徒然なるままに、一旅客の戯言(たわごと)
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PAXのひとりごと
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BA038/17JAN PEKLHR - AAIB Bulletin S1/2008

 先月、ロンドン・ヒースロー空港で起きた英国航空038便( BA038/17JAN PEKLHR ; G-YMMM ; Boeing777-236ER )の事故を受けて、英国の航空事故調査委員会(英国内の民間航空機事故調査に全責任を持つ英国運輸省の一部局) AAIB: Air Accident Investigations Branch から、Special Bulletin が発行されました。

未だ、内容を熟読していないのですが、思わぬところで安全勧告が出されています。

このあたりからも冷静に客観的調査を徹底的に行っている様子が想像されます。

当該機の飛行経緯は、概ね今までの発表の通りです。


当該機は最終巡航高度 FL400 から、FL110 へ降下、LAMBOURNE VORDME (LAM) で5分ほど Holding した後( Holding 中に FL90 まで降下;注 英国の Transition Altitude は 6000 )、Rwy 27L ILS Approach コースへとレーダ誘導された。

Autopilot および Autothrottle により、Rwy 27L への ILS 進入を開始、1000 ft (AGL) で Final Config ( FLAP 30 )となり、進入を継続。

Landing Briefing 通り、高度約 780 ft (AGL) において、 PF である F/O が着陸へ向けて機体の制御を take over した。その直後、Autothrottle が両エンジンに推力増加の指示を出している。

両エンジンは、最初それに追従したが、720 ft (AGL) で右翼の No.2 Engine の推力が低下、その約7秒後、左翼の No.1 Engine も No.2 Engine と同レベルまで推力が低下した。

両エンジンとも停止( shut down )することは無く、推力は出していたが、その推力は、Flight IDLE よりは高いものの、Autothrottle が指示した推力には達していなかった。

その後、両エンジンは Autothrottle からの指示にも、Cockpit Crew による Thrust lever 前進による指示にも反応しなかった。

Autopilot は GS path を維持すべく作動したので、200 ft (AGL) で速度(指示対気速度)は約 108 kt まで低下した。

地上、約 175 feet で Autopilot が解除され、その後、機体は急激に降下、外周フェンスを越して、滑走路終端から 1000 feet 手前に主脚が接地した。


飛行経緯で、今回明らかになったこととしては、Autopilot が 175 feet まで engage していたことでしょうか。

エンジンからの推力が満足に得られないのに、on Glide Slope を維持しようと、破綻しない範囲でピッチを上げ、結果、IAS が 108 kt にまでも低下したのでしょうね。

システム、エンジンからは決め手となる原因は発見できていないようです。


当該機に搭載されていた DFDR: Digital Flight Data Recorder, CVR: Cockpit Voice Recorder, QAR: Quick Access Recorder のデータ、及び、各種システムが備えていた不揮発メモリ内のデータが解析可能な状況だった。

記録されていたデータによると、当該機のシステムに異常は見られず、Autopilot および Autothrottle は最後まで正常に動作しており、エンジン制御システムも、推力が失われる前後においても、正しいコマンドをエンジンに出していた。

当該機エンジンには、バード・ストライク等の外的損傷は認められず。

EEC: Electronic Engine Controller および QAR からダウンロードしたデータには、制御システムの異常動作の記録は認められず。

No.2 Engine の推力が低下し始めた時点で、EEC は燃料流量 Fuel Flow の減少に正しく反応、No.1 Engine の EEC も No.1 Engine の推力低下に対して、同様に正しく反応していた。

燃料流量を制御するバルブは、両エンジン共に、Fuel Flow を増加すべく全開の位置に動いたことを示すデータが記録されていた。また、回収した当該バルブにも、メカニカルな問題は見つからず。

両エンジンの低圧燃料フィルターに汚れはなし。

両エンジンの FOHE: Fuel Oil Heat Exchanger に損傷なし。No.2 Engine の FOHE に汚れはなかったが、No.1 Engine の FOHE の燃料取り込み口には、幾つかの軽微な汚れがあった。

