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心理学オヤジの、アサでもヒルでもヨルダン日誌 (ヒマラヤ日誌、改め)

開発途上国で生きる人々や被災した人々に真に役立つ支援と愉快なエコライフに渾身投入と息抜きとを繰り返す独立開業心理士のメモ

白い嵐ーアルバトロス号最後の航海 ソニー・マガジンズ 1996

2006-08-27 10:14:59 | 
ゲストハウスに移ったので、
そこにある、かつての旅人が残していった本棚の世話になっています。

1961年に起こった、
19人の乗組員を乗せた帆船アルバトロス号が、
ユカタン半島からバハマへ向かう途中、
「白い嵐 white squall」と呼ばれていた、台風の一種に突然遭遇し、
船とともに6人が沈んでいった実話を、
乗組員のひとりの、当時17才の少年が、
1年後に書いた物語です。
映画にもなったとか・・・

バミューダ島を出発し、
カリブ海を、ヴァージン諸島トルトラ島・ペーター島、リーワード諸島、アンティグア島、レ・サンテ島、ドミニカ島、マルティニク島、セント・ルシア島カストリーズ、ピジョン島、トリニダート島ポートオブスペイン、グレナダ島、キュラソー島、と
小アンティル諸島伝いに南下し、
パナマ運河を通り、
太平洋のガラパゴス諸島を往復し、
バハマを経て、帰国するという経路の、
高校生を対象とした、オーシャンアカデミー社主催の
約8ヶ月間の記録です。

思春期の少年たちの興奮や不安の記述もさることながら、
ぼくには、これらのカリブの島々を旅した数年前を、生き生きと、思い起こさせました・・・

今は、海のない国に住んでいるからなあ・・・


ネパール・マオイストの No.2 が書いた本

2006-07-12 11:49:33 | 
Bhattarai, Baburam 2003, The nature of underdevelopment and regional structure of Nepal - Marxist analysis, Adroit Publishers, Delhi

この本は前にネパールを訪問した3年前に、タメルのプリグリムス書店で買いました。
ゲストハウスに持ち帰って、ぼくの印象を話していたら、ネパール人から「見せて」と懇願される一方で、「見えるところに出しておかないで、すぐ部屋に持って行って」と、緊張した反応をされたのが、印象的でした・・・

そうです、いわば、禁書だったのです・・・
テロリストとして手配されている人が書いたのですから・・・
(ただし、今は、テロリスト指定は解除されています)

バブラム・バッタライは、マオバディのNo.2、そしてネパールきっての秀才建築家として、ネパールでは超有名人です。
彼の1986年?の博士論文のデータ部分を新しくして、この年に公表したもののようです。

客観データをもとにした、緻密な経済分析が続きます。
・農業
・工業の遅れ
・資本分析
・地勢
そしてマルキストとしての対策を、具体的に、提示していきます。

この国のマオイストは、単なる武装暴力勢力ではないんだ、というのが第1印象。
政府は、こういう人材を持っているのだろうか・・・というのが、ぼくに浮かんだ疑問。


平尾さんとスルジェ

2006-07-12 09:43:37 | 
平尾和雄 1996「ネパール旅の雑学ノート 暮らし/トレッキング/スルジェ館その後」ダイヤモンド社

これを書いたときでネパール在住15年の平尾さんが、平尾さんらしく、自分の体験と関心にこだわって、書いた本。

・結婚し、宿を経営し、親族の世界を覗いたタトパニ村
・ポカラでの宿の復活
・親族呼称と義兄弟
・国民的定食ダルバート
・湯めぐりトレッキング
などなど

今回10年ぶりに読み返してみて、ぼくのネパール理解がすこしは深まっているんだな、と感じました。
わかる、わかる・・・

平尾さんとスルジェとは、このポカラ時代に、ぼくは宿泊者として初めて会いました。アンナプルナ1周をやったときでした。
その後、スルジェが東京女子医大に入院しに来たときに、カンパを届けました。
この本が出た頃には、練馬のアパートに、毎週のように、訪問させてもらっていました。
そしてスルジェが亡くなりました・・・
足が遠のいています・・・

