バネの風

千葉県野田市の「学習教室BANETバネ」の授業内容や、川上犬、ギャラリー輝の事、おもしろい日常を綴ります。

犬の耳に薬を垂らす方法

2013-07-01 14:08:05 | 川上犬
 バン定期検診とフィラリアの薬をもらうために医者に行く。
 先日車内大掃除した後だから車には乗せたくない。医者まで歩いて行けない距離ではない。雨が降らず、暑すぎない日を選んで、お散歩グッズの水を多めに用意し、手提げに1万円入れて出発。
 相変わらずぐいぐい引っ張るものの、最近ちょっと疲れやすいような気がする。もしかしたらフィラリアかも?例年なら6月最初に薬飲ませるのに1ヶ月遅れてしまっている。耳を傾けて調子悪そうにもしている。そんなこんないろいろ相談することがある。

 先日小学生が事故に遭った場所を通る。二人でしゃがんで手を合わせる。
 ずんずん進む。医者までの道、ずっと平坦な道というわけでない。平坦とは文字通りアップダウンがないということではなく、散歩に適した道ではないということ。USSの前を通り過ぎると、交通量が多いにもかかわらず、歩道が全くない、しかも脇の家の樹がわっさりと覆い被さっている。ここは人が歩いて通ることを想定していないというような道。そこを犬と歩いているから追い越せないトラックによって渋滞を生んでしまった。必要以上に小さくなり、ぺこぺこしながら医者を目指す。

 バンは医者の待合室までは平気。どうぞと言われ、診察室に入った瞬間、「ヤベ!」となる。どうせ覚えているのなら、もう少し前で思い出しそうなものなのにとブツブツ言いながら抱きかかえ、診察台に乗せる。
 首から顔にかけてしっかり押さえつけている間に、血液採取とおしりの処理をしてもらう。さて、耳は。
 基本、バンの顔辺りの診察はできない。麻酔かけない限り絶対無理だと思う。
 症状だけ伝えると恐らく外耳炎だろうからと薬を用意された。しかし、この薬をつけることはできるだろうか。
 目薬の時と同じで、薬に気づかれた時点で大騒ぎになって逃げ回るのではないか。
 とりあえずお試しと言うことで、小さな目薬容器で渡された。

 医者を出て、遙か遠くの自宅を目指しながら、バンの耳に薬を垂らす策をを練る。
 目薬の容器で耳に水を垂らす。気づかれないでできるはずがない。大騒ぎしないはずがない。目薬の時は最初に安易にチャとやって失敗した。いろんな手順を踏んで、慣れさせて、恐怖心を取ってやるべきだったと後で反省したので今回は慎重に事を運ぼう。

 まず気づかれないようにフィラリアの薬をえさに混ぜて食べさせる。これは成功。
 次は耳薬。
 手に何か持っている、これが見つかるともうだめだから、絶対わからないようにと工夫してえさに夢中になっているときに耳をペロッとめくってチャっと注入。しかし毛に遮られて全く入らなかったと思うけど、チャの瞬間、「今、何したの!」と飛び退いた。 翌日同じようにえさに夢中になっている瞬間にトライ。ちょっと警戒している。チャとやるが、同じく毛で中まで達していないと思われるが、今回はほぼばれた感じがした。手元を伺っているから。

 教室の前でグタンと寝ている。耳全開。毛をこじ開けても鼓膜覗いてもグタンと寝ている。今がチャンス。耳薬を取りに行こう、と思ったその瞬間、警戒モードになり飛び跳ねた。なんでわかるんだろう。薬つけようと思ったこちらの気持ちがどこで察知されたのだろう。チャンスが来たらいつでも即座にできるように、ポケットにふたを取った状態の耳薬を忍ばせ、次のグタンのタイミングを待ちトライする。が、やつはやつでいろいろ考えているようで、グタンの振りしてこちらの出方をうかがっていたと思われる。今だ!と容器を手にした瞬間、ついに手元を見られてしまった。
 「やっぱり!」
 「最近、様子がおかしいと思ったんだよ。」
 とまるでくだを巻きながら遠ざかるあのドヤ顔。
 あのねー、おまえのためにやっているんだからね。



