知らない世界へ帰りたい(日本探求)

自分の祖先はどんなことを考えていたのか・・・日本人の来し方、行く末を読み解く試み(本棚10)。

写楽とは誰か?

2011年05月10日 06時52分41秒 | 日本の美

 江戸時代の大首絵で有名な東洲斎写楽。
 わずか10ヶ月の活動期間に200以上の作品を残して忽然と消えた天才絵師。
 その人物像は謎に包まれたまま・・・。

 この謎解きは、以前から度々話題になるテーマです。
 議論の末、現在は大きく以下の3つの説に集約されるとのこと。

① 有名絵師説:北斎、歌麿等々
② 蔦屋重三郎説:版元
③ 斎藤十郎兵衛:江戸時代の能役者

 さて今回はNHKがその謎解きに挑戦しました。
 題して「NHKスペシャル 浮世絵ミステリー 写楽 ~天才絵師の正体を追う~」

 始まりはギリシャで発見された一枚の写楽の肉筆画。
 日本に残された数枚の写楽の肉筆画とギリシャの一品とを比較すると専門家により「本物」と判定されました。
 しかし、他の有名絵師の肉筆画と比較すると筆致がことごとく異なり、①の有名絵師説は消えました。
 意外なことに、有名な大首絵は浮世絵の生産システムに乗った作品であり、写楽は下絵を描くだけで、実際の描線は彫り師の手によりますから特徴はつかめず参考にならないそうです。

 ②の蔦屋重三郎は歌麿発掘で有名な版元。写楽の作品はすべて彼を通じて世に出ているので、売れっ子絵師が単独の版元のみ固執することはあり得なかったその時代の慣習により生まれた説ですが、彼が絵を描いたという資料は皆無であり現実味に乏しい。
★ ちなみに現在の書店・レンタル業の「TSUTAYA」は彼に敬意を表して名前をいただいたそうです。

 当初注目度が低かった③が今回たどり着いた答えでした。
 能役者は武士階級だったので副職が許されない身分でした。つまり、本名を隠す必要があったのです。これが「謎の人物」という妖しい魅力に繋がりました。
 また、10ヶ月と短期間で消えた理由として、変化する作風にヒントが隠されていました。大首絵は現代でもインパクトのある表現ですが、当時は役者の特徴を際立たせた手法が役者自身には評判悪くて今ひとつ受け入れられなかったと記録に残っているそうです。
 短期間で写楽は大首絵をやめ、一般受けする全身の役者絵を描くようになり、独特の魅力は半減し他の絵師とそう変わらないレベルに落ちていき自然消滅、というのが真実のようです。

 浮世絵の専門家を交えた推論はなかなか見応えがありました。

 随分昔に「課長島耕作」で有名な弘兼謙史さんの作品で「紅毛人説」を面白く呼んだ記憶がありました。確か「ハローハリネズミ」に収録されていたような・・・。