バネの風

千葉県野田市の「学習教室BANETバネ」の授業内容や、川上犬、ギャラリー輝の事、おもしろい日常を綴ります。

ハイブリッドスターライスプロジェクト2018

2018-05-07 13:06:25 | NPO法人アルファバドミントンネットワーク
「それがいいんですよね!」

 昨年お願いしたソイタウン講師の先生に,今年も是非と講師依頼し,なにげに明日田植えですと言うと米作り活動を絶賛された。
 高校生達がバドミントンだけじゃなく、米作っちゃう、それがいいんです!全国どこ行っても、全国大会で活躍するようなチームで米作ってるとこありませんよ!と繰り返し力説された。
 NPOの活動内容決めるに当たり、中高生にとってこれは教育的配慮があるかという絶対的条件の他「やって楽しいかが」イベント開催の決め手である。これをやったらどんな効果があるか、ましてや得するかという視点でイベントを決めたことはない。こうして、ああしてとイベントイメージして、きっとこうなるだろうとほくそ笑むことができるなら実行する、この繰り返し。
 これやろうと言うと一緒に楽しんでくれる仲間がいるからこそ、できる。
 イベントが決まると、「何か手伝うことはありませんか?」「何差し入れすればいいですか?」と声がかかる。
 そして昨日の田植え。
 到着するとすでに畦に陸上部長距離チームによって畦に3つののテントが張られていた。
 去年は揃えたかのように全員真っ白なTシャツで登場した陸上部の面々は、上下黒系になっている。最初からアイコンタクトできて、饒舌である。1年の成長めざましい。陸上部保護者さんからは「心開いたんですかね」と言われた。そうかもしれない。保護者の参加も去年より多い。なかには裸足にビーサンの保護者もいる。2年目と言うこともあり全体的に段取りがいい。イベントのコースもゴールもわかっているから、とにかく早く走らせろ的な高揚感が畦に満ちている。まるでマラソンのスタート合図を待つランナー集団の様。
 
 スタートの合図があったか、なかったか。
 一人の陸上部員が苗床もって田んぼにバチャバチャ走って行く。その後に数人が続き、一瞬の間を開けダーッと皆が田んぼに入る。
 松伏町の田園地帯に歓声が響く。これには蛙やザリガニだけでなく、近所の人もびっくりしたことだろう。
 1枚目の田を植え終わることには、農道に車やバイクで見学に来る人がチラホラ。
 1枚目の田は去年より奥にあり、そこからの景色は去年と異なりまたこれもいい。畦から春日部方面に抜ける景色もいいが、奥の田の向こう側から吉川方面を望む景色もいい。森と空と田、この色のコントラストと空気の抜け感。いいね、この構図。


この空、いいね。



 教室で机を並べる仲間の部活動での姿を垣間見る機会はめったにない。陸上部とバドミントン部でコラボすることで、それぞれの教室外の顔を知る機会があっても良いだろうというノリで始まった「ハイブリッド」イベント。これまでのハイブリッドイベントではマラソン大会を実施した。陸上長距離部の懐に飛び込みバドミントン部は滅多斬りにあった。その後バド部懐サイドイベントは実現できないまま、去年と今年は米作りで野外活動を仲良く楽しんでいる。
 田植え後半にさしかかる頃、イベント慣れ、人慣れした彼らの脱線ぶりは半端なかった。これじゃ午前中に終わらない。業を煮やした大人が陣頭指揮とるが、全身泥まみれになり完全に自己開放してしまった若者はそう簡単にはまとまらない。そんな時我らの中から救世主が現れた。


泥についていると、体が冷えるらしい。後はお肌スベスベかな?

 「ではみなさん、まいりましょう」「はい、よろしいですか。では、植え方スタート!」
と軽やかな合図をかける人が現れた。これは指示ではない。合図だった。騒いでいた子達がおとなしく合図に従い、次第に行動に規律が生まれていく光景は、青空と吹き抜ける風にふさわしく、爽やかそのものであった。合図に行動が合ってくるとすかさず「はい、ありがとうございます」と返し、次の合図は「よろしくお願いしますね」とつなぐ。合図、確認、感謝を繰り返しているうちに、「このままいったらどうなっちゃうんだー」収集つかなくなりつつあった集団に秩序が生まれ、自然と周りからかけ声も掛かり始めた。かくして後半は急ピッチで進み、無事昼食のカレーライスとなった。

 稲作には優劣も序列もない、はずだった。皆で一斉にそろって同じ作業を黙々とこなせばいい。しかし数十人が気持ちを一つにするにはこういうリーダーが必要だったはず。弥生時代にもいたのだろうか、Sさんみたいな人が。

 150人分のカレーを完食し、空になった二つの大鍋に未練残すかのようにゆったりと昼食休憩とっていたが、隣の田んぼの人が代掻きやる予定だからとの一言で、畦の撤収は手早かった。
 さっきまでの田んぼの喧噪が瞬く間に数十台の車に吸い込まれ、松伏の田園地帯はいつも通りの静まりかえった田んぼに戻った。そこに残ったのは、Sさんが置き忘れたデジカメのみだった、というおまけもあり大騒ぎな1日はかくして終了した。


大鍋2つのカレー。


総勢120名参加しました。お疲れ様でした。

 帰宅後、案の定頭が痛い。
 がんばった後はたいてい頭痛に見舞われる。
 楽な気分でやったはずなのに、実際のところ全くのお気楽イベントというわけではないということ。こういう後で完璧ハッピーならいいんだけどね。なかなかそうはいかないね。
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4月、武者ぶるいをひとつ

2018-04-07 11:16:06 | バネ
交差点で信号待ちしていると、坊主頭の少年が角を曲がってこちらに向かってくる。
うん、あれは?!
やっぱりそうだ。
先月バネ卒業した子。
学ラン姿で自転車前かごに大きなスポーツバッグ乗せ、野球部仕様の髪型で。

入学したての高校の部活帰りかな。
通りの向こうを通り過ぎる。窓をウィーンとあけ、「マメちゃーん」と2回叫ぶ。

声に気づいたマメちゃんはぺこりと頭を下げて走りすぎていった。

なんか今の、完全におばさんだったな。一瞬目が合った気がしたのに向こうは気づかず通り過ぎそうだったから、思わず大きい声出してしまった。しかもいつもより声のトーン高かった、と思う。さらに満面の笑みで思わず手を振ってしまった。

これじゃまるでアイドルに歓声上げるおばちゃんだわ。

しばらく笑いが止まらない。
3年前の春休み、緊張する面持ちでバネに初めてやって来た子が、希望する高校に入学し、颯爽と今横を通り過ぎて行く。

いつまでも笑ってはいられない。
武者ぶるいをひとつして、今いる子達への全力投球に切り替えだ!

