このところ日本のマスコミはテポドン騒ぎで浮き足立っているが、日本と比べると他の諸国は格段に冷静なようである。7月6月付けの『The Times』(イギリスの保守系新聞。別名、ロンドンタイムズ)に、この問題に関する長文の論説が掲載されたそうだ。政治学者の岡本三夫氏(現・広島修道大学名誉教授)による同論説の翻訳が、私の参加しているMLで紹介された。転載自由とのことなので、ここに翻訳文を掲載させていただく。
◇◇◇◇以下、タイムズ紙の記事
No damage, no laws broken: so just what has made everyone so jittery?
被害も違法性もないのに、なぜ世界はナーバスになったのか
リチャード・ロイド・パリー
Analysis by Richard Lloyd Parry
岡本三夫訳
Translation by Mitsuo Okamoto
米国のスパイ衛星がミサイル発射台のテポドン2号を最初に発見してから7週間が過ぎ、その間、多くの新聞論評と外交交渉がこれにどう対処すべきかについて時間を割いてきた。
ミサイル自体の発見は5月半ばだった。その直後に、発射台近くの燃料トラックが目撃され、補助ロケットと補給燃料タンクがミサイルに装着された。それでも、昨日のミサイル発射が生んだショックと怒りとパニックから判断すると、突然だった印象がぬぐえないようだ。
東京では外交官と軍幹部が小泉純一郎内閣総理大臣の首相官邸に設けられた非常事態タスクフォースの右往左往ぶりがテレビに映し出された。新聞の見出しは「国際社会への衝撃」とか「恐怖―それは現実だった」という調子だった。外交官は世界へ飛んで、事件への対応を模索した。しかし、この危機感を生んだのは、実際はなんだったのか。
昨日の間に6基の中距離ミサイルが北朝鮮から発射され、数百マイル離れた海上に落下したが、被害はなかった。従来、北朝鮮が繰り返しやってきた実験だ。明らかに長距離ロケットの新しいテポドン2号大陸弾道弾も発射されたようだが、失敗したか、同じく遠い洋上で単独に破壊されたらしい。
これらの発射は物理的損害を与えることもなく、国際法にも違反しなかった。国際法は主権国家がミサイル実験をすることを認めている。ではなぜ、世界中の軍隊がルーティンでやっている軍事演習ごときにあのような激怒が起きたのだろうか。北朝鮮とその指導者の金正日があのような行動をとった動機は何だったのか。そして、世界はどのような対策を―もしあるとしたら―講じることができるのだろうか。
月並みの答は、金正日は極めて危険な指導者であり、彼の予測不可能性は狂気に近く、合理的な理由はないというものだ。安全で、豊かで、快適な日本の視点からするならば、まさにそう感じられるのだ。昨日の読売新聞は評論家の意見を書いている。
「多くの日本人は7月4日(米独立記念日)のスペースシャトル打ち上げに期待しながら就寝したが、朝になってテレビをつけたら、空を飛んでいたのは北朝鮮のミサイルだった。北朝鮮の指導者の馬鹿さ加減には言葉もない。頭がおかしくなったのではないか」。
小泉首相は似たような見解を表明した。「その意図が何であれ、北朝鮮にとってこれらのミサイルを発射するメリットは何もない」、と。
しかし、平壌から見ると世界はまったく違って見えるのだ。金正日は残酷な独裁者からも知れないが、狂人ではない。昨日のミサイル発射は北朝鮮とその指導者の不適合性だけでなく、主要国の不適合性を暴露している。
北朝鮮が北日本の空を超えて長距離ミサイルを発射してからほぼ8年になる。それ以来、北朝鮮を囲む環境は劇的に変化した。あの国は破局的な飢饉を経験し、西側とのかつてない純粋な和解の一歩手前まで漕ぎ着けた。2000年に、金正日は韓国の金大中前大統領とも、クリントン米大統領の国務長官マドレーヌ・オルブライトとも、初めて握手を交わした。しかし、いわゆる「太陽政策」という寛大なかかわりかたはブッシュ大統領の当選によって突然の終焉を迎えた。
ブッシュ大統領は有名な2002年の施政方針演説で北朝鮮を「悪の枢軸」の一味と呼んだ。1年後、金正日は「枢軸」の一員であるサダム・フセインが侵攻され、退位させられるのを目撃した。一方で、米国は北朝鮮が不法なウラン濃縮プログラムを実行し、核兵器製造能力を開発していると非難して、北朝鮮の現存する原子炉を買い取る約束を迫った。
これに対する北朝鮮の反応は核不拡散条約からの離脱とプルトニウム生産の開始であり、すでに10数の核弾頭を製造したかも知れない。北朝鮮は直接米国としか協議しないと宣言している。これに対して、米国はそれは北朝鮮のわがままを認めることであり、あらゆる協議は多国間でなければならないと突っぱねている。中国、韓国、ロシア、日本を含むいわゆる六ヵ国協議が何回か開催されたが、北朝鮮は譲歩していない。そして次第に明らかになってきたことは、米国がどれほど強く直接協議という考えに反対しても、米国には厄介者の金氏に決定的な影響を及ぼすことはほとんどできないということだ。
