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チェロ五十代からの手習い

57才でチェロに初めて触れ、発見やら驚きを書いてきました。今では前期高齢者ですが気楽に書いてゆこうと思います。

由紀さおりコンサート 2 ~ピンク・マルティーニとジョイント~

2012年06月06日 02時24分17秒 | 市原フィル

大盛況のうちに、来日初日のコンサート終了。
NY在住のmusician SUSHI氏絶賛のピンク・マルティーニは、
世界ツアーの途中で来日し由紀さおりさんとのジョイントコンサートを開いた。


 <米国Jazz部門で坂本九以来の NO1を獲得したピンク・マルティーニと由紀さおり>

謎なのは・・・
「なぜ来日初コンサートが千葉文化会館大ホールなの?」
「東京のホールが空いてなかったの?」ということだった。

 <何年か前に、ヴェルディー「レクイエム」で舞台にあがった文化会館大ホールは満席>



その謎は早々に解消された。
実はリーダーのトーマス・ローダーデールはホームステイしながら、千葉県の幕張高校に通っていたことがあり、
そのときのホストの老夫妻が招待されていた。(休み時間には、実家の両親と会っている雰囲気だったな~)
司会もマーチンがちょっとあぶない日本語(だけど発音は外人離れ)と英語で行っていた。


さて、音楽についてだけど、Jazzバンドと思って聴きに行くと期待は裏切られる。
基本はラテンバンド。スウィングも演奏するけど、シャンソンやらアラビア音楽やら、
南米からボサノバやサンバ、様々なダンスミュージック(マンボ、チャチャチャ、ビギン・・)
大半が歌が入っているけど「なんでこんなごった煮なんだ?」と驚かされる。

由紀さおりのバックバンドとしては、日本の歌謡曲の雰囲気そのままに演奏する。
一番驚いたのは日本で全く流行らなかった和田弘とマヒナスターズの「菊千代と申します」という曲を
カバーしたこと。琴とハワイアンギターがフィーチャーされているけど、これは残念ながら感動しなっかった。
下町のうらぶれたクラブで演歌バンドを聞いている気分になっちゃった・・・
学生試合には、一心不乱にモダンジャスを聴いてききた世代としての「衣」がまだ抜け切れてないだけか・・・
でもソフィスティケートされたジャズの世界とはあまりにもギャップが大きすぎるんだな~。

<購入した最新アルバム。 「菊千代と申します」も入っている>

 

でも1~2曲あったインストルメンタルの本格的ジャズでは彼らのすごい技術も感じたし、
そのときだけは会場もアドリブがリレーするたびに、惜しみない拍手を送っていた。

音楽はそんな感じだってけど、リーダー、トーマスの姿勢には感心させられることが多かった。
由紀さおりを「日本のバーブラストライザンド」と心から尊敬していることは節々に伝わったし、
バンド全員で観客を楽しませようとする姿勢、全力投球する彼らに心から拍手を送った。

ロイヤル・アルバートホールを総立ちにさせ、米国ツアーで様々な成功を収めてきたた彼らが、
千葉公演終了後にも、握手会を開催して、長蛇の聴衆と笑顔で握手してくれるサービスには
全く脱帽でした。

 
コンサートを終了して謎が深まった部分もある。

なんでカナダやアメリカ出身の彼らが、紅白歌合戦みたいな感覚で
コンサートを開けるのか、歌謡曲がなぜ欧米で賞賛されるのか、全く理解に苦しむ。

それに、なんで「菊千代と申します」なんてアルバムがオレゴン州・ポートランドの
レコード店で発見できるんだろう・・・

だいだい、なんでハーバード出身で政治家志望だったリーダーでピアノ奏者のトーマスが
「音楽考古学」と称して世界中の古いアルバムを掘り起こしているんだろう・・・・

不思議だ


 

 


由紀さおりコンサート 1

2012年06月03日 23時37分09秒 | 市原フィル

由紀さおり・安田祥子姉妹の「ラストツアーコンサート」に行った。

夜明けのスキャット」ではなく、25年姉妹で続けてきた、童謡のコンサートだ。

会場は杉並公会堂。
高校の音楽祭では、ボサノバのバンドで舞台にあがり
大学ではオケであがったことがある懐かしいホールだけど、
現在の杉並公会堂はコバケンさんをはじめ一流のアーチストが演奏する、
素晴らしく音響が良いシューボックス型のホールに生まれ変わっていた。

2時間を越える二人の舞台は、ピアノ1台での伴奏だけだったが、豊かで豪華なコンサートだった。

二人の歌ってくれた童謡はどの曲も僕がまだ幼稚園のころ、
母が歌って聞かせてくれていたことを、はっきりと思い出すことができた。
そのうえ由紀さおりさんの顔も、表情も僕の記憶にある母の顔とそっくりで、
まるで母親がよみがえって歌って聞かせてくれているのでは、と錯覚に陥るほどだった。

今日はっきり分かったことがある。
それはピアノもステレオも無く、教養らしきものが無かった家に生まれた自分が
そこそこの音感を持ち、ブラバンやオケで演奏することを続けてきた背景には、
母親が様々な童謡を子どものころに歌って聞かせてくれていたからなんだ、ということだった。
音楽という素晴らしい世界への道をつけてくれた母に感謝したい。

