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人生のアタックチャ~ンス

2011年05月23日 01時40分00秒 | 雑談
さよならミスターアタックチャ~ンス

 テレビ朝日系「パネルクイズ アタック25」の司会で知られた俳優児玉清(こだま・きよし)さん(本名・北川清=きたがわ・きよし)が16日午後0時28分、胃がんのため都内の病院で死去していたことが17日、明らかになった。77歳だった。がんが肝臓に転移し、4月からすべての仕事を休止。本人はがんであることを知っていたという。この日夜に会見した長男大祐さん(41=会社員)は「立派な父でした」と気丈に話した。

 児玉さんは、病室で妻好子さんと長男大祐さんにみとられ息を引き取った。東京・渋谷区の自宅兼事務所で会見した大祐さんによると、4日前に容体が急変したという。目にうっすらと涙を浮かべながら「父はずっと復帰するつもりで頑張っていた。最期は苦しまずに休まれました。十分立派な父でした」と気丈に話した。遺体は、16日深夜に自宅に戻った。

 児玉さんは今年2月下旬に食欲不振などの体調不良を訴え、都内の病院で検査した。3月中旬に胃がんと判明し、同時に肝臓に転移していることも分かった。ほぼ末期状態で、手術ができる状態ではなかったという。抗がん剤治療も1度行われたが、効果がなかった。大祐さんは「父は病院嫌いで、昨年も病院で『胃カメラをのんでみては』と言われていたのですが、その時は辞退していた」と振り返った。

 3月23日にNHKBSプレミアム「週刊ブックレビュー」の収録を行ったのを最後に入院し、治療に専念した。同31日、事務所を通じて「肝機能障害」と発表し、「アタック25」の収録をキャンセル。その後のすべての仕事を休止、延期するとした。病名を肝機能障害としたのは家族の意向で、児玉さん自身はがんであることを知っていた。大祐さんは「切り絵や、絵を描きたいと言っていた。でも何よりも仕事に戻りたいという気持ちが強かった」。

 児玉さんは02年に長女奈央子さん(享年36)をスキルス性胃がんで亡くしている。4歳の息子を残し、自宅で亡くなった。くしくも奈央子さんと同じ胃がんが死因となった。

 児玉さんの代名詞ともなった「アタック25」は、75年の放送開始以来36年間続く長寿番組となった。歯切れのいい進行ぶりと、こぶしを握る「アタックチャンス」のポーズが茶の間の人気を集めた。トータル出演回数は1793回を数えた。

 ◆児玉清(こだま・きよし)本名・北川清。1934年(昭9)1月1日、東京都生まれ。学習院大独文学科卒。東宝の第13期ニューフェースで58年に「隠し砦の三悪人」で俳優デビュー。映画「戦場にながれる歌」、日本テレビ系「花は花よめ」など多くの作品に出演。司会者として、75年からテレビ朝日系「パネルクイズ アタック25」、91年からNHK「週刊ブックレビュー」を担当。読書家で、著書に「寝ても覚めても本の虫」などがある。元東宝女優だった妻好子さんとの間に1男1女をもうけた。

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