平尾さんは今はどうされているのでしょうか・・・・・・・・・・


奥山直司著 2003 「評伝 河口慧海」 中央公論新社

2006-07-07 13:55:33 | 
このネパールを含む地域に夢をかけた先達は多い。
注目すべき人で外せない1人が、河口慧海だと思います。

明治を迎える1866年に大阪・堺で樽職人の子として生まれ、終戦近い1945年まで生きた、チベット仏教を焦点とした、探検家であり、仏教研究者であり、チベット語研究者でした。

「チベット旅行記」全5巻、講談社学術文庫では、人間くさい、生き生きとした彼の記述を見ることができます。

1897年6月26日神戸港からシンガポールへ向かい、乗り換えて、カルカッタ港に入ったのは7月25日といわれています。
ダージリン、ブッタガヤでの情報収集とチベット語学習を経て、ネパールに入りました。
ネパールへの最初の旅行者と言われてもいます・・・

ボーダナートのチベット人巡礼者から間道情報を得て、ポカラからカリガンダキ沿いに北上して、ツクチェからドルポ地域に入り、30Kgの荷物と共に、ヒマラヤを単独で横断して、チベット高原には1900年7月に入ったようです。

カイラス山、マナサルワール湖の巡礼を経て(と言われているが、確証はないらしい)、ラサには1901年3月21日到着。
セラ寺の学寮に入り、苦学・・・

ラサからギャンツェ、南下してゼレプ峠を経て、約1ヵ月の旅の後、1902年7月3日、ダージリンに戻り、1903年5月20日神戸港に戻ったといいます。

20世紀初頭という時代は、大谷光瑞探検隊や、スェーデンのヘディン、イギリスのスタィンなど、中央アジアでは探検が並行して行われている頃でした・・・
そういう時代に生きていたかったなあ・・・

ぼくにとっては、旧知の地名が次々と出てくる興味ある探検行です・・・
ボダナート、ポカラ、ツクチェ、マルファ、ムクチナート、カイラス、マナサルワール、ヤルツァンポ河、ラツェ、サキャ、シガツェ・・・

河口慧海は、マスコミや学会の中心からは疑いをかけられたり、かならずしも後年は幸運とはいえなかった生活だったようです。

しかし、困難を切り開いて先に進んだ先達として、興味深い人であることは変わりません。

彼の大乗仏教の思想と実践は、「菩提心を発して菩薩行を修する者は生死自在の境地(輪廻の苦しみを脱却して幸福円満無礙自在の真境)に達することができる」と講演会などで語られたようで、ぼくは、ぜひぜひ、熟考していきたいと思っています・・・

山を旅する人の深層心理

2006-06-29 21:10:27 | 
PSIKOという月刊誌が今年に入って創刊されていることをネットで知りました。
「日本ではじめての心理学マガジン」で、米国の雑誌 psychology を追っているのだろうか・・・と思いました。

今回の一時帰国で、特集「心を解き放つ旅」につられて買ってみました。
P42-43に、本田美也子著で「旅の心理学入門」がありました。

ぼくの場合の記述を拾ってみると・・・

「ひとり旅は、その気ままさを覚えてやめられなくなるか、寂しくていたたまれなくなるかのどちらか」

「山は、苦しい思いの果てに制覇することで達成感、満足感、そして幸福感も得られる。・・・リラックスしたいなら海へ、リフレッシュしたいなら、山へ行こう。」

「山好きは、自然を愛し、自然食など体内からの美を求道する」

コメンテーターの篠原菊紀さんは
「海好きは、前頭葉活動の低下=癒しを求め、山好きは、前頭葉の上昇=活性化を求める」
「山では・・・一種の悟り、考えの転換が得られやすい」
と言います。

あっているんだろうなあ・・・
海と山の両方が好きなぼくは、時や場面で、選んでいるということなのだろうか・・・



古代から歩かれたヒマラヤ・パミールの道

2006-05-10 16:52:39 | 
 つい1ヶ月前まで生活していた(!)前任地のドミニカ共和国では、少年の頃から憧れてきた探検家コロンブスのエスパニョーラ島での足跡や想いを、文献を読みながら、追っかけてみました(カテゴリー・コロンブスの項を参照)。
 ここネパールについては、既にこうした本があるところが、やっぱり日本に近いアジアなんだと思います。