そんな気付きを与えてくれたコンサートだったので、二人のCDを購入して
コンサート終了後握手をしていただくことができた。
柔らかで華やかにお二人の一言と、柔らかな手の感触を心に帰路についた。

途中立ち寄った、荻窪駅近くのこの店での「刺身七点盛り」は絶品でした。


5日には、千葉県文化会館大ホールで、世界的なジャズバンドでもあるピンク・マルティーニと
由紀さおりとの、日本初のジョイントコンサートがある。
あさっての公演がまた、楽しみだ。

 


ちょっと普通じゃない自分体験ができた一日

2012年06月03日 00時23分21秒 | 市原フィル

 年とともに「自分像」は固まってくるものだと思うけど、いつもと違う体験があった。


「指揮者の辻さんの送迎お願いできますか」とメールで団員から依頼されたところから始まった。
辻博之さんは、今回はブラ1の下振りだけど来年の定演に招聘する客演指揮者。
情熱的な指揮振り、豊かな音楽表現で団員を虜にした若手のホープでもある。

自宅から歩けるほどの会館で、辻さん常任指揮の地元の室内楽団の練習があり
練習終了後、市原フィルの練習会場まで送ってほしいということ。
さすがに「これは自分が引き受けるのがフツーだよね」と思い引き受けることにした。

でも引き受けたまではいいけど、だんだん道中を考えると気が重くなってきた。

この室内楽団の演奏会を聴いたことは何度かあり、辻さんの姿は知ってはいるけど
どうも僕の性格として、身近でない人と同じ空間を共にすることに慣れていない。
特に「先生」など肩書きというものがあると、どうしても気後れする自分がいる。
・・・かつて「社長」のお供でグリーン車に乗ったときも、飛行機で出張したときも
  社長の隣には10分も座っていられなかったという「前科」もあるんだな~・・・

指定された会場ロビーに入ると、辻さんは練習を終えた室内楽団の皆さんと談笑中だった。
周りには、以前エキストラでこられたチェロ嬢も、以前の楽団でお世話になった方も
アンサンブルを組んでいるバイオリン譲も見える。

「お迎えに参りました」と遠くから挨拶すると、若い辻さんは明るく応えてくれた。
近づくと、室内楽コンサートで名調子で司会をされる、楽団代表者の女性が声を掛けてきた。
「楽器は何をされてるんですか」
「チェロです」
「お住まいはどちら?」
「自宅はすぐそこです」
「あらま~、だめよ!地元でやらなけりゃ、ね~!」
(確かに車で市原まで通うものいいけど、ここならチェロを担いで数分だけど・・)
「ここで午後一緒に練習したあと、辻先生と一緒に行けばいいんだから」
てな調子で、あれよあれよという間に連絡先を書かされてしまった。

気圧されはしたけど、なんとなく和んだ雰囲気になってきたところに
「皆さん、今度入団される方です」と紹介されたときにはさすが
「ギョエ~!」と驚かされた。

こうした圧倒的なリーダーシップのまとめ役がいて楽団というのは存続するんだな~
固定化しつつある我が人生に、新しい振動が入り込む余地はあるのかもしれないな~
などと感心しながらも、早々に指揮者を伴って会館を立ち去った。

ま~これが非日常の「異質体験」その一。



今度は指揮者殿を乗せて小一時間のドライブをしなければ・・・どうしよう・・・
会話の相手をするのはいいけど・・・
指揮者殿もダブルヘッダーとなるので疲れているはずだし・・・
話し出したら過剰に話し始めるばかな自分も見たくないし・・・

結局
会話もそここそこに、「道中どうぞお休みください」と
僕はウォークマンを突っ込んでAdeleを聞き始めることにした。
(グラミーで優勝したAdeleの歌声はどんな状況でも心を惹きつけてやまない)
さすがに、指揮で疲れていると思しき辻さんも早速眠りに入ってくれた。
一安心・・・

そして夜の練習会場に到着。
ブラームス1番の下振りをしてくれた辻さんの練習は楽しく、笑いの連続となった。
特にすばらしかったのは、総練後半になって四楽章の弦が、
はっきりと”ブラームス色”の響きに変ってきたことだった。
声楽出身でもあるからだろうか、辻さんのアドバイスは弦楽器全員で呼吸を深くすること。
そして、弓を弦から決して離すことなく全弓で弾ききる感覚でということだったと思う。
そのあとの弦は、重々しいブラームスを出現させてくれた。

練習のあとはすっかり辻ファンになってしまい、気持ちも楽になって
練習場近くの駅ではなく、東京への入り口でもある蘇我駅までお送りした。
無論、ウォークマンも忘れて辻さんの指揮者としてのこぼれ話しなどを
楽しくうかがいながら、あっという間の時間を過ごすことができた。

「知らない人と楽しく話せた」。
う~んこれが「異質体験」その二。

この日は、人との”新しい出会い”ということを体験できたということだろうか。
自分ってこんな人間という自画像や、毎日の行動パターンとは違う自分を
体験できることは、ちょっと不安だけど、なんだか楽しい気持にさせてくれるものだ。
まだまだ人生、捨てたもんじゃないかも。