携帯を忘れた日

2013-07-01 10:19:59 | 感動
 大学の試合を応援に、日体大まで行く。
 東武線直通で乗り換え無しでいけるとか、2時間乗ったままだから疲れるなどいろいろ行き方説明を受け電車で行く。
 2時間乗ったままということは読みかけの本読破できるかもと楽しみを抱えて電車に乗り込む。春日部で一度乗り換えればあとは2時間乗ったまま。春日部乗り換えで読書中断されるよりは、通して2時間読もうとあえて春日部まで本は開かず、満を持して急行中央林間行きに乗り込む。
 車内は混んでいた。手提げ荷物が重く、吊革につかまりながら本読める状況ではなく、席が空くのを待つ。が、北千住まで座れず。ようやく席に着き、あそういえば携帯マナーモードにしていないとバックの中を探り、愕然。
 携帯がない。
 今日は出先で待ち合わせがある。こんな時電池切れしたら最悪!ということでバッチリ充電した。が出がけに長電話を受けたので、家出る直前まで追充電しておこうと思った。
 家の駐車場出るときに、こんな日携帯忘れたら最悪だよねと、また思った。
 なのに、ない。
 あたふたとバックの中を探る。ない。この仕切りが全くないトートバックはつかいにくい。前回でかけたときもそうだった。たびたびスイカが行方不明になるし、重い携帯はバックの底に転がるしで不便だったことを思い出した。だから今回はスイカが行方不明にならないように駅のベンチでバックの中身を整理した。そして飲み物を買い、入れるスペースを作るために一旦バックの中身を出した。まさかあの時ベンチに置き忘れたのではないか。いやいや、それはないでしょう、などと考えながら諦めきれず二度、三度とバックの中身を探っていると、立っている人の視線を感じた。あの人次の降りると勘違いされているよう。
 そんなわけで何となく集中できず、楽しいはずの読書に没頭できず、ずーっと座りっぱなしのおしりが痛くなってきたことに気づきはじめた頃ようやく青葉台駅に着いた。遠い。確かに、ここは遠い。
 日体大までの行き方は押さえてあるからスマホに頼らなくても問題なく到着。
 問題は、帰り道にどこでどうやって落ち合うか。会場を出るときに携帯を借りて先方に連絡を取る。待ち合わせ駅だけを指定して会場をでる。

 以前、もう30年近く前だけどこんな事があった。
 渋谷駅ハチ公前で待ち合わせた。お互い1時間待った。ハチ公の表と裏で。遅いなとお互い動く。立ち止まる。そんなこと1時間やった挙げ句、どちらか一人が逆回りしてようやく巡り会った。
 今回全くお互い土地勘のない雑踏で点と点がぶつかることができるのか。しかも先方は車。
 この駅なら何とかなりそうと適当に指定した駅に到着した。そこは川間駅なんて規模じゃ全然なく、春日部駅でもなく、大宮駅並み。ここで適当に落ち合うという発想に無理があることがわかるがど、それでもなんとなるかもしれないと心に余裕がある。それはまだ外が明るいから。車から見つかりやすい場所で車止めやすそうな場所を物色し、何とかなるんじゃんという気持ちで駅ロータリー入り口に立つ。
 「君の名は」みたいに運命のすれ違いは今の時代は絶対ないなと思う。そうなる前に気楽に電話で連絡とりあえるから。今は時間も場所もアバウトなまま待ち合わせたって大丈夫なんだよね。などと思いながら交差点で車を待っていると、向かいの交差点にいた中年女性が何か大声で叫んだ。ロータリーに車を止めた人に向かって電話で連絡して「こっち、こっち!」と手を振っていた。目と鼻の先のすれ違いだったんだ。

