バネの風

千葉県野田市の「学習教室BANETバネ」の授業内容や、川上犬、ギャラリー輝の事、おもしろい日常を綴ります。

「純と愛」最終回考

2013-03-31 08:31:10 | ライフスタイル
 昨日「純と愛」が終わった。
 これで朝7時半に15分間縛られる生活から解放される。4月からは絶対連ドラみないぞ!と誓う。たった15分。連ドラはチマチマ進む。そのくせ心にジワジワしみいる。もういい加減こういう生活から解放されたい。だから次の連ドラは絶対見ない!と今決めた。
 たいてい下半期の連ドラは最後見届けられないことが多かった。3月下旬は大会やら遠征やらで外出していて見られなかった。4月に入り、そういえばあの話しあの後どうなったんだろうと思い出したとしても、その時はすでに過去の話になりその連ドラへの関心は薄れている。それに最後は見届けれられなかったけど、だいたいストーリーはわかる。どうせ最後はハッピーエンドでチャチャッとまとめて、おしまいって感じでしょ。
 今回は全く違った。残り3回となるのに事態収束のメドがたたない。これをうまくまとめあげるにはきっと最後にどんでん返しがあるのだろう。もし自分だったらこういうストーリーにする、などとチャーに強く語ったりしただけに、何がなんでも最後はしっかり見届けたい。なのにやっぱりこの時期に遠征。
 でも、そんな状況にも関わらずしっかり最終回まで見届けることができた。

 ストーリーにどんでん返しはなかった。やっぱりね。素人が作るような安易なエンディングではなかったね。
 最後は愛君が目覚めず終わる。多くの含みを持たせて終わる。
 こういう終わり方を求めていた。数年後の姿を見せることで視聴者の好奇心を満たすかもしれないけど,こういうことされると私たちは「知りたい」を全て知らされることによって急速に好奇心は失せて行く。全て見てしまった途端、もうその連ドラは忘却のかなたへ。
 一見中途半端に思える終わり方でよい。その方が自分が考えるから。こうあってほしい、こうあるべきだ、きっとこうなるだろう、と考えるから。
 演出家によるストーリー誘導が映像でちりばめられていたので想像すらも演出家の手のうちかもしれないけど、少なくともしばらくは好奇心は消えない。これが本当の狙いかな。

 大きな自然の力に無力であることを改めて知らされた私たち。
 もう神様に頼らない。自分の力で奇跡を起こすと思い立つ。
 大きな自然、宇宙に対してちっぽけな人間。でも人間の心はその宇宙よりも大きい。
 これこそが人間。
 パスカルのパンセを思い出す。

 子どもに読み聞かせする本は,ハッピーエンドで主人公の成長物語でないといけないという。
 桃太郎しかり。一寸法師しかり。
 ハッピーエンドの瞬間をしっかり届け子どもの心を安心させるのが子ども向けのお話なら、フィニッシュを自分の心で紡ぐのは大人向けの小説ってこと。
 

これでも一応経営者です。

2013-03-20 12:04:38 | バネ
 夕方のバンの散歩中信号待ちしていると、後ろから自転車の中学生が追いついた。ふと顔を見ると、サタクラに通ってた子。いつもあだ名で呼んでいたから、とっさにあだ名しか出ない。低学年の時にやってきた。3年間くらい居ただろうか。6年生では来なかったように記憶する。
 そうか、この子はもう中学生だったか。部活は何やってるの?とか、学校はいつから春休み?などありきたりの会話で信号待ちし、信号変わったら「じゃ、失礼します」と言って自転車立ちこぎして立ち去るのかと思いきや、こちらの歩に合わせて自転車で並んで進む。もう少し話したいのか、それとも立ち去るタイミングがとれなかったのか。そのまましばらく一緒に進み、Y字の交差点で別れた。
 田舎の子だなと思う。人を適当にあしらわない。
 あれは桜かな。一気に花が開いた。菜の花、こぶし、水仙、桜。
 あたりが薄暗くなってきたので散歩は折り返しに。気温が上がっているからバンは疲れたらしく、しきりに振り向きながら歩く。後ろから自転車の中学生が追い抜いていった。学校とは逆方向から来たから、友達と一緒に帰って回り道したのかなと思う。先の自動販売機で飲み物を買っている。喉渇いたんだ。

