BES大山(鳥取)

鳥取県大山周辺に関する日々の情報、お知らせなどを載せています

PD大会

2009-06-28 11:51:17 | その他
…と言う事で、誰でも見学は出来ますよ。

との事だったんで、豪円山へちょこっと見に行ってきました。
PDと言っても、元素記号、PC部品、病気…のことではなく

police dog の略称。今回の大会名は

西日本トライアルグランドビクター決定競技会
(西日本シェパード犬クラブ主催)

昨日から続々と警察犬(嘱託)と指導者の人達が現地入りしています。

服従と専門科目の足跡追及、警戒、臭気選別の部で
プロの部、アマの部に分かれて行われていました。

 服従とは犬が本来もっている忠誠心を、さらに正確な服従
 と言う形で、その服従性を競い合う基本的な科目

識別。臭いを見分けて。150頭以上は参加して居るようです
服従。指導者の足元で決められたコースを歩いたり、立ち止まらせたり、待たせてみたり、ダンベルを持って来させたり
服従。障害物の飛び越し
服従。メスの部。見ていると軽やかな犬も居れば、ちょっと重たげな犬も居たり。それぞれ特徴が。

今日8時の気温は24度。11時30分現在25度。天気は曇~晴
日向は暑いですが、木陰に入ると涼しいです。

雲隠れ+α2

2009-06-27 11:08:25 | その他
大山見る方向によって、多様な顔を見せますが、
天気が悪いときには、よく聞かれるのが、

「大山寺はどこですか?」と言う定番のものから
「大山はどこですか?」と言うものまで、

・・・と言うのは前回書きましたが、
山が見えなくても、海は見えることはあるので、
あれが大山ですか?と、聞かれる山が。

▼この形は大山寺~佐摩線の途中まで
加工済み。もう少し下から写せば加工がなくても・・・。

形だけみれば、確かに伯耆富士、綺麗に左右対称。
でも、あれは大山ではなく、高麗山・孝霊山・韓山と呼ばれる
大山へ韓の国から背比べに来た山と言われています。

大山周辺には、色々云われのある山がたくさんあります。

▼夏でも紅葉(?)中
6月初め。光の加減で紅葉模様。
今日8時の気温は22度。11時現在24度。天気は曇り。
今日は涼しめ。もう少しすると雨になる…かも。
明日は豪円山の方でPD(policedog)大会があるとか。

雲隠れ+α1

2009-06-26 10:02:10 | その他
大山はどこから見ても、

鍵掛峠
桝水

険しい岩肌を見せる大山北壁(元谷)
岩肌むき出しの大山南壁(鍵掛峠)
西側(桝水)から見れば、伯耆富士の別名を持つなど、

見る方向によって、多様な顔を見せますが、
天気が悪いときには、よく聞かれるのが、

「大山寺はどこですか?」と言う定番のものから
「山が無いですが、山はどこですか?」と言うものまで、

お寺は逃げないですが、山は消えて(?)しまうようで、
山側(ガス)
こんな姿に。

ちなみに、山がある時は下のような感じ。
山側(晴れ)

今日8時の気温は23度。10時現在24度。天気は晴。

天狗と民話4

2009-06-25 10:14:21 | 歴史・文化
今回は前回までのまとめ。大山寺と弁慶との繋がりについて。

弁慶地蔵
 源義経の重臣であった武蔵坊弁慶は、
 大山寺から島根県平田市の鰐淵寺まで一夜にして
 釣り鐘を運んだと言う伝説が残っており、
 弁慶地蔵のあたりで、愛馬をつないだと伝えられています

▼弁慶の駒つなぎ跡
楠・檜・杉・樫あたりまではわかっても、欅は読めなかったです…

釣り鐘を運んだと言っても、勝手に持ち帰った訳ではなく、

 鰐淵寺の師の使いで大山寺へ来た際、大山寺の僧が
 一夜のうちにこの釣鐘を持ち帰るのならあげましょう

 と言ったところ、鰐淵寺の釣鐘に良いので欲しいと
 思っていた弁慶は、一夜にして(約100km)持ち帰ってしまった

と言う逸話が残されていますが、不名誉な話の為か、
弁慶が来た。と言う話はあっても、

何故来たのと言うのは、大山寺の方ではあまり知られていません。

そもそも、本当に大山寺から持ち帰ったのか。と言うのも
歴史(民話)の中のお話。詳しく記録が残っていません。

また、弁慶繋がりで、伯耆町のおにっ子ランドでは
園内を回る遊園列車に弁慶号(現在は利用中止)と言う名前があったり。
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今日8時の気温は24度。天気は快晴。
梅雨とは思えない良い天気。日向は暑いです。

