いよいよ本番。AMに一回だけの通しリハーサルを行い、開演は午後二時。昨晩追いつけない部分を、一夜漬けしたが、暗譜できたわけではなく自信は全然ない。
生まれて初めての蝶ネクタイをつけるのに戸惑ったり、楽譜は事前に舞台上にセットしておくかどうか、お客さんが入ってしまっているホールを通って部隊にあがるのだろうか(実は裏口から入れた)などなど些事に心を取られて、もはや弱点克服の悪あがきをする時間すらない。
予鈴のあと、舞台袖から入場・着席し、会場の家族と目を合わせたのが残された余裕の残骸だった。あとは、ひたすら譜面と指揮者から目が離せない。あっという間に「のだめ」のベト7番が終了。不安を残したままイーゴリ公に。そういえば、エンドピンストッパーなしで直接舞台にピンを突き刺しているからか、ポジションが微妙にずれている気がする。
pやppで不協和音が聞こえてくるけど、これは自分が発しているに違いない!そう思うと気後れというか、頭が忙しくなる。あっ!という間にチェロにとって大事なサビの部分を通過してしまった。「あーゲネプロではできたのに」なんて考えていると、次の転調部分で今度はシャープを見逃す。「うっ、またも不協和音・・」
なんだか隣のエキストラの大先輩が自分の音を気にしだしている気がする。「本当は僕が悪いのに・・・」と思っていると、思い切ってチェロが主役の連続の特徴的なフレーズで突っ込めなかった。両手は汗でびっしょり。血が上って、頭から上がぶっ飛びそうな気分。
子供に人気のゴジラのテーマを弾き終えたら、ハーフタイム。15分間の休憩で家族にお愛想すると「あなた1人だけ姿勢が悪いし弓の持ち方が変よ」など厳しい指摘。分かっているけど今日のところは、今のスタイルで突き進むしかないと覚悟。早々に楽屋に戻る。
さて後半は本日の目玉である「白鳥湖」だ。チェロの速い高音が多い難曲。家内の指摘はごもっとも、合点承知の輔だけど、もはや弓の基本的な持ち方などにこだわっている場合じゃないのだ。左手の押さえ方ももはやどうでもいい。何しろ出すべき時は何が何でも出すべき音を出し続けること。
しかし「ここは重要だから さらっておいて」とコンダクターに指摘されて部分に限って「落ち番」となってしまうのが哀しい。大事な部分に限って落ち、練習不足の部分は、やっぱり出来ないのだ。失敗を積み重ねて、頭の中で消化仕切れないままに、演目終了。拍手に応えてアンコール。挨拶・・通常なら長く感じられるこれらの場面も、まさに風のごとく通過していった感じだ。
こうしてデビューステージは、夢中のうちに終わった。出来なかった部分が多く、実力がそのまま出た結果だったけど、なぜか心地よい充実感でいっぱいになった。後片付けをして打ち上げ会場へ。その間も「充実感」「達成感」と「開放感」を感じ続けていた。
打ち上げ会場では、本日デビューを果たされたメンバーの1人として挨拶。チェロを始めて半年で舞台に立つ無謀を暖かく迎えてくれた皆さんに感謝を伝えた。同時に打ち上げ会場で回覧されたアンケートをみんなでまわし読みしたが、このアンケートがとても宝物にみえた。
500人弱の聴衆からのアンケートには、励まし、感動、感謝の言葉があふれていた。特に小学生や高齢者の方々の率直な喜びの言葉に接し、涙が出てきた。こんなに多くの人が、オーケストラの生の演奏に心を突き動かされたと書いてくれている。その一人ひとりのコメント、メッセージを読んでいると、何と表現したらいいのか分からないが涙が出てくる。僕が主役でもないのに・・・
その気持ちは、ホッとしたのとは違う。嬉しいでもない。アンケートを書いてくれた皆に対する「ありがとう」という気持ちに近い。何が「ありがとう」なのだろう。きっとこんなにも心を開いて音楽に純粋に身を預けられる「人間」という存在への愛おしさなのだろう。「こんな素直な心を持っていてくれてありがとう!」
僕も、これからもっと人を信じ、それを励みに、歩みを続けようと思う。演奏会に向け楽譜と全力で向き合い、期日に向かって緊張を序々に高め、団員の心が一つになった限界点で「演奏会」という焦点に結実させる。そこに集まる人々がその音楽を飾らないむき出しの心で受け止めてくれる。
こんな素晴らしい世界の仲間入りできて本当によかった。ありがとう!