アンサンブルコンサートで一番心に残ったこと

2012年04月15日 22時21分42秒 | 市原フィル

以前室内楽大会といっていたと思うけど、アンサンブル・コンサートが行われた。

初めて市原フィルの室内楽大会に参加したのは、もう3年前。
チェロ14人でのアンサンブルだった。

昨年はモーツアルトのクラリネット5重奏の一員に加えてもらい、第2楽章 Larghettoにチャレンジした。
今年は同じメンバーが「ぜひリベンジしたい」と全員一致で、参加を決め、
仕事の合間を縫って、メンバーの自宅で3回の本格練習を経ての本番となった。

今回取り組んだのは同じ曲の第4楽章の Alleretto co Variationi.
軽快な主題が次々と第4バリエーションまで展開し、Adagio. Allegro.で力強く終わる。
練習を重ねながら「モーツアルトってすごくいい」と皆が思わず口にしたほど、楽しい。

おかげで本番の出来は(緊張して8掛けが普通なのに)、今までで一番良いまとまりだった。
無論、抜け・落ち・ズレはあったけど、冒頭を突破したあとは、いいノリで演奏できたと思う。

 

本日のアンサンブルコンサートで一番印象に残ったこと。
それは演奏ではなく、コンサートの運営というかマネージメントに関することだ。

今回のアンコンでは、低弦中心に会の進行を担うことになった(毎回担当パートが入れ替わる)。
その結果、僕も「譜面台担当」を命じられた(指令を発したのは若きVcNo1実力者のお嬢さん)。

運営の裏方事情はほとんで経験がなかったので、
「譜面台担当は出番ごとに、譜面台が何台必要か確認して責任を持ってチェックしてください」と言われても
「ま~そこまでキッチリやらなくても、何とかなるだろう・・・」などと午前中のリハーサルまでは気楽に構えていた。
ところが午後から本番に突入すると、大変なことが判明し、大変あわただしくなった。
全15グループのセッティングは様々で、譜面台係も結構大変なことになってきた。

ピアノトリオ、ピアノ5重奏などではピアノの移動と弦楽器の位置調整が課題だった。
コントラバストリオや、フルートトリオ、バイオリン4重奏などでは、
立ったままでの演奏なので、譜面台の数だけでなく、高さも調整が必要だった。
総勢9人のホルンアンサンブルでは、9つの譜面台が必要なのに、
弦楽合奏では、二人で一本、プルトごとに一本の譜面台なので、譜面台が余った。

無論大編成が始まると、20本以上の譜面台と椅子を舞台に並べ(猶予は2分間と決められている)
そして、自分もチェロを準備しなければならない。
長年アンサンブルコンサートを開催してきた楽団員の体の中には、こうした経験は刻み込まれているのだろう。


さて、本日何が一番印象に残ったかと言えば
【人はなぜ自ら責任を果たそうと努力をするのか】という自分への問いかけだった。

僕に指示を出してくれてのは、若い女性なのだけど、彼女は「権力」というものを持たない。
これが会社組織なら、課長やら部長やらの肩書きがついていて、最終的に評価権を持っている。
だから当然のように命令してくるし、その命令に従わなければ制裁もありえる。

とろがオケの団員同士には、何の権力関係も存在せず、利害関係も極めて希薄だ。
それなのになぜ。彼女の指示した事柄を、必死で果たそうとするのか?

このことが始めはどうしても腑に落ちなかった。
別に嫌な気持ちがあるわけでなく、むしろ喜んで(それが当然のように)彼女に従う自分を面白く感じたのだ。

同時に、なぜ普段控えめな彼女が必死で神経を集中し、爺さんみたいな僕らに指示する役割を担えるのか。
もともとアンコン運営委員長から、「今回は低弦の皆さんが担当です」とメールがあった程度なのに。
彼女だって普段はとても控え目な人柄とお見受けする。好きでやっているのではないのだ。

権力や権威、むろん報酬などありえない領域で、なぜ人は自発的に動こうとするのか?
ある者は、リーダーシップを発揮し、他の者はそのリーダーに従って役割を果たそうとするのか?

一つだけ言えること。
それはコンサートを成功させよう、滞りなく進行させたい、という思いは同じだということ。


それだけで、人は動けるのだろうか?
中には、命令しても動かない、言ってもやらないことが当たり前になっている組織が多いのが実態なのに
老若男女が揃って、気持ちよく、自ら進んで動く様は心地よい経験だった。

ひょっとしたら、中身は何であれ「一生懸命やろうと立ち上がった人」に対して、
人は従おう、応援しようとする何かが心の中に備わっているのかもしれない。

そんな人の本質・真実、そのものに信頼を置けているからこそ
権力関係の無い組織の中で、協働作業がスピーディーに行われ得たのかもしれない。

 

くだくだメモしたけど、アンサンブルコンサートは成功裏に終了し、
みな心地よい達成感で打上げ会場に集合して おおいに気勢を上げていた。

どうしても我が心には、非営利・非権力関係組織における行動原理が宿題として残った。

 


松本宏康語録 補遺・・・猛練習の余韻

2012年02月22日 22時15分04秒 | 市原フィル

あっという間に、定演は終了してしまった。
ゲネプロとリハーサルでの録音を聞きながら通勤していたら、
マツゲンさんの個性的でわかり易い指導が収録されている。
たった3日目で、妙にマツゲンさんの総連が懐かしい。

そこで、意味不明も含めてゲネプロ・本場リハでの語録を拾ってみた。


<音量への対処>

「どんな指揮者が来ても共通の原則があります。

 指揮者がもっと大きくと言ったら“音程を合わせる”こと。

 指揮者がもっと小さくと言ったら“音程を合わせる”こと。

 もっと・・・何があっても音程を合わせることです。」

 

<顔を上げる> 

「ほら顔が上がらないよ。顔が上がるのが遅いよ。

 何に合わせるっていうの。ここは棒を見ないと絶対合わない。」

「ここは棒を見ても絶対合わない。何見たらいいの? 