天狗と民話3

2009-06-23 08:47:22 | 歴史・文化
今回は弁慶側ではなく、弁吉側から見たお話。

弁吉は生まれた時から、みにくく縁が無かった。

 お前は、紀伊国、田那辺の誕象と言うものの子だが、
 父は盗みや殺生を動き、母は不浄の身で権現に参詣して
 叶わぬ子を願ったため、お前のようなぶざまな子が生まれた。
 しかし、あまりにも熱心に祈るから、仮初の縁を結んでやろう。

と、縁結びの神様で知られる出雲大社へ参ると、夢告げがあった。
その神託に従って、弁吉は枕木山の麓の長海村へ移り住んだ。

ある日、その地に山伏が現れ、

 出雲の神の結にて、汝の夫と定りぞする

と言い、弁吉は身ごもり、つわりで鉄が欲しくなり、
鍬を盗んで食べていたが、村の童子に見つかってからは
それまで柔らかかった鍬が、急に固くなり食べれなくなった。

弁慶は生まれた時から、髪も髭も歯も生えそろい、左肩には
摩利支天(武士の守護神)、右肩には大天狗という文字があった。

身体は真っ黒で鉄の様だったが、途中で鍬を食べるのやめた為か、
首の下だけは普通の人間と同じように肌色だった。

そんな子を普通のうぶ湯を使わせてはと思い、
弁吉は自ら井戸を掘りうぶ湯とした。

興味がある方は、山陰の民話(佐藤徳堯著)に詳しく書かれています

▼大山寺にある弁慶地蔵
弁慶地蔵があったり、馬を繋いだと言われた跡があるのは知っていても、何故、此処に…?と言う人は少なからず居るはず。次回はそれで
今日8時の気温は17度。天気は雲時々晴。

天狗と民話2

2009-06-21 09:16:31 | 歴史・文化
…と言う事で、前回の続き。
弁慶の父は天狗だった、と知る事となったのですが、
弁慶はまだ島流し中。天狗の力で海もひとっ飛び、とはいかず

 向う岸へ渡してやるのは、いと易いことではあるが
 末代まで世の人々に、あかしを見せねばならぬから、
 お前の力で、これから西へむかって道をつくるのだ。
 お前の力を試すのだ、そして世の中へ出て、立派な人間になれ

と言い残してその場を立ち去ってしまいます。

それからと言うもの、弁慶は西に向かって
石や砂を海中に埋め、一直線に道を作っていきました。
その距離、約三十間(約54.5m)、無事、対岸へ渡りきった弁慶は
武者修行の旅へ出て、その活躍は・・・

現在は弁慶島と名づけられ、道も付けられ地続きになっています。
地形上、自然と砂利州が出来ると言われているなど、
今考えると不自然な点も多々あったりしますが、民話の中の話なので、
色々と脚色されたり、作られた部分もあるかと思います。

そう言う訳で、こう言った伝説(山陰版)もある。と言う参考までに。
山陰の民話。近場(?)だと大山自然歴史館さんの書庫に。鳥取県内、米子・倉吉・鳥取とそれぞれの市立や県立・町立図書館や島根の図書館にも。
今日8時の気温は22度。9時現在変わらず。天気は曇~晴。
涼しいような、蒸し暑いような。
今日は昼が最も長く、夜が最も短い日(夏至)。

天狗と民話1

2009-06-20 09:31:58 | 歴史・文化
大山で天狗の話と言うと、
よく聞くのは、カラス天狗、伯耆坊などが居ますが、
今回は、それらよりもずっと名前が売れていて、
天狗と関係ある人物、武蔵坊弁慶のお話。