酒井敏明、2000、旅人たちのパミールー玄奘、マルコポーロはどの道を通ったかー、春風社
 1932年生まれの京大地理学専攻で、ヒマラヤ遠征や調査経験豊富な著者の、この本のなかの文章は、文献を実際に徒渉し紹介する確かさがあります。パミールとは、「ユーラシア大陸の中央部にあって、東のタリム盆地と、西のトゥラン低地を分け、天山、クンルン、ヒンドゥークシュなどの大山地を結びつける巨大な高山地域」だそうですが、南に接するネパール地域も含んで、この本では述べられています。
 古代から20世紀前半までの期間について、玄奘やマルコポーロだけでなく、旅人、張騫らの使節、法顕や宋雲、慧超などの僧侶、商人、高仙芝やベネディット・ディ・ゴーエシェなどの軍人、そして長谷川傳次郎や河口慧海、成田安輝、矢島保治郎、能海寛などの日本人の足跡について詳述しています。
 地図を開いてそれを見ながら、またその時代状況に想像を膨らませながら、読み進むのは、とても貴重で贅沢な時間と感じています。

酒井敏明、2005、世界の屋根に登った人びと、ナカニシヤ出版
 この本は、同じ著者が、読み物風に、まとめたもののようです。ヒマラヤ登山の曙が、同時代に生きてきた著者の感動と共に、詳述されています。

ネパールの、全史と現代政治思想

2006-05-09 13:39:01 | 
なによりも人に関心のある心理学オヤジとはいえ、人が生きるコンティナーとしての社会の歴史と政治や、諸制度などを知ることを抜きにして、アプローチしていくことは不可能ですよね、やはり・・・

マンジュシュリ・タパ 著、萩原律子 河村真宏 訳 2006、ネパールの政治と人権ー王制と民主主義のはざまでー、明石書店
 今年1月に出たばっかしの新しい本で、ネパール滞在経験のある方々が翻訳し、読みやすい文体に仕上がっています。原著は前年の出版で、30代のネパール人女性が著者です。王制派でもマオイストでもない、ある意味で現実に距離を持ったシニカルな、この国の若きインテリの思考パターンのひとつの形が伝わってきます。

佐藤和彦、2003、ネパール全史、明石書店
 1932年生まれの、ネパール研究、数十年の大ベテランが、実証的な資料にのみ依拠する姿勢を維持して、古代から現代までを、770ページを使って述べた大作です。たびたび、この本に戻って、ネパールの状況に出てくる地名や名前の、歴史的な背景を確認していくことになるだろうと思います。

多面的にネパールを知る本

2006-05-08 20:55:17 | 
トレッキングの身体疲労が、すぐには取れない年になってしまっています。
背筋とか、アキレス筋とか・・・
そこで、日本から持ってきた本に手が伸びています・・・

ここでは、ネパール社会を百科事典的に項目別に多数の著者が書いているものを紹介します。
カースト、マイノリティ、生きている民俗信仰、教育の実際、登山の歴史、国際協力、王制、民主化、生活の変化などが、今日のネパール理解のキーワードのように思います。

(社)日本ネパール協会 編、2000、ネパールを知るための60章、明石書店
 研究者や協力経験者などが揃う団体が編集ならではの、57人の著者による多岐にわたる内容です。「ネパールのさまざまな断面の分析、解説」を目的としているといいます。

 pp216-220に、タトパニのカリガンダキでも見た、釣り針を使わない(!)、アサラのパソ釣りが紹介されています。写真は、今回、実際に見た村人の釣り上げシーンです。

石井溥 編、1997、アジア読本 ネパール、河出書房新社
 22人の著者によって、上の本よりは少ない38項目について、分担執筆されていて、その分、読みでがあります。


ヒマラヤは「雪のすみか」の意

2006-05-08 11:03:34 | 
今回のトレッキングは、次のガイドブックが最新のようなので、参考にしました。
Bryn Thomas, 2005, Trekking in the Annapurna region - fourth edition, Traiblazer Publication, UK