高圧燃料フィルターに汚れなし。

両エンジンの高圧燃料ポンプを調査したところ、加圧側ベアリングと燃料出口との間で異常なキャビテーション(「空洞現象」と訳されるが、大雑把にいうと、高速な液体の流れにおいて、短時間の間に気泡ができて消滅する現象)が発生した形跡があった。

このことから、高圧燃料ポンプへの燃料供給が制限されたか、過度のエアレーションが発生した(燃料に空気が送り込まれた)ことが考えられる。が、ポンプの製造者は、仮にそのような状態になっても、全開の燃料流 FULL fuel flow を行うだけの性能を有していると推定。


と、なぜにエンジンが推力を失ったのか特定するまでには至っていません。

燃料の分析においても、燃料汚染は確認されませんでした。

AAIB が着目したのは、エンジンのとあるバルブ( Spar valve )が両方のエンジン共に OPEN の位置であったことです。

これが、現場で大量の燃料漏れが発生した一因と考えられるからです。

緊急脱出 Evacuation をするにあたり、Cockpit では Evacuation に向けた procedure が実施されますが、その中では、エンジンへの燃料供給を防ぐため、エンジン燃料供給スイッチを CUT-OFF 位置にして、また、火災を防止するため、エンジン消火ハンドルを操作することになっています。

ボーイング社が発行した Evacuation Checklist では、先ず、Fuel Control SW を CUT-OFF にし、その後で FIRE handle を操作するような手順で並んでいます。

英国航空の、つまりはオペレータの Evacuation Checklist は、PIC が Fuel Control SW を CUT-OFF し、F/O が FIRE handle を操作するように書かれており、そのチェックリストに、ボーイング社は異議をとなえていませんでした。

Evacuation は一刻を争うので、担当タスクを分けているのでしょうが、担当タスクを分けることで、Fuel Control SW の CUT-OFF と FIRE handle の操作との順序関係が担保されなくなる可能性があるのですが。

今回、Engine Fuel Spar SHUT-OFF バルブが OPEN 位置であったことに着目した AAIB は、Fuel Control SW を CUT-OFF にしても、Spar SHUT-OFF バルブが閉まらない状況が起こり得ることを発見・実証しました。

(詳細は省略します)

これに関連する事象は、ボーイング社でも認識済みで、777 Operator に対して Service Bulletin を発行しており、FAA: Federal Aviation Administration (米国連邦航空局)でも対応する AD: Airworthiness Directive (耐空改善命令)を出しています。[当該 AD の実施期限は 2010 年 07 月]

今回の事故では、接地の衝撃で、脚が破損、翼に突き刺さったり、サーキット・ブレーカが抜けたりしました。つまり、電気系統が緊急脱出前に損傷を受けた訳です。

そのような状態になることは極めて稀ではあるのでしょうが、電気系統が今回の事故の衝撃で陥ったような状況下で、Fuel Control SW を CUT-OFF する前に FIRE handle を操作した場合、Fuel Control SW を CUT-OFF にしても、Spar SHUT-OFF バルブが閉まらなくなることを AAIB は突き止め、以下のような安全勧告を出しました。

Safety Recommendation 2008-009

Boeing should notify all Boeing 777 operators of the necessity to operate the fuel control switch to cut-off prior to operation of the fire handle, for both the fire drill and the evacuation drill, and ensure that all versions of its checklists, including electronic and placarded versions of the drill, are consistent with this procedure.

ボーイング社はこれを受けて、去る2月15日に、上で述べた Service Bulletin に該当する機体のオペレータは、緊急脱出とエンジン火災時のチェックリストで、FIRE handle 操作前に Fuel Control SW を CUT-OFF することを明記するよう、Multi Operator Message を発行しました。

この先、実際に起こるかどうかわからないような稀なことでも、可能性がゼロでなければ、このような安全勧告を出す姿勢に頭が下がります。

さて、原因究明は継続して行われるとのこと。

高圧燃料ポンプで発見された痕跡が再現するか、そして、そのときに、当該機に記録されていた各種データと辻褄が合うのか。

さらに、機体や燃料供給システムに及ぶ広範囲な調査が継続されるそうです。
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