ある女がいつの間にか、長海の地に小屋を建てて住み着いた。
髪はざんばら、男か女か分からないあらくれものであったため、
村人は弁吉を山姥だと思いこんでいた。

そして、そこに住み着き、三年がたったころ、
村の鍬(クワ)が、盗まれるようになり、

 枕木山の山姥が、天狗の子をはらんだ。
 それがつわりで金を欲しがって、金を食うのだ

と言う噂が立つようになったが、山姥が鍬を食べる現場を
村の子どもが見かけてからは、鍬が無くならなくなった。

そして、十三ヶ月ぶりに鉄のような子が生まれ、弁慶と名づけられた。
弁慶は成長が早く、三、四歳の時にはもう、十歳くらいに見え、
村へ出かけると農作物を荒らしたり、子どものいじめたりして、
始末が付かなかったため、ある日、島流しとなった。

弁慶はとにかく何でも食べて生きたが、村人は山姥が、
トンビを使って食べ物を運んでいると思っていた。

ところが、実はそうではなく、弁慶が途方にくれているところに
誰とも分からない山伏がきて、食事の世話から遊び相手にもなり、
2年がかりで剣術や兵法を弁慶に教え込んでいた。

その頃には、すっかり鍛えられ、武術はもちろん、
人間としての心得、処世観など、将来えの基礎をたたき込まれた。

そして、その時になって、実は山伏ではなく、
弁慶の父の天狗だったと知ることとなる。


幼少むさしと言う遊びで育ったから武蔵坊と
名乗るようになったなど、他にも伝承は色々。
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今日8時の気温は22度。9時現在23度。天気は晴。
木陰に入ると風があって涼しいですが、日向は暑いです。
熱中症に注意。

ノアザミ

2009-06-17 09:16:45 | 自然情報
触れると、とても痛い草。

通常、花色は赤紫色や紫色をしていますが、
白色のシロアザミ(白薊)が咲いていました。

紅白。それとも紫白? 名前の由来の通り、触ったら結構痛かったです。

アザミの由来は、
・トゲをアザと呼ぶことから、トゲの多い木(アザギ)が変化
・驚きあきれる、興ざめするを意味するアザムが変化

大きな目立つ花(大木)よりも、小さな花が目立つようになってきました。
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今日8時の気温は17度。9時現在18度。天気は晴。
朝から青い空。今日は天気だなぁ…と思っていても、
いつの間にか真っ白と言うのはよくあることですが、
それも今日は大丈夫そうです。

佐摩線の青年の家付近で熊目撃情報があったようです。
付近を通られる方は十分にご注意下さい。

夏山開き祭&前夜祭の様子

2009-06-09 11:30:03 | イベント情報
前夜祭と言えば、やはり、たいまつ行列。

この日は急遽、平井知事も駆けつけ、大神山神社から博労座まで
総勢2000人(+ギャラリー)と共に、たいまつを持ち参道を練り歩きました。
大神山神社階段前(左)と参道入口(右)。出発時は薄暗かった空も降りて来る頃には暗くなり、妖しい笛の音とともに月が顔を出してきました。写真左は大山自然歴史館提供
僧兵太鼓。上から見ると博労座は真っ赤に燃えているようでした。

▼翌日。山頂祭と山頂の様子
山頂祭。10時から頂上にて。神事に合わせるため、6時ごろから登る人も。
頂上からの中継は生放送と言うこともあり、予定がちょこちょこ変わっていました。山頂の様子。

▼その頃の博労座の様子
大山賛歌記念碑除幕式。
ガイナーレ鳥取の選手を招いて一緒に
公開録音。2時間を1時間に編集して
癒しの森コンサート。山から降りて来ると、ちょうどコンサートが始まっていて…

山開き当日は、麓の方はガスが掛かり、時折雨も混じる天気でしたが、
頂上の方は8合目付近から、雲を抜け、雲海が広がっていました。
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今日8時の気温は15度。11時30分現在17度。天気は曇。

前夜祭

2009-06-06 10:39:09 | イベント情報
今日は夏山開き前夜祭。

朝方はガスが掛かっていて、
「煙がこんなに出るまで火を焚いたのは誰だ!?」
…と言う冗談があちこちから聞こえていました。
真っ白というよりも真っ黒。
今は晴れ間が覘いていますが、ちょっとすると
またガスが掛かっていたりと、不安定な天気。

