昨日まで、約二週間の間
旅のブログを続けてきて
いい思い出作りになりました。
まだあともう少し昨年末の
出来事が飲み会中心にありますので
書いてゆきます。
12月に入って行う飲み会を
「忘年会」というのなら、
昨年末には忘年会を8回しました。
まあそれほど忘れるほどのことはなく、
どちらかといえば覚えておきたいような
楽しいことの多かった一年だったので、
忘れたくはないんだけどね。
この集まりは昔から
「としわすれ」なんて言葉でも
言われていたそうだ。
室町時代の日記なんかにも
「としわすれ」は出てくるという。
「あ~あの時の戦はつらかったねえ」
とか
「食料の出来が悪くておなかを
すかすことが多かったねえ」なんて
言いながら、ぼちぼち発酵酒なんかを
飲んでいたりしたんだろうか。
それとも
「来年は絶対いいことだらけにしよう」
なんて言いつつ盛り上がったりしたかなあ。
でもねえ、最近は平和な世の中で、
あまりその年の苦労を
忘れたいようなことは少なくなっている。
年金暮らしの高齢者なんかは
もうのんびりしたものである。
そこで最近の辞書で
「忘年会」を調べてみました。
すると、三省堂の新明解国語辞典では
「年末に仲間の人が集まって
その年最後の談笑・飲食の機会をもつこと」
とかかれています。
まあ「としわすれ」も平和な
集まりになっているのである。
さてその忘年会について、
少しずつ思い出しながら
書いてみることにしよう。
まず最初はジダンとの忘年会である。
これはまあ最近のジダンの生態と
波長をあわせて開催した
昼飲みのことである。
彼ののっぴきならない用事が
三国が丘で行われたので、
その帰りに飲みに行くことになった。
目的地は堺東あたりに
だいたい決めているし
店も決まっている。
三国が丘で友達と
待ち合わせするのは久しぶりだ。
西高野街道を歩いた時に
元職場の同僚たちと
待ち合わせて以来だろうか。
この駅は、高野線とJRが集まっており、
それが違った高さで斜めに
交わっているので何となく
周りの位置関係が分かりにくい。
特に駅のどこでという約束もなかったので、
まあここでいいかと思いつつ
待っていたら、なんかわからなくなってきて
最後は電話で「お~い。古墳側かあ。
南海線沿いかJRなのか」とか
連絡を取りながらなんとか合流し、
仁徳天皇量の横を通りながら
堺東に向かっていくことになったのです。
せっかくですので、歩きつつ少しだけ
ドジ旅風に道案内をしていきましょう。
まずは仁徳天皇陵です。
日本最大の前方後円墳で、
世界的に見てもクフ王のピラミッド、
始皇帝陵と並ぶ三大墳墓のひとつ。
三国が丘の駅で西側に降りて
目の前にあります。
大きすぎて、そこが古墳の
どのへんなのかはよくわかりません。
しかも目の前の堀は3重にある堀の
一番外側なんで、実際の古墳部分は
周りを歩いている限り、
ほとんど目に入ることはありません。
でかすぎて、目に入ることはないので
「がっかり観光名所」と
いわれることもあります。
まあ、庶民には直接目に触れることもない
古墳ですから仕方ないですねえ。
その古墳に沿って歩くと、
ところどころに盛り上がった
小山のようなところがあります。
倍塚(ばいちょう)といわれる
関係者のお墓が、周りに点在しています。
しばらく歩いていくと、
道端に案内板が建っており、
これが「源右衛門山古墳」であるとか
「大安寺山古墳」と書かれています。
なんか歴史的には重要な
お墓なんでしょうけど、
庶民にはあまりなじみのない
お墓ですねえ。
そんな倍塚を見ながら、
ドジの二人は堺東の方を向いて
住宅街の方へと進んでいくのです。
このあたりを通っている重要な道は
「西高野街道」と「竹ノ内街道」です。
ここがその街道の分岐点となります。
続く
美章園駅で初めて阪和線に乗降しました。
外から見るとローカルで
何となくあやふやな建物だったこの駅も、
中に入ってみると以外に
乗降客の多い汎用駅でした。
もうこれで阪和線はすべての駅で
乗り降りしましたね。
では、ここから次の目的駅である
杉本町を目指しましょう。
