艦長日誌 補足(仮) 

タイトルは仮。そのときに思ったことを飲みながら書いたブログです。

石垣島へ行こう!その3

2013年12月11日 21時11分37秒 | 個人日誌
 父が亡くなり、それから二週間も経たないうちに長男は石垣島へ旅行。
 「こんなことしている場合ではないんじゃあないか?」と、普段はのほほんと自分勝手に生きているわたしも、さすがに少し考えました。
 でも、もしも旅行をとり止めれば、いつか必ず「大変な時期だったから行けないのはしょうがないではないか」と自分を納得させて、それって今後どんな予定のときであっても「今月は忙しいから仕方ない」「今日は無理だから明日でいいか」みたいな思考へと向かうような気がしました。
 つまりは物事を少しずつ諦めたり、「是非もない」なんて気持ちに傾くことになるんじゃあないかと。歳を重ねればそんな心の変化は当たり前のようにあるものですが、父の死をその理由にはしたくない。
 だから逆にどんなことがあっても石垣に行くと決めたなら行くんです( ̄Д ̄)ノだって約束したからね。海に潜るって。

 三日目。
 西表島へ行きます。前日にツアーデスクでプレゼンされるがまま(自転車レンタルを危ないと言った、えなりかずきくん似のスタッフでなく、この日はわたしとどっこいどっこいのイケメンでした)のツアーを組む。

 朝8時前にはホテルに迎えの車が来るというので、この日も前日のダイビングのときと同様に早めにベッドから這い出て、きっちり朝ご飯をいただきます。(一人でバイキング会場に行こうとしてカードキーを忘れ、かつ朝食券を忘れて部屋を出たことは内緒です)

 バイキング形式の朝食って、ホント食べすぎてしまう。この日は前日と同様のおかずにプラスして、ベーコンとハムもいただきました。お米はお茶碗一杯だけに抑える。白米の他にジューシーもあります。

 本日のツアーはどういうものなのか、わたしの表現力豊かな文章をもって申しますと、
 ①石垣港から船→②西表島→③なんかいろいろみる、夕方くらいまで→④船で石垣に戻る。
( ̄ー ̄)そんなカンジ。ここまで詳しいと、まるでこれを読んでいるみなさま方も、旅行を体験している気になるってもんですね。

 石垣港から高速船に乗れば45分ほどで西表島に到着します。

 

 すんごい揺れた。

 なんせ三日目の天気は雨。風もビュンビュンで寒い。波もけっこうある。しかしそんなことでは挫けません。長男だから。

 みなさんが想像する西表島ってどんな島ですか?

 ①エメラルドグリーンの海と白い砂浜が眼前に広がる、リゾート感たっぷりの南の島。冬などないっ。

 ②ビーチパラソルの下でジンライムとかを飲みながら、水着を着た店員の女のコに目配せひとつ送ると、おかわりがすぐに運ばれてくるような、そんな世界

③人間は狭い壁の内で暮らし、壁の外では巨大化したイリオモテヤマネコが君臨する世界

 違います。
 ジャングルです。
 川を上ったり下ったりするクルーザーに乗った日なんかは、浦安あたりのテーマパークにもあるけど、あれ以上のリアルジャングルクルーズですぞ。


 

↑川を上ったり下ったりするクルーザーに乗った日


 そしてそこから見える風景

 
マングローブからのマングローブ

 これはもう出るとこ出たって亜熱帯。
 マングローブについて語ると(受け売りですが)話が長くなりますので省略。
 この木の下にはシジミが生息しているらしいです。シジミは肝臓に効くんだよね~。ぜひともお味噌汁にして飲みたい。


 
 
 きゃ~! ( ̄O ̄;)味噌汁無理っ


 西表島は人口2300人(たぶん)。西野の人口とほぼ変わらない(うそ)。
 波照間島や沖縄本島から渡ってきた入植者や黄巾の民、シジマの子孫とその家族で構成される集落がいくつかある。その集落も数えるほどしかない。集落ったってホント家が少し集まりました程度の規模。
 島の面積は石垣島より大きい。その面積のほとんどが山や森林となだらかな坂で形成されている。道路を作ることのできる地形にも限りがあり、大変な労力とお金がかかるため、島をぐるりと一周できる道はありません。
 島内でも車では行けずに船しか交通手段がない集落もあるそうです。

 バスでの移動中に歩行者一人もいなかったし。
 信号機もふたつしかないそうです。子供たちがいずれ島を出たときに困らないように学ばせるための信号機。

 ではでは、この西表島から由布島(ゆぶじま)へ渡ることに致しましょう。
 船で?いやいや先生、ほら、よく旅行の雑誌に写真が載ってるじゃん。きっと誰もが乗ってみたいであろうアレで渡るに決まってます。

 

 みなさん、もうお判りですね。


 