一般的なガイドとしては、
ブラッドリー・メイヒュー 他、2004、ロンリープラネットの自由旅行ガイド ネパール、(株)メディアファクトリー
原書、Bradley Mayhew, etc, 2003, Nepal - 6th edition, Lonely Planet Publication Pty Ltd, Australia の翻訳シリーズです。

ブログのタイトルに使っているヒマラヤについて、P.344に「ヒマラヤという言葉は、サンスクリット語で、雪のすみか abode of snows を意味する」とあります。 

そして海外旅行の定番ガイド、地球の歩き方 ネパール 05-06 です。

写真はポカラからのダウラギリ8167m、遠望です。

分担著書「スタートライン臨床福祉学」出版

2006-03-11 03:01:19 | 
丸山晋 松永宏子 編集、「スタートライン臨床福祉学」1600円+税 が、弘文堂から3月15日に出版され、本が手元に届きました。
第Ⅸ章「多文化のなかの臨床福祉」を、分担執筆しました。

現在は小平に移転しましたが、市川にあった国立精神保健研究所の研究者が編者になって作られた、福祉系学生向けのテキストです。

定義や理論、方法や実際のサポートなどだけではなく、地球的な視点を入れているところがユニークと思います。
・・・自画自賛・・・?ぜひお読みください・・・

ヘミングウェイ 「海流の中の島々」 上下

2006-02-10 03:58:09 | 
ヘミングウェイ 「海流の中の島々」上下 新潮文庫

1961年夏の自死の後に保存してあった原稿が、前妻などによって編集されて、70年にアメリカで出版され、日本語訳は翌年に出ました。対話の多い内容で興味深いのですが、今日の日本語からすると、やっぱり古い!

画家として登場するトマス・ハドソンは、ヘミングウェイと二重写しで理解できるし、分かれた妻との間の3人の息子や、彼が住んだハバナ近郊の名前についても、そうだと言われているようです。
つまり、伝記として読めるということです。

メキシコ湾の自然を舞台に、展望なく進む熱烈な愛、敵を追う戦争の中での死への向き合いなど、激しさのある展開でした・・・
激烈な想いと行動をした、大変な人生を生きた人なんだなあと感じています・・・




PLA と援助研究の入門図書

2006-01-23 00:20:16 | 
プロジェクトPLA編、2000、「続 入門社会開発-PLA:住民主体の学習と行動による開発」、国際開発ジャーナル社

インターネットの国際協力・地域開発メイリング・リストで呼びかけられ、執筆者がメイリング・リストの場で準備し完成された本。
PLA( participatory learning and action 住民主体の学習と行動)を焦点に、きわめて現実感の在る、2つの架空の村での活動を例示して、アプローチ(あるいはパラダイム)の違いを実感する、パート1.
PLAの理論編の、パート2.

佐藤寛編、1996、「援助研究入門-援助現象への学際的アプローチ」、アジア経済研究所

政治学、経済学、NGO論、社会学、文化人類学、地域研究、心理学の立場から開発援助について、役割や視座などを述べています。
「援助の目的は、人間生活のすべての側面にわたる」から、という理由です。

心理学は、当時UNICEF駐日事務所の久木田純さんが担当です。
「開発における心理的側面の重要性を認識」することや、「内発的動機づけ」「エンパワーメントのプロセスとその心理的側面-効力感・制御感・所有感」「態度変容」などについて、言及していますが、臨床分野には触れられていません。

ぼくは、国際協力分野に入るころに、最初は読んだ本です。
心理学分野からこの分野にさらに人が増えて、ここの理論がさらに展開されていくように、期待しています!