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春期講習サプライズ

2018-03-23 18:38:02 | バネ
バネ、春休み中。
と言っても休暇をとっているのではなく、この時期は三者面談、教材の入れ替え、教室片付け、春期講習準備で毎日教室に詰めている。

さて春期講習。
いつもは季節感のあるデッサンを付けた講習ファイル表紙作るが、今回は写真で済ませてしまった。写真からデッサン起こそうかと思ったが、これだけの桜、絵で表現するより写真の方がずっといい。そして、そして。
子ども達が授業を終え教室出ると、目の前に実物がでーんとお出ましする。
そこで「おー、そういうことか!」
となってほしい。
毎年桜の時期はこちらのお宅でライトアップして頂けるので、夜の授業後も楽しめるはず。

これは2018年春期講習のサプライズ!

今年の開花はずいぶん早いらしい。3/29の講習初日までもつだろうか。

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春休みの入り口

2018-03-12 12:25:04 | バネ
埼玉県公立高校入試、合格発表の日。
9:00発表のはず。
電話が来るのを待つ。15分経つがかかってこない。
まさか。ダメなはずはないという確信はある。それでも入試っていうのは当日のでき如何だから、「まさか」が全くないわけではない。
もしかしたら電話よりも先に直接報告に来るつもりなのかもしれないと思い、駐車場に出て表通りを眺めていると…。
電話が、来た。
「受かりました!」
弾んだ声を聞き、ほっと一安堵。

入試直前の2週間はともに走った。
私立がキープできているとは言え、万が一にも第一志望を残念な結果に終わらせるわけにはいかない。高校入試という、場合によっては人生初の大きなチャレンジで成功体験と達成感を味わってもらわないといけない。
過去問解き直し、穴見つけ、補修補強し、パターン別対処法を徹底し、最後はハウツー指導になってしまったが直前特訓で30点分、いや50点分くらい加点できたかもしれない。

朝は電話報告だったが、夕方学校帰りに母親と報告にバネに訪れた。
バネの時間にはまだだいぶ早い。
玄関のチャイムが鳴る。
来た!

門扉に立つ青年は透明な目をしていた。
あまり感情を表に出さない子だが、体の芯から全身に気持ちがにじみ出ていた。

私はこの日のためにバネやっている。
この顔を見るためにやっていると言っても過言ではない。

全員第一志望合格の声を聞き、ようやく2017年度が終わった。

日曜の午後、フラリとどこかに出かけたくなり北か南か適当に車を走らせ、前方に見えてきた筑波山をゴールに定めた。
調度梅祭りをやっていて、中腹から渋滞し山歩きの人に追い越されながら、民間の駐車場に誘導するおばちゃんの大きなジェスチャーをやり過ごしロープウエイ駐車場に向かった。

8年くらい前だろうか。
先日それぞれの合格祝いで2度にわたり回転寿司でごちそうした3人組が小学生の頃、一緒に筑波山に登った。あの日先頭を歩いていた私は、競争じゃないからみんなで固まって登ろう!と何度も繰り返したが、「お先に!」とかなんか言って猿のように飛び跳ねて行った小学生軍団の背中を不安な気持ちで見送った。春休みのイベントで子ども達と来たから、調度今頃だっただろうか。

ロープウエイで登ると6分で到着。
山歩きには向かない靴で最後の急な岩場を慎重に歩いた。
何年経ってもあの時と同じ岩がそこにあり、同じ景色が広がる。

あいにく雲が多く関東平野を一望することができなかったが、頂上を踏みしめる今この時間を満喫した。
頭の上をヘリが旋回した。女体山から男体山に向かい、頂上をぐるりと回り一本の線を引くように飛び去った。
恐らく向かう先が東京なのだろう。
どこまで目視できるかと目で追ううちヘリは黒い点になり、一瞬目を逸らしたらもう見つけることはできなかった。

帰りもロープウエイで降り、渋滞にはまることなく、日没の頃には野田に戻ってきた。

いつも田圃の遠くに見える筑波山の頂上にさっきまでいた。

3.11をその瞬間を筑波山頂上で過ごしたことに申し訳ないような気持ちになり、数時間遅れで心の中で合掌した。

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今わかった、バンのお手柄

2018-03-09 10:54:45 | 川上犬
教室が雨漏り!
大変なことです。ということで屋根裏を点検すると…。
「小動物が住んでいた後があります」
と業者は涼しい顔でのたまった。

住んでいたことは知っている。
かつて天井を走る動物の物音に辟易し清掃業者呼んで相談するが、天井隙間が狭くて人が入れないからと却下されていた。ネズミではないもう少し大きい何かがいる。天井つついたり、見上げて大声出すけどいなくならず。
「やつだって生活してんだから」と言う人もありそのまま放置していたら、ほどなくして音がしなくなった。だから天井裏に何かがいたことは忘れていた。というより積極的に忘れようとしていた。

業者に残骸掃除してもらい、ネズミですか? それともハクビシンですか?と問うと、
「たぶん、あの様子はイタチじゃないでしょうか」
イタチ!
アッという顔をした私に、「何か思い当たることがあるのですか?」
そう、あるのです。
もう何年前だろう。庭でバンと戯れていたら突然バンが教室入り口のこんもりとしたあじさいの根元にダイブした。目の前でジャンプして、草むらにザザアーと飛び込んだ。
そしてドタンバタンと二度ほど大暴れしたすえ、ピョンと目の前に飛び出してきたバンの口にはイタチがくわえられていた。
ピカピカお目々で、ドヤ顔で。

