はるかに遠い夢

沢田研二さんにロ・メロメロ。
ジュリーの事を考えると頭の中がお花畑。
その花を押し花にしたいなぁなんて…

「長谷川和彦映画祭!」その4

2012年06月11日 | ジュリー 映画
とりあえず私の書き起こしは今日が最終回です。

以下、岩井監督の言葉はで表記しています。

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ジュリーってこう、下唇にすごい特徴があってびろっとしているというか、ガムを噛むとそこが強調されて、そこが「悪魔のようなあいつ」とちょっと違うキャラクター、もっと男っぽいキャラクターに見えるというか…

“ジュリー”じゃなくてな。

ジュリー的甘さじゃなくて、ちょっとなんか野卑さを兼ね備えるじゃないか。くちゃくちゃ噛むというのは、ある意味野卑な行為ではあるから。

一番最後の歩いているショット、くちゃくちゃやりながら…本当いいですよね、ここね。

(ここで、ラストシーンが映されます)

この絵いいですよね、この表情は。僕、大好きですけどね。

これでな、沢田の役の城戸誠という人間のキャラクターと行動のディテールを見つけなきゃいけない時に、家のガキどもがフーセンガムにはまっていて、その時面白いと思ったのが、バカガキの表情がくちゃくちゃ噛んでいる時は何か意志的になるんだな。何も考えていないんだが。

その…噛みあわせるから。それがプ~・パチンで弛緩するわけだな。

それが面白くて、フーセンガムというあだ名の寝ぼけ面の中学教師という事にしたんだよ。

なんかまぁ、感じ悪くはないだろ、この寝ぼけ面の教師がガムを噛んでいるのは。

その後、(映画評論家の)山根貞男さんだったと思うが「原爆とフーセンガムのコラボレーション映画」なんだという評論を書いてくれて、そういえば両方とも丸くてパチンだよなと。

彼が作った原爆自体が何かフーセンガムのような原爆の感じでしたね。

うん、まぁそう連想してもらえたのは必ずしもそういう意図をしていたわけじゃないが、まぁいい連想だよなと思ったな。

そうですね。

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私も最後の表情は大好きですね。
あれは完全にジュリーでも沢田研二でもなく、城戸誠の顔だったと思います。

あと、特にすごいな~と思うのは映画の始まり。

原爆を思わせる爆発の後、それと見紛う太陽が映され、双眼鏡で原発を窺う不穏な男(ここでもフーセンガムが効いてます)
<ここで文字の色が白から太陽の黄色、そして赤に変化するタイトル>
日常としての朝のラッシュにうんざりする感情さえ沸かない程慣れきった、どこにでもいるような平凡なスーツ姿の男はさっきの彼。
彼はどうやら常習的に遅刻している怠惰な中学教師。
白衣を着ているので理科の教師らしく、授業はそこそこまじめにこなし、それなりに学校生活に溶け込んでいる風情。
だが仕事が終わり、普通に近所で買い物をしてしがないアパートに帰り着くと、いきなり実験器具が乱立している異空間のようなアパートの一室が現れ、これこそが彼の日常。

ここまでが、映画開始から約5分。
冒頭のこの5分がある意味まこっちゃんの全てを語っていると思うのですが、実にうまいな~と何度観ても感心します。

さらに、原爆を一人で作るなんてある種マッドサイエンティスト的な要素があってもおかしくないのに、この冒頭のシーンによって日常と非日常の彼にとっての垣根のなさが見受けられ、決してマッド故な行為に見えなくしてしまうところがこの映画の凄さだと思います。

これまで語り尽くされてきたこの作品についてド素人語るのもおこがましいのですが、つい語りたくなる作品ですよね

沢田研二の圧倒的な魅力をスクリーンに焼き付けてくれて、ゴジ監督ありがと~