 コンマスでしょう。全員コンマスを見て。」

 

<自分が音量を下げる>

「チェロバスが無法地帯になってるなー・・

 『あ~聞こえねー、ヤバイなー』というときはどうするか? 

 こういうときは目で棒に合わせるのではなくて、自分が音量を落として、

 回りの音を聴くこと。 室内楽でも一緒、みんな自分をソリストだと思って。」

 

<目を合わせる>

 「もっと音楽一緒にやろうよ。演奏中に(他の人と)目が合うことが極端に少ない。

 一緒にやるってのは、もっと目を合わせること。

 何となく奥さんの話をテレビ見ながら ウンウンって聞いてるみたいで・・

 いやじゃない。」

 

<もっとしゃべる>

 「出だしはよかったけど、そのあと何を喋っているのか全然わからない。もっとはっきり喋って。」

 (これどうすることかわからなかったな~・・・)

 

<歌う・見せる>

 「何かいいことがそこ(楽譜)に書いてあるの?
 ここでチェロが歌わないで誰が歌うのよー、もっと魅せて(見せて)、もっと歌って」

 (ブルックナーの見せ場で)

 

<入れ込まない>

 「誰ビブラートかけているの。こんなところでビブラートなんか必要ない。」

 (ブルックナーだったかな・・)

「ここは思いを込めないで。そのためには、中声部は先に行っちゃー絶対だめ。」

 (G線上のアリアで)

 

○「鬼のように数える」「呼吸をする(息を詰めない)」「どの音に合わせるのよ~」
  「全部やらせないでよ」
・・・他にもいろいろ断片が浮かんできた。 
こうしたオーケストラの作法をたくさん学ばせていただいたことが、オケの成長につながったと感謝。

 

 

 


定期演奏会、感慨深く終わった

2012年02月19日 23時10分36秒 | 市原フィル

素晴らしい指揮者のもとで、素晴らしい仲間と、素晴らしいホールで、
大変充実感のある定期演奏会になったと感じている。

小学校の同級生、学生時代の友人、職場の同僚など聞きにきてくれたみんなに、
市原フィルメンバーの心意気・情熱みたいなものが届いたようで嬉しい。

「指揮者が違うと、音楽って全然変るんだね」
「前回より今回の方が上手になったね」
「変な音を出す人がいなかった」
「音が美しかった」
などなど感想を聞かせてくれた。

この半年ほど、いろいろな音楽のプロに指導をしてもらったこと。
指揮者・松元宏康さんが「何でも口出して悪いけど」といいながら
オケの作法をいろいろ教えてくれたことは大きく影響していると思う。
マツゲンさんはじめ、多くの先生に改めて感謝し、なごり惜しくなった。

そして、市原フィル団員の情熱、熱心な練習がなければ本番の感動は
得られるはずない。バイオリンも低弦もかなりの練習を重ねてきたことが
本番のppの美しい響きにつながったと思う。

特に今回のような曲では管打楽器にすごい名手に恵まれていることを改めて
気付かせてもらった。本番でも練習でも彼らが素晴らしい演奏をしてくれていた。
マツゲンさんによる総練も、弦楽器に対する「指導」や「訓練」は多かったけど
管打楽器には、注文はつけたけど、素晴らしいと褒めている方が多かったっけ。

 そうそう忘れちゃいけないことだと思うのだけど、
今回の演奏会が良かった背景には音楽専用ホールだったこともあると思う。
京葉銀行文化プラザの音響は素晴らしかった。
指揮者も、この会場なら・・・と何点か演奏の仕方を変更した。
ホール全体が楽器みたいな会場で演奏会を開けることは幸せだと思う。

それにしても、ブルックナー、ハイバリ、オイリアンテ・・・
僕にとって今回の演奏曲目は無茶なチャレンジというか、超難しかった。
チェロの師匠は「オーケストラの曲に易しい曲はないですから」と言っているが、
ブルックナーもハイバリも、毎晩練習をしたつもりだけど、どうにも追いつかない
ような難関が多かった。

ついつい「もう少し楽なオケや、合奏団に鞍替えしたほうがいいかなぁ」
なんて思うこともあったけど、今回の演奏会での達成感・充実感をはっきり感じた。
「もう少し頑張れば、もう少し腕を磨けばなんとかなるのでは・・・」
と感じるだけの努力をしたからだろうか・・・


やっぱり フルオケで曲をまとめ上げて演奏したときの感激は忘れがたい。
秋のブラームス交響曲第1番、好きな曲だし、チャレンジさせてもらおうかな~

追記:友人からの嬉しいメールを一部紹介。彼は埼玉から4時間かけてやってきてくれた。
音楽仲間ではないけど、大事な部分、みんなが努力したところはしっかりと見てくれている。

