不調(また風邪?)
今日は朝から不調でした。段々と時間が経つにつれて、大したことはないのですが少しお腹が痛くなったり、むかむかしたり。微熱もあるようです。お腹の風邪を引いたでしょうか......
不調(また風邪?)
今日は朝から不調でした。段々と時間が経つにつれて、大したことはないのですが少しお腹が痛くなったり、むかむかしたり。微熱もあるようです。お腹の風邪を引いたでしょうか......
母の通院
今日はパーキンソン病の専門医に久し振りにきちんと診察を受けるために母を病院に連れて行きました。朝の8時10分に出て家に帰ったのは3時10分。流石に疲れました~。お花や......
今日は母の調子が悪く歩きに行けませんでしたので、そばで本を読んで過ごしました。
この調子の悪さは先日意識不明になったことが原因ではなく、やはり何が原因かわからないもので度々起こります。
顔が黒くなってチアノーゼも出て、眼も死んだようになり、息苦しくてしんどそうです。
安定剤を飲んでいましたが良くならず。
その後しばらくして寝たら元気を回復してお赤飯、すき焼きなどたくさん食べた後、ミックスナッツも食べていました。
どうしてこのようになるのかわかりません。
パーキンソン病のせいか、それによる血圧の乱高下のせいか、精神的なものから来るのか医者もわからないようです。
今日、母のそばで読んでいた本は「なんとめでたいご臨終」。
この中にちょうど並行して読んでいる「おひとりさまシリーズ」で有名な上野千鶴子さんがドクターを訪問される場面が出て来ました。
これらの本を読むと、母を家で看取ることは母の望みではありましたが最近は母自身が病院が安心なようですし、私自身も無理かなあと思っていたことが可能なように思えてきます。
また、私自身も1人になって死ぬ病気を抱えた時も何とかなりそうな気がしてきます。
今は小規模多機能にお世話になっていますが、その時には往診して下さるドクターと連携した訪問看護師さんやヘルパーさんにお願いするようになるようです。
また風邪を引いてしまいました。
昨日の午後からゾクゾクし始めて、夜、熱が出てついに風邪を引いてしまいました。幸い、普通の風邪のようでほっとしていますが、1人になった時こういう時不安だなと思います。それに......
脳神経外科に11時に予約をして下さっていたので母を連れて行ってきました。
寝不足でしんどく胃もストレスでむかむかしていたので、タクシーで行こうかと思いましたが、薬局に寄ったりしないといけないし、昨日がんばれたのだから今日もがんばれると思って車で行ってきました。
昨日の朝、私が自分の病気で病院に行った時、ちょうどクリスマスの飾りつけを片付けていましたが、今朝はもう門松が飾ってありました。
結果的には理由はよくわからないみたいでした。
「側頭葉てんかん」の可能性もありですが「?です」と言われました。
理由がわからないと爆弾を抱えているようですが、この発作で命を落とすことはなさそうなので(倒れた時打ちどころが悪ければ別ですが)安心しました。
脳神経外科のあと、目の前だったのでついでに眼科にも寄って帰りました。
(1月の初めの予約でしたので)
午後からは母も私も寝ました。
寝たらすっきりしました。
今朝は小規模多機能のスタッフはが着替えとポータブルのお掃除(大抵使いません)に来て下さり、夕方は清拭と着替えに来て下さいました。
明日、子供達一家が帰って来てくれるそうです。
感謝
午後2時過ぎに母と歩きに行こうかと話して外を見たら小雨が降っていたので、大型スーパーへ行ってその中を歩くかという話になって出かけました。
その前にクリスチャンの友人にサンタさんからのクッキーを持って行ってあげたところ、返ってりんごやおみかんを頂いてしまいました。
その後雨が降っていたので母を玄関で降ろし私は駐車場へ。
スーパーで買い物をし、3時半頃傘を差している人が居なかったので裏出口からいつものように出ました。
そして、横断歩道を渡って車まで近かったのでカートをカート置き場に置いて母の左手を持ちました。
