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稲塚権次郎の生涯

今年の秋に稲塚権次郎の生誕の地を訪問していました。
南砺市城端町西明です。

それから、家の光協会から伝記が発行されていることを知ったのです。
立山町の図書館へは年に何度かに行くのです。それは過去に発行されている本を
その時々で調べてもらうのです。
が、大方、蔵書になっていません、そして県内の図書館にもないとの返事が大半です。
ですが、この本は蔵書にありました。

作者は千田篤さん。公認会計士の方で私より2歳年上。
北日本新聞に111回にわたり平成5年に連載されたものを発刊された。

町の図書館、県内出身者の本ですから蔵書してました。
そして、貸出数を尋ねると、ほとんどないようです。

そうですよね。マイナーて゜すもん。

内容は、
ノーベル平和賞、生い立ち、東京時代、秋田時代、宮沢賢治、水稲農林一号
岩手時代、小麦農林十号、戦中・戦後、緑の革命、育種の未来
の11章です。

健次郎さん、お生まれは明治三十年です。私の祖父は明治二十四年生まれですから、祖父とはほぼ
同じ時代に誕生されていた。
身長156cmな小柄なお姿。
本の写真を見る限りは私の祖父と同じような姿。

福野の富山県農学校へ手編みの草草履を履き毎日往復24 kmの通学。学年すべて主席にて
卒業時に銀時計をもらっている。
優秀であるがゆえに周りがほっておかない。
両親が本家に説得されて東京帝国大学へ進学。

読み終えて思うに、小麦農林十号は少年時代の生活があったからこそ育種できたのでないか。
そう思えてきます。

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