そういえばその頃だった。天井裏の物音がしなくなったのは。
そうか、そうだったのか。
あればバンのお手柄だったんだ。

「そんな元気なワンちゃんだったんですか?」
はい、10歳の頃のことだと思います。亡くなって1年経つから、かれこれ7.8年前ですけどね、と返すと、
「霊前に手を合わせておいた方がいいですね」

営業マンの極意かもしれないけれど、いいですね、こういう人。

バンのお手柄話を帰宅したチャーに堰を切るように話すと、
「またバンか。そういうの親ばかっていうんだよ」
古い写真ひっくり返し、若い頃のバンの写真見ながら、あの時のイタチ事件を一人反芻する。



1歳の頃。小学生と戯れるバン



8ヶ月の頃 年賀状スケッチモデルとなる
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作文教室あれこれ

2018-03-06 12:36:18 | バネ
昼前に気づいた。
冷蔵庫電源入っていない。庫内真っ暗。
コンセント抜けてる?
いや、ぬけていない。抜き差し何度かするが、電源入らない。
ついに壊れましたか。使い始めて10年くらいあるいは10年以上選手か、いずれにせよ新しい代物ではない。

ガックリ。今結構いろいろ入っている。冷凍庫も満杯。どうする。すぐ冷蔵庫買いに行って届くまでの数日間、中身どうする? そもそも家具の隙間にぴっちり入れているこれをどうやって動かす?更にここに入るサイズの新製品あるかな? とりあえず珈琲でも飲んで落ち着くか、とポットに移動するが、そういえばキッチンの自動点灯ランプが付いていないことに気づいた。もしかして、停電? しかし部屋の電気もテレビもさっきから付いたまま。でもエアコンは吹き出し口開いたままで作動していない。
すぐにブレーカーを確認。何も変化ない。
家中チェック。すると電気が付く部屋と付かない部屋がある。同じ部屋でもコンセントが使える場所と使えない場所がある。バネも確認すると、こちらもブラーカー落ちてないけど、半分電気が使えない。
東電に相談すると1時間後に点検にやって来た。
なんでも、外から電気を送る部分のヒューズが切れているとのことでヒューズ交換して一件落着。こちらの問題ではない、東電側の問題ですとの説明。
こうして昼間の数時間バタバタして時を過ごした。

そして今朝。
ノートパソコンを立ち上げメールチェックし、スリープになったので再度ログインしようとしたら、指紋認証の画面が出ない。さっきまでできていたのに。
なんだ、なんだといろいろやるも改善せず、サポートに電話。
指示されるままにいろいろやったら元通りになった。
これにて午前中の数時間が飛ぶ。

いつも通りのことができなくなった数時間の不安と焦り。さらには元通りになったときの安堵感。そして対応してくれた方への感謝。
どちらも当方の問題ではないと思うが、今まで通りのことができる幸福感を再確認させてもらったと思えば、無駄な数時間ではなかったかもしれないけれど、2日連続こんなことに時間取られてしまったことは事実ですね。

今年度のバネ中3生は2月末日で終了した
教室内混雑は緩和され、新しい学年のスタートをゆったりした気持ちで始められる一方で、そこはかとなき空疎感。
そんななか小学4年生から来ていた子のお母さんが、夕方の授業が始まる前に挨拶に訪れた。調度東電の修理が完了し、バネの電気が付いてほっとした頃の来訪だった。
この子は姉妹が卒業した後、勉強ではなく作文を指導してほしいとのことでバネに連れて来られた。
たいていは算数や国語の指導を希望する親御さんが多い中、国語とは言わず「作文」を指定してきた。勉強は見なくても良いのですかと確認すると、「うちの子は作文をみてほしいのです」と作文に絶対的な期待を寄せてきた。
とはいうものの果たして本人は作文に興味あるのだろうか、嫌々通っているのではないだろうか、そんな思いから、その子の顔色を伺いながらの授業だった。

簡単な課題作文からはじめ、週1回の授業で一つ書き上げ、書くことに抵抗がなくなってきた頃全国規模の作文コンクールに応募した。原稿用紙5枚の創作。亡くなった祖父母が登場する心温まるお話。これは残念ながら何の賞も取れなかった。その1年後、5年生の時は原稿用紙20枚の創作に挑戦し、こちらは見事日本一に輝いた。2作目は、少年の成長物語。少年を支える家族、とりわけ母親が印象的なお話で、古き正しき小学生とその家族の様子がえがかれていた。

お母さんとこれまでのことを振り返ると、やはり作文の話になった。

「今でもあの作文読むとどきどきします」
とお母さん。「賞はとらなかったけど、実は私は4年生の時の作文も大好きなんです」とのこと。

また作文教室開こうかと思っている。
一応スケジュールは組んでいる。ひっそりと募集案内にも載せた。でも一切広報していない。
本格的に作文教室再開しようかなと思うものの、授業コマを増やすことに躊躇している。そもそも生徒集まるかどうかわからないし。

「うちの子にとって小学生時代の作文授業、あれはドンピシャリでした」
ドンピシャリとはその子にとって何がどうだったのかあやふやな表現だが、おっしゃりたいことはよくわかる。
子どもの成長にとって作文授業の意義は大きい。作文教室を多くの子どもたちに門戸広げるべきだとは思う。しかしこの思いも経験も今につなげていないのだから、私にとってはドンピシャリとはなっていない。























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よってきなと言い、言われ。

2017-12-31 12:44:14 | NPO法人アルファバドミントンネットワーク
今年1年を振り返ると、「米作」の1年だったと思う。
バネ、NPOいろいろあった。いろいろって、何?具体的に言ってごらん、とバネでもアルファクラブでも小中学生によく言っているが、この場合具体的に語るとしつこくなると思う。
だから直近の出来事、「しめ縄作り」ネタで今年1年を締めくくろう。

「先生、うちの田んぼで米作りしませんか?」
卒業生の一言で始まった米作り活動。
田んぼの持ち主星野さんと打ち合わせした。
米を作るにはどんな作業があるのか。八十八のうち、私たちは何をやればよいのだろうか。またこれをどうやって高校生達に体験してもらうのか。星野さんと居酒屋でわいわいやりながら、テーブル中央に皆で額を寄せ、頭上にボワンと夢のバルーンが上がった夜。
5月の連休最終日に大勢で田植えした。総勢100名が参加した。
無事育つのだろうか。収穫の日を迎えることができるのだろうか。
ことあるごとに田んぼを見に行った。春日部のイオンに出かけた帰りや川口にいる義父を見舞った帰路、田んぼ確認するのが定番コースになった。








