艦長日誌 補足(仮) 

タイトルは仮。そのときに思ったことを飲みながら書いたブログです。

100キロ歩こうっ( ̄Д ̄)ノ←

2013年05月29日 23時20分49秒 | ハシレナクテモ? 私的記録
つくば100キロウォーク大会に参加してまいりました。5月25日土曜日から26日日曜日にかけて。

今年の2月くらいかなー。まだまだ冬の寒い時期にshow先生から「100キロウォーキング出ない?」と誘われまして。
普段は優柔不断で決断力もなく、後輩からの人気はあるけど人望は無いと杉野くんに評される僕ですが、なぜかすぐに「よし、参加しよう」って気になりました。フルマラソンはキツそうだけど、なーに歩くだけでしょ、100キロ。くらいの気持ちで。

スタート前。showさんが写っています。中央あたり。
気温はこのときで22℃くらいかな。薄曇りなので黙っている分にはちょうどいい。歩くと汗出ますが。

どういう大会かと申しますと、茨城県つくば市において、制限時間24時間以内に100キロを完歩することを目指し、新しい生命と文明を求め、人類未踏の宇宙に勇敢に航海した物語である。

まぁ、早い話がスタートが13時で、翌日13時までに100キロひたすら歩いてゴールすればいいんです(´・Д・)」なんだー、簡単ですねー。

いや、舐めてました。
もうねー、足はマメだらけ。マメなんて優しいもんじゃあない。足の裏に縦10センチ、横5センチみたいなレベルの水膨れ。それが潰れて、じゅくじゅくになって、皮はぺろんぺろんで血まみれですよ( ;´Д`)火傷みたいな。
杖つかないと歩けません。こう、座椅子なんかに座って脚伸ばすでしょ。その脚を腕で持ち上げてあげないと立てない。
月曜日に仕事休みとっておいて、ホント良かったです。当初は大会翌日は出勤するつもりだったけど、たぶん早退したね。足が痛いわ~こんな仕事やってられるか~ってどさくさまぎれに言い放って。タクシーで。

スタートしてすぐのあたり。のどかな景色が続きます。気持ちいいよψ(`∇´)ψ

↓【閲覧注意】
40キロの休憩所での足具合。いや、これはなんか皮がおかしいでしょ。気持ちよくな~い(゜д゜lll)
皮がかる~く暗黒卿の顔みたいな雰囲気出してます。「これまでだな、ジェダイよ」(-_-)

一番キツかったのは60キロ地点以降72キロまでかな~。60キロ地点ではもう深夜1時だし。そりゃあ真っ暗さ。汗も引いてやや冷える。
そこから夜明けまでの歩きが一番キツイだろーな~、そんときは体力どうこうじゃあなくて精神力の勝負かな~と思っていたけど、違います。
数字です。
イキオイとか鍛錬(してません)の賜物とかじゃあなくて、数字です。
「Xキロ地点までY時までに入れば、次のZキロまでの時間が~…」と考えて。
60キロ地点で残り12時間。平均速度が一定なら時速5キロで歩いてることになるし、あと40キロを8時間でいけるわけだから、ゴールタイム20時間00分でフィニッシュできる。
制限時間4時間余るから、まるまる休憩に充てても、ゴールまでの40キロを10キロ進むごとに1時間ずつ休んでもいいわけじゃん。普通に計算すれば。
でも思う通りにはならなくて(たいがいの物事はそりゃあそうだ)、疲労と痛みでだんだんと歩みの速度は遅くなる。

歩く前の作戦は「体力尽きて、もうダメだ~と思ったらみんなの顔を思い浮かべて、楽しかった思い出とかストーリーで1キロ進もう、次の1キロはまた別の思い出で歩けば、100キロ分は思い出だけでも歩けるでしょ」とかテキトーなカンジ。
関井で1キロ、倉内で1キロ、桐野で1キロ、グランド居酒屋富士で1キロみたいに。
甘かった。
みんな元気にしてるかな~、あのコ元気かな~なんて考えても、そりゃあたいがいは俺が何を考えようが元気なんだよねー、きっと。

このまえ久々にみたスタートレックボイジャーの話。
ようやく地球との通信に成功したUSSボイジャー。
(話がイキナリにスタートレックだから、少しだけこのボイジャーについてのバックグラウンドを書いておきます↓
異星人によって遠い宇宙の彼方まで一瞬で飛ばされてしまったボイジャー。
乗組員たちを驚愕させたのは、その現在位置から地球までの距離が、最大ワープ速度でも80年はかかるという事実でした…。
ボイジャーの乗組員は、故郷に残した家族にはもう会うことができないという耐え難い孤独と、未知の宇宙を探索する任務へのプレッシャーに押し潰されそうになりながらも、帰還に向けて航海を続けます。そんなお話)