 そうやってしばらくすると、すーっと目の前を車が通り、結局の所は落ち合うことができた。

 携帯を持たないないことで味わう非日常。旅気分。

読書感想文の書き方に迫る

2013-07-01 08:32:46 | バネ
 パンセは月3回。そのうちの1回は「書く日」。
 6月の「書く日」は「読書感想文の書き方」。
 夏休みの宿題どうしたと聞くと、「あと、読書感想文だけなんですよ。」とか、「何書けばいいんですか?」と返答があるように、大抵後回しにされ適当に原稿用紙埋めて提出となるのが読書感想文。
 読書感想文書くの好きな人?と聞くと,当然誰も手を挙げない。では「苦手な人?」と聞くと全員力強く手を挙げる。
 そんな子たちを前に、「今日のパンセは、その読書感想文が簡単に書ける方法を教えます。」と切り出した。
 こうすれば簡単にできるという切り口は多用したくないんだけど,導入のためにあえてインスタント手法を活用。
 
 ポイントを説明しながら板書する。これで読書感想文の悩みから解放されるかもしれないという期待の目が注がれる。

 ポイントは次の3つ
 1.テーマについて自分の意見を書く
  作者は何を言いたかったのでしょうか。それがこの本のテーマです。あなたはそのテーマについてどう考えますか。
 2.感動の中心を書く
  あなたはどの部分に感動(共感、反発)しましたか。それはどうしてですか。
 3.この本を読んで,自分が体験した出来事を何か思い出しましたか。

 ここまで説明して、さて今日は実際にこの本について書きましょう。準備したのは絵本「100万回生きたねこ」。読んだことある人は一人。
 一度読み聞かせする。
 さて,テーマはなんでしょう?
 無言。では,何度も出てきた言葉は?と聞くと、「ねこ、きらい、なきました、うめました、だいきらい」と次々上がるが反応悪し。そこで、どうして最後は生き返らなかったの?とテーマに急降下する質問を投げかける。すると「最後は充実したから、人を好きになったから」とここまでたどり着けた。しかし究極のキーワード「生きる」が出て来なかった。「生きる」はタイトルにも含まれるでしょうと説明すると、なーるほどという顔はするものの、あまり実感がない様子。小中学生が大人が設定したテーマに迫り意見を書くのはやはり無理があろう。
 ではポイント2,3に移ろう。1が無理でも、これを押さえていけばそこそこに書けるはず。
 どこに心動いた?このお話聞きながら,何か思い出した?と聞く。例えばと、説明を続けたくはない。それは例示すると思考を誘導しがちだから。しかしここは助け舟が必要そうなので,例をだす。
 あなたならどの飼い主がいい?どの死に方が一番い?と質問すると子どもたちの目が泳ぎ始める。そして自分が体験した出来事への結びつけ方として更に説明を加える。もし先生ならうちの猫が死んだときのこと書くかな、とか、その猫にこんな飼い主だいっきらいって思われていたらいやだな、など目線を猫サイド、飼い主サイドへと誘導する。
 ここまできたら思うことがあったのか、皆カツカツと書き始めた。30分で原稿用紙2枚。

 残り10分で全員分を読み合わせる。ほとんど全員がポイント2で書く。どの死に方はいやだ、こんな飼い主はいやだと。一人はポイント1で書く。テーマは押さえられたが自分の意見をサラリと添えて終えていた。具体的な体験を入れればもっと内容が深くなったとアドバイスする。もう一人はポイント3で迫る。「充実」というキーワードにヒントを得たから,正確にはポイント1から書いたと言える。この子は本の内容から離れ学校での出来事と意見を書いた。書きたいことはあるがうまく言葉にまとまらないというデキだったが、この本をきっかけに思いを引き出し,言葉にしようとした。
 これでいい。
 よくできました。