そうだ、案山子作ろう!となり、案山子設置したのが夏合宿の前。



9月上旬稲刈り。
理事の竹塚君が新車コンバインで登場した。
その晩に米を乾燥、翌日籾すりし、収穫できたのは457キロ。くず米は30キロ。
くず米を精米してくれる人を訪ね、松伏の岡田さんにお世話になった。
岡田さんは子供会で稲作り指導に長く携わってきたという。
「あんたたち人のためにやっているんだろう。ただでいいよ」
と岡田さんは無料で米粉にしてくれた。

米袋注文し、プランドシールを作った。参加者に均等に分ける為に、JAで秤を借り、玄米を袋詰めし皆さんに分けた。
皆さんから届く「お米おいしかった-」の声がぼちぼち聞こえなくなる頃、帰り道に田んぼを見に行った日々を懐かしく思い、そして迎えた11月と12月のしめ縄作り。








しめ縄作り講師は地元の染谷さんと渡邊さん。
藁を梳き、しごき、二人組で編む。
11月にリハーサル、12月に75名が集って本番。
体育館で150個のしめ縄が作られた。
その翌日、染谷さんの荷物を届けに伺うと「寄ってきな」。
何件かの届け物のついでに回っていたので軒先で失礼しますというと、「そんなこと言わないで、よってきな」
そのまま染谷さんの仕事場にお邪魔し、飾られているパネルを見上げた。
小学校、子供会などで子供達に囲まれている記念写真の数々。

子供達の為に何かをする、というのではなく子供達と楽しむ。、星野さん、岡田さん、染谷さん。こうありたい先達に出会った1年であった。

来年もまたやろう。
おもしろいこと、みんなと遊べること、またやろう。






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ソイタウンバドミントンキャンプ前夜祭

2017-12-08 18:48:38 | NPO法人アルファバドミントンネットワーク
 いよいよ明日、ソイタウンバドミントンキャンプの日。

「こういうのやらない?」
「いいね、やろうか」
という話が出たのが1年前の冬だった。

 日頃お世話になっている地域の方にバドミントンで何かを恩返しするイベントを開こう。
 それはバドミントンを学んだり遊んだり、そして人と触れあったり、そんな1日になるイベントを開こう。NPOのスタッフをはじめ、バドミントン部員や関係者が総出で盛り上げようよ。
 とこんな感じで企画の最初の一粒が生まれた。
 
 では春の市民大会でチラシを配ろうと大慌てでチラシを作った。
 
 9月になったら参加申し込み受け付けよう。もしかしたら申し込み殺到するかもしれない。だから申し込み期間を1ヶ月間とって、定員を超えていた場合は抽選にしようなどと受付シミュレーションしていた。

 ドキドキして迎えた9月1日。
 申し込み殺到!とはならなかった。
 正確には、閑古鳥だった。
 ポツリ、ポツリと申し込みがあるものの、開催までまだ数ヶ月あるからそのうち何とかなるでしょうと悠長に構えていた。
 そしてあと1ヶ月となった頃に、口コミを介してどしどし申し込みが届き始めた。

 参加者が集まらないという懸念は払拭された。
 さて、運営はスムーズに行くのだろうかという次なる懸案事項がチラリと頭の隅をかすめるが、まだ1ヶ月あると思うと準備に拍車がかからない。

 そして残すところ1週間となった先週、ドバーッと作業しあらかた準備を終えた。
 
 あとは明日の開催を待つばかり。

 仲間がたくさんいる。
 皆が一緒にやる。
 だからとても心強い。
 まわりには「なんとかなるさ」が口癖の人がたくさんいる。
 
 大きなイベントを開く前の緊張感よりも、これから迎える「おもしろいこと」への期待感で一杯。
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本物のしめ縄

2017-11-24 11:07:00 | NPO法人アルファバドミントンネットワーク
明日30周年だよね、となんとなくせわしない気分だったのが前回のブログで、気づけばあれから1ヶ月。
その30周年記念祝賀会は余韻を残しながら終わったものの、既に過去のことになった今改めて言及するにはあまりにも時間が経ちすぎている。何事もすぐ書かねば言葉に気持ちが入らない。

だからこの1ヶ月、いろいろなことがあったけど、昨日のイベントのことを書きましょう。

昨日はNPOのイベント二つ入れていた。
朝からサイクリング。夕方ゴールして、そのまましめ縄作りレッスン。
無理なスケジュールであることはわかっているが、どちらもやるべし! ここしかない! ということで、無理なスケジュールのまま準備を進めていた。

まず、サイクリングの準備。
下見。
昨年までは皆より小ぶりのチャリだったために同じペースでの走行が難儀だった。よって今年の春に大きいチャリを買った。が、買ったまま軒下に置き一度も走らせることなく下見の日を迎えた。

昼過ぎに出発。
久しぶりの自転車にウキウキしたのはつかの間。
重い。ペダルが重い。
車輪が大きくなったのだから楽に進むはずが、ペダルが重くて思うように進まない。
同行者にどんどん引き離され、小さくなる背中を追いかけながら、夜行バスに乗ったときのように後残り何㎞と絶望的な気持ちで進みながら、沈む太陽を睨みながら35キロをなんとか走破。この時点で、今年は車で伴走しよう!と固く決意したのだった。
昨年よりコースがハードなのか、チャリに問題があるのか、脚力が落ちたのか、結論は出ないまま迎えたサイクリング本番。
天気予報でその本番は雨だとわかり、前日にサイクリング中止を連絡し、すこしほっとし、そして迎えたもう一つのイベント「しめ縄づくりレッスン」。

野田市レクリエーション協会の達人に来ていただきレッスンは始まった。
星野さんの倉庫に保管していただいている藁の一部を会場に運んだ。

今時はコンバインで刈り取りながら藁を裁断するから、長い藁自体が貴重だ。
さらに屋内で保管していたから痛みもなく、「極上の藁」との評価をいただいた。更に、さらに、収穫漏れした米も付属しているのだからリアリティある。

