寺社縁起研究会・関東支部

@近畿大学東京センター

第95回例会

2009年11月20日 | 例会履歴

2009.11.20 早稲田大学早稲田キャンパス

【研究発表】経から絵巻へ―経説絵巻としての「病草紙」―  山本聡美
【要旨】十二世紀末の成立と推定される「病草紙」は、従来典拠不明とされ、その主題も、六道絵の一部人道、症例集的な病の記録、説話に基づくものなどと多面的に推論されてきた。発表者は、本絵巻と書風・画風・料紙の寸法などで近しい「地獄草紙」「餓鬼草紙」の所依経典の一つ『正法念処経』に病に関する記述が多く含まれることに着目、「病草紙」の典拠もここにあると目している。今回の発表では、『正法念処経』経文と「病草紙」の詞書・絵を対照し、経文から絵巻が成立するプロセスに関する試論を提示する。その際、「地獄草紙」「餓鬼草紙」を参照することで、両絵巻における経文利用のあり方の延長線上に「病草紙」も位置づけられることが明らかになる。さらに「病草紙」における経文との対応関係には、段ごとにも違いがあり、本発表では現存二十一段を1)経文に準拠する段、2)経文から飛躍する段、3)経説をはなれて説話と融合する段、との三群に分類して分析する。以上の分析の結果、「地獄草紙」「餓鬼草紙」「病草紙」の順に経文からの懸隔が広がること、「病草紙」の中でも1)~3)の順に経説との隔たりが大きくなり、代わって説話的要素が増大することが分かる。つまり「病草紙」は、『正法念処経』という六道経典に基づく経説絵巻としての性質と説話絵巻の性質を兼ね備えたものであると、改めて位置づけることが可能となる。「病草紙」の成立する平安末期には、時を同じくして、縁起や高僧伝など日本で編まれたテキストに基づく絵巻が興隆して後の絵巻制作の主流を占めていくのであるが、本稿で取り上げた「病草紙」はまさに、古代と中世の転換期に現われ、経文から和製テキストへの移行期の様相を示す絵巻と位置づけることができると考えている。