 そう!水牛車ですっ
 これで、由布島までの浅瀬をどんぶらこどんぶらこと渡るんですね。
 しかしながら風が強い。あまり考えずに薄着(デニムシャツの下はTシャツ、ユニクロのパンツ)で来てしまったぼくは乗っている間「寒いよ~」としか思いませんでしたヽ(´o`;
いや、いいもんなんだけど。水牛車。
 水牛を操る御者のおじさんが三線かまえて唄いだす。

 川は~流れて どこどこ行くの~
 ひとも~流れて~ どこどこ行くの~♪


 流れて神奈川へ。そこから意外と流されずに留まり、一人で過ごしています。そしていまは西表から由布島へ水牛車で渡っています。お父さん。

 由布島での滞在時間はあまり長くはない。駆け足で散策。


 

 なんとなく足を向けた植物園みたいなところでびっくりするものを見ました。


 

 さなぎ( ̄O ̄;)

 こんな金色あるのかっ!?ってほど金色です。みなさんに実物を見ていただきたい。

 

 オオゴマダラという蝶らしいです。


 

 幼虫はけっこうひどい。


 再び水牛車で西表へ戻る。

 
 
 このあとお昼ご飯をいただきました。
 御膳っぽいお弁当の中に、味噌があり、その味噌の下に葉っぱが敷いてあるのですが。「この葉っぱは食べると長寿になると云われています。香りがキツイので無理はしないでください」という葉っぱを、そりゃあ食べる。


 星砂の浜へ到着。



 星型の砂粒をみつけると幸せになれると云われています。(これまでの人生のを考えると)バケツいっぱいになるくらいみつけないと、足りないんではないか?(シジマは)
 しかし、この浜に来て「あるのかな~」と砂を掘り返している行為と、その時間を持てたことが、すでに幸せなんだなー。

 

 夕方までのんびりのバス観光は、とても体力的に楽だし、なにより初めて訪れる地ですから、スポットが絞れて良かったです。バスの運転手さんも気さくで「ちょっと時間空いたんで、寄り道しましょうか」と見晴らしのいい展望台や川辺に連れてってくれたし。

 

 写真撮りたいとお願いすると、バスをゆっくり走らせてくれました。

 石垣島に戻ったのは18時前だったかな。石垣港からホテルまで車で送ってくれるはずだが、係員っぽいひともいない。
 よっしゃ!ホテルに戻らずこのまま飲みに行ってしまえっψ(`∇´)ψ←ハナからそのつもり

 石垣は食べるお店がたくさんあります。観光客向けから地元のひとが集うお店までたくさん。

 
 この日は「普段は満員で予約しないと入れない」というお店にやってきました。電話してあったのですぐに案内される。「ひとし」というお店。
(実は電話したときには「あと10分くらいで行けます」なんて言ってあったのに、アーケード街とか見物していました)
 なに食べようかな~。

 

 ウニ、いただきます。
 この量で1100円。スーパーのお値段です。もちろん美味しい。


 

 お刺身ももらいますか。一番奥に盛り付けてあるの貝なんだけど、名前なんていったかな~?少し生臭い味わいで、ちょい苦手かも(ー ー;)コリっとして、ぐにっとしている。

 

 石垣牛のシチューっぽいやつ。こんなもんマズイわけがない。


 

 テビチと軟骨ソーキのマース煮です。とろとろの脂肪部分はコラーゲンたっぷりで女性には嬉しいかもですが、わたしくらいの脂性にはプラスにプラスを掛けるようで、胃にガツンときます。これはビールではなく泡盛が合うかなー。

 実は旅行中は一杯も泡盛も飲んでいません。古酒「長老」はもちろんお見受けいたしましたが、その危険性は身に沁みておりますので自粛。
 前回、前々回の日誌で書いたように初日は焼肉で瓶ビール1本。二日目はジョッキで4杯ほど。この日はビール2杯にシークワーサービール2杯。ホテルでは寝酒に毎日1~2杯くらい。
 これだけで泥のように眠れました。

 考えてみると、父がなくなる前はいつもどおりに5連勤で、そのご札幌でお通夜、お葬式。忌引休み明けには休みを返上して5連勤。そのまま石垣だもの。(そのあと6連勤)
 気持ちは「旅行楽しむぞ~」だけど、からだはついていかなかった感がちょっとある。

 

 ホテルに戻ると、みなさん踊ってました。島唄で。ちょっぴり恥ずかしさありながらうしろで踊る。

 もうあと一日で終わりだと思うとさみしい気持ちになります。三泊四日って短いなー。あと三十泊くらいしたいです。そしたらダイビングのライセンス取得して、潜り放題。石垣牛食べ放題。ただ遊ぶのも芸がないから、短期の仕事でも探して日銭を稼ぎ、海の見えるところに土地探して家を建て、心ゆくまで暮れてゆく夕陽を眺めるのに。永住。