市販のしめ縄は青々している。
あれは藁で作るのではなくい草で作っているのだそうだ。
本来しめ縄とは、無事米が収穫できたことを神様に感謝するためのものなのだから、収穫した藁でやるのが本当なのだ、と達人に説明され、いたく納得。

「これで作るから、本物のしめ縄だよ」

「本物」という言葉は重い。
播種、田植え、稲刈りと一連の米作りを終え、そして収穫した米を食べている今、恵みの価値を体感している。その藁で1年の感謝を込めて作るからこそ、意義ある「本物」のしめ縄。

「先生、うちの田んぼで米作りませんか?」
というOGの一言で始まったハイブリッドスターライスプロジェクト。
終始「おもしろそう」というノリだったが、意図したわけではなかったが「本物」に帰着するこの重み。

本番の12/16の前に、バドミントン部と陸上部の精鋭数名が事前レッスンを受け、本番はこの子達がグループリーダーとなる、予定。

一束の藁を熊手で鋤き、ぬらし、たたいてなめして下準備は終了。



室内に戻り2人組で藁を編み込む作業となる。
藁の下部を束ね、足で挟み、2人で編み込む。

一束の藁を3等分する。
三つ編みではない。
「自転と公転でこうやって組みます」
言葉は難しいけど、実際やってみると手の動きは確かに右手が自転で左手が公転。2人の手は4本。藁の束は3本。だから渡して受け取ってとリズム良く進む。自転公転している藁の束が地球なら、中心にあるのは太陽。まさしく、中心の太陽を包み込むように、太陽を潰さないように編み込むのがコツとのこと。



「これなら1000円で売れるよ」
と隣の2人組は達人に言われていた。

その後垂れの作り方、しめ縄の飾り方レクチャーを受け、レッスンは3時間で終了した。



収穫の感謝がしめ縄づくり。
本番の12/16には田植えから関わっていただいた皆さんに是非来ていただきたい。
播種の頃より、田植え、稲刈り、そしてしめ縄レッスンと、着々と饒舌になり笑顔が輝いている陸上部の青年達をはじめとした高校生との交流も楽しさの一つだと思う。

2人組での共同作業そのものも新鮮な楽しさがある。

朝からソイタウンバドミントンキャンプの資料作っていたからなのか、新しいこと覚えようと緊張していたからなのか、しめ縄が終わる頃にはぐったりしてきた。頭が疲れた。
そんなこともあり、夕食はソイタウンバドミントンキャンプの懇親会会場下見を兼ね、前々から行ってみたいと思っていたから市内の割烹料理屋に繰り出した。

イメージ通りの店内と料理に出会い、会場決定。
次のイベントはソイタウンバドミントンキャンプ。


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30周年を機会に、30年を振り返ろうと思うが、

2017-10-27 11:38:10 | ライフスタイル
 バドミントン部の創部30周年記念祝賀会が10/28に行われる。

 一からスタートして30年が経った。陳腐な表現だけど、早かったなー、というのが実感。
 記念祝賀会を前に、自分なりにこの30年を振り返ろうと思うが、その言葉がなかなかまとまらない。

 30年前、スタートした部活を前に「何かすごいことが始まろうとしている」と直感し、その後紆余曲折がありながらも「この生活は人並みじゃないけど、人並み以上のものがある」と頭で理解し、その後実感し、そして今、一緒に走ってきて良かったなとしみじみ思っている。
 これをどうまとめるのか。

 10周年記念の時に文集に寄稿した。久しぶりに棚から引っ張り出して読み返した夫が、「いい文章だったよ」というので、自分も読み返してみた。そこには今と変わらない自分がいた。20年前に書いたものなのに、思いも見ている景色も今のままだということがわかった。そして他のことも思い出した。
 それは20周年記念祝賀会のこと。いきなり10年間ワープした。20周年記念祝賀会は学食でやった。当時保護者だった自分は割り当てで鍋一つ分のビーフシチューを持ち寄った。たくさん作り置きしたので家にも鍋一杯分のビーフシチューがあると言うと、祝賀会に出席していた元保護者達がダーッと家にやって来た。温め直したシチューをみんなで食べたあの日。あれからもう10年も経っていたというこの事実に愕然としている。想い出に浸るというより、10年前のことがつい先日のこととしか思えない事実が胸に響く。

 30年前に、必死に食らいつこうとしている部員を前に鳥肌が立ったあの日、何かすごいことが始まろうと直感したあの日、遠くに延びる道が見えていた。その道がどこまで続くのか、ゴールはどこなのか、ゴールまで何があるのか、それは全くわからないがとにかく1本の道が延びていた。今もまだその道の途中にいる。今辿り着いているここからも、前に見たのと同じ景色が見える。同じ様に道が長く延びている。

 始まりではないし、終わりでもない今。
 一区切りとして30年を振り返ろうと思うが、歩き続ける足を止めることなく、今日のこと、明日のこと、来年のことを気にかけている自分がいる。








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旅は道連れ世は情け

2017-10-10 10:54:34 | 旅行
ノボさんを機内で読破できないまま松山の人となった10/6。

松山二泊三日の旅だけど、国体応援のために行くのだから旅ではない。
でも国体って団体戦だから,個人戦みたいにみっちり試合が詰まるわけじゃあないから,観光もそれなりにできそうなのでそれなりのスポットを事前リサーチしておいた。

1日目体育館到着したときは,体育館前駐車場満車により坂の下にある町役場に駐めることになった。去年日本リーグ観戦に来たときに買い出しスタッフが坂を歩いて移動しているのを見て「こりゃたいへんだな」と思いながら脇を通り過ぎた道をこれから上ることになるんだ、と思いながら駐車場誘導スタッフの指示に従い坂を下りた。

パンプスを鳥取のワールドウィングで買ったBIMOLOシューズに履き替えたから、坂は苦もなく上ったが、そんなんだから車気楽に取りに行けず試合の合間に出かける気にはならず,千葉県男子の試合が終了する夜8時過ぎまで体育館缶詰。



