顔を作れないこともコミュニケーションを難しくしている。その結果が「人望が無い」だとしても、因果応報でしかないのだ。

 部門マネージャーにLINEで相談した10月27日。実はもう一人、ある人にも相談していた。コンビニ時代のスタッフで、スーパーの勤務も掛け持ちしている女性・J子である。

(J子からのLINE・抜粋)『(コミュニケーションが)苦手で苦戦……とありましたが、真面目で一生懸命に仕事する様子を見ていたコンビニのスタッフさんたちは僕さんの力になろう! 協力しよう! と思っていたと思います。なので誠実さに自信を持って対応してください。結果が楽しみな苦労、しましょうね~』


<そして奇跡は起きた>

 10月30日、お昼の休憩時間。僕はバックヤードの休憩室で、8人掛けのテーブルの端の一席を陣取る。

(女性スタッフ)「20年選手さん、今日もたくさん食べるわね」

(20年選手)「まあ、午後も身体動かしますので」

 休憩室ではいつものようにスタッフたちが談笑していた。そこに僕が加わらないのも平常通りだった。

(シャープ)「お疲れ様です」

 そこへ、遅れて休憩を取り始めるシャープが来た。一旦僕の左隣の席に座るも、何を思ったのか、すぐさま僕の向かい側の席に座り直した。

 その後、シャープも雑談に加わり盛り上がる休憩室だが、やはり僕は会話に入れない。ただ、真剣に聞くことだけは心がけた。これまで興味の無い話は聞くことすら放棄していたが、今の僕は僅かながらも進歩している。

 やがて雑談は店の防犯の話に。その最中、シャープの一言から全ては始まった。

(シャープ)「コンビニでは万引き対策は何かやっていましたか?」

 なんとシャープが、僕の顔を見て聞いている。休憩中に話しかけられるのは初めてのことだ。

(僕)「えっ、コンビニですか?」

(シャープ)「万引きGメンとか居ましたか?」

 それは、曲がりなりにもコンビニ業界を5年半経験してきた僕にしか答えられない質問。落ち着け。ただ質問に答えるだけなら僕にも出来る。

(僕)「いや、特にやっていないですね」

(シャープ)「見つけたらその場で捕まえるみたいな?」

(僕)「そんな感じですね」

(シャープ)「そうなんだ……やっぱり高齢者が多いの? 万引きする人」

(僕)「いや、僕の居た店の場合は、子供のお客様が多かったので、万引きも子供が多かったですね」

 失言をせぬよう、恐る恐る言葉を発する僕。それでも会話は何とか続いている。当分は無いと思っていた、シャープとの二人きりの会話が。
 その後、シャープが「地元」という言葉を使った。そこに引っかかった僕は初めて自ら質問を投げた

(僕)「どのあたりに住んでいらしたんですか?」

(シャープ)「私、青森」

(僕)「あ、そうなんですか!? 僕は秋田なので、(隣県の)青森だったんですね」

 僕は気付いた。無理に話題を探さなくても良い。話の流れで気になったことを質問するだけでも、会話を長く続けられる。そこから話が広がることもある。

(僕)「大学卒業するまでは秋田に居て、上京したのはもう9年も前ですけど」

(シャープ)「そこから東京で」

(僕)「まあ東京だったり神奈川だったり、あちこちに居ましたけど」

(シャープ)「どんな仕事していたの?」

(僕)「コンビニで5年働いて、その前は漫画喫茶も1年くらい経験していましたけど」

(シャープ)「他には?」

(僕)「漫画喫茶の前は新聞配達とかやっていて、あと建設業も1年半くらい携わっていましたけど……すみません、(職を)転々としていますね」

(シャープ)「いやいいじゃん(笑)。色んな仕事経験したほうが良いよ」

 やはりシャープはとても良い人だ。聖人にさえ思う。

 この雑談は休憩が終わるギリギリまで、実に15分にも及んだ。こんなに早くコミュニケーションが実現できるとは夢にも思っていなかった。忖度するに、マネージャーがシャープに根回ししてくれたのではないかと思う。何せ相談してから3日後の出来事である。シャープも僕と会話をしやすいように、あえて向かい側に座ってくれたのだとすれば合点が行く。そして何よりも、シャープが僕に話しかけてくれなければ僕は一言も発せぬまま休憩を終えるところだった。真相は不明だが、部門マネージャーとシャープには感謝するのみである。

 ただ、決して喜びの感情だけではなかった。


【10月30日の日記(抜粋)】
シャープさんと会話を交わしたこと自体が単純に嬉しくもあり、謎が少しずつ明かされていくカタルシスもあり、いずれは辞めて地元に帰還すると知り悲哀も感じた。


(シャープ)「青森に帰ったらどうしようかな(仕事)」

(僕)「!? 帰る予定があるんですか?」

(シャープ)「そりゃいずれはね、帰らないとね」

(僕)「ああ、すぐではないんですね?」

(シャープ)「すぐではないよ(笑)」

(僕)「良かったです」


<解き明かされていく謎>

 10月30日を境に、僕はシャープと会話をする機会が増えた。休憩時間が重なる日はほとんど無かったが、仕事中のちょっとしたことに対しても僅かな会話が発生した。

(シャープ)「酒の在庫多いね」

(僕)「多いですね」

(シャープ)「20年選手さんの発注次第というか(笑)」

(僕)「イヤイヤイヤ。あの、頑張ってらっしゃるので」

(シャープ)「頑張ってらっしゃる(笑)」

 その一分にも満たない時間さえも僕の心を満たす要因になっていた。
 ほぼ毎回、少しずつでも会話をすることを心がけ、シャープの謎は次第に解明されていくのだった。地元・青森でのスーパー業界の経験は12年にも及び、ずっとレジ部門で、なんとそこでは社員であったこと。当店でも入社して最初の一年はレジ部門に配属されていたこと。そして年齢の謎までもが……。

(嵐ファンのスタッフ)「シャープさん、私の娘と同い歳だったよね?」

(シャープ)「そうですね」

(嵐ファン)「じゃあ39だね」

(シャープ)「ハイ」

(僕)「えっ!? もっと若いと思っていました」

(嵐ファン)「そうよ。そりゃ若く見えるけどね」

(僕)「ちょっと今のは聞かなかったことに……」

(シャープ)「アハハハハ」

 女性にも関わらず、年齢さえも自ら曝け出していたシャープ。やはり只者ではない。マネージャーに相談してから僅か2週間。僕の知りたかったことは結婚の有無を除き、ほぼ全て明らかになった。

 そして、知りたくないことまで耳に入ってしまうのだった。

(つづく)



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