この駅は大阪市大のある駅でしたね。
友達が通学していたので、
夏休みとかに連れられてよくきました。
美章園から各駅停車で向かいます。
電車の一番前の窓から景色を
見ながら進んでいきます。
直線が多い路線ですねえ。
実は阪和鉄道は珍しく
「超特急」という名前で
和歌山までの直通電車を
走らせていました。
かかった時間は45分。
この時の電車の速さは、
法律の限度を超えて早かったそうです。
この速さは新幹線のこだまに
抜かれるまで日本最高だったそうです。
直線の多い線路が、
こういうスピードをうんでいたのですねえ。
今回は各駅停車で長居も抜け、
杉本町に到着します。
駅の横にあるのが大阪市大ですが、
2022年度の4月からは
大阪府大とひとつになって
「大阪公立大」になりますねえ。
なので、今期の大学入試から
試験が始まるようです。
この駅には阪和線の線路が4本あります。
各駅停車が停車して
この駅で快速電車なんかを
やり過ごす、そんな役目を持っています。
この駅がねえ、色々回収されて
ホームの屋根の形なんかが
違った形でつぎはぎになっていたりします。
まあ詳しいことはわからないのですが
何となくいろいろといらわれた駅である
という感じはします。
まあ大学もいろいろいらわれて
特徴のない学校になったりしないように
してほしいですねえ。
この駅で一番問題となるのが、
線路の一番東側にあった、
阪和貨物線です。
杉本町から八尾までひかれた線路で、
昔は特急「あすか」なんかが走っていた線です。
昭和42年に「あすか」も廃止となり、
定期旅客はなくなりましたが、
臨時や団体電車が走っていたそうです。
それも廃止になってゆき、
平成16年に休止。
そして平成21年に全線廃止となった線路です。
この線路の跡地がどうなっているのか、
ちょっと探ってみましょう。
杉本町の駅の東の端に行ってみると、
いまは東側の出入り口になっていますが、
ここが阪和貨物の廃線跡です。
高架から見下ろすと、
線路が途切れていますねえ。
これが阪和貨物線です。
出口を出て、その貨物船の行き先の方を見ると、
あそこですね。
線路跡のようなところが
細長く草むらになっています。
その後をたどってしばらく歩いてみましょう。
道を選びながら線路跡を追います。
ここには枕木のような木も
立っていたりしますねえ。
この先も住宅街の合間を縫って、
線路跡は続いていきます。
あ、ここには砕石や砂利などの
道床も残っていますねえ。
廃止になって15年余り、
まだ痕跡は濃く残っていますねえ。
この線路あちはまだまだ
続いていくように見えます。
杉本霊園の横も通っているのをみて、
今日のところは戻ってゆきましょう。
線路はこの先で矢田から松原市に入り
大和川の堤防の横を通り
八尾に向かっていくはずです。
近いうちに時間を見つけて
歩いて行くことにしてみましょうかね。
阪和線はこんな線路の廃止にも
遭遇していたんですね。
Uターンして市大の横を通り、
杉本町へと戻ってゆきます。
阪和鉄道は創業後、南海電車と
合併したりしていろいろと変遷している。
そんな痕跡を探す旅も、
これまで久米田まで行きましたが、
まだこれから南部の方にも
移っていきたいと思っています。
今回は、とりあえず北部の三駅を歩いて
痕跡に触れてみました。
何げなく乗っている路線も
いろんな過去がありますね。
電車で遊びに出かけるときも
いろんなことに注意しないとねえ
そんなことを考えた駅めぐりでした。
天王寺の地下街でおなかを膨らせたら、
天王寺駅に戻ってゆきましょう。
天王寺駅の周りにはグルリンと
1周回れる道があります。
地下の食堂から地上に上がり
ハルカスの方にまわってゆきます。
天王寺駅を少し過ぎたところで、
駅の上に架かる小さな歩道に出ます。
それを歩いて渡ってゆきましょう。
ここからホームの屋根が見えますね。
ここにもいろいろ秘密があるんでしょうねえ。
上から見えている線路とかあれば
おおわれている線路もある。
あ、なんか二か所緑を植えている
屋根がありますねえ。
屋上緑化?