さて、2日目、試合前に子規記念博物館に突入。ここは1泊目のホテルからほど近くにありホテルに車を置いたまま行けちゃう。
今年は子規、漱石生誕150周年記念ということで特別企画展も開催されていて,常設展と企画展セット券購入し音声案内ゲットしいざ入館。JAF割引でちょっとお得になった。JAFってお世話になることないけど、こうやってちまちま割り引き利用できるからそれはそれでいいね。




やはり予備知識があるとないとで展示物の楽しみは数倍違うぞなもし、と館内反芻しながら歩を進め,子規ってキャラだけじゃなく顔までチャーにそっくりなんだという大発見をし、一人ほくそ笑みながら堪能すること1時間。展示出口でまだこれは常設展のみだったことがわかると同時に、試合の予定時刻を12時と午後2時を勘違いしていたことに気づき、少し焦り、でも20分間の映像案内に参加し,駆け足で企画展を通り抜けようとしたその時、一人の女性に声をかけられた。

「俳句はお詳しいのですか?」

にわか子規ファンなのでたいしたことは知らないので、「えぇ、まぁ」ぐらいにお茶を濁し,お土産に子規日めくりカレンダーを購入し試合会場へと向かった。



2日目のホテルのチェックインしたのは夕刻。
何回か松山に来ているのに行く機会がなかった松山城に今回は行くぞな。

歩くか、ロープウェイで行くか迷いながら天守閣入場とロープウエイ往復セット券購入。ここはJAF割引はなかった。
リフトとロープウエイどちらでも好きな方がチョイスできるというので,リフトは乗り降りで失敗しそうだからロープウエイに向かうと、
「この時間ならリフトをお勧めします。帰りにロープウエイされたらどうでしょうか?」
と案内のお姉さんに言われ,ではそうしますとリフトに行くと,結構高齢者もチャレンジしていた。

右手をバーに回ししっかりつかみ,左手で荷物落とさないようにギュッと握りしめて乗る。
しばらくして落ち着くと、向かいから下山する人たちはバー捕まっていなかったり足ブラブラさせている様子に気づき,バーに回す腕からそーっと力を抜く。



そこからは松山城天守閣を延々と目指す。
石段を登り,場内は狭い階段を上りてっぺんに到着。



てっぺんの天守閣は風がスーッと抜け気持ちいい。
山も海も同時に楽しめる景色と松山の風をしばし堪能し階段を降りると、「あれ、もう出口?」ってくらい楽に外に出た。往路、復路の体感差、ハンパない。リフトのあれと一緒だね。

次は道後温泉別館を目指していたので,とっととロープウエイ乗り場に向かい歩き始め前を歩いていた女性を追い抜きざまにチラッと見ると,一瞬「ん?」となった。あれ?と思ったけど,私は人の顔を覚えるのが苦手だから人違いかなと思いスルーすると、その女性は駆け寄ってきた。

「さっき、子規でもお会いしましたよね?」


やっぱり、そうでしたか。
歩きながらべちゃべちゃしゃべると、その方は家族の国体応援に一人旅で新潟から車でやって来たのだという。観戦は終わったけど一人気ままに松山をもう何日も旅しているのだという。
その女性はしきりに「ご縁があるのかもしれない」と繰り返していた。

車を下の駐車場置いているから次の目的地道後温泉まで送りますという展開になり、お互い一人旅で困るのは夕食ですよねと意気投合し二人で居酒屋に入り、温泉もご一緒することに。
ジワリジワリと通りすがりの人が道連れの人になった。

オープンしたての道後温泉別館を目指していたが、居酒屋で相席になった人が、「関東のスパと変わらないよ」と二人声をそろえて言うが、せっかく来たのだからと1階だけ入ってみるかと入ると、確かに設備は関東のスパ風だけど,湯は本物。汗出る。じゃんじゃん出る。


「こんなにゆっくりお湯につかったことないのですよ」
という同行の女性にホテルまで車で送っていただいた。
別れ際に「明日のバドミントンの応援行くかもしれませんよ」
と言っていたとおり,翌日本当に応援に現れ,飛行機の時間まで一緒に過ごした。

松山空港は太った人でごった返していた。
相撲競技の人たちだった。
空港アナウンスはしきりに,今日は混雑しているから早めにチェックインするようにと言っている。
トイレに行き,試合結果をメールで送り,洗面所で歯磨きしている時またまた搭乗手続きを急がせるアナウンスが流れた。
さて、自分のフライトは何時だったかな?と確認しようとスマホと探すが。
ない。あれ?
バッグの中身を一つずつだし,脇ポケットを確認し、あれ?
と焦り始めたその時、

「トイレにスマホが・・・」

ダーッとさっき出たトイレに戻ると,ペーパーホルダーの上に,メールを打ち送信した状態のスマホが置かれていた。

私の直後に入った女性はスマホを持って追いかけたけど,途中で断念して同じ場所に戻し,洗面所でバッグ広げている私に声をかけたのだった。

スマホ置き忘れていたことの実感がまだなかったけど、その女性は「よかったー、よかったー」と自分のことのように涙ぐんで繰り返した。

もしスマホ見つからなかったら、まず飛行機乗れない。搭乗券出せない。そんなこと以上の大変な事がジュワーこみ上げてきて、涙ぐむ女性に何度も礼を言い、最後に大失敗せずに済んだ。

機内は太った人で混んでいた。
3人掛けの席の二人は太った人。
互いに二の腕が触れあうから暑いとしきりに言う。

今日重量オーバーにならないのか?とちょっと不安がよぎるが、ノボさん続き読んでいるうちに無事着陸。

帰宅すると,リビングには卒業生たちが集まり食事会が開かれていた。私が留守の間一人で食事していたうちのノボさんは、数日ぶりに大学生たちに囲まれ大勢の食事でご満悦だった。
こういうところもノボさんらしいぞなもし。


