「ぐるくん」のひとりごと

大好きな海のこと、沖縄のこと。 また今関心を持っている韓国語の学習、韓ドラ・レビューなど気ままな雑記

<789>ソン・イルグクssiの血統

2009年05月15日 | 韓国・韓国語
 『朱蒙』の主人公、チュモンを好演し、韓国で国民的スターとなったソン・イルグクssi。
 
 彼は、日本統治時代、祖国解放のために中国東北部を馬で駆け回った独立運動家
として有名な金佐鎮(キム・チャジン)将軍のひ孫にあたるそうだ。

 

 キム・ジャジン(김좌진/ 1889年~1930年)将軍は、忠清南道(チュンチョンナムド)洪城(ホンソン)の出身で儒学者の教育者であった。

 1913年、抗日結社のなかで最も活発だった団体「大韓光復団」に加入した。

 「大韓光復団」は、軍隊式の組織で朴尚鎮(パク・サンジン)が総司令、キム将軍は副司令で、各道をはじめ満州にも支部を設置した。

 満州に独立軍基地を作り、そこに士官学校を設立し独立軍を養成する事を活動目標とし、実現に必要な資金づくりのために各地の冨豪に義捐金を納入させた。

 新民府の幹部として、満州において朝鮮独立運動の一派を組織し、青山里(チョンサンリ)戦闘などで日本軍に勝利したと言われている。(日本軍側は馬賊の襲撃としている)

 その後、1930年に共産勢力(現北朝鮮)に入った元部下に銃撃され、1930年1月24日に死去した。

 
 キム・ジャジンの息子である金斗漢(キム・ドゥハン/1918年5月15日~1972年11月21日)ssiは、大韓民国の政治家(第3代及び第6代国会議員)。

 ドゥハンssiは、元々18歳にして韓国全土に約3万人の構成員を抱える任侠団体、「鐘路(チョンロ)派」の頭目に就任した無頼漢だったそうだ。

 1映画『将軍の息子』(1990)やドラマ『野人時代』(2004年)の主人公のモデルだった人だ。

 

 

 ドゥハンssiの娘が、ソン・イルグクssiのお母さん、女優で国会議員であるキム・ウルトンさんと言う訳だ。

 

 そんな血筋から、イルグクssiは、社団法人「白冶・金佐鎭将軍記念事業会」が主催する「青山里歴史大長征」と言うイベントに忙しいスケジュールの中、毎年参加してきたそうだ。

 事業会HP → こちら

 

 今年は、キム将軍生誕120周年にあたる意味深い年で、第8回目となる「青山里歴史大長征」にも参加すると言う。

 来月29日~7月7日まで、8泊9泊の日程で行われ、キム将軍の足跡をたどる様々な行事が企画されているそうだ。

 イルグクssiは、大学生らと共に抗日独立運動跡地の中国、北満州一帯や高句麗や渤海遺跡地を探訪し、白頭山にも登頂するそうだ。

 また、黒竜江省海林市では記念事業会がつくった「韓中友誼公園」を訪ねたり、キム将軍が設立した中国・黒龍江省海林市の「朝鮮族実験小学校」の児童や同胞と交流を持つそうだ。

 イルグクssiは、チュモン役のオファーがきた時、同じ歴史ドラマである『淵蓋蘇文(ヨンゲソムン)』と『大祚栄(テジョン)』のオファーもあったそうだ。

 

 

 前出演作のドラマ『海神(ヘシン)』に続いて、また歴史ドラマに出る事は、役者としてのイメージを固めてしまうと周囲は反対したと言う。

 

 ただ一人、母親のウルドンさんだけが、高句麗ドラマの出発である上、韓国の一時代を扱う意味あるドラマだからと『朱蒙』への挑戦を薦めてくれたそうだ。

 母の一言で、役者ソン・イルグクは、大輪の花を咲かせる事となった訳だ。

 また、彼自身、チュモン役を演じる事の因縁を感じていたそうだ。

 役を受ける前年の「青山里歴史大長征」に参加し、中国を訪問した際、衝動的に弓を買ってしまったと言う。(チュモンは弓の名人)

 外曽祖父が、自分に大きな任務をくれたように感じたと言う。

 彼は語る・・・

 ≫幼い頃、勉強はできなかったが、悪い道には進まなかった。

 最低でも先祖を汚す事をしてはいけないと言う思ったからだった。

 ドラマを通じて、高句麗史に対する関心を集めるのが私の役目だと思った。

 母が、外曽祖父の記念事業に全財産を注ぎ、家まで失くす寸前の時もあり、その時は母を恨んで泣いた事もあったが、今は記念事業を積極的に手伝っている。

 独立精神を受け継ぐ事、誰かは必ずしなくてはならない事だと思う≪


 ひいおじいちゃんは日帝と戦い、おじいちゃんは日本やくざと戦い、どう見ても親日とは反する血統だったね~

 でも、イルグクssiには出演作品を通じ、日韓の友好の架け橋となってほしいな。

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