そしてその歩道橋を渡ったところにある
このコンクリートの壁が、
かなり古くからある駅の壁なんだそうです。
見る人が見たらとても感心する
壁なんだそうですが、
こんなところに落書きするやつも
いるんですねえ。
許せませんね。
そうして駅の地下道を抜けたら、
天王寺駅一周ですね。
さあではここからまた電車に乗って、
次の目標駅である美章園駅を
目指しましょう。
美章園は天王寺の次の駅ですね。
実はdoironと阪和線との付き合いは
結構長いのです。
小学生の頃におふくろに連れられて
デパートなんかに行ったころからだと、
もう60年の付き合いになりますね。
なので阪和線の駅は
どこも降りたことがある駅ばかりですが、
記憶の中ではこの美章園駅だけは
一度も降りたことがないのです。
なのでそういう意味でも
この駅の探索は期待大です。
そもそも高架の上にあった駅なんですが、
その歴史は大変古いです。
高架になったのは1929年。
そこに1931年に新たに作られた駅だとか。
ここは高架の周囲に鉄骨系支柱を
組みその上にホームを作った駅です。
なんか対岸のホームも
ちょっと頼りない構造にみえますね。
高架の上に無理から設置した駅
という感じはこの写真からも
うかがえます。
そして駅の中身をいろいろ見てみます。
この駅の歴史を証明するものの
ひとつとして、見つけたのが、
駅のホームの柱に張られた
一枚の財産票のプレートです。
それによると、この柱は鉄でできていて
昭和6年すなわち1931年に
設置されたものであることがわかります。
駅の歴史と一致しますねえ。
で、ふとホームの端を見ると
男の人が一人ぽつんと立っています。
これは鉄男君か世の中をはかなむ男性かの
どちらかです。
じっと見ていましたら、
電車が通過するときに、
カメラを構えて撮影しています。
ああ、これは鉄男くんに間違いありません。
他にもあちこちでよく写真を
撮りまくっている若者が
いたりしますから意外に
多いんでしょうねえ。
あとで調べたら、この阪和線の
電気の線を通す架線柱に古いのがあって、
このあたりに立っているそうなんで、
それと電車との撮影とかしてたのかなあ。
残念ながら、それが新しいのか
古いのか、doironにはわかりません。
美章園の駅の中はこんな感じです。
では初めてこの駅の改札から出てゆきましょう。
かなりの急傾斜の階段がついています。
降りたところが改札で、
外へ出てみると、高架の線路の下には
家のようなものが並んでいるのかがわかります。
住んでいるんでしょうねえ。
また反対側の高架下はこんな感じで
鉄骨が駅をささえています。
かなり大胆な構造ですねえ。
高架下を歩いて行くと、
こんな慰霊碑もありました。
昭和20年2月14日の空襲で
駅に爆弾が落ち、駅の職員及び
旅客十数名が犠牲になったという慰霊碑です。
駅の周りの盛り土の部分や
この架線柱は被害を受けているようです。
初めて降りた美章園駅の周りは
とってもレトロな雰囲気でした。
続く
ずっと以前に、
と言っても今年の三月ですが、
阪和鉄道や阪和線の歴史などを紹介する
展示等が弥生博物館で行われました。
そんな展示も見に行き、
こんなん昔あったなあと感心すると同時に、
抽選で行われた講演会にも後に参加をし、
いろいろと話しも聞いてきました。
さりげなく利用してあちこちに行く
阪和線にはとてもいろんな歴史があり、
それらひとつひとつを
掘り起こしていくだけで
大変な作業があることも知りました。
そう、このJR阪和線についての
90年の歴史が、駅や路線など
様々な痕跡からたどったり
することができるのです。
こんな駅の表示が柱に張られているよ、
ホームがこんな形になって変な感じ、
石垣の形が変やなあといったことから
さまざまな想像や事実がわかります。
また中には昔の駅の記念誌とか
歴史的資料も図書館や愛好家から持ち出して、
ああこんな過去があったんだと
あらためて気づいたりとかもあり、
なかなかに奥深いものでした。
まあそういった「鉄旅」というか、
鉄道の歴史を探る旅を、
ではdoironも駅を通じて
探検してみようということで、
4月に三国ケ丘、富木、久米田の駅を
探索しました。
とはいえあまりこの辺の知識はなく、
表面をなでるような簡単な探索しか
できませんでしたけどね。
それはそれで今の知識では
満足できると思っておきましょう。
今回はそんな探索の続きとして、
天王寺、美章園、杉本町の駅を
探索してみようということで
出かけてみることにしました。
ではまず阪和線信太山駅から
各停→鳳で快速と乗り継いで
今回の一番遠い駅である
天王寺を目指しましょう。
信太山からだと約30分で到着します。
天王寺はJR阪和線の起点の駅です。