子規記念館で買った日めくりカレンダーを義父に届けに行くと、

「その記念館で投稿した俳句、入選したことある」

義父母は定年後日本全国を旅した。四国を回ったときに子規記念館に立ち寄り俳句を応募箱に入れたそうだ。

そうだったんだー。
そういえば入り口に応募箱が置かれ、入選俳句張り出してあった。
過去の入選句として記録が残っていたかもしれない。

とべ動物園は試合観戦後行く予定だったけど、臨時の駐車場も満車だったので断念した。
こうしていくつか足りないがあるから、また行くことになるのでしょう、松山に。



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ノボさん,読書中、ぞなもし。

2017-10-05 10:35:52 | 旅行
愛媛県で開催されている国体。さぁ、応援行くぞと思い立ちまずはホテルの確保と思ったが、松山市内全く取れない。主催者が選手、関係者分を押さえているからしょうがない、そのうち開催が近くなればキャンセルが出るでしょうと,とりあえず航空券とレンタカーは確保。
さて、なかなかホテル確保できないままたびたび予約サイト確認すると、予約可能なのは、ん? マジ? と思えるほど強気価格設定しているビジホか、ドミトリーのみ。
 
ドミトリーってどうなんだろう。
袖すり合うも何かの縁と「ひよっこ」のノリで楽しめたかもしれないけれど,ちと自信がない。高速バスみたいに一睡もできないかもしれない。
しょうがない、行けば何とかなるかな。ホテル取れなければ,最悪日帰り温泉で深夜まで過ごし,車中泊でもするか、などと構えていたら、先日ふいっと適正価格のホテルが確保できたので,これにて一安心。

宿泊が確保でき安心した今すべきことは・・・。

長崎から帰ってから遠藤周作の「女の一生」を読み、これは行く前に読んでおけば良かったと痛く後悔したので,今回は事前に松山に関する本を読んでおこうと思った。

松山と言えば「坂の上の雲」でしょ。しかしこれは取りかかるにはちと重たい。
で選んだのは、伊集院静の「ノボさん」。
正岡子規の青春を綴った小説。副題が「小説正岡子規と夏目漱石」とあるとおり、漱石のことも一緒に楽しめるお話。

Kindle版でないから布団の中に潜ったり寝転びながら読めない。眼鏡がじゃま、さりとて外すとよく見えないと悪戦苦闘しながら少ーしずつ進み、ようやく上巻終盤。


バネ生にまだ上巻だと言うと「だめじゃないですか、せんせい」

そう、だめです。間に合わない。でも途中だけど十分松山楽しめそう。
それはここまでで正岡子規の人柄がわかったから。
また漱石への小説の理解も深まった気がするから。

いつも大会で出かけると体育館缶詰だから、実際はどこにも行けないかもしれないけれど,知っていてその土地に行くだけでも違うぞなもし。

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エイヨーあるどー。

2017-09-16 19:45:43 | NPO法人アルファバドミントンネットワーク
陸上部とバドミントン部協同で始めた稲作、ハイブリッドスターライスプロジェクト、いよいよ大詰め。

稲作の国に生まれ、半世紀を過ごした今、わたしは多くのことと向き合った。
星野さんとの最初の打ち合わせにて、稲作というより農業に無知であることを思い知らされた。まず広さの単位からしてわからない。一反ってどれくらいなのか。
平米で説明してもらい、
「大体バドミントンコート何面分ですか?」
と確認し、よくわからないから見に行こうとなった。
種まきのことを播種(はしゅ)と言うのも知った。
感嘆したのは、播種の時、稲トレーに土、種、水、肥料が流れ作業でオートマティックにセットされるシステムに始まり、籾すり、袋詰め、そして30キロの米袋をトレーに積み上る省力化システム。人の知恵ってすごいなーと見入ってしまった。そして何より、コンバイン。稲を刈り取りながら脱穀し、トラクター内にたまった米は排出ボタン一つでザーッと軽トラ荷台のコンテナに移される様、藁がまさにワラワラとコンバインの横に落ちていく様。すごいなー、の連続。
こうやって半年間このプロジェクトに携わり玄米になった今。

その感慨を語るのが今日のブログではない。

今日には今日の感動がある。

ザーッと脱穀した米は一晩乾燥機にかけられ次は籾すり。そこで未成熟の米は自動でより分けられる。そうして脇に寄せられた米、くず米が30キロほど出た。
星野さんは、
「これ、くず米。精米して米粉にすれば食べられっから。団子にでもすればいいよ」

後はしめ縄作りと思っていたわたしは、この一言で、来ちゃいましたよ。
”くず”として排出された物が、何かに有効利用され、おいしい物になり、みんなで食べる。
なんかこの設定、わくわくするではないですか。

米粉にしてくれる農家、岡田さんを星野さんに紹介された。

岡田さんの家は道路から蹴出しの長い脇道を進むとその奥にあった。

こちらでくず米を米粉にしてもらえるかと尋ねると、
ビニールハウスから出てきた岡田さんは「ん?」って表情。
それはそうですよね。突然見ず知らずの人が庭先に車で乗り付けたのだからね。

街角のコイン精米機を調べたら、くず米は精米できないとなっていたから、くず米だけど大丈夫なのですかと遠慮がちに聞くと、
「見せてみな」
くず米を手に取って、
「いいよ。やってやるよ」
それからくず米袋をはさんでしばらくおしゃべりした。このハイブリットスターライスプロジェクトのこと、玄米をこれからみんなで分けること、くず米を米粉にして何か作って食べたいということ。岡田さんもこれまで町の子供達の稲作体験に永年関わってこられたとその時の様子などを話してくれた。

くず米を預け1日経った今日、今から米粉を引き取りに行きたいけれど大丈夫ですかと聞くと、
「だいじょうぶだよ、できてるよ」

岡田さんは納屋の前で待っていてくれたのだろうか、庭先でニコニコ顔で迎えられた。
「この間、あぜ道に大勢並んでたの、あれかい?」
稲刈りの日近くを通りがかったとのこと。
「やっぱりあれ、あんたたちだったか」

米粉を車に積み込み代金を支払おうとすると、
「いいよ、いらないよ。あんたたちは人の為にやっているんだろ。これでもうけるわけじゃないんだろ。代金はいらないよ」

米粉を袋詰めしてみんなに配ろうかと言うと、
「粉配るだけじゃもったいないべ。なんか作って食べなきゃ、だめだべ」
何か作るってまた一大イベントになりそうだからちょっと弱気になってつい言ってしまったけど、ピザかすいとんでもいいですかねと言い直すと、
「ピザ、いいねー」
くず米だから少し色が黒いから、ヨモギ入れて団子にするといいとか、普通の米よりもちもち感が強く、
「エイヨーあるどー」
おいしい食べ方をいろいろ伝授していただいた。