軍事力行使は論外である―すくなくとも現時点では―というのは、北朝鮮のミサイル攻撃が韓国に与え得る甚大な被害があるからだ。北朝鮮の唯一の同盟国である中国はこれまで北朝鮮に強力な圧力をかける選択をしていない。しかし、今年はじめ、米国は北朝鮮がマネーロンダリングと紙幣捏造をしていることを理由にマカオ銀行が北朝鮮と取引することをやめさせ、北朝鮮に圧力をかけることに成功した。
理性的な見かたからするならば、ミサイル実験は米国の金融的な圧力に対するリベンジの域を出ていないのかも知れない(7月4日の米独立記念日とほとんど同時のスペースシャトル発射というタイミングに合わせたミサイル実験は米国へのダブルパンチのようにさえ思われる)。
実験が北朝鮮の強力で自尊心の強い軍部―その支持なしに金氏の存続はあり得ない―を喜ばせることは疑いようもない。そして、さらには、実験は混乱と警戒を撒き散らすことによって金氏に利益を与え、彼の敵たちをたじろがさせている。
実験はまた、世界にはほとんどなす術のないことも裏書している。昨日のショックウェーブが広がると、日本は「制裁」の音頭とりを始めた。制裁の内容は北朝鮮の官僚の訪日禁止と貨客船の6ヶ月入港禁止である。しかし、この貨客船は帰国する修学旅行生を乗せて停泊していることが判明し、結局、入港許可になった。
これからの数日間、小泉政権は東京から平壌への銀行送金を停止させる措置をとるかも知れないが、送金は間接的なルートで可能になるだけの話である。米国は北朝鮮との商取引禁止措置に踏み切るかも知れないが、この措置には限界がある。何年も前に経済が破綻した国に経済的制裁を加えるのは容易なことではないからだ。
出入港禁止などのような付帯的措置に対しては中国が確実に反対するだろう。国連安保理大使たちがこれからの数日間この問題を討議するだろうが、中国の態度がカギとなるだろう。しかし、北朝鮮のサイズの小ささ、極端な隔離、経済危機の深刻さを考えるならば、選択肢がほとんどないことは驚くほどである。
おそらく、このことは昨日のミサイル実験が惹き起こしたパニックを説明してくれるかも知れない―それは、実験自体が脅威だということよりも、誰にもほとんど何をする手立てもないということだ。
◇◇◇◇以下、翻訳に添えられた岡本三夫氏の意見
今朝 衛星放送で米国のABCテレビを観ていましたが 北朝鮮は「極東の平和を乱したことは非難されるべきだが 国際法にも国際条約にも違反はしたわけではない」という論評がありました。
おしなべて 諸外国の報道では 北朝鮮のミサイル発射を一般的軍事演習の延長上に捉えているようで 「日本は騒ぎすぎだ」という論評もあります また ミサイル=核弾頭と連想する人も多いようですが これは短絡的です。
深夜に一部のMLには送信した英『タイムズ』紙の冷静な分析の拙訳を再送しますが 米英日の3国が国連で同一行動をとり 中露と対立している中 米英のマスコミは比較的冷静なのに比べ 独り日本のマスコミのみが 政府と同調して国民
の感情を煽る結果の報道に流れていることこそ 私には大きな不安の種です。
長く愛読してきた大新聞も 保守派の論客の「バッシング」 週刊誌上での執拗な攻撃 支局員暗殺などで ビビッてしまったのでしょうか。 最近は 社会の木鐸としての役割意識に乏しい紙面になってしまっているような印象をぬぐえません。上層部が戦後生まればかりになってしまったからだという理由だけでは説明できないと思います。
憲法第9条改悪 教育基本法改悪 共謀罪法案の提出 国旗・国歌の「押し付け」 防衛庁の防衛省への格上げなどなど 戦争のできる国家への準備がなされているなかでの 北朝鮮によるミサイル発射は「奇貨」として政府に利用され 虚偽のナショナリズム 国防意識 敵愾心を煽っています。
インターネットやMLで情報が交換できる時代ですから 「大本営発表」的な情報操作がアジア・太平洋戦争時代のように首尾よく行くとは思いませんが 大新聞や放送の影響は想像以上ですので 心してかからなければと気持を引き締めています。
◇◇◇以上、転載終わり◇◇◇
『The Times』の記事も、実のところ単に評論しているだけという面があり、その点では日本の大新聞の社説などとさほど変わりはない(転載させていただいておいて、岡本先生すみません)。しかし日本の大新聞とは、「煽るような口調であるかどうか」というところが違う。日本新聞、いやテレビや雑誌も含めたマスコミは、何かというとアクドイほどしつこい味付けにする(派手に派手に書き立てる)癖がある。その方が読者が喜ぶという判断なのだろうが、ニュースはドラマやバラエティー・ショーではない。受け手の方も、濃い味付けに慣らされてはいけない、とふと思った。
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