艦長日誌 補足(仮) 

タイトルは仮。そのときに思ったことを飲みながら書いたブログです。

大地讃頌

2008年03月03日 23時54分08秒 | 個人日誌
 どうにもこうにもパソコンの調子が良くないので困ってます。かといってうまくやる知識もなにもないので、しばらく我慢すっか。

 パソコンを買ったのは三、四年前になるけど、別になにかしたくて買ったわけじゃあない。あれば便利だって話を聞きかじったり、仕事でそれ関係のもの売ってるならパソコンのひとつも使えないとまずいよな~ってくらい。
 だから、買った当初はなーんにしないまま埃かぶってただけ。

 使い始めたのはshow先生に「俺ブログやってるから読んでみて」と飲んでいるときに言われ「だりーけど、まぁ読むわ」ってのがきっかけ。
 show先生のブログが、これが悔しいことに面白くてね。しかも顔に似合わずマメに書かれてるもんだから「やるなー、うまいなー」って、毎日楽しみにしてました。
 もう読めないと思うと…ヨヨヨ…あ、退院したんだっけ。つまらんのー。

 で、ここんとこ調子の悪いパソコンを使っているわけですが、あまり使ったことのないプログラムをいじってみたり、開いてみたり、ひこってみたりしていると「インターネットエクスプローラー7がダウンロードできます」みたいな吹き出し(漫画の吹き出しみたいのたまに出るじゃん、それ)があったのでクリッククリック。
 たまにさ「お使いのVAIOをアップグレードできます」とか、どうでもいいような吹き出しが出てくるんだけど「だりーし、うざい」と思って放っていたのだけど、パソコンが変なのはこうしたものを無視し続けた結果なのかもしれないと考え、藁にもすがる思いで、設定してみた。

 しょんでどうなったかというと、インターネット開かなくなりました。あーもう!なんなんでしょう。
 会社のひとに翌日尋ねると、やりかたを大変親切に教えていただいてなんとか復旧。よかった。

 先日嬉しい便りがまた。
 先輩を先輩とも思わない傍若無人な後輩ナンバーワンの尚ちゃんから「産まれました」との連絡。
 そっか、尚ちゃんもとうとうパパか…じゃあその子の名前は「義明」決まりだな~って女の子だそうで。
 その子が二十歳になる頃には僕は52歳か。まぁ、ギリでアリじゃあない?尚ちゃんを「お父さん」と呼ぶのには抵抗あるけど、そこはまぁ、折れるよ。

 僕が札幌を出たのは25歳のときで、それから何年か経って友人や先輩や後輩からも「新しい家族が増えました」という連絡や便りが多くなった。もちろんこっちに来てから知りあったかたがたもお子さんがいたりで、その近況を聞いたりする機会は増えた。
 そのつど考えるのは「うむー、子供か~すごいな~」ってこと。

 僕は子供が育てられるような立派な大人になれるんだろうか?なんてオカヤスみたいなことを言えば、尚ちゃんあたりに「アナタはそのまえに結婚ですよ、つーかそのまえに彼女つくりましょうよ、いつまで一人でいる気なんですか?ホントいつまでもバカなことやってないで…」と相当ムカツクことを言われそうなのだけど。

 子供を育てる覚悟ってのはどんなものなのだろう?
 自分の血を分けたものを養うってことは、どれだけの覚悟を要するのか?

 そんなに難しく考えなくてもいいのかもだけど。いや!なにも子供がいるみなさんが難しく考えていないと思ってるとか、そういうことじゃあないですよ!
 ただ、僕はいっつもいっつも「自分で手一杯だよ」なんて言ってて、今だけの忙しさに没頭したり、忙しくないときもあるのに時間ないから~なんて愚痴ってみたりで、誰かのためになにかをするなんてことを本当は何もしていないんじゃあないか?

 自分のことはよくわからないけど、友人の子供や、今いる子供たちはすくすく逞しく育ってほしいね。
 そのために僕ができるのは…なんだろう?

 子供を好きか嫌いかって聞かれれば、「あたしィ~の赤ちゃ~んンンン!!」ってくらい好きだし、友人の子供も大好き。たぶん同じ目線で遊べる自信があるね。
 おままごととか、鬼ごっことかしたら本気で一日過ごせそうだ。
 「まぁ、それはアナタが精神年齢が子供だから合うんじゃあないですか?」って尚ちゃんあたりには相当ムカツクこと言われそうだけど。

 好きかどうか、育てられるかどうかはまた話は違う。
 育てられる自信はない。つーか、産まれてきた子を立派に育てられるなんて自信は最初から誰にもない。

 僕の人生は、だいたい何事でも見切り発車で、しかもいつも片道切符しか持ってないんだけど。

 育てる覚悟で産む、産まれたから覚悟を決める。な~んてこと言ってるうちは僕はまだまだ大人にも親にもなれないですな~、って一人で飲んで考える。

 思い出した。
 いつだったの合宿で美国に泊まったときに。
 体育館を借りて、昼間は健康的にバスケやらなにやらをして(夜はいわずもがな)遊んでいると、地元の小学生がやってきた。
 どちらから話かけたのか覚えていないけど、その子も小学校でミニバスの部に入っていて、腕前もなかなかのものだった。
 「そうか、よしよし」なんて僕は言いながら一緒にバスケをした気がする。
 その子は自分は足が速いんだ!なんて言うもんだから「よし、いっちょ俺と勝負しようぜ!」ということで、本気で走りました。そのときshowさんに「オマエ、小学生相手でも手ェ抜かないね~」と笑われた。

 獅子欺かざるの力です。折れてるけど。いや、その頃は腰は痛くなかった。
 その後もその子とは、その後っても何時間の話だけど、「で、好きなコとかいないの?クラスに」なんて話をして「そんなのいないよ」というその子に「じゃあ、俺も話すから言いっこしようぜ」なんて語ってみたり、身長を伸ばすための秘訣とかをテキトーに伝授したように思う。

 当時の彼も、もういい歳になったんだろう。僕のことなんて覚えてないだろうし、僕だってうる覚え。

 父さんと母さんはどうだったんだろう?僕が生まれたときにどんなことを考えたんだろう?
 覚悟するとか、そういうんじゃあなかったんだろうな。産まれた、こんなにこんなに小さな子が。小さい、かわいいって慈しむのが最初に抱いた感情なのかな。この子を傷つけないように大切にしよう…って、親なら誰もがそう思う。
 そっか、きっとそうなんだ。なにも腹を決めるってことじゃあなくて、きっと誰もが「この子が幸せになるためなら、なんだってしよう」って考える。

 「この子を守っていこう」と思ったのかもしれない。でも、子供ってやつは守るも、親の心子知らずで、ひたすら自由奔放に好き勝手に生きていくからな~。

 大地~を愛せ~よ 大地~にいきる~ ひとの子ら~ ひとの子ら~ ひとの子ら土~に感謝~せよ~