「ブルックナーは今までほとんど聴いたことはありませんでした。
 マーラーとひっくるめて、大仰で、深刻ぶった感じがして毛嫌いしていました。
 でも、この4番は好きになりそうです。弦のトレモロが印象的ですし、
 なによりも、ホルンの音色がいいですね。」


すごく刺激的な代振りの指揮者を迎えて

2012年02月04日 23時40分01秒 | 市原フィル

今日の指揮者は西村友さん。

オイリアンテとブルックナーの練習を付けてくれたが、
情熱的で明快な指導に、すっかり魅了されてしまった。
この方もオケを育てる達人。名伯楽であることは間違いない。


音楽家の表現の面白さにはいつも心奪われるけど、西村さんの総練は大笑いの連続だった。
何でこんなに愉快で すぐに効果が出る指導ができるのだろう
不思議に感じてWebで調べると、ライオンキングを初めから振ってこられたミュージカルの指揮者だった。
http://homepage1.nifty.com/youchin/index.html


劇団四季でも長く活躍されていることもあるもかもしれないが、エスプレッシーボとマルカート、
ソノーレという表現記号の違いを、見事に歌い分け、演じ分けてつかませてくれた。
その姿はオペラというか、ミュージカルのワンシーンを見ているみたいでドキドキした。 


マツゲンさんは「鬼のように数える」と教えているが、西村さんも全くユニークな表現で教えてくれた。

言葉を変えれば「テンポ感を合わせること」なんだけど、弦と管、管同士の音出し(発音)
完全に一致させることも繰り返し練習した。
すごい例え話もあった。
4つを正確に数えるには、回転寿司で、4皿に一つマグロが乗っていると思ってみて。
 残りの3つははみんなイカ、でなければ剣山が乗ってるんだ。
 だから他には出を出さないて、絶対マグロだけ取って・・・」
こんなこと言われると、絶対マグロだけ取ろうという気になるよね。

 

強弱表現については
「何でアクセントがここにあるのか考えた?」
「ここが頂点だから?」
「そのあとを空けるため?」
と問うたあとの西村さんの表情と指揮変化はすごかった。コバケンさんみたいにも感じた。
そして、
「何でここでビオラが抜けたの?」 
「何でここでトレモロが無くなるの?」
「ここが頂点なの?
「もう少しみんなで考えてみた方がいいよ」と結んだ。


「減衰音を使うな」ということも厳しく、繰り返し言われた。
ついつい弾きはじめは強く、後半で弱くなる弾きかたをしてしまうが、楽器をよく鳴らし維持するようにと。
長いクレッシェンドの途中に休符があった場合
「次の出だしは前の音量を覚えておいて維持し、絶対細らないこと。」


まだまだ沢山の教えをいただいたが、残念ながら時間切れで総練は終了した。



市原フィルに所属して、代振りを含めすでに6人ほどの指揮者、音楽家に指導をしてもらっている。 

こうした音楽家を探して招聘し、その音楽家の情熱を浴びられることは素晴らしい経験になっている。

市原フィルの諸先輩の努力とネットワークのすごさの賜物だと感謝だ。


確かな一歩を感じた、低弦分奏と総練習

2012年01月28日 23時54分30秒 | 市原フィル

●本日のエポックは、ブルックナー交響曲第4番の第二楽章を初めて合わせることができたこと。

二楽章は、冒頭のバイオリンのトレモロの上にチェロの厳かな主旋律が浮き出でくるように開始される。
その後もAndanteが維持され、一歩一歩踏みしめるようなピッチカートに乗って、
バイオリンや、ホルン、木管へメロディーがバトンタッチされてゆく。

初めてブルックナーの4番を聞いたとき、その魅力に引き込まれて二楽章ばかりを聞いていた。
それなのに、総練では一度も二楽章を取り上げてくれなかった(少なくとも僕が参加したときには)。
先日の合宿でもマツゲンさんは3楽章と1楽章ばかりに集中して、二楽章は全く無視された感じだった。

「定演まで一月を切ったのに、一度も第二楽章を合わせなくていいのかな~・・・」て思ってたら
素晴らしい指導をしてくれている 代振りの鈴木研吾さんが、本日総練の最後に「2楽章」と言ったのだった。
はじめ信じられず お隣さんに「今二楽章って言った?」と確認してしまったくらい。
だって絶対2楽章やらないと思い込んでいたからね。
嬉しくなって勇んで演奏したつもりだったけど、自分的には50点だったな~。
でも全体の結果は、初合わせに近かったのに一度も止まることなくきれいな演奏ができたと思う。

今日の総練で思ったことだけど、これまでの積み重ねと合宿の成果がはっきり出てきていて、
定期演奏に向けて、確実にオケ全体がまとまりを増してきていると感じた。
代振りの鈴木さん、マツゲンさんも、音楽的な内容を具体的に指導をしてくれ、それが実ってきているのだと思う。

正直なところ「どこがロマンチック?」なんて思っていたブルックナーが、ロマンチックな感じになってきていると思う。
難所の3楽章Fも(ここは合宿で居残り弦分奏やったっけ)、今日もバイオリンが繰り返し分奏させられていたけど、
チェロ周辺では「バイオリンすごく良くなった」「きれいになった」としきりとうなずきあっていたのだった。
ブルックナーのロマンチック、これからが楽しみだ。

