清明の母は東北の日本海に面した港町に生まれ育った。地元では有数の網元だったと云う。漁期には鰊がたくさん獲れた。多くの漁師を抱えて浜は活気に満ちていたが、代を重ねるうちに漁は細り鰊の浜揚げも減っていった。いつしか家運も衰退して祖父の代が最後となったのである。
今でも網元だった家はあるようだが、血縁は切れているらしい。子細は分からないが養子を跡継ぎとして迎えたからである。由緒ある旧家には血筋よりも家筋を大事にする家風もあって、何らかの事情があるにせよ清明の母は結婚して他の地に一家を構えたことになる。
「お袋に言わせると、俺はお爺ちゃんに似ているそうだ。」母の云う祖父は漁師たちの面倒見が良くて、困っている人を見たら放っておかなかったという。誰からも尊敬されていたが、清明が生まれたころは既に亡くなっていた。
古風な旧家の坊ちゃんと云った清明の風貌は、祖父の姿を映していたのかも知れない。
何時だったか清明の家に遊びに行ったことがある。専門学校が夏休みに入ってすぐだったが、彼の家に電話をすると、「明日ならいいよ」ということだった。
夏の暑い日差しが砂浜を熱していた頃だった。清明の家は湘南の海辺にあった。その日は清明と母親の二人が清二を迎えてくれた。清明は清二を母親に紹介すると、母親はにこやかに清二の前に立ち、家族の話や戦前は南方の島に住んでいたことなどを話してきた。「清明ちゃんは海の家でアルバイトをしているの」「女の子のお友達も多いのよ」何気なく息子の生活ぶりを話したのであろうけれど、一日を無駄に過ごしたくないと、暗にくぎを刺してきた言葉であったかも知れない。 一区切りついた後で「ご先祖は常陸国に住んでいたでしょう?」と突拍子もないことを言って来たのを覚えている。「そのようですね」とは言ってみたものの話の脈絡を測りかねていた。
その後の話で母親が言うには、昔「常陸の国の去る大名に仕えていて、移封後も日本海の東北で殿の御側にいた」と云うのである。
過去の栄華を懐かしんでいるのだろうか?とその時は思ったけれど、そうでは無いらしいことがだんだん解ってくるのである。過去のある事件、気の遠くなるような古い事件が頭をもたげてくるのだ。
何かを探している・・・古い記憶を手繰り引きよせ或るものを追い求めている――直感的にそう感じた。その後も何度か遊びに行ったが、行くたびに最初に受けた歓待とは違うものを感じるようになった。紛れもなく清二を避けるような、よそよそしい対応へと変わっていくのである。
清二が霊性に関心を示すようになったのは、清明の影響によるところが大きい。眼の前の情況に対応するだけで精一杯の自分が、遥かな過去に引き戻されて相手の出来事と向き合うなんてナンセンスだ。地球外の異次元の怪物に出会ったような驚きである。しかし、このような結果を招いたと云うことは、既に種はまかれて来たと解すべきだろう。
意識の有無に関わらずDNAに取り込まれた先祖からの遺伝子情報を、他者が覗き見ることが可能な情報としてインプットされているとしたら、膨大な容量のハードディスクが街を歩いているようなもので、危険この上もない。とても自分の責任に負えるものじゃない。
どの様に思ったところで相手次第で展開する過去なのだから、こちらが防御する手立てはないのである。清明が初めの頃に話したことを繋ぎ合せると、先祖は将門や源平合戦の平氏一門に関わっていたこと、古代における出雲神スサノオの霊を祀っていることなど、歴史から見ればネガティブな話ばかりだった。
古い記憶を忍ばせ、後々の世に引き継がれた陰湿隠微な復讐の力を、千年、二千年という気の遠くなる時間を超えて果たそうとする執念は、見事と云うか時代錯誤も甚だしく滑稽にさえ思える反面、これまで要した時間の長さを考えれば哀れに思う歴史の敗者なのだった。ようやく探し当てた仇敵をどのように処理すると云うのだろう。歴史に残る記録を改ざんすることは出来まい。こう思った後に、「待てよ、改ざんもあり得るのではないか」と思いなおした。清明は以前に「出雲スサノオの古事記を大和が盗った」と云ったのを思い出したのである。
清二とは対極にある茫々たる歴史の軋みが、櫛名田比売(くしなだひめ)を救った出雲のスサノオや鳴門の渦潮に沈んだ平知盛の幻影を、否応なく渦中から引き揚げて現実の世界に連れ出すのであった。
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