 小中学生対象に塾を開いていると、こんな子に教えたいな、こんな子に通ってもらいたいなと思う時がある。こういう子はバネに向いているなと思ってもこちらからは勧誘しない。ではどうやって生徒が集まるかというと、それは口コミ。いくつか回った挙げ句ようやくたどり着いたというお母さんは「こんな塾を探していたんです」と言う。

 年度末で教室内の片付けをしている。
 3月で終了した子。4月から新しく入る子。

 縁は寄ってくるものだと思いバネ続けて18年目に入る。
 
 ビジネスとしたら全く話にならないやり方だと思う。
 そう思う矢先、おもしろい番組を見た。

 広島の農村地で唯一のスーパーが閉店し、そこの高齢者は買い物難民になってしまった。それだけではない、スーパーがなくなりコミュニティが崩れ、孤独死が増えたという。その対策として、村民有志が無償でスーパーを運営し始めた。物を買う場だけでなく、「ここに来ることで人に会いおしゃべりして健康になりますよ」というコンセプトと使命を抱えたスーパー開業だった。しかし高齢者の客足は思ったほど伸びない。このままでは運営が成り立たなくなる。そのとき打って出た手は、注文を受け配達することだった。恐らくこれは不本意な方法だったのだろう。スーパーで買い物をして、人と会う。歩いてくることで、健康を維持してもらう。これと逆行するのだから。
 しかし配達を望む人がいる。
 ニーズがあるからそれに応じる。
 でもおもしろいもので、それを機にそのスーパーには人が集まるようになった。
 ここでキーマンなのは副店長。理念をぶらさず、上手く周囲を引き立て主役にして巻き込みながら事をプラスに進めている。こういう我慢強く、バランス感覚のある人が、ビジネスならぬ社会には必要なんだなと思う。

 「良いと思うこと」を進める時の参考にさせていただきます。

 

出会いの春

2013-03-18 07:47:09 | 
 流山の裸婦デッサン講座に4月から通い、そこのご縁で秋から油絵講座にも通っている。夏にカナダに遠征する関係から,さびついたフランス語を蘇らせるために始めた会話講座も流山。だから最近流山への往復が多いこと。TXの影響で新住民が多いからこういう生涯学習活動が盛んな土地なのかもしれない。
 流山青少年センターで講座発表会をやるので油絵を1枚出した。出そうかどうかと迷ったけど、「必ず1枚出すように」ということだったの思い切って出した。裸婦デッサンはこれを出そうと決めていたものがどこにまぎれたのか見つからず,今回は油絵のみにした。
 絵を描く。皆口々に楽しいという。先日は「楽しく描いた絵じゃなきゃ,絵じゃない」と私の絵の前で叱責していったおじいさんもいた。楽しく描こうとは思うけど、追求を深めれば深めるほどこの作業は苦しい。色を置く。その美しさに感動。ナイフで削る。意外な効果に驚く。最初の1枚はこうだった。確かに最初は楽しかった。しかし枚数を重ねるうち、こうではない、こんなんじゃない、と苦しみの連続。やればやるほど見えていないものが見えるようになる。わかればわかるほど、次の壁がやってくる。そうこうしているうちにどこに向かおうとしているのかがわからなくなる。ただよくわかるのは、「これは違う」ということのみ。
 そんな苦しみの詰まった1枚をあえて出した。ここで油絵を描いた最初の1枚であるし、苦しいが現状だからそれを晒してしまおうと思った。

 ギャラリートークを終え帰ろうとしたら見知らぬ女性に声をかけられた。「あの人物の絵の方?なおんどさんの絵かと思いましたよ。」え?なおんどさん?
 「なおんどさん」とは上田出身の画家中村直人のこと。まず、流山で「なおんどさん」を知る人に出会ったこと。そして次に、あの絵が「なおんどさん」の絵に似ていると言われたこと。なおんどさんに似ているだなんてそんなだいそれたことをその言葉そのままに受け取ることはないけど、でもそれは苦しみをチャラにできるくらいの最高の賛辞で、目の前がパーッと開けた気分になりそのままその女性としばらく立ち話した。その女性は上田出身で、なんと高校の大先輩であることがわかった。

