「文庫旅館で待つ本は」 名取佐和子 筑摩書房 2023.12.15
戦前から続く海辺の老舗旅館・凧屋の名物は様々な古書を収めた文庫本=図書のコレクション。
少しばかり″鼻が利きすぎ″な若女将が「お客様と同じにおい」を纏った文豪たちの小説をすすめてくれる。
一冊目 川端康成『むすめごごろ』
二冊目 横光利一『春は馬車に乗って』
「この小説を書いた作家の分身でもある夫は、少し冷静すぎるのね。冷静を保たなければ、響き死に向かって進む妻のそばには到底いられなかったんだろうけど」
「体がつらくなる一方の妻にとって、夫の理性や知性は邪魔なのよ。だから、あれこれ難癖をつけては夫をなじるんです」
「夫婦どちらかが最期を迎えるとき、『お互に與えるものは與へて了った』と言い切れる関係って、羨ましいなってーー」
「まず自分への愛がないと、とても他人には与えられないーー」
「薄々は気づいていたと思うんです、夫を愛していないこと。すすんで夫に尽くすのは、彼を想ってではなく適当にあしらうための行動だということ。(略)長年夫婦をつづけてくれば、それが当たり前だと思ってたんです」
「それは真心あってのことなんですよね」
三冊目 志賀直哉『小僧の神様』
四冊目 芥川龍之介『藪の中』
「犯人はいてもいなくても関係ない。一人の男性が殺された事実を、彼をめぐる各人の証言を、読者がどう受け取るかによって成り立つ小説なんです」
五冊目 夏目漱石『こころ』
悪い人間といふ一種の人間が世の中ぬあると君は思ってゐるんですか。そんな鋳型に入れたやうな悪人は世の中にある筈がありませんよ。平生はみんな善人なんです、少なくともみんな普通の人間なんです。それが、いざといふ間際に、急に悪人に變るんだから恐ろしいのです。だから油断が出来ないんです。
小説とそれぞれの人生、思いがつながっていく。
最後にきて、登場人物たちもつながった。
十代の時にしか読んでない「こころ」を読み返してみようか。