きのう東京は全国に先がけて桜の開花宣言をした。しかし、近所
の暗渠の上に植えられた桜並木はまだ蕾がかたい。寒の戻りを
思わせるような陽気であった。その中を赤、青、黄色などの帽子
をかぶった幼児達が保母さんに手を引かれ、6人乗りの乳母車に
詰められて散歩していた。
僕の住んでいる私鉄沿線の駅の周辺には6つも私設の託児所が
ある。どこの託児所も広くなく、一日施設内で保育するのには問題
があるのだろう。天気の好い日にはこうして散歩しながら区営の
公園に遊びに行くのだ。どこの公園も小子化で使用されていない
からこれは”一石二鳥”有効利用である。
こんな”豆粒”みたいな幼児達をみて僕は時々不憫に感じる。年を
とった証拠である。”でんでん太鼓に笙の笛”で育った70年まえ、
僕らの周りにはいつも母がいてて祖母がいた。時代が変わり、いま
は共稼ぎが増え、核家族だから、託児所は時代の要求である。
託児所の中には、幼児達の様子が母親たちがケイタイでいつも見れ
るようになっている施設もあるという。母親は安心して働くことが出来る。
しかし、幼児達はどうだろうかー。母親たちが何をしているのかわら
ない。自分の子供を託児所に預けて遊んでいる母親もいると聞いた。
難しい問題だが、母親と子供の絆がほころばないよう,老爺は切に望
んでいる次第です。
の暗渠の上に植えられた桜並木はまだ蕾がかたい。寒の戻りを
思わせるような陽気であった。その中を赤、青、黄色などの帽子
をかぶった幼児達が保母さんに手を引かれ、6人乗りの乳母車に
詰められて散歩していた。
僕の住んでいる私鉄沿線の駅の周辺には6つも私設の託児所が
ある。どこの託児所も広くなく、一日施設内で保育するのには問題
があるのだろう。天気の好い日にはこうして散歩しながら区営の
公園に遊びに行くのだ。どこの公園も小子化で使用されていない
からこれは”一石二鳥”有効利用である。
こんな”豆粒”みたいな幼児達をみて僕は時々不憫に感じる。年を
とった証拠である。”でんでん太鼓に笙の笛”で育った70年まえ、
僕らの周りにはいつも母がいてて祖母がいた。時代が変わり、いま
は共稼ぎが増え、核家族だから、託児所は時代の要求である。
託児所の中には、幼児達の様子が母親たちがケイタイでいつも見れ
るようになっている施設もあるという。母親は安心して働くことが出来る。
しかし、幼児達はどうだろうかー。母親たちが何をしているのかわら
ない。自分の子供を託児所に預けて遊んでいる母親もいると聞いた。
難しい問題だが、母親と子供の絆がほころばないよう,老爺は切に望
んでいる次第です。
今の庶民の経済状況では、なかなか専業主婦では子供を養うのは難しいですよね。
子供が増えるたびに、その負担は大きくなりますから。
しかし、子供にとっては寂しい状況でしょうね。
小さい時から、親と関わる時間が少ないのですから。
その反面、親は育児ノイローゼなんてものも増えてるとか。
親は親、子供は子供と、なんだかみんなバラバラ生活になってきてることは確かです。
バラバラになり、子供の心のバランスを崩しているという話もあります。
親の取り組み方で、子供の心の育成状況が変わってくるものだと思います。
経済が発達すると、素晴らしいこともある反面、喜ばしからぬ現象もおきてきますよね。
この問題については論じる資格はないのですが、幼児達の顔がなんとなく寂しそうに見えたので。幼いときに試練を受ければ”甘ったれ”はいなくなりますね。