その駅の歴史は長く様々な形に進化しています。
昔は駅から地下道が伸び、
駅の外にある出入り口から
客は出入りもしていたようです。
なので天王寺駅には、
今は使われていない地下道が
あったりするようです。
そんな痕跡が駅構内にいくつか残っています。
これなんかは昔の地下道と
通じる場所なんかなあ。
そんな風に見ていくと、
ここにこんな石の階段があったりも
変な感じです。
電車を降りて、5、6番線を見てみると
ホームの幅が他の番線に比べて
非常に広いことがわかるのも、
このホームがかつての電車の線を
埋めた後のものだということも
過去のデータからわかるんだそうです。
それから、ホーム内での線路の
敷かれ方がこんな風にぐにゃりと
曲がっているのも変でしょう。
これも昔からの線路の変遷が影響していて、
こんな変な形のホームの線路に
なっているようです。
まあそんな過去のことなんかとは
これまであまり感覚的には
なかったですから、
石段や壁の出入り口、
ホームの広さやホームの線路の
ぐにゃり具合をもっと突き詰めてみよう
なんて気にはならないですけど、
確認はしておきましょう。
線路の突き当りには車止めが置かれています。
昔はねえ砂利が山のように積まれて、
その上に三角コーンが置かれていた感じなのに、
今はしっかりとショックアブソーバー的な
装置がで~んと置かれています。
頼もしいですねえ。
駅構内はそんな感じです。
次は外回りも少し観察に行こうか
と思うのですが、改札から外に
出たとたんにおなかが空いてきました。
本来だったら、電車旅ですので
ビールですが今はまだこんな時期ですから
繁華街の食堂ではアルコールはいけません。
ひとりだったら騒ぎもしないから
いいのになあとか思いつつ
具だくさん定食でまずは腹ごなしです。
続く
最近、どこかでこんなことをしたよ
とかいうメールが届くときには、
写真と共に届くことが多い。
自分でも、今ここにいます
という写真を友だちに送った時に
北アルプスの山頂から送った時には
感動したなあ。
あんな山の中にいて、
その写真が届くからなんかもう
別世界をお届けしているような
ものだったもんなあ。
ていうわけで、友達から写真を
いただくことが最近は多い。
最近、ジムの友達おじさんが
小学校で撮影してきた
蓮の花の写真です。
まあこの写真をいただくのに、
かなり携帯の勉強をされたようですが、
なんとかdoironのパソコンに
写真を送ってくることができた
という感動ものの写真です。
そしてこれは山によく出かける
babiさんから届いたもの。
アジサイのたくさん咲く山に
出かけたときに撮った写真や、
ギンリョウソウを見つけたときに
撮った写真。
いい写真ですねえ。
写真て撮影した人の人柄が
現れますよねえ。
babiさんの写真だと
アジサイの繊細さもよくわかる
いい写真です。
また、ギンリョウソウの存在感も
よくわかる写真ですねえ。
doironが撮影すると、
ここにこんな花がありました
っていう物理的なところしか
わかりませんが、
なんか彼女の撮影したときの
心持ちまでわかるような気がしますね。
東吉野や川上村の山々で
生き生きと歩いている彼女の
姿も浮かんできます。
そしてもう一人、
写真の好きな友達がいます。
これは麻雀の弟子なんですが、
彼女は写真撮影やダイビングが
好きな女性です。
写真が好きで、大阪市内のお店で
写真展までやったという強者です。
いやあたいしたもんです。
彼女に先日、「どんなカメラ使っているの?」
てきいたら「オリンパス」て言ってたので、
過去にdoironがよく使っていた
オリンパスのレンズを差し上げました。
こちらのカメラはもう
フィルムカメラなんで
全然使っていないレンズでした。
マクロが二本、ズームが一本です。
そんな古いレンズも今のカメラに
つかえるそうなんで、
それなりに喜んでもらえたと思います。
そしてその子が先日ダイビングに
行った時に、海の底で撮った
こんな写真を送ってきてくれました。
海底の岩の間だからウツボが
ひょっこり顔を出している
という写真です。
ああ、これも彼女の人柄が
あふれていますねえ。
もちろん写真もきれいなんですが、
ひょっこり顔を出したウツボだなんて、
楽しいこと好きの彼女の人柄が
くっきり表れているじゃないですか。
新しいレンズもうまく使えて
いい写真がとれたらいいですねえ。
そもそも、ここで麻雀覚えようという人達は
皆遊びに積極的で、こんな遊び人の
doironでも十分負けています
これからはdoironも写真撮影するときは、
もう少しいろいろ
考えないといけないですねえ。
あ、おっさんらしくこんなものを
写しているぞというような
そんな写真を頑張って
撮らなくちゃねえと
思っているのでありました。