わずかながらも地球との通信が可能となり、文字のデータだけ送れるようになったある時。地球からボイジャーの乗組員に向けてメッセージが届きます。
それは帰還のための作戦の指令ではなく、故郷の家族からの手紙でした。
「こちらはみんな元気にしています。あなたは行方不明になり、もう死んだものと悲しんでいましたが生きていてくれて、こんな嬉しいことはありません」という手紙。
感情を表に出さない、とても人間のできたバルカン人のトゥボック少佐にも手紙が届きます。
「トゥボック~、あんたにも手紙が届いてるよ~」と部屋に入ってきたのはニーリックス。「ありがとう、そこに置いておいてくれ」
訝しげに「…読まないのかい?」とニーリックスが尋ねます。
トゥボックはコンピューターのパネルから目を離すこともせず「読むとも。だが今は週に一度の戦術プログラムのチェックの時間なんだ。この仕事が終わってから読もう」と答える。
「いま読めよっ!あんたの家族からの想いの詰まった手紙なんだぞ!仕事なんてあとにしろよっ」
ここで初めて目を上げたトゥボックは冷静に「いま読もうが、あとで読もうが手紙の内容が変化することはない」とニーリックスに告げ、ニーリックスが尚も何か言おうとする前に「他のクルーにも手紙は来てるのだろう?早く配達を済ませることだ」とニーリックスを部屋から追い出してしまいます。

つまりは僕がこのつくばの地で、誰のことをどう思い出そうが、ひたすら歩こうが、思い出されるひとにとってみたら関係ないんだよねー。

なので休憩所で水分補給したり、靴抜いで足の水膨れ痛いな~思ったりチョコとか食べながら考えたのは、「いま70キロでしょー。次が80でー、残り20キロにするまでに、この区間を何時までに歩けばいいのかな?」というギリギリの数字を弾いて、「じゃあここは休憩30分はとれる…いや、ここは3分でいこうっ。そしたら27分も次で余計に休める」ってことばかり。

会社のひとに「仮眠とかとらなかったの?」と尋ねられましたが、ちょっと待てと((((;゜Д゜)))))))仮眠なんかとったら二度と立ち上がれないよ、ホント。少し休むだけで足が固まって動かなくなるんだから。

ラスト12キロ地点の休憩所で時間は朝の8時くらいだったかな。あまり記憶ない。目を瞑ったら即寝れます。考えたら前の日5時半起きだったし~。こんなに寝ない時間が続くのは、大学のときにじゅさんと24時間交通量調査のバイトをしたとき以来です。あー、そういえばあのバイトのときは二人して明け方に「わかってるべ」とか言いながら寝たな~( ̄+ー ̄)

88キロ歩けたのなら、残り12キロはイキオイと惰性だけで行けるはずっ…て、あなた、じゃあ歩いてみなさいな。無理よ。まじで。丸々一日寝ずに88キロ歩いて足の爪が隣の指抉って出血している37歳の男には。
ここで諦めれば、バスが迎えに来てくれて今日予約している温泉宿まで一瞬で行ける。
でもここで諦めたら「来年また挑戦します」って宣言するの?自分。また今度歩きますなんて、また会おうなんて軽々しく言うんじゃあないよ、ドッピオさんよー。
時間切れでも倒れてもいいから歩いてみる。いや、歩いてみるかじゃあないね。やるか、やらないかだ。

記録22時間27分13秒で無事にゴールしました( ̄Д ̄)ノ
show先生、今回誘っていただいてホントにありがとう。
俺なんかは歩いている途中、最初のほうこそ喋っていたけど、50キロから60キロのあたりなんてキミがいろいろいつも通りの一緒に飲んでるカンジで喋ってくれたのに、ほぼ返事もできないくらいになってしまって申し訳ない。
完歩できたのはあなたのおかげだわ。

ゴールして、たぶん5歳くらい老けた( ̄(工) ̄)

ニーリックスが部屋を出て行ったあとにトゥボック少佐は、すぐ仕事に戻るのですがチラリと手紙の入ったノートパッドを見て、それを手にとってソファに座る。
きっと幸せな時間だったろうな。
いま読もうがあとで読もうが、内容は確かに変化しないけど、早く読めば差出人に対してより早く返事が書けるじゃあないか。返事を待っている家族に向けて。