定期購読誌

2006-01-19 00:20:41 | 
任期終了が近くなり、定期購読誌の住所変更準備を始めました。移転先が決まっていないんですが・・・
ちなみに、次がリストです。

多文化間精神医学会 「こころと文化 psyche & culture」
日本精神分析学会  「精神分析研究」
日本臨床心理学会  「臨床心理学研究」
日本心理臨床学会  「心理臨床学研究」
日本家族研究・家族療法学会「家族療法研究」
精神医療編集委員会 「精神医療」
おりふれの会    「おりふれ通信」
ヒアリング・ヴォイシズ研究会「ヒアリング・ヴォイシズ ニュースレター」
旅行人 「旅行人」
日本国際ボランティアセンター(JVC)「Trial & Error」
国際協力NGOセンター(JANIC)「NGO通信 地球市民」

そして、過去の住所異動にまぎれて、会員切れになった「精リハ」関係の雑誌があります・・・

現在の派遣関連で届く3つの雑誌;
国際開発ジャーナル社「国際開発ジャーナル」
JICA青年海外協力隊事務局「クロスロード」
JICA      「monthly Jica」

イメージと人間

2006-01-18 09:23:54 | 
藤岡喜愛 1977「イメージと人間」NHKブックス

独創的な精神人類学を提起した、京大出身の今西学派に属する、もと植物学者。
その方法に加えて、ロールシャッハ法を用いて、奈良の山村・ネパールヒマラヤ・アフリカの狩猟民ワティンディガ・フランスなどの人々のプロトコルの比較を通して、精神の進化について論証した研究者です。
ぼくが学部時代に彼の論文に凝っていて、担当教官が彼を京大人文研から集中講義に招いてくれました。菊池哲彦教授に感謝!

「外界集合--知覚集合--内界集合」という連関を指摘して、「外界は、個体へ影響をおよぼす外界の要素の総体であり、知覚は内界、外界についての知覚の総体である。内界は個体内部の個体が独自につくる世界であり知覚をとおしてつくられ、知覚をとおして外界に影響をおよぼすものである。p。118」と述べる。

「ジガバチは地中のヨトウムシの幼虫を探索し、痲酔をかけ産卵し、幼虫のえさとして格納する。このとき、ファーブルにはジガバチが確信を持って土を掘り、知っているかのようにヨトウムシの神経節に針をさすことを認める。これを「知っている」といってどこがいけないのであろう。ジガバチにとってはジガバチの種に特有の感覚器感は与えられており、それに反応する外界も与えられており、そのジガバチの可能世界で「外界--知覚--内界」の関係を独自に形成している。すなわち、その種特有の精神を持っている。」

 「ひいてこの関係が認められているところに、藤岡氏はすべて精神を認め、植物や原生動物にもこれを認めている。進化的には、原初の生物が発生したときより、精神は発生したと見ている。知覚が種に特有なものとして与えられているかぎり、それを通した外界も内界も種特有のものを持つ。その関係を精神とすると、種には種ごとの精神を持つといってよい。精神は与えられた知覚を使って、より認識(外界+内界)を拡大せんとして知覚すなわち身体器官を発達させようと(ラマルクの言を借りると、内部感覚、内的欲求の刺激がくり返される方向に)進化したと考えることが可能であるならば、わざわざ、祖先種のハチが突然盲滅法に、土をほりかえし、たまたま蛾の幼虫を見つけた個体が生き残って、たまたま蛾の神経節にうまく針をさすことのできた個体がうまれ、たまたま同じような習性をえた個体と交尾し・・などと煩わしく不愉快な漸進説から解放されるだろう。http://www.geocities.co.jp/NatureLand/4270/imanishi/spirit.html より」

こころの考古学

2006-01-18 09:00:24 | 
上野佳也 1985「こころの考古学-猿人からの心性の進化」海鳴社 1985

考古学専攻の著者が、旧石器時代に遡り、生活の跡や、道具の観察から、「ヒトの心性が系統的にどのような過程を経て発達してきたか」について述べています。

著者はまず、ワロン「認識過程の心理学」から、「場面の知能」としての「周囲の状況に対する適切な、直感を含んだ反応行動。実際的な知能であって、動物でも持っている。」と、「知識」であり「言語に基づいて、表象(心像、思考)によって働くもの。」の2分に従います。

そしてその2つの間に、「運営の知能」として「狩猟行動のプログラムなど、現実的な行動を処理するための知能」を提唱しています。
そして「旧人の段階の達するころ、来世観を伴う世界観に成長した」と結論付けます。