するとくるっと回って転びそうになったので、支えて立て直したところ、再び回って私の手から離れてアスファルトの上へ倒れてしまいました。
最初は意識があって、起こそうとしましたが、私の力ではどうしようもなく助けを呼んでいるうちに口をパクパクさせて、眼もキョロキョロ。
そうこうしているうちに意識が無くなりました。
私は母がこのまま死んでしまうのではないかと思いました。
来て下さった男性が救急車を呼んで下さり、もう一人の女性(奥さん?)は傘をさして下さり、もう1人に80歳前後の女性はすごくテキパキされていて「名前は?名前を呼んであげて。聞こえる?寝たらだめよ」とずっと声掛けをして下さいました。
私は何とか小規模多機能の看護師さんに連絡をしようと思いましたが、手が震えて何度してもかかりませんでした。
救急車が来て、乗せて下さった頃、母は意識が戻ったようで、生年月日を私に聞かれていたのに母が答えました。
それから、近くのいつもの総合病院へ行きました。
血液検査やCT、そして、脳梗塞の跡が見られたのでMRIも取りました。
4時半頃、私は安定剤の頓服を口に放り込みました。
5時半だったか、看護師さんが日頃の様子やお薬をを記したノートを持って来て下さいました。
そして、ドクターとも話をして下さり、他の利用者さんもおられるので帰って行かれました。
1人でいるのは何とも心細く不安で、友人に来てもらえないかラインをしたら「7時頃なら行ける」との返事。
それからしばらくして結果が出ました。
明日、脳神経外科に脳波をとらないとはっきりとしたことはわからないと言われましたが、恐らく「側頭葉てんかん」だろうと言われました。
そして、母も不安がって入院をしたいと言いましたが、年寄りはたった1日環境が変わっただけでボケたりするから、入院はリスクが大き過ぎると言われました。
友人に「もう来てくれなくても大丈夫そう」と電話を入れましたが(携帯の電池が切れたので公衆電話から)でなくて、しばらく経ってもう一度した時には「もう出たからとにかく行くわ」と言ってくれました。
友人も母は入院だと思ったようです。
車を取りに寄り、家に着いたのが7時半頃でした。
娘にも(正式には娘は電話に出られないことが多いので婿に)WhatsAppから連絡を入れていたので、病院に電話がかかってきました。
その医者は脳神経外科の先生かと聞かれましたが、総合内科の先生だったようです。
よくその病名が見つけたと感心していました。
また、入院をさせなかったのもいい判断だったと言っていました。
帰ってから、娘に電話をしたところ、私のメッセージは婿には理解不能だったようです。
慌てていたので日本語で書いたのですが、それを翻訳したら、「ハッピーで救急車で運ばれた」になったそうで、娘が「今だから笑い話だけどね」と言いつつ随分笑われました。
母も私も食欲がなく、母は点滴とお水で今はもう寝ています。
本当にやれやれでした。
本当に死んでしまうかと思いました。
あとで、心理士の友人に話したら、「いつもちゃんと誰かが助けてくれるから最終的には大丈夫」
それにしても自分の弱さを思い知ります、毎度。
でも、いつか、「その日」はやってきます。
もう94歳ですから、死んでいてもおかしくないです。
母は私の為に生きてくれているのだと思います。
今日の教訓
母のパーキンソンのお薬はいつも持っていないといけないと思ったこと。3時も夕方のもいつもの時間に飲めなかったので余計しんどかったようです。
また、携帯の充電器もこれからはいつも持っていようと思いました。
看護師さんのアドバイスで、必要な人だけメモをしました。
これも助かりましたし、必要なことだと思いました。
今日のこのブログは支離滅裂かもしれません。。。
一昨年の今日(昨年の今日(明日は健診))
昨年の今日(明日は健診) 明日は健診 先日、べかで胃が痛くなって以来、胃を労わっていますが、友人が先日以来「ビビンバを食べたい」と言い続けていて、辛くないものがあ......
