チェロへの道の最後の直線を走りはじめたきっかけは、NY発のあるBLOGだった。「弦楽器の音色」という表題が気になり、読み始めたら止まらなくなった。書き人はYOYOMAのコンサートに衝撃を受け、レンタルチェロを借りてレッスンを受けながら、楽器購入そして市民オーケストラへの参加という道筋を歩んでいた。
それだけなら「ふーんそうやるんだ」程度の話でとどまっていたかもしれない。でも「弦楽器の音色」が僕の心を振るわせたのは、チェロとともにNYで生きるその人のかっこよさ、颯爽とした生き方のような何かだった。自立し、冷静さと熱情、クールな客観性と豊かな感受性を併せ持った文章から、はじめは男性かと感じた。やがて外界と内面へのみずみずしい感性の持ち主は日本で活躍した後、アメリカを拠点にビジネスで日米欧を飛び歩いている女性だと分かった。
NYの街を、忙しいビジネスの合間を縫って、チェロを抱えてスタジオに消えてゆく。かっこいい!これをまねしないわけにはゆかない。学生時代オーケストラに参加していたことはあった。しかしそれだけで、音楽の道に復帰するにはバリアーがありすぎる。それが大人としてのくだらない障害だとしても、なかなか乗り越えられないものだ。しかし「かっこいい!」「素敵!」「ああなりたい!」という感動は、バリアなど初めからなかったかのように、飛び越えさせてしまう。
いま50代後半。分別の年齢?しゃらくせー。いま30年ぶりに「あーいいなー」という思いが湧き上がったなら、その心に素直に体をゆだねてみよう。50代の分別ってそういう、自分の心に素直に生きようとすることなのかもしれない、と今気づいた。
だとすると、妻がこんな高価な買い物に、何のためらいもなく賛同してくれたのも、ひょったしたら、そんなわくわくしている夫の心を久しぶりに感じられたから、後押ししてくれたのかも知れないなー。ありがとう。妻に感謝
それだけなら「ふーんそうやるんだ」程度の話でとどまっていたかもしれない。でも「弦楽器の音色」が僕の心を振るわせたのは、チェロとともにNYで生きるその人のかっこよさ、颯爽とした生き方のような何かだった。自立し、冷静さと熱情、クールな客観性と豊かな感受性を併せ持った文章から、はじめは男性かと感じた。やがて外界と内面へのみずみずしい感性の持ち主は日本で活躍した後、アメリカを拠点にビジネスで日米欧を飛び歩いている女性だと分かった。
NYの街を、忙しいビジネスの合間を縫って、チェロを抱えてスタジオに消えてゆく。かっこいい!これをまねしないわけにはゆかない。学生時代オーケストラに参加していたことはあった。しかしそれだけで、音楽の道に復帰するにはバリアーがありすぎる。それが大人としてのくだらない障害だとしても、なかなか乗り越えられないものだ。しかし「かっこいい!」「素敵!」「ああなりたい!」という感動は、バリアなど初めからなかったかのように、飛び越えさせてしまう。
いま50代後半。分別の年齢?しゃらくせー。いま30年ぶりに「あーいいなー」という思いが湧き上がったなら、その心に素直に体をゆだねてみよう。50代の分別ってそういう、自分の心に素直に生きようとすることなのかもしれない、と今気づいた。
だとすると、妻がこんな高価な買い物に、何のためらいもなく賛同してくれたのも、ひょったしたら、そんなわくわくしている夫の心を久しぶりに感じられたから、後押ししてくれたのかも知れないなー。ありがとう。妻に感謝