「これでよかったら、また来年も来な。またやってやっからよ」

そして「がんばってな」と手を振って見送られた。

公の心を持つこと。
くず米粉ピザ、食べる前から栄養一杯もらいました。
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図書館とバネ

2017-09-05 12:05:58 | バネ
 受験生が図書館に行って勉強するとか言うが、どうしてわざわざ図書館に行くのか理解できない。なんで自主勉するのに人が居る所行くかなー。
 何か調べるものがあるからとか、冷房がきいているから等図書館に行くにはそれなりの理由はあるかもしれない。しかし、今だったら家に居ながら手元のスマホで調べたい情報はだいたいゲットできる。冷房ない家ならいざ知らず、電気代節約の旨味は、公共の場の席取り、他人との煩わしさによるストレスというデメリットを越えることはない。

 バネを卒業した子が、「ここで勉強させて欲しい。家じゃ集中できないから」と言うので、空いている席でご自由にどうぞと高校生には自習室としての使用を随時許可しているが、とは言いながらも、なんで家で集中できないのか、わざわざ先生の説明や中学生の話し声が響くバネにやって来るのか解せなかった。

 なかったというのは,今は解せるようになったと言うこと。

 週末、ふと思い立った。
 自分の勉強がある。いろいろ資料を広げられるバネでやる。だったらその時間中学生に自習室としてバネを開放してもいいのではないかと。調度定期テスト前だし,何人来るかわからないけど、「家じゃ集中できない」って言う子が多いから何人かはやって来るだろう。

 午前3時間、午後3時間の自習室開放。
 前日の連絡だったが、5人の中学生がやって来た。

 私は最前列の机一列を使い,テキスト、資料、CD,スマホを並べて自分の勉強を始めた。
 後ろの席に生徒たちは点々と座った。
 質問があればしても良いことにしていたが、だれも質問せずそれぞれに6時間を過ごした。

 整理したい知識、覚えたいことはやはりノートに手書きが一番だ。
 たくさん字を書くときは手が疲れないように2Bの鉛筆を使う。
 芯がすぐに丸まるから,鉛筆削りで数本まとめて削り手元に並べる。
 書き味滑らかなルーズリーフを用意する。
 整理事項を分類するカラー付箋を手元に置く。
 これでスタンバイオッケー。

 背後で文字を書く音、本をめくる音が聞こえるが、時折音が聞こえなくなる。
 他人が気にならない時間を持つ。
 一人で教室にいるような錯覚に陥る。
 ゾーンに入った。

 久しぶりにまとまった時間集中した。
 雑草生い茂る草地を、まずチェーンソーで草刈りし、目的地までの道を作り途中に目印の旗を立てながら進む。そんな作業がことのほかはかどった。
 まだ目的地までは遠いが,先が見通せるからいつでも途中から道に迷うことなく歩き始められる状態に整えることができた。

 背後の5人はこの時間何をどうしていたか知らない。自分のことに夢中になって途中振り向かなかったような気がする。それぞれが何かに黙々と取り組んでいたということだけはわかった。

 不思議な感覚。
 先生と生徒ではない、空間と時間を共有した仲間の様な感じ。


 図書館にわざわざ出向いて勉強するって,こういう感じなんだ! と今さらながらにわかった。

 この感覚、やみつきになりそう。
 
 今後随時,自習室開放しようかな。
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心のデトックス、早朝座禅体験

2017-08-17 21:12:32 | ライフスタイル
別所温泉安楽寺にて「座禅体験」を体験した。
朝6時から7時という早朝コース。
高校生達と総勢35人ほどでの参加。

10分ほど前に到着すると、高校生達がすでに到着し降り出した雨をよけて寺の軒下にズラリと並んで待っていた。
皆この時点で無言。騒いで怒られた後なのだろうか。皆神妙な面持ちで立ち尽くしている。

若いお坊さんが出てきて、皆を禅堂に導く。
無言で全員が一列になって禅堂に入る。
「ここは子供の頃習字教室に通ったところですよ」などと無駄口きいたのはわたしだけなので、「この奥の池、怖いよ」というケメコ情報は追加せず、発した自分の言葉だけが頭の中でリフレインする。

禅堂内、ずずずいーっと一周するようにそれぞれの位置につくと、まず座禅の作法を説明していただいた。
挨拶、台への上がり方、座り方、足の組み方、手の組み方など。
今回は体験なので、本来の作法はそれはそれとして無理をせず、あくまでも体験ですと何度か説明され、そして3回の鐘のあと座禅は始まった。
何も考えないと考えた時点で考えていることになります、とおっしゃるとおりで、無になることは難しい。

じーっと心を鼻の奥に集中させ、魂を宇宙に飛ばそうかと思い、いや、これではいかん、思った時点で考えていると思うまもなく、普段はめったにできないのにスーッと軽く宇宙空間に出られた。
ミッドナイトブルーの空間に星が無数に点在している。
その瞬間、「そうだ、画面の立ち上げ設定、チャーに聞いておこう」と思う。
そのとき脳内に広がった宇宙空間で、最近買ったばかりのノートパソコンのトップ画面を思い出してしまったのだった。

惜しいところで今に引き戻され、もう一度行ってこようと思ったところで鐘が一つなり、座禅体験終了。

瞑想時間自体は15分間で、ちと短かったように思う。「ひよっこ」1話分ですから。30分くらいあってもよかったかな。

禅堂を出て、石段を降りる頃におしゃべり解禁気分となり、それでも言葉少なに安楽寺を後にした。

「誰かいびきかいてたよな」
と言われたけど、それには全く気づかなかった。聞こえてきた音は雨だれとカラスの鳴き声のみだった。

心のデトックスまではいかないけど、皆の聞こえた音が聞こえない時間を持てていたと知ったことで、じわりじわりとくる満足感。
その足で北向き観音に向かった。ここで正月に引いたおみくじが大吉だったから、そのまま運を継続させておくために、ここで新たに引くのやめておこうかな、どうしようかなと思いながら「えいっ」と引くと、大吉。

続いて「大師湯」に行くと、幼なじみや子供の頃の知り合いに会った。
これにて心のデトックス、フルコース完了。
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