病院のクリスマスツリー
今日は特定検診の日でした。
8時前に家を出てちょうど3時間で家に帰ってきました。
今日は身長、体重等を測り、血液検査、子宮がん、肺がん、マンモ、胃カメラの順番でした。
胃カメラは口からの予定が鼻からでも良かったので、初めて鼻からにしました。
以前はポリープがありましたが、なくなっていました。
でも、慢性胃炎は治っていませんでした。
私はピロリ菌はマイナスですが、抗生物質などで除菌された場合もあるそうで、その場合、胃炎のように残骸?が残るそうです。
看護師さんが私が初めての鼻からのポリープのせいか緊張していたので(知らずに力が入る)、背中をさすって下さり「力を抜いて」と何度も言って下さいました。
人の手って安心感を与えてくれますので有難かったです。
この健診の日が嫌でたまらず憂鬱でずーっとストレスを感じていましたが、無事に終わり、ほっ。
やれやれです。
でも、今年は胃カメラが鼻からだったため、大分楽でした。
お年寄りの方々も1人でいらしていたり、付き添われたりで結構いらしていました。
私の胃カメラの後の方も年配の男性で、しきりに深呼吸をされていました。
緊張されていたようです。
検査も結構疲れますから、年と共にしんどくなっていくと思います。
病気にならないように節制していきたいとつくづく思いました。
今日は聖ルチアの記念日でしたので、神父様の祭服は赤でした。
多分、殉教者なので赤だと思います。
帰ってからバラ十字のお勉強をし、1時からダスキンさんをお願いしてお片付け。
今日は子供が赤ちゃんだった時のベビー布団をやっと捨てました。
おねしょシーツのピンクはどちらかの子供が持って帰ったと思いますが、このお布団も1回孫が来た時に使っただけです。
孫ももう5人いますので生まれそうにないですし、生まれてもこのお布団を使うことはないので捨てることにしました。
今日、なかなか捨てきれなかったのがバリバリ働いていた頃の下着。
当時は三点セットで必ず買っていました。
今は綺麗に残っているのはスリップだけがほとんど。
そのスリップも滅多に着なくなりましたし新しく買う時はやはりセットで(今はほとんどスリップなしで)買うことが多いです。
でも、なかなか捨てきれず。
やはりまだ綺麗ですし着ようと思えば着れますし、実際ワンピースを着る時には着ます。
「でも、こんなには要らないでしょう」とダスキンさん。
確かに
「おばあちゃんみたいになるわよ」
確かに動ける今、きちんとしていないと出来なくなるので私の若い友人達も断捨離をがんばっています。
服も今日は捨てきれず。
ストッキングやソックス類は捨てました。
ですから、かなり捨てる為に持って帰っては頂きましたが、まだ2倍以上は車に積めます。
そうなるとかなり私の心はすっきりするでしょう。
今日も多少は軽くなりました。
それにしてもすっきりと執着心のないダスキンさん(お宅の服は私の10分の1だそうです)と執着心の塊の私。
だから、太っているし、同じ場所に留まっているのだとしみじみ思いつつもなかなか思い切れませんでした。
下着は今日は、ゴミ袋の中に入れてしばらく様子を見ることにしました。
全部を着ることは恐らくないでしょう。
昨夜も断捨離のTVを見ました。
片付け大好きなお姉さんの家はすっきりしていました。
妹さんの家はすごかった
ブリが付くと片付けられるんですよね。
私も最後の方になってやっとぶりが付いて捨てられるようになりました。
夕方4時30過ぎ、母を又整形外科にデイのスタッフに送ってもらいました。
母はもう片方の足の魚の目を切ってもらいました。
私はブラックヒールの消毒(今日で終わり)と膝のトレーニングとヒアルロン酸の注射の第1回目をしました。
今夜はお風呂に入れないそうです。
これを週に1回のペースで5回続けるそうです。
先生がおっしゃるには「私が出来るのは10%。あとの90%は自分で筋肉を付けるトレーニングをすることと痩せること」
がんばらなくちゃ
ダンスはまた出来るそうです。
レントゲンで見た目には悪い方の右足は痛みが今はないのでトレーニングだけで治るだろうと言われました。
3日前より過去の記事がアップ出来なくなりました。
gooに聞いていますがまだ返事はありません。
昨年の今日(定期健診の日)
定期健診の日 年に一度の定期健診の日でした。今年から胃の検査も偶数年になったらしく、今回は肺のレントゲンと一般検査のみでした。 でも、時間的にはあまり変わらず8時......
