前のめり

野田首相首相のやっている 原発・消費増税・TPP・安全保障 等 全体が前のめりに見えてしょうがない。

産業界がせかしているからだろうとは思うが、せかされ動いてるのは他人ごとではない。

 メディア情報に浸り、都市生活に慣れ、現代の知識を身にまとった私たちは、(せっかち)であることを他から求められ普通で自然であるかのように感じている筈だ。

  小沢氏の無罪判決を聞いて自分の意識してきたものと違った感情や感覚がいつの間にか体の中に入っているのを感じた。

 人は元々(自分が自分でない自分を背負っている)存在なのか、自分に戻るのは容易ではない。

 

 

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マスコミは他人ごとか?

【小沢 元代表無罪判決】と聞いてもどこかスッキリしない。

経過はどうあれ、 この2年半テレビや新聞が罪人扱いしてきた情報の残像を振り払えず扱い兼ねてる自分を意識するからである。

過去の政治経歴や見かけとは別に時代感覚の特別悪い橋下大阪市長と(周波数が合う)とまで言う政治家としての小沢氏は受け入れ難いのだが、今回の政治資金規正法違反に関しては、検察とリークしながら政治生命を絶たんとばかりに2年半にわたって糾弾し世論形成してきた検察やマスコミから一言もないのは如何なものか。

 立証できない有罪を、だからと言って誰であっても無罪を立証できるはずはない。

  

 有罪にしろ無罪にしろ、予め推定された判断を覆すのは無理である。何故なら認識は本人が変えない限り他人が変えることは出来ない。要するに疑ってかかればきりがなく、完全ではなくても公的な法律などで処理するするのが社会の約束事であって「法治国家」と言われる所以ではないか。

 民主主義の要件は中身と手続きが相まって初めて言える概念。

手順や手続きを無視して( あくまでも)と追及するのは民主主義や法治国家的な感覚とは相容れない。不本意ではあっても謝るべき人が謝らないと、よその国の事を民主主義云々で批判出来るだろうか?

 

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公に語られた支配構造

 「『我々の敵には、名前がなく、顔もなく、政党に属してもいません。立候補も、選挙の洗礼を受けたことがありません。それでも我々を支配しています。その敵とは、金融界です。』

 これは、フランス大統領選挙で優位に立つとされる野党社会党のオランド候補が出馬にあたって行った演説は印象的でした。」  ( 4・22東京新聞社説)

世界の支配構造を公的にこれだだけ端的に語ったのを聞いたことがない。

 この言葉は 多く人が感じながらも世界は共有してない。

 裸の王様の少年ではなく世界が注目する大の政治家がこれだけはっきり口にして、難かしいことにならなければ良いが…

 

 

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もっと立っている足元を掘ってほしい

昨日、隣の町へ行ってゴーリキ原作の芝居「どん底」を見てきた。

 単純化した舞台や、造形的な演出の工夫、演技など大いに満足できたものだった。

 しかし、今回もテーマに関わる根っこの部分で不満だった。

それは、原作を解釈する現代からの視点の甘さである。

 どんな作品も現代からの光を当ててこそ光を放すのではないだろうか。

 芝居は演ずる者も見る者も、今ここにいる自分にとっての意味を探る作業だと思うのだが。

 満足だが物足りない。

 

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カン違いの大元

近くの森林公園へ足が向いた。

娘が子供のころここへよく来たらしく、公園工事がよっぽど辛かったとこぼしていたところ。

入り口から出口まで誰一人と出会うことなく小鳥やカラスの声を聞きながら散策でき、それなりに楽しめた。面白かったのは 自分が記憶している最初の歩くのもままならいで、おふくろの背にラクダ色のかくまきでおぶわれ雪道を歩いた時のことを思い出し、背中で感じていたのはおふくろの無為自然な温かみだったような気がした。

 何時のころからか、あの無為自然な感覚をずーっと忘れ、親不孝したことを同時に気づかせてくれた。

 カン違いの絵の最後に自分がいた。

 

 

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思い違いによる絵

それが 民族や伝統による違いなのか近代の科学や思想による違いなのかは分からないが、私たち人間は自然に克つことは出来ても勝つことは(支配)出来ないのに、支配できるような錯覚に陥いったまま、緑を賛美しているかもしれない。

  

 

                 (思い違いの絵)

この街の誇りは「緑と清流」 市のシンボルはカワセミでだが、ほとんど見当たらない。

 これから、その辺で思い違いの絵を探してこよう。

 

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目の前にあった支配構造

「産学官金(金融)の担い手による産業都市「日野」の実現」これは 日野市の今後10年を見通した「工業都市」として発展を図る基本理念として広報されたものである。

 言われてみれば当然だが、住んでいて目に見えるはずのこの町の目指しているところが国と同様なのが意外だったのが意外だった。

 図解した説明図は頂上に(事業者)が工業活動の主役として位置し、(日野市)は企業成長のサポーター

(市民)は 産業振興の 担い手や参加者として脇に置かれている。

 マスコミでもなかなかお目にかかれない支配の構造が赤裸々に描かれている。

 最も身近なところも見えていない自分に今さら気が付いた。       





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時代転換の末期

生み出した情報と仕組みに自らが縛られもがくようなものかもしれない。

  大きな災害や悲劇があってもなかなか目を覚ませない。

 世界的な時代転換の【末期】に生きている私たち。

 この事を忘れて、つい自分を痛めたり周りのせいにしてしまう私たち。

 

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分かりにくい世界のニュース

新緑の大きな空を見ていると、地球を痛め世界の【飢餓難民】を放置し子孫に申し訳の立たないようなことをし、大国がやってることを小国がやっているからと言って(国際社会・国際世論)が、「イランだ、北朝鮮だ、シリアがダメ」と

 言っても説得力を欠く。 世界の統治機構がない複雑な国際関係は分かり易い論理が1番。

 主要国のリーダーは先ずは名も無く貧しい国に出向いて国際会議をしたらいい。

オバマ氏はもっとケニアにでも出かけで勉強しなきゃ、主要国が集まるロビーの主役にはなれても、世界のリーダーにはなれない。

 

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お見事!

「…オール財界、オール霞が関が、もともと再稼働を目指す政権を後ろから押している。」

これは、 4・11 東京新聞 朝刊 1面トップ見出し《首相・閣僚4者協議 形だけ》記事の最後の1文である。

 日本の【支配の構造】を見事に言い得た1文だと感心した。今のマスコミが報道出来るとは考えられなかった。

 

 

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