 こんなこともあるんだ。絵、出してよかった。



国語テストのコツ

2013-03-17 08:33:24 | バネ
 中学生に国語読解問題を出した。通常バネの授業は英数の補習が中心になる。定期テスト前に理科社会を追加する。だから国語に割く時間はほとんどない。せいぜいテスト対策として文法問題やる程度。定期テストの国語は教科書からの出題だからそこそこに得点できるが、実力テストになると成績優秀な子に限って「国語の点が伸びないんです」とか「選択肢問題が苦手なんです」と言う。
 学校の定期テストが終わり授業はこれ以上進まないので、この時期は国語テスト対策講義ができる。
 ということで,テスト問題を題材に設問の攻略法を説明。
 文学的文章のコツを最初に説明。
 説明しながら、これってもう何度も繰り返しているし,この子たちにとっては新鮮な情報じゃないから省略形で説明しようと思うと,フンフンと初めて聞いたような顔しているし,「それ知ってる」って顔しながらもメモしているから同じ説明何度聞いても新たにキャッチできる情報があるようなので、丁寧な説明を続ける。
 まず情況をつかもう、とホワイトボードに書くと、「先生漢字違います!」ん、って見ると確かに況でなく景。状況ではなく,情景と書きたかった。「そっちですか」と全員。
 
 小説一冊丸ごと掲載はされないから,出題箇所から掴まないといけない。時代は?場所は?登場人物は?これらがわかりにくい文だったので最初にちょっと説明。そして選択肢問題のコツを説明。
 選択肢問題は作問者の気持ちになろう。まず正解ありき。その回りに似たようなものを用意して惑わす。絶対違うのもいれておく。だからまず絶対違うもの,要するに仲間はずれが正解になることはない。仲間はずれを削除したら,残りを丁寧にチェックする。何となくどれでも正しいと思うとき、どこか怪しい部分はないか。全体は合っているけど,ほんの一部に嘘が入っているのを外して残ったのが正解。
 記述式は。多くの子はスルーする。自分で考えて書こうとするからできない。課題文から引っ張ってきて,主語述語を中心に組み立て字数制限に合わせて適宜言葉を足していけば良い。
 何字以内で書き出せという問題は超おいしい。字数そのものが超ヒント。たいていこういう問題はキーワードが正解だったりする。そこでキーワードの見つけ方を説明。

 こうやって文学的文章読解について一通りの説明をして,制限時間を設けて一斉に解く。
 選択肢問題。ほら、細部の嘘にひっかかる。全体は合っているけど、ここで嘘言ってると指摘すると、「やられたー。」
 50字以内で書きなさいは,案の定無答者がいる。書いたけど因はあるけど果がない子。完璧な子。やはり全員がすぐにはできるようにならない。

 コツは一度ではつかめない。でもこの類いの授業を数回やればそれなりの結果が出そうな感触。

 つづいて論理的文章。
 内容が哲学。難解な熟語が多用されている。恐らくこの文章は「何言っているかわかりません」で終わるだろう。モノの見方、考え方についての文章だから,問題を解くことを度外視してでも,中学生がこれを理解しないでスルーは人生の損失っていうもんでしょと思い、長い時間かけて説明。
 欲望と満足の関係。欲望があるから不満につながる。では欲望を持たなければ心理的に幸福になれるのか。そうだ,そうでないと意見が飛び交う。欲望は物欲だけではない,誰かの役に立ちたいという社会貢献を果たすという欲望もある。このあたりまで話しておけば今回の文章は読み込めそうだ。
 きまって出題される接続詞の穴埋めのコツだけを説明し,さあ10分で解きましょう。
 全体的によくできている。接続詞穴埋めは全員パーフェクト。抜き出し問題はキーワードを引っ張るということを忘れたのか、半数は無答。選択肢問題はだいたいできている。テストならぼちぼちの得点。筆者の言いたいことが伝わったのかどうかという肝心なところは,微妙なライン。




ほしあい眼科で学んだこと

2013-03-16 09:50:15 | 感動
 病院はかなり環境よくなって,患者ならぬお客様の痒いところに手が届くようなサービスを提供するのが普通化してきている。患者であるこちらも、こんなに快適で良いのかと最初は感動していたけど、その待遇に慣れるとそれが当たり前になり、いまやこちらもお客様になっている。
 と、最近通っている眼科に行くたびそう思う。

