「ぐるくん」のひとりごと

大好きな海のこと、沖縄のこと。 また今関心を持っている韓国語の学習、韓ドラ・レビューなど気ままな雑記

<207> チャングム考察⑪ 採紅使

2006年05月29日 | チャングム
 第30話では、チャングムの新たな師匠、医女のチャンドクの生い立ちが彼女の告白で明らかにされた。

 彼女が淡々と語った内容は『医女 長徳の誓い』が制作できるほどの壮絶なものだった。

 彼女は両班の子女であったが、彼女の母親が都から来た「採紅使(チェホンサ)」なる役人に拉致される。

 この「採紅使」は正確には「採紅駿使」と言って国中から美女並びに駿馬を宮中に運上する為の役人だ。

 悪名名高き「燕山君(ヨンサングン)」の代、1504年「甲子士禍」を引き起こす側近の任仕洪(イム・サホン)が特別に創設任命したそうだ。

 女性と馬を同列に扱っているだけあって、その美女狩り(?)は既婚の妻妾まで一切かまわずの強奪だった。

 都では宰相クラスの奥方から族類(縁戚関係)の妻女まで手当たり次第だった暴君の為、奸臣、任仕洪は地方にこのような役人を放ったようだ。

 実際、暴政に耐えかねた臣下が1506年に燕山君の弟「晋城大君(チンソンデグン→後の中宗)」を擁立して起こしたクーデター「中宗反正」の首謀者の一人、朴元宗(パク・ウォンジョン)は自分の姉(第9代、成宗(ソンジュン)王の兄、「月山大君(ウォルサンデグン)」の後妻・・・つまり燕山君の伯母となる)が燕山君に犯されている。

 彼女は自害。

 朴元宗自身も燕山君の気分で左遷させられたり復職をしたりと振り回されていたが、この事件で粛清の意が固まったと思われる。

 1505年クーデターの前年には「採青使」と言う新たな官位ができた。

 紅→青の変化でもお気づきだろう、8歳~12歳の容色優れた女の子を集める役人だ。

 宮中を中心とした風俗紊乱振りがうかがえる。


 チャンドクの母親は自決し、父親もまた妻を奪還する事叶わず自害する。

 不敬罪を問われ財産は全て没収、残されたチャンドクは使用人であったに育てられる。

 仇を討つため医女となり、「採紅使」だった男を追って宮中に入るが、だぶん「中宗反正」の際、流刑されたのではないかと思われるが、その流刑地、済州島(チェジュド)まで後を追ったのだった。

 思ったことを口にし、さすがのチャングムさえ辟易しているチャンドクだが、秘した深い悲しみを知ると改めてその偉大さを感じる。

 医術の道で男のウンベクと女のチャンドクは共にチャングムの良き理解者、支援者となるが、男社会の中の理想論を説くウンベクに対し、チャンドクの反骨精神に溢れた行動は何度もチャングムを救っていく。



 ※この辺りの史実についてはここを読んで頂けるとありがたいです。


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2 コメント

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やはり燕山君時代でしたか (ruko)
2006-05-31 00:11:02
ぐるくんさんこんばんは。



毎回ぐるくんさんのメモ楽しく読んでます。自分のエントリでも気になって書いておいたと思うんですが、確かちびチャングムが宮中に上がるっていうときに「燕山君時代に宮中が荒れて女官が足りない」みたいな発言があったじゃないですか。



その裏にはこういうことがあり、そのころチャンドクさんは少女となっていたということなんですよね……。チャングムはそういうところで目をつけられなかっただけでも幸せなのかも。



ま、ちびクミョンならともかく、ちびチャングムはあまり目をつけられそうな美貌でもなかった気もしますが(爆)。今でもあの子(かわいかったけど)がイ・ヨンエはアニエヨーと思うんですが。
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美人はつらい? (ぐるくん)
2006-05-31 22:03:17
 rukoさん、コメントありがとうございます。



 チャングムはフィクションとは言え歴史ドラマなので、ストーリーから外れ、興味尽きないものが多々ありますw



 「長今」同様「長徳」の名も『朝鮮王朝実録』の中に登場するのですが、第9代成宗(ソンジュン)王の御世のこと。

 強引にチャングムと済州島で引き合わそうとするとヨボヨボのハルモニだったかとw

 あくまでもチャングムの医学の師匠のモデルとして登場させているんでしょうね~。



 クミョンは企画段階では王様の側室になる事になっていたそうですw

 確かにクミョン子役のイ・セヨンちゃん、採青使にマークされそうなきれいな子でしたw
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