生まれて初めての蝶ネクタイをつけるのに戸惑ったり、楽譜は事前に舞台上にセットしておくかどうか、お客さんが入ってしまっているホールを通って部隊にあがるのだろうか(実は裏口から入れた)などなど些事に心を取られて、もはや弱点克服の悪あがきをする時間すらない。
予鈴のあと、舞台袖から入場・着席し、会場の家族と目を合わせたのが残された余裕の残骸だった。あとは、ひたすら譜面と指揮者から目が離せない。あっという間に「のだめ」のベト7番が終了。不安を残したままイーゴリ公に。そういえば、エンドピンストッパーなしで直接舞台にピンを突き刺しているからか、ポジションが微妙にずれている気がする。
pやppで不協和音が聞こえてくるけど、これは自分が発しているに違いない!そう思うと気後れというか、頭が忙しくなる。あっ!という間にチェロにとって大事なサビの部分を通過してしまった。「あーゲネプロではできたのに」なんて考えていると、次の転調部分で今度はシャープを見逃す。「うっ、またも不協和音・・」
なんだか隣のエキストラの大先輩が自分の音を気にしだしている気がする。「本当は僕が悪いのに・・・」と思っていると、思い切ってチェロが主役の連続の特徴的なフレーズで突っ込めなかった。両手は汗でびっしょり。血が上って、頭から上がぶっ飛びそうな気分。
子供に人気のゴジラのテーマを弾き終えたら、ハーフタイム。15分間の休憩で家族にお愛想すると「あなた1人だけ姿勢が悪いし弓の持ち方が変よ」など厳しい指摘。分かっているけど今日のところは、今のスタイルで突き進むしかないと覚悟。早々に楽屋に戻る。
さて後半は本日の目玉である「白鳥湖」だ。チェロの速い高音が多い難曲。家内の指摘はごもっとも、合点承知の輔だけど、もはや弓の基本的な持ち方などにこだわっている場合じゃないのだ。左手の押さえ方ももはやどうでもいい。何しろ出すべき時は何が何でも出すべき音を出し続けること。
しかし「ここは重要だから さらっておいて」とコンダクターに指摘されて部分に限って「落ち番」となってしまうのが哀しい。大事な部分に限って落ち、練習不足の部分は、やっぱり出来ないのだ。失敗を積み重ねて、頭の中で消化仕切れないままに、演目終了。拍手に応えてアンコール。挨拶・・通常なら長く感じられるこれらの場面も、まさに風のごとく通過していった感じだ。
こうしてデビューステージは、夢中のうちに終わった。出来なかった部分が多く、実力がそのまま出た結果だったけど、なぜか心地よい充実感でいっぱいになった。後片付けをして打ち上げ会場へ。その間も「充実感」「達成感」と「開放感」を感じ続けていた。
打ち上げ会場では、本日デビューを果たされたメンバーの1人として挨拶。チェロを始めて半年で舞台に立つ無謀を暖かく迎えてくれた皆さんに感謝を伝えた。同時に打ち上げ会場で回覧されたアンケートをみんなでまわし読みしたが、このアンケートがとても宝物にみえた。
500人弱の聴衆からのアンケートには、励まし、感動、感謝の言葉があふれていた。特に小学生や高齢者の方々の率直な喜びの言葉に接し、涙が出てきた。こんなに多くの人が、オーケストラの生の演奏に心を突き動かされたと書いてくれている。その一人ひとりのコメント、メッセージを読んでいると、何と表現したらいいのか分からないが涙が出てくる。僕が主役でもないのに・・・
その気持ちは、ホッとしたのとは違う。嬉しいでもない。アンケートを書いてくれた皆に対する「ありがとう」という気持ちに近い。何が「ありがとう」なのだろう。きっとこんなにも心を開いて音楽に純粋に身を預けられる「人間」という存在への愛おしさなのだろう。「こんな素直な心を持っていてくれてありがとう!」
僕も、これからもっと人を信じ、それを励みに、歩みを続けようと思う。演奏会に向け楽譜と全力で向き合い、期日に向かって緊張を序々に高め、団員の心が一つになった限界点で「演奏会」という焦点に結実させる。そこに集まる人々がその音楽を飾らないむき出しの心で受け止めてくれる。
こんな素晴らしい世界の仲間入りできて本当によかった。ありがとう!