準備中。
今日の16時からのイベントに向け、準備も着々と進んでいます。

下山駐車場も南光河原駐車場も満車。(8時現在)
キャンプ場は例年通り、今日の夕方から明日まで無料開放します。
南光河原ー。こっちは普通
下山ー。毎回問題になるのですが、駐車場は個々人に訴える以外に良い方法は…。人が居るなら注意はできますが強制は・・・。

■夏山開き前夜祭の日程
16:00 からす天狗市
16:30 たいまつ販売開始
18:45 神事(大神山神社)
19:30 たいまつ行進
20:00 大山僧兵太鼓
20:20 癒しの森コンサート
21:00 終了

■夏山開き祭の日程
10:00 山頂祭神事(弥山頂上)
11:00 癒しの森コンサート

■その他イベント
10:00~15:00 博労座
 からす天狗市(第4駐車場)、フリーマーケット(第5駐車場)

11:00~16:00 大山ペンション村
 大山ペンション村祭り(西伯郡伯耆町小林)

■テレビ放送
10:00~16:00 おーい、ニッポン -私の好きな鳥取県-
 NHK衛星第2放送
 大山山頂からの生中継があり、
 山頂と頂上保護作業の様子(14時)が紹介されます
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今日8時の気温は20度。10時30分現在17度。天気は曇

お地蔵様と牛馬市2

2009-06-04 10:37:33 | 歴史・文化
先ずは予備知識。は前回書いた通りですが、
マイナーな話になると、首が無いのは賭博に勝つ為だ。
…と言うのもあるらしいです。

一般的に賭博は禁止されており、それが見つかった場合
打ち首になったりもする厳しいものでしたが、

牛馬市の時だけは、祭りとして例外的に賭博が許され、
庶民のお祭りの一大イベント(?)でした。

そうなると、負けるよりは勝つ方が当然良い訳で、
地蔵の頭を懐に持ち、賭けに臨むと必ず勝つ事が出来る。

…と言う噂が立ち、

地蔵の力を借りるため、願掛け代わりに地蔵を壊し、
懐へ地蔵の頭を忍ばせて賭けに望んだ。と言うことらしいです。

そう言う訳で、勝った地蔵は元の場所に戻り、

賭けに負けた地蔵は捨てられて
見つかる場所に捨てられたものは元の場所へ戻る事が出来たものの、

完全に壊されてしまったものや、見つからない場所へ
捨てられた地蔵はそのまま、首が無いままになっているそうです。
(一部は、保勝会等により、新しく作られているものも)

横手の湧き水のところ。
パッと見ですぐ分かるものと、よく見てみるとおかしいな…?と違和感を感じるものは密か(?)に交換されていたり

今日8時の気温は16度。天気は曇+濃霧。

お地蔵様と牛馬市1

2009-06-03 08:17:06 | 歴史・文化
大山寺には、頭の取れた地蔵や頭の部分だけを修復した
お地蔵様や仏像が数多くあります。
これは、廃仏毀釈(神仏分離)の影響によるもので、

…と言うのは、よく聞きますが、そもそも何故、
廃仏毀釈の影響で、地蔵様や石塔が壊されたり
寺院の廃止なったかと言うと、

一言で言うと、仏教に対する排撃運動によるもの。

昔は神仏習合で、神様(神教)・仏様(仏教)も一緒に
祭られていたわけですが、ただ、分けるだけではなく、

新政府(1868年3月)による、神道の国教化が謀られ、
(仏教や儒教の影響を受ける以前の純粋な日本古来の思想)

それに伴って、寺院よりも神道の方が勢力が強くなり、
神祇官や神職が寺院を襲撃したり仏教的なものを
引き剥がす動きが広がりました。

そうなると、逆の動き(反勢力)も当然出る訳で、
廃仏反対運動が起こり、神道国教化政策は変転し現在に至っています。
…と言うのがお地蔵様に首が無い理由(?)として一般的。

開拓風景。但し写真は無関係。牛や人がメインだった頃のお話。
今日8時の気温は15度。天気は曇。
暑くもなく寒くもなく、大山は雲に隠れていますが、
辛うじて見えています。