寺社縁起研究会・関東支部

@近畿大学東京センター

第92回例会

2009年07月17日 | 例会履歴

2009.07.17 早稲田大学早稲田キャンパス

【研究発表】「二十九ヶ条」にみる実忠の建築造営について―小塔殿の造営を中心に―  小岩正樹
【要旨】『東大寺要録』に所収されている「東大寺権別当実忠二十九ヶ条」は、実忠個人による生涯の業績が記された成功譚的な伝記として著名であるが、建築や仏像等の造営といった実務的な事項も多く挙げられていることから、その真偽のほどはありながらも、古代造営史において、僧侶による具体的な造営関与のあり方が窺い知れる貴重な史料としても意義が高い。本発表では、実忠が設計計画に携わった東大寺小塔殿の造営を中心に取り上げ、実忠個人が造営上果たした役割について、寺家や工匠組織などとの職掌関係を手掛かりに検討する。


第91回例会

2009年07月03日 | 例会履歴

2009.07.03 早稲田大学早稲田キャンパス

【研究発表】中世後期の東大寺西室について  西尾知己
【要旨】東大寺の西室は、貴種僧(有力公家子弟の僧)が主となった院家の一つである。西室については、16世紀前半頃の院主である公順が、実父の三条西実隆らとともに『八幡縁起絵巻』『大仏縁起絵巻』『二月堂縁起絵巻』の作成に深く関わりを持ったことでよく知られている。但し、公順も含めて中世後期における西室院主の動向は、文学史上での貢献にとどまらず、そのほかにも注目すべき点がある。彼らの動向を見てみると、当時の政治情勢の影響を強く受け、東大寺の運営に良きにつけ悪しきにつけさまざまな影響を与えたことがわかる。よってその動向は、当該期の政治権力と東大寺との関係を読み解く上で重要な手がかりを与えてくれるはずである。しかし、先行研究において西室の東大寺史上における位置付けは的確になされていないのが現状である。そこで本発表では、公顕・公恵・公順と相承される中世後期の西室院主と政治権力・寺家との関係を追うなかで、当該期の政治権力と東大寺との関係性の推移を明らかにしたい。また、そのなかで公順・実隆らによる縁起絵巻作成が東大寺史上においていかなる位置付けを与えられるのかという点についても言及したい。