昨日、デイサービスから帰る母を整形外科で迎えました。
肋骨は大丈夫でしたが、片足ずつ魚の目を削って下さることになっていて、スピール膏を貼っていました。
母を待ちながら血圧を測っていたら「イボ、魚の目」の治療がここの整形外科で正式にしていることが判明。
母も私も皮膚科ではなかなか治りませんでした
(先生曰く、「皮膚科は軟膏が好きだからなあ」・・・確かに今までの皮膚科の先生はそうでした)
そこには麻酔をして?器械で、血を流すことなくイボ等が取れると書いてありました。
母の治療の時先生に伺ったら、取って下さることになり私もスピール膏を貼っていたので削って下さいました。
私のはイボではなく「ブラックヒール」と言うものだそうです。
先生がきわどく深く削り過ぎて最後になって血が出てきたので「明日、もう一回診せて」
そして、その前に隣の診察室では変形性膝関節症についての話が聞こえてきていましたので、それも先生に伺ったところ、「じゃあ、明日からその治療もしましょう」と言われました。
・・・ということで今日、再び、整形外科に行って来ました。
筋肉を付けないといけないのでトレーニングをすること、今日は痛み止めの注射をして次からのヒアルロン酸の注射をどうするか決めること等をおっしゃいました。
明日、手の平の処置後をもう一回診せてとおっしゃったのと母の魚の目の反対の足を削るのがあるので、また、整形外科でデイから帰る母を迎えようと思っています。
変形性膝関節症の方は来週のいつでも来てと言われました。
トレーニングにはいつ来ても構わないそうですが、家でも出来るのでがんばります。
今日のお昼ご飯
玄米ご飯、カボチャスープ、すき焼き風煮、柿入りホテトサラダ
ここのところ、神秘学のレポート提出の為がんばっています。
強制ではありませんが、自分の為に。
少しキリがついたので、歩きに行きました。
最近、また途中で教会に寄って祈っています。
この前の日曜日に出したのだと思います。
月曜日から馬小屋がもっと増えています。
公園
夜はダンスの日でした。
もうお休みして長くなります。
以前の先生が膝の手術を終え復活されることになり、6月から代わりに教えて下さっていた先生が今日まででした。
そこで、今日は前半がレッスン、後半がお2人の先生を交えてのお茶会になるという連絡を頂いていました。
先生方にご挨拶もしたかったですし、母の体調だけではなく、変形性膝関節症の為にダンスをしばらく出来ないので、そのこともお話しておきたいと思い、お茶会から参加させて頂いてきました。
夜は食べないので、おみかんだけ頂きました。
皆さんといるとやっぱり楽しくて、早く良くなってまたダンスをしたいと思いました。
樹木希林さん 友と交わした ことば今朝の朝日新聞の最後のページにこの記事は出ていました。~ 希林さんはがんを機に「所有しない生き方」を選び、名刺一枚受け取らなかった。それなのに、2年ほど前、梶川さんは希林......
母の通院&ママ友宅へ今日は母の通院日でした。朝一番から病院へ(整形外科と眼科)。骨折予防の注射を2年間毎日打った後は半年に1回の注射をしています。これも4回目。眼科は緑内障の検査です......
いつの間にか紅葉伊東への旅から帰って風邪を引いている間に、いつの間にか紅葉はこんなに美しくなっていました。今朝、検査結果を聞きに行った病院からの帰りに見ました。まだ歩くのがしんどく、......
風邪が治りません
熱が出て寝込んでいるわけではないのですが、やはり、よく寝ないと治らないのかも。昨日は介護タクシーを予約していましたが、母を病院に連れて行くことが出来ず、母も1人ではもう何も出......