 9時10分に到着し,ギリギリ1台分空いている駐車場に車を入れ、今日はいつもより混んでいるかもしれないと思いながら診察券を出すと、「今日は混んでいますから、1時間以上待ちますがよろしいですか?」と受付嬢に聞かれた。病院で1時間待つなんてことは当たり前。次の人には「1時間半待つけど」と時間が増えていたから,待つのは1時間~1時間半あたりなんだなと理解。こういうことを事前に言っておかないとなかには怒り出す人がいるのかもしれないね。これは病院側の危機回避なんだろうなと思う。
 待合室にはテレビが二つあり、別のチャンネルに合わせている。「お好きな方をご覧になってお待ち下さい。」ということ。先日のアルファカップの活動報告書を作りながら順番を待ち1時間ほどが過ぎた頃、背中合わせのソファのおじいさんに受付嬢が何か説明にやってきた。それは受付側の手違いで,待ち時間が延びてしまったとの説明と詫び。それを聞き、受付嬢が去ったあとおじいさんは急激に不機嫌になり、「もう5時間も待たされている」と付き添いのおばあちゃんに当たり散らし始めた。背中にいるから顔はみえないけど、射程距離に不機嫌な人がいるというのは嫌ですね。不快オーラに待合室が包まれ始めた。5時間待つなんて、おじいさんいったい何時にここ来たんや?と心で突っ込み入れる、恐らく皆が。
 先日行って全く相手にされなかった大学病院はとてもきれいだった。患者は番号で管理され、今何番の人を診察中で,自分はあと何人待てば良いのかが電光掲示板に表示されるのでわかる。そして診察室にいる先生がマイクで番号を使って患者を呼び出す。よくできたシステム。しかしこの眼科は、これだけ新しい工夫がちりばめられているのに、そういう掲示板はなく放送で患者を呼び出すこともない。患者を呼ぶ方法は原始的で、診察室のドアをあけピンクの白衣の看護士が名前を呼びに立つ。こういうところは古いやりかたのまま。
 患者が診察室に入退室する時、すなわち診察室のドアを開け閉めする時,先生や看護士の声がよく聞こえる。「○○さん、こんにちは。お待たせしてごめんなさいね。」と先生は明るく,元気よく声をかける。そして患者が診察室を出るときはきまって「がんばってね。」と言う。
 ようやく先のおじいさんの名前が呼ばれた。おじいさんはガンガンと床を踏み鳴らしながら診察室に向かう。ブツブツ何か言っている。その後先生とどんなやりとりしたのかはわからないけど,診察を終えそこから出てきたおじいさんは普通の人だった。不快オーラ張本人のくせに、自分が振りまいた不快空間に戻りながら何事もなかったかのように振る舞う。診察室を出るおじいさんのその背中に,先生も看護士も再度「お待たせしてごめんなさいね」と付け加えていた。
 2時間が過ぎただろうか。ピンクの看護士が診察の患者の名前を呼ぶと,待合室にはいない。すると先生が出てきた。「○○さーん。僕は顔がわかるから」と言いながら待合室を見渡す。そのまま先生が次の人の名を呼ぶ。どうしたものかその人もいない。そして次は自分だった。立て続けに3人の名前呼んだから直前にカルテ見ているとは思えないのに、先生は私の顔を見ると「痛み大丈夫だった?」といいながらそそくさと席に戻る。
 これだな、と思う。
 
 患者をお客様と言いながら体よく消費者として扱うのではなく、ここでは「人」と「人」の関係なんだな。
 ドアの向こうの待合室の不快オーラを感じた先生は自ら患者の名前を呼びに来てその場を和ます。しかもそれはテクニックでもなんでもなく、気持ちでとった行動なんでしょ。
 つくづくこの先生はすごい人だな、そして仕事楽しんでいるのだなと思った。

 先の大学病院のシステムは病院側のためにある。いかに合理的に患者を管理し効率良く診察をこなすか。あげくの果てには「この程度なら近所の医者に行って」と言ってろくに診察しないで患者を追い返す始末。大学病院で手術するようにと町医者に言われて行ったのに相手にしない大学病院。

