Sweet Dadaism

無意味で美しいものこそが、日々を彩る糧となる。

高邁な駄々っ子。

2008-02-14 | 芸術礼賛
「厭だ、もう厭だ」と喚きながら、ベッドに潜り込んでじたばたと手足をばたつかせ、涙をぼろぼろ零しているわたしを眺めて、「なんと高邁な駄々っ子がいるもんだ。」と彼は笑った。

 自分に関することであればこんな風な泣きかたをすることは決してない。身近に敵がいるわけでなく、かといって自身が悪いわけでもない。手も足も出ない用件のために誰に掛ける言葉もないからこそ、子供は駄々をこねるのだ。通常、大人であれば様々の不条理に対して醒めた目で対応することもでき、仮想の敵を捏造することもできる。だから大人は駄々をこねない。わたしだってそうだ。
けれど、芸術やそれに関するものに相対するときのわたしは、いつまでたっても子供のままであった。それを希求するまっすぐさと穢れなさは誇れるが、それは高邁でもなんでもなく、子供がおもちゃを欲しがる気持ちときっとあまり変わらない。 

 そもそもの発端はこれだ。
----------------------------------------------
[チューリヒ2/11 ロイター] 
スイスのチューリヒにある美術館「ビュールレ・コレクション」で10日、セザンヌとドガ、ゴッホ、モネの油絵計4点が盗まれた。被害総額は1億6,400万ドル(約175億円)相当。事件は10日の白昼に発生。暗い色の服装で覆面をした3人組の男が銃をかざして美術館に押し入り、白い車に絵を積んで逃走した。
----------------------------------------------

 ニュースを読んで、正直なところ、気絶するかと思った。今回盗まれた作品は名品揃いで、絵を見れば「みたことあるかも」と思う人も少なくないはずだ。
被害作品:
ゴッホ「Blossoming Chestnut Branches」(1890)
ドガ「Count Lepic and his Daughters」(1871)
モネ「Poppies near Vetheuil」(1879)
セザンヌ「Boy in a Red Waistcoat」(1888))


 別のニュースでは、日本時間翌日、寺院から仏像を盗み出したとして教員が逮捕されたという。これにより仏像3体があるべき場所に戻り、それは非常に喜ばしいことだと思う。「仏像が好きだった」と供述している犯人の気持ちは、「仏像が好きで堪らなくて、日々それを見上げて過ごしたい」という点で理解できるが、自分が所有することを通じて、結果的に他の多くの同じ感情を抱く人のねがいを排除してしまうことを厭わないという点で決定的に理解できない。
 想像力の欠如、利己主義、信仰の不在。説明できる現象は普段わたしが使う言葉の中にいくらでも存在する。だが、「現象」と切り捨てられないこのひとつの忌まわしい事実を説明することはわたしにはできない。

 優れた芸術品は、それを所有している人・組織のものでありながら、それはそれを見て、それを好きだと思う全ての人のものだ。ある王国の国王陛下や女王陛下が、そのご家族のものでありながら国民全員のものであるのと同様に。なぜ、それを思えない人がいるのだろう。決して完全にはそれを「所有」しきれないことの崇高さを、見ずにおれるのだろう。哀しいことに、どれだけ優れて崇高な芸術品であっても、それは電流を放つわけでも人を殺傷することもできない、無力で抵抗不可能な物品にすぎない。しかし、だからこそ、その無力さを有するが故に一層それは崇高であり続けることができるのに!


 わたしが抱くこれらの想いが、理想に燃える学生のそれのように青臭い感情であるという自覚はある。とはいえ、この期に及んでも、それを恥じる気持ちは毛頭ない。





最新の画像もっと見る

7 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ほんとむかつく (ヨーコ)
2008-02-14 13:54:13
そうだそうだ!
むかつく、っていうことばはあんまり好きではないのですが、
あいつらは本当に本当にむかつく!!!!!
みなさまから、文化を奪い取ったり、断絶したりしてはならないのだぞ!

なるだけ早くもとの場所に戻ってくることを切に祈ってます。
返信する
たしかに! (けんたろ~)
2008-02-14 14:19:05
それを恥じる必要は毛頭無い!
と思います。
返信する
Unknown (ma)
2008-02-14 18:56:38
あぁぁ、あらららららら。。。。
そんなもん盗まれてたのか。
返信する
Unknown (無学)
2008-02-15 00:40:48
貴女の憤りはごもっともです。私もこのニュースを知って”恥を知れ”と思いました。

「真理は万人によって求められることを自ら欲し、芸術は万人に愛されることを自ら望む。」
岩波茂雄氏の記したこの言葉を理解する人が増えて欲しいです。
愛しいものを共有する事により得られる各人の幸福は掛替えのないものなのに、なぜ?
傍らに置いてもその全てが手に入るわけではないのにね。所有欲を愛情と錯覚するのでしょう。
返信する
怪盗リミテッドでひとつ (モルレン埼玉)
2008-02-15 19:14:40
キャッツ某として美術界の平和と秩序を取り戻す戦いに赴くしかないのではないですか。

活動にあたって必要な予告状の印刷なんか任せてもらえればA-Oneの名詞用紙(光沢)とインクジェットでパパっとやりまっせ。
返信する
ようやく落ち着いて (マユ)
2008-03-02 23:15:48
>ヨーコちゃん

あまりの憤りにコメントに返信すらできずにいました。
思うことはここに書けないくらいのことだけど、盗んだ奴らはほんと、「同にかなっちまえ」と思います。


>けんたろ~ さま

装飾のない名前で書き込んでくれたことが、なにより嬉しく思いました。


>ma さま

ヨハネスブルクでは、電車の線から電気を盗む人さえいます。
世の中、きっと運べる限りのものにおいては、何でも盗めてしまうものなのかもしれません。


>無学 さま

「自ら欲し」の感覚と、ヒト優位の感覚は背反概念であってはならないような気がするのだけどね。
解釈論なのかもしれない。


>レン玉

そういえば、先週くらいに通称キャッツ何某というしょぼい空き巣が逮捕されたんですってね。
さておき、名刺作ってくれる際には電信柱にもきちんと刺さる程度の材質でお願いします。
返信する
価値の価値とは (モルレン埼玉)
2008-03-06 02:17:11
2点は回収されてたみたいですね。
http://news.ameba.jp/world/2008/02/11263.html
チェック済みかとは思いますが念のため…。

それにしても何だか変な顛末。
黒々としたものを感じます。
返信する