 

●さて本日の分奏と総練で思ったことをメモしておこう

1)ダウン・ダウン・アップのボーイングに 二種類あるってこと

低弦分奏にオブザーバー参加していた、あの熱心なコンミスは、僕の右右左(ダウン・ダウン・アップ)の弾きかたが
皆と違っていることを見逃さず「弓を戻さないほうがいい」というようなことを指摘してくれた。
はじめは何が違うのかわからずポカーンといてたけど、どうやらダウンで弾いたあと、弓を持ち上げるのではなく
弓を弦に乗せたまま、さらに右にダウンで続け、そのあと引っ掻けるようにアップに転じるという技を皆は使っていたようだ。
主席がそんな弾きかたを繰り返して見せてくれてようやく分かった。
アップダウンにも色々な演奏の仕方があるってことだな~。(それにしても一瞬で見破るコンミス、恐るべし!)

2)皆んな休憩を待ち望んでいるとは限らないってこと

分奏であり総練習であれ、1時間もすると「そろそろ休憩取る時間だよね~」と内心落ち着かなくなる。
だから指揮者が「休憩とりましょうか?」と口にすると「賛成!」とつい声が出てしまう。
するとなぜか呟きのつもりが、周りのみんなに伝わってしまって苦笑がでるということが今日もあった。(合宿でもそうだった)。
どうなんだろう・・・みんなも同じタイミングで休憩したいってことなのか・・・
それとも「おいおい、もう休憩したい人がいるのか~」っていう苦笑なのか・・・。

自慢じゃないけと、僕の集中力はおおむね15分程度で途切れる性能を持っている。
自宅でも、自分の部屋に行ってチェロの練習を始めるんだけど、15分もするともう疲れちゃって(飽きちゃって?)
リビングに舞い戻って(-.-)y-~となる。
すると必ず家内が「休憩の間に練習してるの」とあきれる。ま~そんなところなんだけど・・・

ところが、音楽を長くやっている人たちの集中力はすごいものがある。
オケの皆は休憩しなくても大丈夫なのかもしれない。
オケの合宿には、千葉県各地や東京はまだ近い方で、遠く関西から、更に岡山県からも自腹で
駆けつけてくれた団員や元団員もいて、彼ら彼女らとしては一刻無駄にはしたくないのではいのかもしれないな~。

3)個人練習→分奏→総練のステップがいいってこと

仕事から帰ると、毎晩わずかな時間を作って、定演の曲を浚ってきたけど、どうにも弾きこなせない部分があった。
ハイバリの第5バリエーションがその典型だ。Vivaceで6/8拍子なんだけど、僕にはこれがとんでもなく速く感じてあわせられない。
マツゲンさんは「グルーブを感じて」と言うんだけど、どうしても3拍子と2拍子が混じってしまって、途中から脱落を続けてきた。

どうにもならないので、本日の低弦分奏でとりあげてもらった。(みんなVar.5好きで得意みたいなのでちょっと迷惑そうだった)
すると、まずグルーブの感じ方が違うこと(すべて3のリズムを崩さないことをリーダーから教えられ)
何回か分奏で突っ込んでみたら、案外合うこちがわかった(自分ひとりだと、突っ込む前に止めてしまっていた)

そして、分奏の感覚をもって、そのまま夜の総練でトライしてみると、なんとか歩調を合わせることができた。
個人→分奏→総練・・・この繰り返しが、難所の克服に大いに役立つと実感した。

 

●定演が近づき、参加者の顔ぶれもで揃ってきて、練習にも熱がこもってきている。
 こんな心地良い緊張感のある練習には、参加するたびに面白い発見があるのもだけど、
 まだまだいろいろあるけど、きょうはここまでにしよっと。

 


実り多きオケ合宿、そして失敗も・・・

2012年01月23日 00時23分38秒 | 市原フィル

氷雨の中始まった市フィルの強化合宿が晴天となって終了した。

明るい日差しの中房総の尾根道を切り拓かれた高速道路を通って帰った。
終わってみると、音楽的に得るものが沢山あった。
マツゲンさんこと松元宏康氏の具体的な指導の賜物と思う。

あの「オケにとって一番大事なことは何ですか」という質問も出た。
この質問をコンミスに直接問いかけたりする。
「呼吸を合わせることです」と答えると
「それも大事だけど、1番は?」
「・・・?・・・・」と彼女は困った表情(改まって問われれば誰でも考えちゃうよね)
「数を数えることです」と説明し直す場面もあったっけ。

こういう指摘に象徴されるように、マツゲンさんは、
オケ全体を調和させ、潜在的な力を最大限に引き出そうとしていて
その最大のポイントを「数を数える」ことに置いて指導してくれている。
この土台なしに良い演奏はできないことを痛感した合宿でもあった。

練習中も「鬼のように数えること」とか
「皆さんはどこで数えてる?・・・腰で数えるんですよ」とか
「次の小節で速くなってしまうのは、前の小節で長音を数えてないから」とか
同じく休符を必ず数えることや、何拍子で数えるかまで指示された。