 「近所のお医者さん正しかったね。手術してよかったよ。先生に手紙書いておくから持って行って」
 ここまでピタリと寄り添う。もうノックアウト。


バネ卒業式

2013-03-15 07:09:18 | バネ
 年度末を迎え,連日今日が最後という生徒を迎えての授業が続く。最後だから何か特別なことをしたいけど,最後だからこそ、やりたりないことを目一杯詰め込んで,終了時間ギリギリまで勉強を詰め込む。中学を終える子。「多分またすぐ来るからね。」高校生になっても通う予定だという。バネ出る中三生はみんなそう言う。このまま高校生になっても通いたいと。そういう時は、気が向いたら遊びにおいでと答えている。中学卒業時に「高校生になってもここで勉強したいです」と言っている子でも、春休みを過ごし,新しい学校に行き,友達ができ、なんてしているうち「さて、バネ行くか」なんて小中学生の頃の学び舎に通う気にはならないみたいで、実際高校生になって勉強しにくる子はいない。だから気が向いたら遊びにおいでということになる。
 しかし、数年前に通いたいと何度も繰り返す子がいて、もしかしたらこの子は本気で言ってる?となり、最初は好きな時に遊びにおいでというと、「本当にいいの?」と飽きもせず定期的に通ってくるので、週1曜日を決めて正式な生徒になってもらった。そうやって1年間しっかり通っている。
 「多分またすぐ来るからね」と言いながら今回バネ卒業した子も本当にそうするかな。

アルファカップを終えて

2013-03-10 22:40:25 | NPO法人アルファバドミントンネットワーク
 第1回アルファカップが終わった。
 90名を越える参加者が14面のコートで1日中ダブルスゲームを行う。参加したOBに1日で何試合したかと問うと、「8試合ですよ」との声をかき消すかのように「自分は9試合っすよ」と答える。中高生はこれ以上コート入ったのだろうか。
 試合相手を交渉して確保する。さらにはコートも押さえないといけない。相棒が固定している子はそう苦労はしないでしょうが、通常シングルスの選手だったり、ダブルスパートナーが確定していない子はパートナー探しも交渉が必要となる。ウロウロしている子にどうしたのかと聞くと、「相手が見つからないんです。」一度断られてもめげずに相手捜そうと声をかけておいて、疲れてゴロンとなっているOBに助け舟出すよう促す。その子は先輩とベアになれて嬉々としていたので、試合の様子は見届けなかったけどこれでよしと。対戦相手探しだけでなく、できるだけ多くの人に積極的にアドバイスをもらうようにと言われた中高生たち。先生にそう言われたからなのか、「次の試合、見ていて下さい」と中学生ペアがステージに駆け上ってきた。コートはどこ?と確認する。そう言われれば近くに行き見ることになる。
 アドバイスは何を言うか。大人はここで言葉を選ぶ。これは教育的かどうか。この子たちに今何を言うべきか。直球を投げてきた相手の球をまっすぐ捕らえるか、それとも変化球で投げ返すか。しみじみ考えてしまった。
 恐らくこれと同じことが体育館のあちらこちらで行われたことでしょう。アドバイスを受ける中高生だけでなく、アドバイスを求められた大人にとっても有意義な1日であったと思う。
 

NPOがスタートする

2013-03-08 14:46:25 | NPO法人アルファバドミントンネットワーク
 設立したNPOアルファバドミントンネットワークが、明日第1回イベントを迎える。
 当日どこに弁当注文する?って話しになった時、どうせならカレー作ろうってなり、そうだOB,OGがまた食べたいという当時のカレー作っちゃおうっていうことになった。
 「あまり辛くないのでお願いします」と言う声もあるので、今回は中辛にしておこう。
 20度を超える初夏の陽気のなか買出しをする。
 美味しいものを作って振る舞う。こういう準備はワクワクする。
 OGから給食当番志願があがり、大勢で作るのもまた楽しみの一つ。

 誰かの為にがんばる。実はそれ自体が自分の喜びのためであるということがわかったのは最近のこと。自分を生かすのは他者であるということ。
 いつも家の中が生徒や保護者でごった返していたようなあの頃。何やるにも,「大変だ」を繰り返していた。人に生かされるということがわからなかった30代の頃。今思えば、もっと全力で楽しみ、全力で振る舞えば良かったと思う。そんなやり残したことが今できる。
 案外、人生やり直しってできるんだな、と思う。
 
 
 
 

人生苦もありゃ楽もあるさ

2013-03-08 07:05:11 | ライフスタイル
 眼科の術後診察を受ける為に久しぶりに車を長く運転する。
 車内のラジオでは発達心理学の講義が流れていた。ふん、ふん、なるほど。こういうことを知って子育てするとしないとで随分違うよね、と思いながら聞く。子どもの成長における親との関わりを客観視できるかどうか。しかし客観視ばかりしていてもよくない。子どもってこんなもんでしょ、っていつも冷めているお母さんはちょっとうすら寒い。自分にも、周囲の保護者にもいろいろ思い当たることがあり、充実したドライブとなる。
 眼科では、「どうですか」から始まる。とても痛い思いで過ごした1週間を説明すると、「皮はいだんだから、そりゃ痛いよ。」え、はいだの?「痛み止め飲んだ?どんどん飲んでいいんだよ。」飲めば良かったんだ。「困ったときは電話してきて。」電話で相談すれば良かったんだ。経過は順調であることを告げられたり、お医者さんといくつかやりとりして治癒の見通しが立ち、いざとなれば電話すれば良いという安心が治癒につながる。
 巷の春に少々リンクできそうな気分で帰宅すると、手紙が届いていた。それは、眼科に入院した際、隣室に一人で入院していた男性からだった。診察時間を終えた院内は静まりかえっていた。そこにいるのは入院患者の2名と担当看護士1名のみ。夕食は患者二人で食べる。無言で一つのテーブルに着くのは変。あいさつし、眼の話しをし、そんなことしているうちお互い油絵を描いていることで盛り上がった。
 手紙はその画家さんからのもので、作品の写真と作品展の招待状だった。
 こういうご縁もあるんだな、と気分は一気に春。



今行きたいところ

2013-03-07 12:52:29 | ライフスタイル
 眼の手術を気楽に受けたものの、その後の回復にちょっと一苦労している日々。眼球を動かすと痛い。瞬きすら痛みの元となり、振り向くなんて行動した暁には縫った箇所から出血せんばかりの激痛が走る。こんな調子だから生活に大きな制限がかかる。このままで大丈夫なんだろうかと不安を抱えつつも日々の暮らしは出来る範囲で普通に行われているのに、巷は春の訪れ。
 出来ないことが多いから、治ったらどこへ行きたいか、これを10個つらつらと言い鬱屈する生活の癒しとすることにした。元気になったら行きたいところを口にするだけ。予算度外視。でも意外と10個は埋まらない。ここ、と思っても、そこはいつでも行けるだろうとか、ここは、と思っても、わざわざ行くほどでもないしと、想像するだけなのに却下が続く。それでは欲しい物ベスト10は。これなんかもっとだめ。欲しい物すら思い浮かばない。これ、と思うと、そんなモノ買ったらモノ増えるでしょ、とここでも却下の連続。そして向かう先は、よく見える眼とか、健康な体などが浮かび始めたから、もう考えることがバカバカしくなってしまった。
 
 春が来たのかな。今日も暖かい。
 バンを土手に連れて行ったり、庭の片付けを始めたい。



カウントダウン

2013-03-06 08:46:13 | バネ
 テスト前だから教室内混み合っている。
 ちまたの塾の多くは3月新規開講としているけど、バネは4月が新規になる。それは3月ギリギリまで中3生が勉強するから。3月に切り替えるところは中3生はどうしているのだろう。高校受験が終わって、はい終了なのだろうか。それとも高校クラスに移行させるから問題ないのだろうか。
 他の塾のやり方は知らないけど、バネは中3生は最終日ギリギリまで通って来る。しかし3年生の3月分月謝はいただかない。無料。というのは、受験が終わったから勉強を終わりにしないその心意気に、最後の1ケ月はバネからのエールを贈るから。
 そんな中、「あと何日ここに来るのかなぁ」というつぶやきが聞こえる。こんなやりとりしながら卒業し高校に送り出したのに、もう一度勉強したいといって高校生になって通っている子もいるので、しばらく皆でその高校生の話しで盛り上がる。。
 するとすっとんきょうな声が響く。「あー、絵が変わった。」
 教室内に絵を掛けている。そこは描きかけであったり、できたてほやほやであったり、時々絵を変える。
 「お前、今頃気づいたのかよ。」
 そのまま教室内は絵の感想で盛り上がる。
 
 普通は絵がそこにあっても気づかない。もし気づいても言及しない。ましてや感じたことを言葉にはしない。
 でもこうやって身近に絵があるうちに、絵がまさに身近になったのでしょう。