こうやって、音楽の骨組みのテンポが揃いはじめたあとで、
音色や表現への指摘も加わっていった。

音色の出し方も具体的で、ボーイングを合わせるだけでなく、
弓のどの部分を使うべきかや、弓を動かす速度を合わせること。
「大きな強い音を出すコツは、音程を合わせることです。一人が頑張って
でいくらでかい音を出しても全体が揃ったときにはかなわない」
「指揮者がもっと大きくと言ったら、音程を合わせること」などなど。

オケ全体が「誰の音」に合わせるかについても、クラリネットだったり
チェロだったり、その音を取り出して、オケ全体をどのパートが
リードして行くべきかを見せてくれていた。

面白い練習では、速いパッセージがぐちゃぐちゃになっているとき
全員で同じ部分をピッチカートで練習することも繰り返された。
その目的も明確で、右手の弓から意識を外して、左手だけに集中し
音程をしっかり取ることだった。

こうしていろんな刺激を受けた総練だったけど、今回もコンミス主催の
弦楽楽アンサンブルもやはり行われた。


あのいたずらもので ものすっご~くパワフルなコンミスが
阿弥陀くじみたいな組み合わせツリーを作成して、6組に編成。
それから1時間半ほどそれぞれグループで練習して、夕食後に発表会となった。
今回は二回目だったので昨年ほどの緊張感なく楽しい発表会だったな~。

それにしてもコンミス考案のこの練習法はすごい効果を発揮していると思う。
自分のグループは何番のバリエーションを発表するかを決める為には
一通り全部の曲をグループで演奏してみるしかないし、ひとたび選べば、
これまた発表に向けて真剣に練習するので、練習効果はばっちりなのだ。

 

さて、合宿とはいえ、家庭の事情で初日深夜に帰宅し、二日目早朝から南房総まで
ひとっ走りして朝9時からの総練に間に合わせようとしていたのだけど
思わぬアクシデントがあった。

千葉市を出て、市原~君津~富津と走るうちに、いつのまにかナビ上では
マイカーは東京湾上を走っているではないか!
いくらリセットしても、相変わらず車は海の上。海ボタルなど追い越して
海岸あたりをうろうろしている。

どうやってもナビが直らないので、合宿場の場所が分からない。
もしかしたら、車を止めて再起動すれば直るかもと思ったけど、高速道路で
止めるわけにもゆかず、高速の降り口も分からなくなり、気付いたら終点の
館山近郊まで行ってしまった。

マツゲンさんの指導の総練にぜひ出たかったのに、9時を過ぎても
海岸道路をウロウロしている始末。
総練は9時からだけど、もう始まってしまった。こうなると途中から
チューニングもしてないチェロを抱えてみんなの間をすり抜けて着席する
ほどの勇気など僕は持ち合わせて無い。
困ってコンビニで一服して逡巡していたけど、こんなことしてても仕方ないので
恐る恐る会場に入った。



まさか、今年もオケをこんなアングルで撮影することになろうとは、とほほ・・・
(去年は昼寝で寝過ごして通し練習に30分も遅刻してしまったのだ)

それでも5分間の休憩タイムにオイリアンテの通し練習から中に入ることができて、
なんとか刺激的で楽しい練習に参加できることになってよかった。

いろいろあった合宿だったけど、帰りにお天道様が出てきて楽さだけが残った。

 

 


客演指揮者による初練習。ハラハラそして良かった!

2011年11月27日 01時25分14秒 | 市原フィル

今日の総練は、来年2月の定期演奏会の客演指揮者を迎えての初練習が行われた。

指揮を執るのは松元宏康氏。愛称マツゲンさん。
各地の一流ウィンドオケやプロオケで指揮を重ねた後、沖縄で新設されたプロ・オケ
「琉球フィル」の常任指揮者に就任するなど、今注目される若手指揮者の一人。

事前にブログなどで写真を拝見すると、ダウンタウンの「浜田 雅功」に似ている。
だからちょっと面白いんじゃないかな~と思っていたら・・・
ブラームス「ハイドンバリエーション」から始まった練習では
全く甘えさせるようなところはなく、いきなり
「コンミスが先に出てどうするのよ」
「あなたコンマスなんだからしっかりしてくれないと・・・」
てなタッチで我が愛すべきコンミスに対して一発かましてくれた!


管楽器出身の指揮者だと思い込んでいたけど、
その後も弦楽器への注文が立て続けに出された。

「バイオリン、指揮を見てない。全体練習では全体でしか出来ないことをやりましょう」
「指揮を見られるレベルまでやってくること、それが個人練習です」
「ビオラ、今日は一人かも知れないけど、本番は8人? 音でか過ぎ、一人分で弾いて下さい」
「弦楽器の皆さん、呼吸をしていないでしょ、ちゃんと吸って吐いて、呼吸してください」

初顔合わせで、コンミスも、頼れるビオラ嬢も、つつきまわされている感じでハラハラした。
誇り高き我が楽団との緊張関係が、次第に高まってきているのではないか・・・
この先どうなんだろう・・・全体にピリピリだよな~・・

さて次は・・・と思っていると・・・あろうことか・・・
「チャン チャラ チャラチャ チャッン・・」
と誰かの携帯から着メロが鳴りだした。
紛れも無く「のだめカンタービレ」のテーマソングではないか!
カバンの中にでも入っているのか、なかなか鳴り止まない・・・

「誰だ~携帯鳴らしているのは!非常識だ!」
”バキッ!”と指揮棒が折られ、投げつけられる・・・と思いきや
指揮者殿は、メロディーにあわせて楽しそうに歌ってるではないか

「ひょっとしたら、この人いい人かも・・・」と感じた瞬間だった。
鳴らしたのはクラ爺。「おなら体操」でなくてよかった ( ̄▽ ̄;)


その後も指導は続き
「やっぱり、このオケの弦の問題は、呼吸をしてないこと。みんな息を詰めて演奏している!」
ときつい指摘があり、指示通りに呼吸を合わせて(息を吐きながら)ボーイングをすると
「ほら全然違ったでしょ。」
「え?反応が無いのは、分からないからなのかな~。」
「もしこの違いが分からないなら いくらやっても音楽で上手くなるのはあきらめたほうがいい!」
というやり取りもあったっけ。(う”ぇ~、おいら分からなかった・・・やっぱ才能なし・・)


ちょっとハラハラしたけど、前半が終わって休憩に入ったとき、仲間に聞いてみると
「結構面白いよね~」という人も、「いや~・・○△□」と首をかしげる人もあった。
最初の”クローズエンカウンター”は、お互いの品定めなのかもね。

 

休憩後は大曲「ブルックナー第4番」に取り組むことになった。

いよいよ、本命が始まるぞ~・・・と思ったら、
ブルックナーの楽譜についての調整会議になった。

ブルックナーはハース版とノーヴァク版があることは知っていた。
現在オケに配布されているのはハース版。
マツゲンさんは両者を比較検討した結果、ノーヴァク版が優れていると判断したとの説明があった。
指揮者と楽譜担当との行き違いがあったのか、あるいはブルックナーだからなのか、
なかなか珍しい光景を見ることができた。

指揮者から各パート譜の違いを説明したり、全体で拍子が違っている場所を書き込んだり、
オーボエやトランペットの担当からの質問に答えたり、
逆に指揮者がパートまでに出向いていって、譜面を確認したりの時間があった。

ちなみに僕の手元にある朝比奈隆のCDには大きく「ハース版」と書かれている。
巨匠・朝比奈隆はハース版にこだわりを持っていたのだと思う。
(聞き比べてもほとんど違いは分からないのだけど)

 

さて初ブルックナーの指揮棒はおろされた。
「今日はお手並拝見」で、一通り通すのだろうと思っていたけど、
指揮者から、今日は予定を変更して第一楽章に絞らせてくださいと宣言があった。
それはそうでしょ、ブルックナーはただ通すだけでも1時間の超ロング曲なんだから。

その後の指揮者とオケの関係は、随分いい感じになっていったと思う。

マツゲンさんの指導どおりに演奏すると、明らかに音が違ってくることが感じられてきた。
ブルックナー冒頭の弦のppのトレモロが、見違えるように良くなり、
その上に乗せてホルンが美しいソロを演奏したときは、ホルンを褒め称えていた。


その後の惜しみない指導で印象に残ることをいくつか書いておこう。

「オケにとって一番大事なことは何か?それは数えること」

ベルリンフィルやウィーンフィルの団員に聞いても必ず返ってくるそうで、
指揮者の数え方と楽団の数え方の歩調を合わせることが一番大事であること。
その数え方は2分の2であっても、パートによっては4つに数えたり、6つに数えたりしないと合わないなど
具体的な指示が出されてゆくと、その後の演奏は大きく変化していった。

「オケにとって二番目に大事なことは?それは、呼吸を合わせること」

指揮棒の速さは何を表しているかというと、これは呼吸を表現しています。
弦楽器にとって呼吸はボーイングのスピードで、指揮の速度にボーイングを合わせるように。

圧巻だったのは、1楽章での金管コラールだった。

チューバが参加しているので、今日は素晴らしい金管アンサンブルだと感じていたけど
「演奏会場の音響はどうですか?」
「良いです」
「それなら音符をはっきり切って演奏してみてください」
と指導すると、ブラスのコラールは圧倒的な迫力とまとまりで迫ってきた。
そのコラールにはブルックナーの魂が乗り移っているようで、涙が出てきて困った。
ブルックナーに感動しているからなのか、指揮者と団員のハーモニーが嬉しかったのか・・

指揮者の的確な指摘と、それに応えてゆく団員の情熱で音楽が出来上がってゆく素晴らしさ。
学食でオケ練習の音に包まれていただけで感動していた、20歳の感覚がよみがえってきた。

僕にはマツゲンさんは大変才能のある、素晴らしい指揮者だと感じられたし、
こういう指揮者に触れられることは大変幸福なことなんだと思った。

■追記:ブルックナーを聞きながら他のアドバイスをいろいろ思い出してきた・・・

1)ドイツ音楽の鉄則、付点音符は後ろにくっつけて演奏すること
2)みんな思っているよりブルックナーはゆっくりと演奏すること
3)フレーズの終わりを流すのではなく弾き切ること (1楽章51小節からのチェロ)
4)三和音では、基音はどっしりと、三音は低く、五音は高い気持ちで(眉毛を引き上げる感じで)
5)グルーブ感を大切に(Jazzのグルーブと一緒)、これが違うと合わない
6)速いフレーズは弾けないのではなく、きちんと数えられていないから
7)なぜ出だしが合わないかというと、休符の間同じグルーブで数えていないから