 この子たちとこんなやりとりをするのも、あと少し。
 

眼の手術を受ける

2013-03-04 13:24:56 | ライフスタイル
 1年越しの目の病気。大学病院を2件はしご、というよりたらい回しにあい、ようやく民間だけど手術バンバンやっているという眼科にたどりつき、そして手術実施。
 手術とはいえ、簡単な麻酔で行うし、とにかく「簡単ですよ」と医者もスタッフも繰り返すから、そうか簡単なんだと午前中ギリギリまで絵を描いてから病院へ。予約時間より少々早く着いたけど、待ってましたとばかりに手術のための流れに乗せられる。
 術前準備に2時間かかると説明書にあったけど、来院後の流れは、説明、麻酔点眼、着替え、検査、点眼、検査、点眼、説明。こんな感じだったかな。一人ずつ区切られたリクライニングソファに埋もれるように腰掛け、処置を受ける。その間一人ずつ別室に案内される。するとその空いたブースに次の人がやってくる。足下の荷物をどかそうとしたスタッフが「こんなに荷物持って、これじゃ一泊旅行みたいじゃない」となんとなく感じ悪い言い方。でもすぐに「こちらは入院だ。失礼しました。」そこで病室に荷物を置くようにと通される。2人部屋だけど、3人は十分入れる広さでとてもきれい。まるでホテル。これじゃ、確かに一泊旅行だわ。
 そんなやりとりで少し緊張はほぐれたけど、一人ずつ別室に呼ばれ、リクライニングの待合室から人が減り、刻一刻と自分の番が近づいている。
 「麻酔効いてきたからもうしみないでしょ?」とカーテンの向こうの人が目薬さされている。そうかしみるということは、まだ麻酔が効いていないのだ。その後自分に点眼が回ってきたので「しみる?」「しみます。」と言ったけど、「そんなわけないでしょ」と言わんばかりにスルー。はー。なるほど。「しみる?」と確認することは術前2時間マニュアルなのですね。持参する荷物が多い状況はマニュアル外だったので、つい通常語になってしまったのですね、と納得。
 ついに順番はやってきて、宇宙ステーション風の銀色の扉の向こうへ行くことになった。扉が自動でシャーと開く。そこで最後の説明。手術中の「ベカラズ集」をバリウム飲むときみたいに口早に説明うけるが、たぶんそのとおりにできないなと思いながら聞く。
 手術はどれくらいだったか。10分かかっただろうか。
 手術中眼球を動かさないように、目の前をモノが動いても追わないようにって言われたけど、何も見えない状態で一カ所を凝視し続けるのは難しい。さらに目の前を器具が横切るのをひたすら無視するのはこれまた難しい。眼球固定に気を配っているうちに「おわりましたよ。これで楽になりますよ」と声を掛けられる。
 宇宙ステーション風扉をシャーと出て、おとまりする病室に案内される。本日は一人。

 緊張が溶け、ふと回りを見渡すと、今日一晩なにもやること無いことに気づいた。
 術後で見えるのかどうかわからなかったけど、本2冊持ってきたので顔に近づけて読む。
 痛み止めを飲んでいたせいか、本読みながらウトウトし、いつの間にか寝てしまった。

 医療はどんどん進歩していることを実感。患者は患者様となりさらにはお客様となり、苦痛は極力取り除かれ、快適の追求がキーワードかと。最近通っていた歯医者でも同じこと感じたけど、もう古い病院はかなわないなと思う。そして今何か始めるなら、ここまでやらなければいけないのかとも。
 
 何はともあれ、この傷が治るまでしばらく辛抱さえすればこれまでの苦痛から解放されるのだから、まるで春がもうすぐ。


画竜点睛せず

2013-03-02 06:54:53 | バネ
 パンセクラス、3つ課題を解き、15分間余ったのでショートストーリー作りをする。
 文章に入れるキーワードを3つ指定。必ずこの言葉は最低1度使わなければならない。そしてその文にタイトルをつける。
 10分で作成。タイトルのみ披露する。
 さて、このタイトルを見てストーリーわかりますか?ストーリーがばれてしまったら、ブーです。
 タイトルは、「何が始まるのだろう」と気を引くものであり、さりとてネタがばれてはいけない。最後まで話しを聞き、「あーなるほどね」と腑に落ちるものでなければならない。だからタイトルは大事。タイトルに命をかけるのですといつもながらの説明。
 さて、タイトルをホワイトボードに書き出すと、全員がほぼネタばれ。このタイトルではダメなんだということを学んだところで、先生の即興を披露。タイトルからはもちろんばれない。ここで授業5分オーバー.
 外は強い風が吹いている。
 急いで終わりのあいさつをして、終了とする。
 みんなが帰って思い出した。タイトル、「こんなかんじにすれば?」と添削し直すのを忘れてしまった。これをやれば、「なーるほど」とコツがのみこめたのに。